ヒカルの光

□十九章
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ヒカルは剣を拾った。こびりついた赤い血、鼻を刺激する鉄のような臭いに、ヒカルは顔をしかめた。

終わったんだ……。

その思いが、ヒカルの緊張の糸をほどいた。ヒカルは地面に倒れる。

「ヒカル君、大丈夫です?!」

ネルはヒカルのそばに来て、回復魔法をかけた。見る見るうちに怪我がふさがる。

「一気に疲れちゃっただけだよ…」

「これ、お返しします、なのです」

ネルは持っているペンダントをヒカルの手の上に置いた。

「ネル…、ありがとう。何回言っても、感謝しきれないよ。本当に、ありがとう」

ネルは頷いた。

「人間にしてはよくやったわね」

ヴィリアはゆっくりとヒカルに近寄った。

「ヴィリアもありがとう」

「私はただあの悪魔が気に食わなかっただけ」

ヒカルは苦笑いを見せた。

「素直じゃないなぁ」

ヴィリアはクスリと笑った。

「アンタなんかに手柄を取られるとは、ねぇ」

リヴは少し悔しそうな表情だ。

「でもまぁ、アンタ頑張ったわけだし、賞品あげる!」

「賞品…?」

リヴはヒカルの上に乗っかり、ヒカルの顔に自分の顔を近づけた。

「な、何するつもりだよ?!」

リヴの口元がニヤリと吊り上がった。そして、ヒカルの体をくすぐった。

「な、なな、や、やめろっ!!」

「お黙りなさい!」

ヒカルは精一杯抵抗するが、先程の戦いの疲れもあってか、力が入らない。さらに、リヴの押さえつける力が強いため、暴れても無意味に終わった。

ネルはリヴに近付き、止めるように注意するも、リヴは一向にやめる様子はなかった。
ヴィリアは微笑むだけだった。


しばらく楽しんだ後、リヴはヒカルから下りた。ヒカルはぐったりと倒れている。

「あらぁ、大丈夫?」

「大丈夫なわけないだろ……」

リヴはヒカルの側に立ち、ニヤニヤとせせら笑うのだった。

今だ!ヒカルはリヴが油断している間に、リヴの足を掴み、引っ張った。

「なっ?!」

リヴは体勢を崩し、見事に尻餅をついた。

「一発殴って…」

ヒカルは拳を握り、そのまま起き上がろうとしたが、リヴの掴まれていない方の足の蹴りが見事にヒカルの頬を直撃した。多少加減をしてくれたのだろう、口の中を切るだけですんだが、ヒカルの体は横に倒れた。

「この変態!!アタイのパンツ見やがって!」

ヒカルはあまりの痛みに頬をさすった。その目に涙が浮かぶ。

「っつう、見てないって…。お前のなんて興味ない」

「あのアングルだったら意識しなくても見えるわよ!…ていうか、このアタイに興味ないなんて、逆にムカつくわ!!」

「ムカつくのはこっちだ!お前に蹴られ殴られくすぐられ…さらには仕返しもできてねぇんだ!!一発仕返ししてやる!!」

「やれるもんなら、やってみな!」

ヒカルは立ち上がり、リヴを追いかけた。リヴは舌を出しながら逃げた。

「人間は元の状態に戻ったわね」

ヴィリアの一言に、ネルは首を傾げる。

「あの人間が持つ怒りや悲しみを、リヴちゃんが追い払ったってこと」

ネルは納得した笑顔で頷いた。




ヒカルはリヴを追いかけるのを諦めた。体力の無駄だと痛感したからだ。疲労している体力をさらに使い果たしてしまい、後悔を感じる。
人間界に繋がる扉を見上げ、ヒカルは息を呑んだ。

「…結局、謎を残したまま帰っちゃうのか」

「謎…です?」

ヒカルは指を四本立てた。

「何故メリアは僕を魔界に連れ込んだのか、どうして僕だったのか、シャンドが攻撃された時、なんで僕は痛みを感じなかったのか。そして、シャンドの弱点って、何だったんだ?」

ネルは腕を組み、考えた。

「……確かに謎です」

「答えたるわ」

聞き覚えのある声のした方向へ振り向くと、そこにはマントに身を隠したメリアがいた。

「メリア!?今までどこにいたんだ?」

「まずはシャンドの件やな」

人の話を聞けよっ!というヒカルのツッコミは、メリアに届かなかった。

「痛みはうちの魔法なんや。簡単に影を倒されてもおもろうないからなぁ。影を攻撃すると痛いってなったら、あんま攻撃せんやろ?」

確かに…、ヒカルは納得した。

「シャンドの弱点については、うちの魔力が断ち切れん限り、実は無敵やねん」

「ハァ?!」

ヒカルは思わず声を荒げた。

「辻褄合わないじゃん!なんでアイツ右目を庇うような行動したんだ?なんでナターシュに殺されたんだ?」

「右目はうちとの契約印やと思うてぇな、特に意味はあらへん。ただ、攻撃されるとシャンド自身の魔力が減るっちゅうだけ。だから庇ったんとちゃう?
ほんで、あの悪魔、うちとシャンドの繋がりを断ち切ってもうたんや…。かなり魔力消費したはずやねんけどな…」

ヒカルはキョトンとした表情でメリアを見つめた。魔法のうんぬんかんぬんの話は、理解しがたい。
とりあえず、メリアの魔法を断ち切られたから、シャンドは消えた、そういう理解に収めることにする。

「次に、うちが人間を魔界へ連れ込んだ理由やな!これは簡単、楽しそうやったから。人間が魔界に来て冒険するやなんて、めっちゃおもろいやろ?」

ヒカルはメリアに対し沸き起こる怒りを抑えるのに必死だった。

「最後に、何故アンタやったか。これは疑問に思うわなぁ!何せ、ぎょうさんおる人間の中から選ばれたんやもんなぁ」

「もったいぶらず、さっさと答えろ」

メリアはニヤリと笑った。ヒカルは唾を飲む。

「テキトーや」

ヒカルは思い切りずっこけた。お笑い芸人がよくやるような感じで、大袈裟にリアクションをとってしまうが、気にせずヒカルはツッコミを入れた。

「テキトー?!いい加減過ぎるだろ!!他になんかあるんじゃないか?僕に魔力を感じたから、とか…」

「強いて言うなら、アンタの性格おもろいから?」

「疑問符使うな!!」

メリアはゲラゲラと笑う。

「あんな、人間は誰でも少なからず魔力を持ってんねん!ほんな…魔力を感じたっちゅう理由はありえへん」

「僕の魔力は他の人より多かった、とか…」

「自惚れたらあかんわ。アンタごく普通の人間やし」

腹立つ!確かに僕は普通だと認めてるけど、言われると腹立つ!!

ヒカルはメリアに殴りかかろうとしたが、ネルに止められた。

「運命のいたずらのおかげで、楽しい冒険楽しめたからええやん」

「運命のいたずらのせいで、僕がどれだけ苦労したか…!命の危険にもさらされたんだぞ?!」

メリアは顔を背けた。

「ぶん殴る!」

「ヒカル君、落ち着いて下さいなのです!!」

「落ち着いてられるかっ!」

ヒカルはネルを振り切り、メリアを追いかけた。ネルは少し困った表情を浮かべた。

「待てっ!」

「待てぇ言われて待つアホおらんわ!」

ヒカルは剣を振った。衝撃波がメリアに襲いかかるも、メリアは余裕の表情で避けた。

「ヒカルはん、この冒険はどうやった?」

「最悪だった!全部お前のせいだぞ」

メリアは指を鳴らし、姿を消した。

「…どこだ?!」

「上や、上!」

突然、ヒカルに重たいものがのしかかった。ヒカルは耐えきれず、地面に倒れた。上に乗っているのは、メリアだ。

「チョロいもんやで」

「…降り……ろ」

メリアはヒカルに乗ったまま、笑顔でブイサインした。

「人間界に帰ってまうんか…。またつまらん日常がやってくるな」

「降りろって…言ってんだろ?!」

ヒカルはメリアをどかそうともがいた。しかし、メリアは一向に降りようとはしない。

「最後に聞きたいことがあんねん」

「ハア?!それよりも早く降りろ…」

「魔界での記憶は消してもええかいな?」

ヒカルは動きを止めた。

「…どういうこと?」

「いやぁ…、本来な、人間界に天使やら悪魔やらの記憶の持ち込みは都合悪いさかい、アンタの記憶を消そかな思って。
言うとくけど、アンタの両親や学校のクラスメートの、ネルとリヴに関する記憶は自前に消してあるから」

ヒカルは考えた。魔界での出来事やネルとリヴに出会った記憶を消されれば、僕は以前の僕に戻ってしまうのだろうか……?

ヒカルはしばらく黙ったままだった。

「消してもええか?」

ヒカルはゆっくりと口を開いた。

「どっちにしろ消すつもりだろ?」

「まあな!」

ヒカルは苦笑いを見せた。

「…だろうな。僕が人間界に戻ったら、記憶を消してもいいよ」

「わかったわ」

メリアはヒカルから降りた。ヒカルは立ち上がり、扉を見上げた。

「ヒカル君…」

ヒカルは振り返った。ネルが悲しげな表情で俯いていた。

「先程の話、本当です?」

「ああ。僕は記憶を消されちゃうんだってさ」

ネルはヒカルの手を握った。

「ヒカル君が忘れてしまっても、ネル達…お友達なのです!」

ヒカルは大きく頷いた。



ヒカルは扉の方を向き、ペンダントをかかげた。ペンダントは輝き出し、その輝きは扉を照らす。扉はゆっくりと開いた。扉の先は光に包まれていた。

「お別れ…だね」

「はいです…」

ネルは寂しげに俯く。ヒカルはネルに笑顔を見せた。

「あっ、そういえば…。メリア!」

ヒカルはメリアの方に向き、自分が持つ剣をかかげた。

「この剣、お前に返す!」

「なんや、それアンタのやで?返すもなにもあらへんがな」

「いや、でもさ、お前が事前に用意したんだろ?」

「ほんなん知らん」

ヒカルはメリアを冷たい目で睨みつけた。そして肩を落とし、溜息をつく。

「こんな物騒な物、僕の家になんか持っていけないだろ…」

「ネル、預かりますです!」

ヒカルはネルの方へ向き、少し喜びの混じる驚きの表情を見せた。

「いいの?」

「はいです!大切にします、なのです」

「ありがとう!」

ヒカルは、鞘に収めた剣をネルに差し出した。ネルは剣を受け取り、満面の笑顔となった。

「あ〜あ、ヒカル帰っちゃうのかぁ」

リヴは頭の後ろに手を回し、口をすぼめていた。つまらない、そう顔に書かれている。

「またいじめてあげるからね」

「お前の顔は二度と見たくない!」

リヴはクスクスと笑い、ヒカルに手を振った。

「じゃあね」

「バイバイ、なのです!」

ネルもまた、ヒカルに手を振った。

「バイバイ!」

ヒカルは手を振り返しながら、扉の先に進んだ。


僕は…何かが変わった気がする。冒険の記憶は消えてしまうけれど、僕は忘れないよ

勇気と仲間の大切さを……!

ヒカルの姿が見えなくなると、扉は自然に閉まった。

ネルは俯いた。

「また…ヒカル君に会えるです?」

「何落ち込んでんのさ!」

リヴはネルの肩をポンと叩いた。ネルはリヴの方に顔を向ける。

「いざとなれば、会いに行けるじゃないの!そうでしょ?」

ネルは大きく頷き、そして剣を抱きしめた。

「さっ、帰りましょっか!」

「はいです!」

ネルとリヴは、この場を立ち去った。





「…嘘つきね」

ヴィリアはメリアの隣で呟いた。メリアは黙ったままだった。

「人間…ヒカルに潜在する能力、あなたは感づいてたんじゃないの?」

「何のことか、サッパリやわ」

メリアはニッコリと笑い、何も言わずに立ち去った。

「宝石の原石は、磨かれてはじめて高価なものとなる…」

ヴィリアはそう呟いた後、ネル達に何も告げることなく去っていった。



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