天魔(エンビル)
□ざわめく心
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「…天界か」
ルーヴは空を見ていた。姉に影響を与えたネルという人物について考えていたのだ。
会ってみたい、ただの好奇心だが、ルーヴは天界に行くことを決意した。
リヴとは違い、いじめやいたずらはあまり好きではないので、発明に役立つ物を手に入れることにした。
それを口実に、リヴから天界の情報を聞き出したのは言うまでもない。
ネルは背伸びをしていた。約一時間、天使学(人間界で言う歴史)の復習をしていたのだ。
「次は魔法学ですけど…、ふわぁあ」
ネルは大きなあくびをした。そして、机に顔を伏せて、すぐに眠ってしまった。その表情は、とても幸せそうな笑顔だ。
「姉ちゃんからの情報だと、確かここらへんなんだけど…」
ルーヴはネルの家を探していた。他の天使に見つからないよう、慎重に空を飛び回った。
ルーヴは白く丸い家を見つけた。
その家の周りには花壇があり、美しい花が色とりどりに咲き誇っている。家の裏には桃の木があり、花を咲かせている。
リヴの情報と一致していた。
ルーヴは窓から中の様子を伺った。下の階は、妖精が部屋の掃除をしていた。上の階は、ただ片付いた部屋があるのみで、誰もいなかった。
もう一つある二階の窓を覗くと、薄茶色の髪が見えた。薄茶色の髪は揺れ動き、顔が上がった。綺麗な青い目、桃色の頬、小さな鼻、可愛らしい唇、丸い輪郭、まさしくネルだ。ルーヴの顔が少し熱くなる。
「リヴ…ちゃん?」
ネルは寝ぼけた目をこすりながら、窓を開けた。
「リヴちゃん、随分と変わったのです。かっこよくなったのです」
「いや…、僕は…」
「立ち話もなんですから、お入り下さい、なのです」
ルーヴは窓からネルの家に入った。綺麗に整理整頓のできた部屋だ。
「…あれ?リヴちゃん…じゃないです?」
「僕はリヴの弟、ルーヴ。姉ちゃんから、君のことは聞いてるよ」
ネルは嬉しそうな表情だ。
「ルーヴ君ですね!初めまして、ネルです」
お互いに握手を交わした。
「リヴちゃんとそっくりなのです」
「よく言われるよ」
ネルはルーヴの顔や服をジッと見た。
「…どうしたの?」
「ネル、男の子の服を持っていないので、ルーヴくんをコーディネートできなくて…残念なのです」
ルーヴは自分の服を見た。
「似合ってないかい?」
「違うのです、もっと似合う服を合わせたかったのです」
ルーヴはクスリと笑う。
「また次の機会にお願いするよ」
「はいです!」
ネルとルーヴは自分のことや自分が住む世界のことなど、たくさんの話をした。
「本当に君って、天然だね」
「単にドジなだけなのです!」
ネルは頬を膨らませた。
その時、「ネル様」と呼ぶ声とともに、ドアのノック音が聞こえた。
「っ!!ネル…、僕は帰るよ」
「えっ、待って下さいです!」
ルーヴは、窓から家を出た。
「ネル様」
ジェルはネルの部屋のドアをノックした。しかし、応答がない。話し声はするが、内容まではよくわからなかった。
「ネル様?」
ジェルはゆっくりとドアを開けた。ネルは悲しそうな表情で、窓の向こうを見ていた。
「どうかされましたか?」
ネルは横に首を振った。
「何でもないです…」
ネルは魔法学の教科書を本棚から取り、椅子に座った。
ジェルは首を傾げながらも、持ってきたジュースを机の上に置いた。
ルーヴは空を飛びながら、考え込んでいた。
ネルの考え方、それが姉ちゃんに影響を与えたのかもしれない。人を信じる心、人と仲良くなろうとする姿勢、どんなに裏切られようが騙されようが、笑顔でその人を迎える強さ…。
君は凄いよ、とルーヴは感心していた。
「さてと、帰る前に鉱石を探さなくちゃ」
リヴへの口実を達成するべく、鉱石がありそうな山を探した。
夕暮れ時、ネルは勉強を終え、休んでいた。
「もう帰ってしまったでしょうか、ルーヴくん…」
ネルは起き上がり、家の外に出た。もう一度、ルーヴに会いたい。そして礼を言いたかったのだ。
ネルは、まだルーヴが天界にいるような気がしていた。しかし、探しても探しても見つからない。
「…いませんです」
ネルは空を見た。綺麗な夕焼け色に染まった空は、段々と暗くなっていく。
もう諦めて帰ろう、そう思い、飛び立とうとしたその時だった。
遠くの方に、こうもりを見つけた。しかし、天界にいるこうもりと比べるとはるかに大きく、しっぽもついている。
ネルはそのこうもりに近づいた。輪郭がはっきりとし、それがルーヴであることに気がついたネルは、手を振りながら呼びかけた。
「ルーヴくん!」
ルーヴはネルに気づくやいなや、驚いた表情でネルに近づいた。
「ネル、一体どうしたの?」
「今日はありがとうございました、なのです!ネルの家に来て下さり、楽しいお話して下さり、とても嬉しかったのです!」
ネルは満面の笑顔だった。その笑顔を見たルーヴは、胸のざわめきを覚えた。
「それを言うために…わざわざ僕に会いにきたの?」
「はいです」
ルーヴはネルに微笑みかけた。
「こちらこそありがとう。楽しかったよ」
「また会いましょう、なのです」
ネルは自分の家に、ルーヴは冥界に帰った。帰り道、ネルとルーヴの二人とも輝かしい笑顔だった。
「天界で何取ったのよ?」
リヴがしつこく聞いてくるので、ルーヴは仕方なく収穫した物を出した。魔石が出てきた。
「あまり取れなかったんだよね…」
「へぇ、ルーヴにしては珍しいわね!」
リヴはニヤニヤと笑いながらルーヴを見た。
「…何?」
「別に〜?ただ、ルーヴの顔が少し赤くなってただけよ、フフフ」
ルーヴは眉を吊り上げた。
「ハァ?…僕の顔が赤いってだけで、どうして笑うの?」
「だから、別に何でもないわよ」
ルーヴは首を傾げるのだった。
「ルーヴ様、何故アタクシを連れてってくれなかったんですか?」
ラミは少しふて腐れた表情だ。
「一人でゆっくりと探検したかったんだ。天界は初めてだしね」
ラミはいまいち納得がいっていない様子だ。
「今度、どこか出かける時はアタクシも連れてって下さいね!」
「ああ…」
ルーヴは胸のざわめきについて考えていた。
ネルと出会ってから、このざわめきが止まらない。何だろう…、この気持ちは?
ルーヴはため息をついたのだった。
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