ヒカルの光
□十七章
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ヒカルは大きく剣を振った。巨大な衝撃波がナターシュを狙う。
ナターシュは爪で衝撃波を切り裂いた。
「貧弱な人間の魔法など…効かぬ」
ヒカルはナターシュに切りかかった。しかし、それは避けられ、腹を蹴られる。その衝撃はかなり強く、えび反りのような形で体が吹っ飛び、地面に叩きつけられた。あまりの痛みに、ヒカルは涙目でうずくまる。
「威勢だけの虫けらが…」
ナターシュはゆっくりと歩み、ヒカルを踏みつけた。
「やめて下さいです!!」
ネルは弓を構え、矢を放った。ナターシュは後ろに避け、矢を掴む。その矢はいとも簡単に折れ、地面に落ちた。
「ペンダントを渡せないことは謝りますです。ごめんなさい、なのです!」
ネルは頭を下げた。
「でも…無理矢理奪うことは間違っています、なのです。だから、ネルは…」
ネルは頭を上げた。表情は真剣で、瞳には決意の色に染まっていた。
「あなたを止めます、なのです!!」
「フン、小娘ごときに何ができる…」
ネルは弓を構え、連続で矢を放った。その矢は光を描き出し、宙を舞う。
光は分散し、雨のようにナターシュへ降りかかった。ナターシュはバリアを張ったが、光の豪雨はバリアを突き破り、入ってきた。雨の光がナターシュにこびりつく。
ナターシュの体についた光は縄となり、ナターシュを捕まえた。
「やったのです!」
ナターシュは鼻で笑う。その瞬間、ナターシュから黒い闇のオーラが出てきた。それは縄を断ち切り、ネルに襲いかかった。ネルは慌ててバリアを張る。
「戦い方が甘い、甘すぎる…!」
「ナターシュさんは話がわかる人だと思います、なのです!暴力ではなく、何とか話し合いで…」
ナターシュは唾を吐き、ネルを睨みつけた。
「考えも甘い奴だ…!」
ナターシュは一気にネルへ近づき、魔法を放った。ネルのバリアは魔法の衝撃で壊れた。
ナターシュは爪を振るい、ネルに迫る。
「殺させない」
ナターシュの爪は鎌によって防がれた。鎌の側では、黒いドレスに身を包んだ少女が立っていた。
「ヴィリアちゃん!」
ヴィリアは顔をネルに向け、微笑んだ。
「天使…?いや、堕天使か……。相当の実力者と見た」
ナターシュはヴィリアを見据え、ニヤリと笑った。ヴィリアはナターシュを睨みつける。
「強そうな悪魔ね…。でも、絶叫とドクロを手に入れてやるわ」
「ヴィリアちゃん、殺しちゃダメなのです!」
ヴィリアは黙ったまま、にっこりと笑った。ネルは心配そうな表情を浮かべた。
ヴィリアは鎌を振り回した。ナターシュの首にかする。ナターシュは反撃に、手の平に闇を宿し、増幅させ、それをヴィリアにぶつけた。ヴィリアはじかに当たってしまう。
「天使は闇魔法が弱点だけど…私は違う」
ヴィリアは闇の中から大きなつららを放った。つららは的確にナターシュを狙っている。
ナターシュは周りに炎をだし、つららを溶かした。
ネルはヴィリアの援護のために、光の矢を必死に放つ。
ヴィリアとナターシュが戦っている最中、ヒカルは立ち上がった。腹をさすりながら、ヒカルは考えた。ナターシュに勝つ方法を。
「おいよ、大丈夫か?」
シャンドはヒカルを心配し、近寄ってきた。ヒカルはナターシュを見据えたままだ。
「なあ、シャンド…あいつ戦ってみてどうだった?」
「あんなのかないっこねぇ!!強過ぎる…」
ヒカルはナターシュを観察した。傷がついた左目、筋肉モリモリな体、失われた右腕、とても素早い反応、冷徹な思考…。
「左目、あれは見えてるかな?」
「わかんねぇ。どっちにしろ奴の左後ろ狙ったって、魔力でわかるだろうし、気づかれたら容赦なく攻撃食らうぜ」
何か勝つ方法は…?真っ向に戦ったって意味がない。やられるだけ…。ならば、奇襲は?
色々な考えを頭の中で巡らせながら、ヒカルはリヴが休んでいる所へ向かった。
シャンドは首を傾げるも、ヒカルについていかず、戦況を見た。
ヴィリアは鎌の刃を外し、投げた。鎌の刃はブーメランのように孤を描き、宙を切る。鎌のブーメランはヴィリアの魔法により数が増え、ナターシュを囲んだ。
「邪魔くさい…!」
禍々しい混沌とした魔力が、ナターシュの体に宿る。その魔力は増幅し、鎌を呑み込んだ。呑み込まれた鎌はドロッと溶け出し、見る見るうちに形状を変え、魔力の栄養分となる。
ヴィリアはナターシュの魔力を魔法で打ち消した。服の袖の先が少し溶けている。
「おらぁああ!!」
シャンドはナターシュの左後ろに回り、切りかかった。ナターシュは素早く体を回転させ、シャンドをなぎ払った。
なぎ払われたシャンドは、ナターシュに剣を投げた。ナターシュは横に避け、剣の柄を掴む。
「かかったな!」
シャンドの剣は変形し、爆発した。シャンドは新しい剣を取り出し、ナターシュに切りかかった。
「がっ?!」
シャンドは目を見開いた。ナターシュの魔法がシャンドの胸に風穴を作る。
「シャンド君?!」
ネルはシャンドの元に駆け寄ろうとしたが、ヴィリアに止められた。
「ヴィリアちゃん、止めないで下さいです!」
「今行けば、ネルちゃんも同じ目にあう…」
ネルは悲しげな表情でシャンドの様子をうかがうことしかできなかった。
「魔力の元がわからぬならば、その魔力を断ち切れば良い」
ナターシュは左手を見た。少し黒く焼け焦げてはいるが、指はスムーズに動き、大した痛みでもないので問題はなかった。
シャンドの風穴はふさがることはなかった。シャンドは胸を押さえた。額に汗が伝う。
「おい、ナターシュ!」
ナターシュは少し振り向き、呼びかけてきたヒカルに向かって爪を振るった。その爪からは波動のような黒い刃がヒカルを狙う。ヒカルはギリギリの所でバリアを張り、身を守った。しかし、バリアは見事に割れ、ヒカルの腕と脚に傷ができる。大した怪我ではないので、ヒカルは特に気にはしなかったが、ナターシュの行動に苛立ちを覚える。
「人の話を聞けよ!!」
「聞く必要がない」
ヒカルは噴き出る怒りを抑え、話を切り出した。
「勝負の方法を変えないか?」
ナターシュはヒカルを睨む。
「ほう…?」
「な、何言ってんだ?!おいよ、エンドウ、どんな勝負もかないっこ…」
言葉を連ねるシャンドに、ヒカルは顔を向け、自身の口の前へ人差し指を当て、笑顔を見せた。シャンドは口を開きかけたが、黙って後ろに下がった。
ヒカルはナターシュの方へ向き、口を開いた。
「お前の強さは理解した。でも、このままじゃ不公平だ!だから、勝負方法を変えないか?」
ヒカルの提案に、ナターシュは眉をひそめる。
「……どのような勝負だ?」
「じゃんけんっていう、いわば運試しの勝負。運なら平等だしね」
じゃんけんという言葉に、ナターシュは少し首を傾げた。
「じゃんけんには三つ出すものがある」
まずヒカルは拳を握り、ナターシュに見せた。
「これはグー、チョキに勝つことができる」
次に、ヒカルは人差し指と中指を出した。
「これがチョキ、パーに勝つことができる」
最後に、ヒカルは手を広げた。
「これはパー、グーに勝つことができる。
じゃんけんぽんっていうかけ声で、二人同時にグー、チョキ、パーのどれかを出して勝敗を決めるんだ。見本を見せるね」
ヒカルは一人で「じゃんけんぽん」と言い、チョキを出した。
「相手がグーなら相手、パーなら僕が勝つ。チョキなら…」
ヒカルは「あいこでしょ」と言い、またチョキを出した。
「あいこになって、もう一度勝負するんだ。ちょっとやってみる?」
「ネル、やりたいのです!」
ネルは手を挙げ、ヒカルに近寄った。ナターシュは黙ったままだった。ヒカルはそれを拒否と解釈した。
「じゃあ、ネル、行くよ。じゃんけんぽん!」
ヒカルはグー、ネルはチョキを出した。
「ということは…ネルの負けです?」
「うん、そうだよ。
このじゃんけんは運にかかってる。僕は魔界での冒険で生き残った。運が強い証拠だ!お前も数々の戦いで勝ち残った。実力もあるだろうけど、運も強いんじゃないか?どちらの運が強いか…勝負だ!
あ、言わなくてもわかるだろうけど、後から出すのは反則だからな」
ナターシュは口元を吊り上げ、手を腰に当てた。
「……良かろう、勝負してやる。もし、我輩が勝てば鍵を貰おう」
ヒカルはペンダントをナターシュに見せた。
「僕は命の保障と人間界への帰還が望みだ。僕が勝ったら、その望みを叶えてもらうよ!
ペンダントは不正のないよう、ネルに持っててもらう」
ヒカルはペンダントを外し、ネルに手渡した。ネルはペンダントをしっかりと握った。
「離れた場所で見てて」
「はいです」
ネルは少し離れた所へ行き、そこから二人の様子を見ている。
「これなら勝負の途中で、お前はペンダントを奪えないし、僕はペンダントに細工も隠しもできない。ネルは、お前の言葉を借りると『甘い奴』だから、ペンダントをきちんと持っていてくれるはず。もし、ネルが不正をしたら、僕の負けで構わないから…」
「フン…、抜け目のない猿だ…」
「まだまだ僕は抜け目ないよ!ヴィリア、ちょっと来て」
ヒカルの隣にヴィリアが降り立った。
「じゃんけんは心を読まれたら勝負にならない。確か…前に言ってたよね?心を読む魔法があるって」
ヴィリアは頷いた。それを確認したヒカルは話を続ける。
「ヴィリア、僕は魔力を感じることができない。だから、君はナターシュが魔法を使わないよう、監視してほしい!」
「わかったわ」
ヴィリアはナターシュを凝視する。
「ナターシュ、少しでも魔法を使おうとしたら、僕の勝ちだからな」
ナターシュは頷いた。それを確認したヒカルは、手を突き出した。
「五回勝った方の勝利だぞ…。よし、勝負だ!じゃんけんぽんっ!」
ヒカルのかけ声により、じゃんけん勝負が始まった。最初、ヒカルはグー、ナターシュもグーを出した。
「あいこでしょ!」
ヒカルはチョキ、ナターシュはグーだ。
「後四回、貴様に勝てば良いのだな…?」
「ああ、そうさ!じゃんけんぽんっ!」
ヒカルはパー、ナターシュはチョキだ。
「あれ…?まだまだ!じゃんけんぽん!」
ヒカルはチョキ、ナターシュはグーだ。
「…いくぞ!じゃんけんぽん!」
ナターシュはじゃんけん勝負を続けた。その心の中では、ヒカルを嘲笑っていた。
何が運試しの勝負だ、…くだらぬ。魔法を使わずとも、猿の出すものなど丸わかりだ!
そう、ナターシュにはヒカルの手の動きが見えている。つまり、動体視力が優れているのだ。
ナターシュは勝利を確信した。
「後一回で我輩は勝利するぞ?」
ナターシュはヒカルを見下した。ヒカルは悔しそうな表情を浮かべる。
「…ヴィリア、ナターシュは魔法使ってない?」
「ええ、残念ながら魔力を発していないわ」
ヒカルは拳を握った。
「幸運の女神が僕に微笑みますように…!よしっ、じゃんけん…」
ナターシュはヒカルの拳を凝視した。拳は開きかけている。パーであることを確信し、チョキを出そうとした、その時だった。
ナターシュは何かが左後ろで動く気配を感じた。体を左へと回転させるように向きを変え、そのままの勢いで爪を振り回した。気配の正体は、リヴだ。リヴは槍でナターシュの爪を防いでいた。
ナターシュがリヴに気を取られている隙に、ヒカルは素早く剣先を前に向け、ナターシュに突進した。
「……!!人間、待って!」
グサッ……!
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