創作新選組

□まるで水魚の苦しみなれば
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刃向かう奴は斬っていく。
容赦なんてしない。
刀を振れば赤が飛び散り、俺の手を腕を顔を足を汚していく。

「お、お前は、人斬り…ぐあああっ!?」
がたがたと震える奴を一瞥し、斬っていく。

暗殺を主とした任務についているからだろうか。
いつの間にか俺の名は、人斬り鍬次郎と呼ばれるようになった。



「ふふ、凄いですねえ。躊躇せずに斬っていく。」
沖田隊長が顔の横に垂れた髪を耳に掛けながら言う。
「…それは貴方も同じでしょう。」
「そうですね。」

噎(む)せかえるほどの血の匂い。
息がずしりと重くなり、呼吸しづらいと感じるのだ。
思わず、横たわる遺体から目を反らしてしまう。

「…見たくなければ、見なければ良い。」
「沖田隊長…。」
優しく微笑む隊長。
それは頬についた返り血とはあまりにも不釣り合いで、再び地面へと視線を戻してしまう。
「俺…、恐いんです。躊躇いもなく、人を斬り続ける自分が…。」
「……ならば、人を斬るその腕をもいでしまえばいい。」
「沖田、隊長…?」
「斬り殺された人を見たくないのであらば、目を抉り取ってしまえば良い。この流るる鮮血の匂いを嗅ぎたくないのだったら、鼻を削いでしまえば良い。自分の醜い感情を吐き出すことしか出来ない口は、縫い止めれば良い。劈(つんざ)く悲鳴を聞きたくないのであれば、耳を切り落としてしまえばいい。…簡単なことだ。」

「…沖田隊長は、酷な人だ。結局、逃げることしか、与えてくれない。」
「ええ。」
「だったら、この世の全てが嫌になったらどうすれば良いのです?」
「その時は、潔く腹を斬れば良い。…まぁ、貴方に勇気があればの話ですが。」
そう言いながら刀についた返り血を払い、鞘に仕舞う隊長。
「なんなら、僕が貴方の首を刎(は)ねて差し上げましょうか。」

俺の目を見据える隊長の目は、どこか暗く感じた。
まるで深い深い水中のような。
光が届かない深海。

あぁ、苦しい。
まるで息が出来ないじゃあないか。
首元を掻きむしる。
水の中で人間は呼吸が出来ないような。
陸の上で魚は生活していけないような。

まるで、俺だけが取り残されているような。
自分だけが、場違いなところにいる感覚。

浅葱色の背中が遠ざかっていく。

ごぽり、ごぽり。
水の中で息を吸おうとして口を開けた人間は、酸素を全て吐き出してしまうように。
自分で自分の首を絞めてしまっているのだろうか。


もう一人、もう一人と斬っていく。
泣きながら許しを請う人間の姿は滑稽だ。


ばたばたばた。
陸に揚げられた魚のように、ひたすらもがく。
ひたすら人を斬り続ける俺は、周りに呑み込まれないために足掻くのか。
呑み込まれてしまうために、もっともっと深くにのめり込むためにもがくのか。
その姿は端から見たらさぞかし滑稽だろう。

血を浴び、ただただ斬っていく。
真っ赤に染まった俺の躯は、水でどんなに洗っても落ちることはない深い業の証が刻まれているのだ。
足掻いてもがいて、生きていく。

水を求めて
空気を求めて
俺の居場所はどこにある?
(そんなの知るかよ。)
あぁ、逃げてしまいたい。
(逃げれるものならやってみな。)



まるで水魚の苦しみなれば
水魚…水揚げされた魚。


素敵なお題をありがとうございます。
隠江-こもりえ-

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