ヒカルの光
□十六章
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「来い!魔物」
闇の中から現れたのは、魔物ではなく悪魔だった。
「な…何だ…?お前……」
ヒカルの目の前で悪魔がせせら笑う。
逆立った赤い髪、ギョロリとこちらを睨む赤い瞳、左目や体に走る傷跡、鋭い角と大きなこうもりの翼、それに見合った筋肉隆々の巨大な体格、その中で唯一失われた右腕が気にかかるが、まさしくイメージ通りの悪魔そのものだ。
鋭い牙がむき出しになり、眉間にしわが寄るその悪魔の表情は、ヒカルに恐怖を与えた。
「何だよ、テメェ!俺達に何か用か?」
「やめろ!」
ヒカルはシャンドを止めた。
「人間とは…珍しい」
悪魔の野太い声が響く。ヒカルは震えが止まらなかった。
「異界にどうやって来た…?」
なるべく関わりたくはないが、質問に答えないと殺されるような気がするので、ヒカルはゆっくりと口を開いた。
「ま、魔神に、許可を…貰いました」
「フ、なるほど。その首につけている飾りが、鍵か…」
悪魔は口元を吊り上げた。ヒカルは警戒の目を悪魔に向けた。
「リヴ、この悪魔知ってる?」
ヒカルは小声で尋ねた。リヴは小さく首を横に振る。
「いいえ、知らないわ。でも、ちょっとカッコいいかも」
ヒカルはリヴの方に顔を向けた。リヴの目が輝いている。
アレがカッコいいの?!…まあ、見た目は悪くないとは思うけど、明らかに怖そうで、人を何人も殺してそうな奴だぞ!!と、ヒカルの心の中ではツッコミが炸裂していた。
ヒカルは悪魔の方へ向いた。
「…僕らに用がないなら、僕達行きますから」
「用も無くして近づくと思うか?」
ヒカルは唾を飲む。平和的な用事でありますようにと祈るばかり。
「我が望みはただ一つ。貴様の持つ鍵だ」
悪魔はヒカルのペンダントを凝視する。
「何に…使うつもりなんですか?」
「もちろん、世界の行き来を楽にするために。鍵が無くとも世界を行き来はできるが、それなりの労力が必要なのだ」
ヒカルは悪魔の目を見た。嘘はついてない気がする。でも、何かを隠しているのは確かだ。
「僕は魔神の息子からこれを授かったんだ。だから、あなたも神様から鍵を貰えばどうなのですか?」
悪魔は喉の奥でククッと笑う
「貴様、悪魔というものを全くわかっておらぬ。悪魔は神に抗う存在、神にねだるなど言語道断」
ヒカルは察した。悪魔にペンダントを渡せば、絶対に悪いことが起きる!
ヒカルは人間界へ繋がる扉を確認した。距離は中々なものだが、リヴやネル、シャンドが悪魔の足止めをしてくれれば逃げ切れるかもしれない。
「あの…!」
ネルが一歩前に出た。
「すみませんが、今はお渡しできないのです。ヒカル君を人間界に送るためには、ペンダントが必要なのです。
それが終わった後でも、よろしいです?」
ヒカルはネルに対し、呆れと驚きを感じた。悪魔に渡せば、何が起こるかわからないと言うのに…。
「我輩は人間に尋ねている」
一人称が「我輩」って偉そうなおっさんだな、とヒカルは心の中で毒づいた。
ヒカルは、悪魔に対する警戒の目を強くした。
「…どうやら、渡す気は無いようだな」
悪魔は手の関節を鳴らした。ヒカルは剣を強く握り締め、逃げる体勢に入った。
「ならば…、力ずくで奪うのみ!」
ヒカルが思っていた以上に悪魔のスピードは速かった。一瞬のうちに距離を詰められ、悪魔の鋭い爪がヒカルに迫る。間一髪それを防いだのは、リヴの槍だ。
「ねぇ、待って!」
悪魔はリヴを冷たい目で見下ろす。
「貴様…どういうつもりだ?」
「こういうつもり!」
リヴはヒカルのペンダントを強引に奪った。
「なっ?!」
「アハッ、いただき!」
リヴは素早く悪魔の横に行った。
「リヴ、お前…!ペンダントを返せ!!」
「嫌よ!この人にあげるんだから」
リヴは悪魔にペンダントを見せた。
「あなたの名前、教えて下さる?」
悪魔はリヴを横目に見る。その瞳には疑いの色が見える。
「アタイから自己紹介しなくちゃ失礼ね、ごめんあそばせ!
アタイはリヴですわ。あなたは何とお呼びすれば?」
悪魔はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「……ナターシュ・ディルォック」
「フフ、ナターシュ様ね!では、これをどうぞ」
リヴはペンダントをナターシュに差し出した。ナターシュはそのペンダントを無造作に受け取る。
「リヴ、お前何しようとしてんのかわかってんのか?!」
リヴはヒカルに笑いかけた。
「アタイ、この人気に入っちゃったの!」
何言ってんだ、コイツ…、ヒカルは心の中で呆れる。
「さあ、ナターシュ様!用事も済んだことですし、人間なんてほっといて、世界の旅に出かけましょうよ!」
ナターシュは口元を吊り上げた。その瞬間、リヴにナターシュの爪が迫った。リヴは体を反って避け、一歩退く。
「我輩が騙されると思ったら、大間違いだぞ…!」
リヴは涙を浮かべる。
「アタイが騙す?心外だわ!!そんなことするわけないじゃないですか」
「この首飾りは偽物、そうだな…?見た目は巧妙だが、触れる魔力が全くの別物だ」
ナターシュは持っているペンダントを握りつぶし、砕いた。リヴの額に汗が垂れる。
「案外、早くバレちゃったわね!本物はコッチよ」
リヴはペンダントを取り出した。不思議な魔力が漂う。
「奪えるものなら、力ずくで奪ってみな!ナターシュ」
「……クク」
ナターシュは笑い始めた。その姿は威圧感があり、不気味だ。
「堕落した悪魔め、猿ごときに味方するなど……。ククク、笑わせてくれる」
ナターシュは容赦なくリヴに襲いかかった。リヴは素早く避け、舌を出す。
「リヴちゃんを助けなければ!」
「そうだぜ!アイツだけに良い所取られてたまるか」
行こうとするネルとシャンドをヒカルが止めた。
「リヴの気持ちを察しろよ!リヴは僕達を守ろうと戦ってるんだぞ」
「…でも、リヴちゃんが持ってるペンダントがないと、ヒカル君が人間界に帰れないです」
ヒカルはあっ…、と小さく声を出し、しばらく固まった。
「……ネル、シャンド、リヴを助けよう」
ネルとシャンドは頷いた。
ナターシュは余裕の笑みを浮かべる。
リヴは目を見開いた。ナターシュの素早い攻撃を避けきれず、怪我を負ったからだ。リヴの腕に一筋の大きい傷ができる。
「くっ……!」
リヴはなおも攻撃を避け、槍で防ぎ、とにかく防御を徹底し続けていた。
「そのままでは我輩を倒せぬぞ!」
「……うっせぇよ!この片腕野郎が。
てめぇも大した悪魔じゃないんだろ?誰にやられたか知らねぇが、片腕奪われちまって…情けねぇの!」
ナターシュはリヴを冷ややかな目で見据えた。
「挑発のつもりか…?」
「悔しいなら、アタイに勝ってみなよ!力ばっかの豚足さん」
ナターシュの瞳が静かに怒りの色へと変わる。
「その減らず口を叩き割ってくれよう…!」
リヴは槍を構えた。
「リヴ、加勢するぞ!」
ヒカルがリヴに近寄ると、リヴはヒカルを睨みつけた。
「アタイの戦いを邪魔すんじゃねぇ!!」
リヴは渾身の力でヒカルを殴った。あまりにも素早いリヴの動きにヒカルは反応できず、ヒカルは吹き飛ばされてしまった。ネルがヒカルの名を心配と焦りの中で叫ぶも、ヒカルには返事ができなかった。
ヒカルは地面に体を叩きつけられた。
「いっ……つぅう!な、何すんだよ、リヴ!!」
ヒカルは殴られた箇所をさする。すると、ペンダントがあるではないか!
「えっ、リヴが持ってたはずなのに……、どうして?」
ヒカルが吹き飛ばされた先は、人間界に繋がる扉の近くだった。それを認識した時、ヒカルは理解した。
「リヴは……最初から僕を逃がそうと?」
「ヒカル君、大丈夫です?!」
ネルが心配し、ヒカルの元にやってきた。
「大丈夫…。それよりも、戦いは?」
「シャンド君が加わって、リヴちゃんと一緒に戦っているのです…」
ヒカルは戦況を眺めた。
リヴは槍で突くが、ナターシュに避けられてしまい、逆に攻撃を食らってしまう。シャンドは率先してナターシュに食いつくが、殴られ蹴られ、やられっぱなし。
「………無理だよ」
ヒカルは呟いた。
「無理だよ、だって……、リヴやシャンドでもかなわない相手だぞ?ぼ、僕が戦ったって…」
「ヒカル君!」
ヒカルはネルの方を見た。ネルは笑顔だった。
「怖い気持ちは分かりますです。でも…立ち向かう勇気を忘れないで下さい、なのです」
ヒカルは拳を握り、歯を食いしばった。
「……終わりだな」
ナターシュはリヴを見下し、嘲笑する。
リヴは息を切らせ、地面に膝をついていた。体のあちこちに痛々しい怪我が目立つ。
「まだ終わりじゃねぇ…!俺が相手だ」
シャンドは剣を振り、黒く巨大な衝撃波を出し、ナターシュを狙う。ナターシュは衝撃波をなぎ払い、シャンドを爪で引き裂いた。
「まだまだ…!」
再生しきれていない体を動かし、シャンドは爆発魔法を繰り出した。ナターシュは爆発に巻き込まれるも、びくともしていない様子だ。
「弱い……、実に弱い虫けらだ」
シャンドはナターシュに切りかかった。しかし、いとも簡単に避けられ、首根っこを掴まれる。
「所詮はクズな人間の影…、その力はゴミ程度」
「エンドウを……馬鹿にすんな!!」
シャンドは周りを炎で囲み、一気にナターシュを炎で包んだ。シャンドの首を掴む手の力は強まるばかりだ。
「無駄なあがきを……」
炎の中からナターシュが笑っている。シャンドは恐怖を感じた。
「貴様の魔力の元はどこだ?巧妙に隠されているな…」
「見てわかんねぇのか?バカな奴!!」
ナターシュはシャンドを投げ飛ばした。その際、シャンドの右目が爆発した。投げ飛ばされたシャンドの体はリヴに受け止められる。
「シャンド、大丈夫?」
「…ああ」
シャンドの右目は再生してゆく。
「…やはり、弱点をそのようなわかりやすい場所にあらわにしておく馬鹿はおらぬか。なぶり殺しにしてやる…」
ナターシュが爪を振るおうとしたその時、ナターシュの背後に衝撃波が迫ってきた。ナターシュはその気配に気づき、衝撃波を振り払う。
「お前が求めてる鍵は僕が持ってる。かかって来いよ、この……筋肉バカ!」
ナターシュはヒカルの首元につけられたペンダントを確認し、ヒカルを睨んだ。
「人間の小僧が我輩に挑むとは……、面白い」
ナターシュは不気味に笑う。
ヒカルはナターシュを睨みつけ、剣を強く握った。妙な汗が伝う、歯がガチガチとなる、震えが止まらない、しかし…やるしかない!
いよいよ決戦が始まる。
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