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□Particular
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急ぎ足で学校を出る。待ち合わせた時間には余裕が有るけれど、あの子の事だから、きっともう来ているだろう。教室でまこに貰った、麻雀部の後輩からのプレゼントを抱えたまま校門へ向かう。
そもそも、今日が私の誕生日だと言う事を、あの子から電話が掛かってくるまですかっり忘れて居たのだ。
そう言えば去年のこの日も、まこからプレゼントを貰った記憶が有る。部を引退したこの年も用意して貰えるとは思って居なかった訳で、去年よりも大きめの包みを入れる鞄なんて持ち合わせていなかった訳だけど。
校門に差し掛かった所で、少し先に見覚えのある立ち姿。――やっぱりもう来てたか。
「美穂子ー、」
帰宅する生徒の声にかき消されない様に、片手を上げて彼女の元へ足を進める。向こうも気付いてくれた様で、私と美穂子の距離は一気に縮まる。
「お疲れ様です、上埜さん。」
先程まで閉じて居た右の目が開く。見る度吸い込まれてしまいそうな程に、綺麗な右の目。
「…うん、美穂子もお疲れ様。」
目の前の美穂子が可愛くて、愛しくて、この子が近くに居ると、自然と頬が緩む。風を受けてか、僅かに赤み掛かる美穂子の頬に掌を添える。先程まで室内に居た私の温度よりも、遥かに冷たい。
「―美穂子、凄く冷たくなってる。」
会う度会う度、どこかしら触れては居るのだが、美穂子は未だに慣れないらしい。小さく肩が跳ねた後、視線が僅かに降下。その後、ゆっくりと目を合せて、耳まで赤くする。
「…上埜さんは、暖かいです。」
再び落とされる視点。美穂子は私よりも、幾らか身長が低いから仕方ないのかもしれないけれど、見上げてくれる彼女が可愛くて、少し惜しい。勿論、正面から見ても可愛い事に変わりは無いのだが。
出先の図書館で、人の少ない場所を探す。向き合うのではなく、最近は隣同士に座るのが習慣になっている為、勿論今日も、隣は美穂子と荷物。飲み物を、と目先の自販機に買いに行った彼女の後姿を見ながら、二人で会うのは何回目だろうと考える。少なくとも、指を折って数えるのは難しい回数になって居ると思う。
夏なら兎も角、寒くなってくると、外気に触れた指先が冷えて敵わない。片方はコートの中で繋いで暖めるとして、もう片方は如何したら良いのだろう。美穂子は規定の鞄を腕に掛けて、コートのポケットに突っ込む様なタイプではないし…、手袋でもプレゼントしたら、使ってくれるだろうか。
「…上埜さん。」
そんな事を考えている内に、ホットのココアを二つ持った美穂子が戻って来た。
「…有難う。御免ね、買って貰っちゃって。」
隣に座る美穂子と話しやすい様、基、ちゃんと顔が見えるように座り直す。
「いえ、今日は上埜さんのお誕生日なので。…それで、その…。」
急に口ごもる美穂子。
「有難――…どうかした?」
「…それ…、後輩達から、ですか…?」
目線の先には、まこから貰った紙袋。
「ああ、うん。まこが皆からって届けてくれたんだけど…、此れがどうかしたの?」
向き直って彼女を見ると、膝の拳を作った両の手を乗せ、下唇をきゅっと噛み締めて居る。
「美穂子…?」
何と無く不安になって、顔を覗く。
「…一番が良かった。」
「……え?」
ぽつりと、音が漏れる。
「…上埜さんにおめでとうって言うのも、プレゼントも。」
「―…あは、は…貴女がそんな事考えてたなんて。」
「…っ、済みません…折角のお誕生日なのに。えっと…、これ…、上埜さんに…。」
考えてみると、美穂子がこういう事を口にするのは初めてだ。本音と言うか、我儘と言うか。美穂子でもそう言う事を考えて居るのだと思うと、何だか凄く、嬉しくなる。鞄から取り出された包みを受け取りながら、彼女を見つめる。
「ううん、すっごく嬉しい。プレゼントもだけど、美穂子がそんな風に思っててくれた事も。…第一、一番最初におめでとうって言ってくれたのは美穂子よ?」
「…でも…。」
昨晩、日を跨ぐほんの数分前に、彼女から電話が掛かって来た。機械が苦手で、未だに携帯も満足に触れない美穂子から。零時ぴったりのおめでとうと、今日のお誘い。それだけで十分すぎる程に嬉しかった。
「―、それじゃあ来年は前日から一緒に過ごしましょうか。…美穂子の誕生日も、私のも。」
「え…?」
「それなら問題ないでしょう?私も、美穂子の誕生日は一番にお祝いしたいし。…決定。」
「う、…嬉しいですけど…。」
先の構想で、顔を真っ赤にする美穂子。
「ねえ、…これ、開けても良い?」
まだ何か言いたそうな美穂子は、頬を赤く染めたまま、渋々と言った様子で頷く。それを確認してから、丁寧に包装紙を開ける。