ヒカルの光
□十一章
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激しい雨が降る朝、ヒカルは窓から空を見上げた。風も激しく吹き、傘を広げるにしても吹き飛ばされそうだ。
「…かっぱが必要だな」
「かっぱって、何です?」
ネルが首を傾げたので、ヒカルは説明した。
「雨の日、体が濡れないように着る、レインコートのことだよ」
ネルはなるほど!と頷いた。
「エンジェラ、エンジェラ!」
ネルは青と黄と赤、三つのレインコートを出した。
「青はヒカル君、黄はネル、赤はリヴちゃんの分なのです」
ヒカルは信号機か!とツッコミたくなった。
とりあえず、ヒカルは青のレインコートをもらった。
リーナは早朝に冥界へ帰ってしまった。「ピカルン、また会おう!」と書かれた置き手紙があったのだ。アイドルの仕事は忙しいようだ。
「…リーナ、かわいかったな」
ほのかに頬を赤く染めるヒカルを見たリヴは、ニヤリと笑った。
「フ〜ン、そういう子タイプなのぉ?」
ヒカルは驚き、振り返った。リヴの姿を確認し、慌てて顔を隠す。
「ち、違う!」
「何慌ててんの?ピ・カ・ル・ン」
「お前がそれ言うな!」
ヒカルをからかうのが楽しいリヴなのだった。
「…そういえば、昨日の生き物は?」
「ああ、ディブとベルのこと?帰らせたわ。あいつらがいたら、うるさくてかなわないわ」
それは同意できるが、飼い主としてどうなんだろう、と疑問に思うヒカルだった。
朝食のトーストとスクランブルエッグとサラダを食べた後、ヒカル達は魔の森へ向かおうと準備を進めていた。
ヒカルはきちんと青いレインコートをかぶっている。ネルも黄色いレインコートをかぶり、準備万端だ。
黄色いレインコートを着たネルを見ていると、小学生や幼稚園児を思い出す。僕にも、あんな無邪気な時期があったよな、としみじみと思いながら、ヒカルは周りを見渡した。
「あれ?リヴは…」
ヒカルはもう一度周りを見渡したが、リヴの姿は見当たらない。
「朝食の時にはいたんだけどな。まあ…いつか現れるか」
「リヴちゃんを探すです!一緒じゃないと楽しくないです」
ピクニック行くわけじゃないんだけどな…、そう思いながらヒカルは渋々、リヴを探すことにした。
「どうせリヴのことだから、しょうもない用事で姿を見せないだけだろうけどね」
「リヴちゃ〜ん、どこです〜?」
二人は周りを見渡した。
「呼んだ?」
空からリヴが現れた。何やら大きな袋を抱きかかえて持っている。リヴの体は雨に濡れてしまっていたので、ネルが急いでタオルを出す。
「どこに行っていたのです?」
「準備してたのよ!魔の森はね、結構危険なのよ?」
リヴは袋の中から小さな袋を取り出し、ヒカルに渡した。中には食料と水が入っている。
リヴは次々と袋から道具を取り出した。ロープやライター、布などの役立ちそうな物、宝石や洋服、アクセサリーも出した。
「好きな物持っていきな!万が一はぐれたら、使えるでしょ?」
「…宝石や装飾品は売れば?」
「アタイにとっては必要なの!」
ヒカルにはどうでも良かった。
ヒカル、ネル、リヴの三人は東に向かい、魔の森の入り口に辿り着いた。
天候が雨のせいもあるだろうが、魔の森全体が暗い雰囲気に包まれていた。森からは動物の不気味なうめき声が聞こえる。
「魔の森は、魔力が漂う不思議な森…。何が起こるかわからないから、気をつけて行くわよ」
ヒカルは頷いた。
「何だかとても楽しみなのです!」
ネルの言葉に二人はずっこけた。
「あのね、ピクニックじゃないのよ?」
ヒカルはリヴに同意し、頷いた。
「お友達とこうやって一緒に冒険するのが、楽しいのです」
リヴは呆れた表情だ。
「とにかく森に入るわよ」
三人は森へ入った。
森の中は薄暗かった。幸い木の葉が生い茂っているため、大量の雨粒にかかることはなかった。
突如、草むらから牙をむき出しにした動物が現れた。顔はワシだが体はライオンという、どこかで見たことのある生物だ。ヒカルは勝手にこの生物をグリフォンと呼ぶことにした。
ヒカルは剣を構えたが、すでにリヴの素早い槍がグリフォンに致命傷を与えていた。グリフォンからは、赤い血がドクドクと出ている。
「リヴちゃん?!殺してはダメなのです!!」
「殺してないわ、瀕死状態よ」
確かに息はあるが、まるで虫の息だ。
ネルはグリフォンに手を当てた。傷が少しずつ癒えていく。
「ネル?!何やってんのよ!」
「怪我を治してるです」
「また襲ってきたら、どうするつもりなのよ?!」
ネルは治療を止めなかった。
「この子はまだ襲いかかってはきてませんでした、なのです。この子は悪くないです!」
ヒカルはネルの表情を見た。曇りもない純粋で優しく、穏やかな顔だ。ヒカルはポシェットからばんそうこうを取り出した。
「これ、使いなよ。…役立つかわからないけど」
「ありがとうございます、なのです!」
ネルはばんそうこうを受け取り、傷口に張った。大きな傷口にそのばんそうこうは小さかった。しかし、グリフォンはその優しさを感じたのか、自身の頭をネルにこすりつけた後、優しい瞳でヒカルを見つめた。
「呆れた!そんなの手懐けて何になるわけ?」
「…まぁ殺す理由なんてないし、これで良いんじゃないか?」
ヒカルの言葉を聞いても、いまいち納得のいかないリヴだった。
ある程度治療を終えると、グリフォンはそそくさと立ち去ってしまった。
「行っちゃったのです…」
「もう大丈夫だってことだよ」
ヒカルは先に進むため、足を踏み出した。
「魔神ってどんな神様なの?」
ヒカルの疑問に、ネルは腕組みをした。しばらく考えた後、ネルは答えた。
「わからないのです…。でも、神様は皆さんを見守ってくれる優しい方です」
ヒカルは宗教なんていう物は全く信じていない。神という存在もいるかどうか疑問である。世界には救われない人が数多くいるからだ。
自分自身もまた、救われない人間の一人であることは実感していた。
「アタイも見たことないけど、多分良い奴よ。ト・ギャランから聞いたところによると、争いは好まないらしいから」
リヴはつまらなそうな表情で答えた。
「なんでそんな顔してるの…?」
「だってさ、争いとか戦いとか楽しめないなんて…嫌だと思わない?」
思わねぇよ!ヒカルはそう心の中で叫んだ。
ヒカル達は歩み続けたが、周りに木々が生い茂る景色ばかり。リヴによると、魔神がいるという祭壇があるという話なのだが、中々辿り着けない。
「いつまで歩かないといけないんだ…」
元々体力のないヒカルは、少し息を荒くしていた。
「ネル、空を飛んで祭壇を見つけるのです!」
「待った!」
ヒカルが止めるのも聞かず、ネルは飛んで行ってしまった。
大丈夫かな?とヒカルは不安で仕方なかった。
「アタイ達は進みましょう!」
「でも…ネルが…」
「それは大丈夫よ。ネルとアタイは、魔力を感じることができるから、互いに位置がわかるの」
ヒカルは納得したように頷いた。
「僕にも魔力が感じられたらな…」
「一生無理ね」
「速攻否定かよっ!!」
リヴはクスクスと笑った。
カサ…!
リヴとヒカルは反射的に武器を構えた。しかし、草むらから出てきたのは天使だった。濃い茶色の髪を三つ編みに束ねた少女だ。
少女はヒカルとリヴを見た途端、号泣し出した。ヒカルは剣をしまい、少女に近寄った。
「どうしたの?!」
「良がっただ〜!森に入っちまってよ、迷うし怖いし…。やっと誰かど会えたー!!」
少女は泣き続けた。しかし、表情は先程より穏やかになった。
「アンタ、確か……ユーム?」
「んだ、おらユームだ!えっど……」
ユームはリヴの顔をじっと見つめた。
「忘れたの?リヴよ」
「そうだ、リヴちゃんだ!すまねぇな…、おら頭悪いがら」
ユームは自分の頭をコツンと叩いた。
「おめぇは何もんだっぺ?」
ユームはヒカルの方へ向いた。
「僕はヒカル。すごく…なまってるね」
「おら田舎育ちだがんな」
天界にも方言があるのかと思うと、ヒカルは笑いがこみ上げてきた。それを我慢し、指を空へ向けた。
「天使なら空を飛んで行けば、迷わないんじゃない?」
ユームは目を丸くした。
「あ、そうだ、おら…飛べるだべな。忘れでただぁ」
リヴとヒカルはずっこけた。
「基本的なこと忘れるなんて、本当にバカ丸出しね!」
「忘れるってダメだろっ!」
次のユームの言葉に、ヒカルは固まることになる。
「変な動物に追いかけられでるのに、飛んで逃げれば良かっただ」
ヒカルは警戒の目を周りに向けながら、声を潜めてユームに尋ねた。
「今も…追いかけられてるってこと?」
「んだ!」
その時、草むらから大きな生物が飛び出してきた。頭は熊で体の毛は針鼠のように鋭い。右手が蟹のハサミ、左手は熊の手、足が四本ある生物だ。
「何だコリャ?!」
「ごいづだ!ごいづがおらを追っかけてぎだだ!!だ、助げてくんれ」
ヒカルは剣を構えた。生物とヒカルの距離が近いので、ヒカルは生物の懐に入り、腹に剣を突き刺した。生物は悲鳴を上げ、暴れ出した。生物の足はヒカルを蹴飛ばす。
「うっ、やばっ!」
ヒカルは蹴飛ばされ、地面に倒れた。剣は生物の腹に突き刺さったままだ。武器をなくしたヒカルに、怒った生物が容赦なく襲いかかる。
「止めてくんろぉ!!」
ユームは小さなピコピコハンマーを取り出し、生物を叩いた。生物は叩かれた途端、目を回した。
「今のうちね!」
リヴは素早く生物に近づいた。そして飛び上がり、生物の胸の部分に槍を突き刺し、抜いた。
しかし、生物から血は吹き出ず、肉が見えるばかり。
生物は腕を振り回した。リヴは柔軟な体をひねり避け、ヒカルの元に行った。
「あいつ、相当皮も肉も厚いわ!おまけに毛が鎧の代わりしてるし…」
ヒカルは立ち上がるも、絶望しか感じなかった。ユームに対する怒りさえ、隅に追いやるほどの絶望感だった。
自分より大きい生物にかないっこない。攻撃も防御も長けた生物に武器を奪われ、絶望以外に何を感じろと言うのだ?
「何諦めた顔してんの?まだ終わってないのよ!」
リヴは槍を構え直し、生物に向かって走り出した。その瞳には絶望がなく、むしろ希望に溢れていた。何であんな表情ができるのか、ヒカルにはわからなかった。
「おらぁあ!!」
リヴは思い切り生物の顔を蹴った。ハイヒールの踵が生物の顔に食い込む。
生物が悲鳴を上げている内に、リヴは腹に刺さっている剣を抜こうと引っ張った。しかし、生物の固いハサミがリヴに殴りかかった。リヴは横に吹き飛ばされ、倒れる。
ユームは完全に怯えてしまい、震え上がっていた。そんなユームに生物が迫り来る。
「来ないでけれ…」
生物の巨大な体が、凄まじい迫力を物語っていた。ゆっくりと近寄ってくる生物に、ユームは恐怖の形相で震えることしかできなかった。
「やめろ!」
ヒカルは盾を構え、生物の前に立ちはだかった。無謀なのはわかっているが、助けずに後悔するのは二度としたくないのだ。
生物の拳が瞬時に盾を砕いた。その衝撃で、ヒカルは後ろに倒れ込んだ。
ヒカルの顔は一瞬で青ざめた。やばい……、殺される!助けてくれ!!
そう思った時、草むらから何かが現れた。
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