ヒカルの光

□終章
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「うっ……」

東京都のとある病院で、一人の少年が目を覚ました。少年は、あまりの眩しさに、顔をしかめる。

「ヒカル!」

ヒカルと呼ばれた少年は、声のした方向に顔を向ける。光を遮る影は、だんだんとその輪郭をあらわにしてゆく。黒い髪の女性で、少しよれっとした薄いシャツとジーンズをはいている。ヒカルはその顔に見覚えがあった。

「かあ……さん…?」

女性、すなわちヒカルの母はヒカルに抱きついた。ヒカルは何がどうなっているのか、全くわからなかった。

「母さん…?どうしたの?」

ヒカルの母は泣き崩れていた。
ヒカルは少し周りを見渡した。白い天井に白い壁、周りはカーテンがひかれている。

「…ヒカル?」

もう一人、ヒカルに近づく者がいた。黒髪の男性で少し髭を生やしている。グレーのスーツを着ているが、ネクタイを緩め、上着は腕にかけていた。

「父さん…」

男性、すなわちヒカルの父はヒカルを見るやいなや、笑顔となった。

「良かった…、本当に良かった…!」

その目にはうっすらと涙が見えた。



父親の話によると、ヒカルはおつかいの途中に交通事故に遭ってしまい、病院に送られた。大した怪我はなかったが、意識が五日も戻らなかったそうだ。

「先生が、退院は少し様子を見てからになるって言ってた。でも、問題無ければすぐに退院できるそうだ」

ヒカルはいまいち納得いかなかった。交通事故にあった覚えがないからだ。

「…父さん」

ヒカルの父はヒカルを見つめた。

「どうした?」

「僕…、夢を見てた気がするんだ」

「どんな夢なんだい?」

ヒカルは父を見つめた。

「僕が剣と盾を持って、やってくるモンスターを倒す夢。その手助けをしてくれる人がいて、それが天使と悪魔なんだ。
…なんか笑っちゃうよね、ゲームじゃあるまいし」

ヒカルの父は相槌を打った。

「夢の中で生きようとしてたんじゃないかな?ヒカルは、夢の中で戦ってたんだよ、きっと。…よく頑張ってくれたね」

ヒカルの父は、ヒカルを優しく抱きしめた。ヒカルは何故かまぶたが熱くなった、何故か溢れてくるものがあった。
父親の胸の中で、ヒカルは静かに涙を流した。



面会時間が終わり、両親が帰ってしまった。ヒカルは遠くにある窓から見える夕日を眺めた。

ヒカルは記憶を辿ってみた。おつかいを頼まれ、その道中に突然意識がなくなったのは覚えている。しかし、車にひかれた覚えも、まして車が通った覚えもないのだ。

ヒカルは腕を組み、首を傾げた。

「失礼します」

ヒカルの元に看護師がやってきた。ヒカルは看護師に会釈する。

「遠藤君、今から体温と血圧と脈を測ってもよろしいでしょうか?」

「あ、はい」

看護師は体温計をヒカルに差し出した。

「脇の下にこれを挟んで下さいね」

ヒカルは体温計を受け取り、体温計を脇の下に挟むため、襟に手を入れた。

「……ん?」

ヒカルは固い物が手に触れたので、体温計を脇に挟んだ後、その固い物を取り出した。青い宝石がついたペンダントだった。

ヒカルはペンダントを眺めた。透き通った、吸い込まれそうな青色だ。

「あら?綺麗なペンダントですね!もらった物?」

ヒカルは看護師の質問に対する答えに困った。ヒカルにはペンダントに関する記憶がないからだ。

「ええ、まあ…」

「いいですねぇ、素敵なプレゼントをしてくれる人がいるなんて…」

看護師はヒカルに微笑みかけた。

ヒカルはペンダントの青色に夕日の赤色を重ねた。ペンダントは赤色に負けじと青い光を放っているように見える。

青い光に見覚えがある気がした。しかし、ヒカルは思い出せなかった。




ヒカルは目覚めた日を含め、三日の病院生活を送った後、退院した。特に問題は無かったようだ。

父親の車の中で、ヒカルは景色を眺めていた。全てが懐かしく感じた。まるで、長旅から帰ってきたような気分だ。

「今日はヒカルの退院祝いしなくちゃね!夕飯何が良い?」

「僕はビールに合うものなら、何でも良いけどね」

「あなたに聞いてないの!ねぇ、ヒカル」

母親の呼びかけに、ヒカルはキョトンとした表情で振り向いた。

「え?何?」

「もぉ、聞いてなかったの?夕飯どうする?何か食べたいものある?」

ヒカルはすぐに思いついた食べ物を言った。

「おにぎり…かな」

「おにぎり?わかったわ」

ヒカルの父が顔をしかめる。

「夕飯がおにぎり?もっと豪華な夕飯が良いのに」

「もう、あなたったら!自分のことばっかり」

ヒカルはクスリと笑った。こんな日常的な話に笑える自分に驚きを感じつつも、その場を楽しんだ。

「あっ、母さん、おにぎりに梅干し入れてよね!無いなら昆布でも良いけど」

「わかってるわよ」

微笑ましい家族の時間が戻ってきた。ヒカルは、この当たり前の日常に感謝せずにはいられなかった。



ヒカルは自宅に着いた後、しばらく自分の家を眺めた。

「なんか……わかんないけど、すごく嬉しい」

ヒカルの呟きに、母親が微笑んだ。

「そりゃあ仕方ないわよ。ささ、中に入りましょう」

ヒカルは玄関に入り、リビングに向かった。そして荷物を下ろし、リビングにひいているじゅうたんの上に座った。

「はぁ、疲れたぁ……」

「お疲れ」

父はソファーに座り、テレビをつけた。ちょうど夕方のニュースをしている。

ニュースキャスターが淡々と言葉を連ねていた。

「昨日、広島県の山奥に植物状態となった男性が見つかりました。その男性に外傷は見られず、植物状態になった理由は不明で、……」

プツンッ!テレビの電源を消されてしまった。

「こんな暗いニュース、今見ないといけないわけ?」

母は不機嫌な表情で、机の上にリモコンを置いた。

「世の中を知るには、新聞やニュースを見ないと…」

「今日くらいはテレビなんて点けないで、家族の時間を楽しみたいの!ヒカルのためにも」

父は苦笑いを見せた。母は唇を尖らせたまま台所に戻り、夕飯の準備を始めた。

ヒカルは母親に近寄り、笑顔を見せた。

「母さん、おにぎり作るの手伝うよ!」

「あら?珍しいわね」

「お礼だよ、お礼!」

ヒカルの母は袖をまくり上げた。

「じゃ、早速作ろうか!」

「うん」

ヒカルは母親を手伝った。おにぎりを作ったことはなかったため、いびつな形のおにぎりになってしまったが、それはそれで楽しかった。

「今まで手伝ったことないのに、どういう風の吹き回し?」

「なんとなく」

ヒカルはおにぎり作りを頑張った。



この日の夕飯は、おにぎりとポテトサラダ、味噌汁に唐揚げだ。

「いただきまぁす」

ヒカルは最初におにぎりをいただいた。自分で作った梅握りだ。パクリと一口、口に含む。

安い米と梅を使っているのに、何回も食べたことがあるのに、その味は懐かしく、とても美味しく、ヒカルにとって最高のおにぎりだった。

久しぶりに食べた気がする、ヒカルはそう思いながら、夕飯を楽しんだ。



夕飯の後、自分の部屋へ行った。勉強机に本棚、大きな窓、いつもの部屋だ。

「………」

ヒカルは記憶を辿った。部屋の真ん中に、突然現れた子がいた気がする。考えを巡らせながら、ヒカルは机の上に、ペンダントを置いた。

「………ネ…ル?」

青いペンダントを手の上に置いてくれた笑顔を思い出した。その漠然とした記憶と、夢に出てきた天使、ネルが一致した。

「…これは……、天使にもらった…もの?」

ヒカルは頭を抱えた。思い出したいのに思い出せない。ぽっかりと空いた記憶の穴が、ヒカルを苦しめた。




翌日、ヒカルは中学校に登校した。久しぶりの学校だが、あまり楽しみではなかった。いじめという儀式が再び開かれているかもしれないからだ。
しかし、クラスの雰囲気は明るく、いじめの「い」の字もなかった。そんなクラスで、ヒカルは注目の的になっていた。

「交通事故にあったんだって?」

「痛かった?走馬灯ってあった?」

「病院に入院してたんだろ?」

ヒカルにとっては、ウザい以外の何ものでもなかった。


ヒカルの机の中には、プリントが入っていた。問題プリントや連絡プリントなど様々だ。

「あ、あの……」

ヒカルが机の中をあさっていると、ヒカルの横に女子が立っていた。黒い髪を肩に垂らし、眼鏡をかけている、いたって地味な女の子だ。クラスメイトだが、挨拶以外では関わりがなかったので、話しかけられたのは正直驚きを感じた。

「何?」

「こ、これ……」

女の子はヒカルにノートを差し出した。表紙には算数、社会などの教科名が書かれている。

「や、休んでた……から…」

「あ、ありがとう」

ヒカルがノートを受け取ると、女の子はそそくさと自分の席に戻っていってしまった。
ノートを開いてみると、綺麗にまとめていて、とても見やすい。ところどころに描かれた絵は、可愛らしかった。

「へぇ、良かったじゃん!」

一人のクラスメイトの男子がニヤニヤと笑う。

「そんなんじゃない」

「遠藤、お前何か雰囲気変わったな」

男子の言葉に、ヒカルは首を傾げた。

「僕の雰囲気が変わった…?」

「前はさ、周りとあんま馴染まないような雰囲気かもし出してたんだ」

どんな雰囲気だよっ!と心の中でツッコミつつも、ヒカルは静かに聞いた。

「今は明るい…というか、何て言うんだろ?とにかく変わった」

「…変わった、か」

ヒカルはまんざらでもなかった。


ヒカルはふと窓ガラスを見た。周りの窓ガラスと比べて、非常に綺麗な窓ガラスがある。

「ガラスが新しくなってる…。どうして?」

ヒカルの呟きに、男子は当然のように答えた。

「クラス全員で弁償したじゃん!覚えてねぇの?」

「なんで弁償したんだ?」

「なんでって…、クラスの誰かが暴れてガラス割っちゃってさ、止めなかったから連帯責任だー!って先生が言い出して…」

ヒカルは納得がいかなかった。本当にそうなのか…?

「……リヴ…?」

ヒカルは思い出した顔があった。その顔に怒りを感じた。

「そうだ…、そうだよ!ネルとリヴ、二人がここにいたんだ」

男子は首を傾げた。

「何だよ、それ…。外国人?」

ヒカルは記憶を取り戻した気がした。まだ断片的ではあるが、はっきりとネルとリヴの顔を思い出した。

ヒカルは笑みをこぼした。

「今、二人は何をしてるかな…?」

ヒカルは窓の外に向かって、独り言を投げかけた。




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