天魔(エンビル)
□契約(であい)
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魔界にある大きな家の一室で、リヴは魔法書を開いて読み進めていた。しかし、「あーもぉお!」と半ば奇声を挙げ、その魔法書を投げ捨てた。
「何で魔法の勉強ばっかしなくちゃいけないの?!」
「文句ならママに言ってよ、姉ちゃん」
ルーヴの一言にうなだれるリヴだった。
「また怒られちゃうよ?」
「あのクソババァなんて消えちゃえば良いんだわ」
「誰がクソババァなのかしら…?」
悪寒を感じたリヴはすぐさま振り返った。
露出度の高い下着のような服を着ている、髪の長い女性の悪魔が眉間にしわを寄せていた。この女性こそ、リヴとルーヴの母親である。
「リヴ!また怠けてんのね?!本当にアンタって父親に似て怠慢ね…。アタクシくらいの美貌があるのに、勿体なさすぎ」
「怠慢で結構よ!」
リヴは母親に舌を出した。
「…出来損ないのリヴに比べて、ルーヴちゃんはお利口ねぇ!」
母親はルーヴに抱きついた。たちまちルーヴの顔が青ざめる。
「ママ…止めて…」
「もう、照れ屋さんなんだから」
母親の大きく膨らんだ胸がルーヴの顔に当たる。ますますルーヴの顔は青ざめた。それを見たリヴは、笑いをこらえるのに必死だった。
ある日、リヴは荷物をまとめていた。ルーヴはその様子を見て、察しがついた。
「前から言ってたもんね。実行するんだ?」
「もぉ嫌!こんな居心地悪い窮屈な家なんて」
ルーヴはリヴに紙を手渡した。リヴは紙を不思議そうに眺めた。
「何コレ?」
「手頃の家、見つけておいたんだ。魔界じゃなく、冥界にある家なんだけどね」
リヴはそれを受け取りつつ、唖然とルーヴを見つめた。ルーヴはそれに気づき、口を開く。
「僕も正直に言うと…こんな家こりごりしてるから」
リヴは目を輝かせた。
「やるじゃん!」
「さっさとまとめちゃおう」
ルーヴも自分の荷物をまとめた。リヴは大きなリュックや大きな鞄に色々と物を詰め込んでいた。
「…何入れてんの?」
「宝石でしょ、アクセサリーでしょ、洋服でしょ、それから…」
「そんな必要ないもの、置いてけば?」
「必要よ!!それに、売ることもできるから持っていってんの!」
最初から売って金にしとけよ…、そう思うルーヴだったが呆れて物が言えなかった。
雲の間から顔を出す綺麗な満月に照らされた冥界。その空を二人の悪魔が飛んでいた。
「…何でさ、僕が姉ちゃんの分まで持たなくちゃいけないわけ?!」
ルーヴは大きな荷物二つと自分の荷物を持っていた。ちなみに、リヴはショルダーバッグを肩にかけているのみだった。
「か弱いレディに、そんな重たい荷物を持たせる気?」
わがままで自己中心的な所は母親そっくりだな、と思うルーヴだった。そして、これから姉のわがままに付き合わないといけないことに、溜め息をつくのだった。
ルーヴが目星をつけていた家にようやく着いた二人は、地面に荷物を置いた。
石製の家で、建ってから時が経っているのだろう、壁が少し風化し、小さな傷やひびが走っている。しかし、二人暮らしには丁度良い大きさだ。
「ちょっと古いけど、良い感じじゃない!」
「でしょ?早速入ろうよ」
二人は、扉の先に待ち受けている光景に驚いた。家の中で、たくさんの魔獣が暴れているからだ。
「ルーヴ、どういうこと?!」
「知らないよ!」
一匹の雄の魔獣が二人に近づき、睨みつけた。
「何だよ、テメェら!ここはオレ達の家だぜ?とっとと立ち去れ!!」
「元々は悪魔が住んでた家でしょ?!アタイ達に譲りなさいよ」
「ハァ?!譲るわけないだろ」
魔獣は牙をむき出しにした。
「やる気満々ってとこか…。ルーヴ!」
ルーヴは槍を取り出し、リヴに手渡した。リヴは槍を構えた。
「悪魔だからって容赦しねぇぜ!」
リヴは槍を振り回し、一突きする。魔獣はひらりと避け、爪でリヴを引っ掻いた。リヴは横に避けるも、頬にかすり傷ができる。
「行けぇ、ディブ!」「悪魔をやっつけろ!!」
他の魔獣達は、戦っている魔獣、ディブを応援していた。
「悪魔なんかに負けてたまるかよ!」
ディブは素早い動きで間合いを詰め、爪を振るった。リヴはニヤリと笑い、迫る魔獣を槍で突く。
「いてっ?!」
ディブは自身の軌道をそらし、何とか槍を避けた。しかし、脇腹スレスレの槍に気を取られ、頭上の拳に気づいたのは頭に痛みを感じてからだ。
「アタイは強いの。さっさとのきな」
「ま…まだまだ!!」
リヴは指を鳴らした途端、ディブの尻尾の先に火がついた。
「どわっちっちっ!!?」
ディブは涙目になりながら、飛び上がった。
「まだ刃向かう奴がいるなら…かかってきな」
リヴは仁王立ちになり、ニッコリと笑っていた。
雄の魔獣達は、一斉にリヴに襲い掛かった。大勢の魔獣が一人の悪魔に迫る。しかし、リヴは槍を振り回し、華麗に魔獣を払い除けた。
一方、ルーヴは姉が戦っている間に裏口へと回った。裏口の戸を開けると、案の定、魔獣が集っていた。
「表のオスが騒がしいと思ったら、アンタのせいだったの」
一匹の雌の魔獣がルーヴに近づいた。そして、鞭を振り回す。
「住処が無くなると困るの。共同しようにも、スペースはないしね。…他を当たってくれない?」
「それは無理だ」
魔獣は鞭を振るった。ルーヴは瞬時に小型銃を取り出し、後ろに避けながら撃った。弾は魔獣に当たらず、壁に当たる。
「今のは威嚇だ。次は君に当てるよ」
「鞭と銃、こちらが不利ね…。ならば!」
魔獣はルーヴに近づいた。ルーヴは銃を構え、容赦なく撃つ。魔獣は銃口の向きから弾の軌道を読み取り、当たらないよう素早く避け、もう一度鞭を振るった。ルーヴの両手は塞がっている。それに加え、銃を撃った反動で瞬時に動けない。
「頭良いね」
ルーヴは足元にあった小石を尻尾で突き上げた。
「っ!」
魔獣は顔をしかめた。腹に小石が直撃したからだ。
「ちょっと、ベル!何やってんのよ!!」「あんな奴、さっさとやっつけなよ」
他の周りにいる雌の魔獣が、戦っている魔獣、ベルを応援していた。
「そう言うなら、あなたたちも戦いなさいよ」
「えぇ?!めんどい!」「この美肌に傷がつくなんて、ありえませんわ」
ベルは眉を吊り上げた。苛立ちを我慢しているのか、握った拳が震えている。
「アンタたち…」
「あのさ、どいてくれるの?くれないの?」
ルーヴの言葉に、ベルは冷や汗をかいた。
実力の差は圧倒的、周りの雌の協力には期待できない、このまま家を引き渡すしかないのか…?
「アンタ戦いな!」
「ワタクシ達のために戦ってくれるわよね?ラミ」
ラミと呼ばれた一匹の魔獣は、無理矢理前へ突き飛ばされた。
「む、無理だよ…」
「ハァ?何言っちゃってるわけ」
ラミは唾を吐きかけられた。
「戦わなきゃ、これ以上の仕打ちが待ってるわよ」
ラミは仕方なく木でできたハンマーを持ち、構えた。そして、ルーヴに近寄る。しかし、その表情に戦う意思など全くなく、むしろ怯えたものだった。
ルーヴは銃を構え、引き金を引いた。狙いはラミでもベルでもなく、ラミに戦うよう促した後ろの雌の魔獣だ。その魔獣は横に避け、間一髪弾に当たらなかった。
「キャアア!!な、何よ?!」
ルーヴは容赦なくもう一発弾を撃つ。魔獣は涙目になりながら避けた。
「何でよ?!攻撃も刃向かってもないのに…!」
「ムカつくから」
ルーヴが引き金を引こうとしたその時、リヴがこの部屋に入ってきた。
「あら、ここにいたのね」
「姉ちゃん、どう?そっちは」
「完璧よ!あっちが降参したわ」
リヴの言葉を聞いた雌の魔獣はうなだれた。ルーヴは笑顔になり、銃を仕舞う。
魔獣は家を出ていく準備をした。一部の魔獣は、リヴの命令により家の掃除をする者、食料を調達する者、リヴのマッサージをする者もいた。
「オレ、テメェの強さに惚れたぜ!」
ディブは片付けもせず、リヴに言い寄った。
「お前についてくぜ!めんどいことはやんねぇけどな」
「アタイ、ペットなんかいらないわよ。面倒見るのめんどくさいし」
ディブは頭を下げた。
「頼むよっ!!オレ…強い男になって、仲間達…いや、オレの種族全員を束ねるリーダーになりたいんだ!」
「どうしてそんなんになりたいのよ?」
ディブはニカッと笑ってみせた。
「カッコイイじゃん!」
リヴは顎に手を当てた。しばらくして頷き、ディブに左手を差し出した。
「わかったわ、アタイの元に来なさい。ただし、言うこと聞いてもらうわよ」
「わかってるって!」
ディブはリヴの手に触れた。たちまち、リヴの手の甲には魔法陣が刻まれ、ディブの胸にはハートマークが浮かび上がった。
ディブは自分の胸のマークを見て、顔をしかめる。
「え〜、これ…お前の趣味?」
「ハート、可愛いでしょ?」
ディブは不機嫌な様子で地面を蹴った。
「ディブが行くなら、アタシもその悪魔の下に行くわ」
ベルはリヴに近寄り、頭を下げた。
「ディブの妹、ベルと申します。ディブは行動的でバカなので、計画的で利口なアタシ、ベルとも契約した方が得策かと」
「おいてめぇ、何気にオレの悪口言いやがって!」
ベルはディブが睨みつけてくるのを無視し、リヴに手を差し出した。
リヴは躊躇わず右手を差し出し、ベルの手に触れた。左手の甲と同様、魔法陣が刻まれる。
「良いなぁ」
ルーヴが羨ましそうにリヴを見ていたので、リヴは自慢げな表情を浮かべた。
「あ、あの…」
ルーヴは声のする方へ振り向いた。そこには、ラミと呼ばれていた雌の魔獣が俯き気味に立っていた。
「あの、さ、先程は……ありがとうございました」
ラミは頭を下げた。
「そして…その、お願いがあります。あなたの下で…その、は、働きたいんです」
小さな声を振り絞り、ラミはルーヴの顔をうかがった。ルーヴはまんざらでもない様子で手を前に出した。それを見たラミは、驚き半面、喜びの笑顔となった。
「あ、ありがとうございますっ!」
ラミはルーヴの手に触れた。ラミの胸に星マークが浮かび上がる。ルーヴは手の甲ではなく、肩に魔法陣が刻まれた。
「ラミの奴……」
他の雌魔獣達が、恨めしいと言わんばかりにラミを睨みつけていた。ラミは慌ててルーヴの陰に隠れた。
「堂々としなよ」
ルーヴの言葉に促され、ラミは陰から顔を出した。やがて決意したのだろう、眉を吊り上げ、雌魔獣達の前に出て、胸を張った。
「アンタ達は野良生活でもしてな!」
ラミの勝ち誇った笑顔は、実に輝かしいものだった。
こうして、イーサルト姉弟と魔獣達は出会い、共に生活を始めたのである。