ヒカルの光

□十一章
1ページ/1ページ


激しい雨が降る朝、ヒカルは窓から空を見上げた。風も激しく吹き、傘を広げるにしても吹き飛ばされそうだ。

「…かっぱが必要だな」

「かっぱって、何です?」

ネルが首を傾げたので、ヒカルは説明した。

「雨の日、体が濡れないように着る、レインコートのことだよ」

ネルはなるほど!と頷いた。

「エンジェラ、エンジェラ!」

ネルは青と黄と赤、三つのレインコートを出した。

「青はヒカル君、黄はネル、赤はリヴちゃんの分なのです」

ヒカルは信号機か!とツッコミたくなった。

とりあえず、ヒカルは青のレインコートをもらった。


リーナは早朝に冥界へ帰ってしまった。「ピカルン、また会おう!」と書かれた置き手紙があったのだ。アイドルの仕事は忙しいようだ。

「…リーナ、かわいかったな」

ほのかに頬を赤く染めるヒカルを見たリヴは、ニヤリと笑った。

「フ〜ン、そういう子タイプなのぉ?」

ヒカルは驚き、振り返った。リヴの姿を確認し、慌てて顔を隠す。

「ち、違う!」

「何慌ててんの?ピ・カ・ル・ン」

「お前がそれ言うな!」

ヒカルをからかうのが楽しいリヴなのだった。

「…そういえば、昨日の生き物は?」

「ああ、ディブとベルのこと?帰らせたわ。あいつらがいたら、うるさくてかなわないわ」

それは同意できるが、飼い主としてどうなんだろう、と疑問に思うヒカルだった。




朝食のトーストとスクランブルエッグとサラダを食べた後、ヒカル達は魔の森へ向かおうと準備を進めていた。
ヒカルはきちんと青いレインコートをかぶっている。ネルも黄色いレインコートをかぶり、準備万端だ。

黄色いレインコートを着たネルを見ていると、小学生や幼稚園児を思い出す。僕にも、あんな無邪気な時期があったよな、としみじみと思いながら、ヒカルは周りを見渡した。

「あれ?リヴは…」

ヒカルはもう一度周りを見渡したが、リヴの姿は見当たらない。

「朝食の時にはいたんだけどな。まあ…いつか現れるか」

「リヴちゃんを探すです!一緒じゃないと楽しくないです」

ピクニック行くわけじゃないんだけどな…、そう思いながらヒカルは渋々、リヴを探すことにした。

「どうせリヴのことだから、しょうもない用事で姿を見せないだけだろうけどね」

「リヴちゃ〜ん、どこです〜?」

二人は周りを見渡した。

「呼んだ?」

空からリヴが現れた。何やら大きな袋を抱きかかえて持っている。リヴの体は雨に濡れてしまっていたので、ネルが急いでタオルを出す。

「どこに行っていたのです?」

「準備してたのよ!魔の森はね、結構危険なのよ?」

リヴは袋の中から小さな袋を取り出し、ヒカルに渡した。中には食料と水が入っている。
リヴは次々と袋から道具を取り出した。ロープやライター、布などの役立ちそうな物、宝石や洋服、アクセサリーも出した。

「好きな物持っていきな!万が一はぐれたら、使えるでしょ?」

「…宝石や装飾品は売れば?」

「アタイにとっては必要なの!」

ヒカルにはどうでも良かった。




ヒカル、ネル、リヴの三人は東に向かい、魔の森の入り口に辿り着いた。
天候が雨のせいもあるだろうが、魔の森全体が暗い雰囲気に包まれていた。森からは動物の不気味なうめき声が聞こえる。

「魔の森は、魔力が漂う不思議な森…。何が起こるかわからないから、気をつけて行くわよ」

ヒカルは頷いた。

「何だかとても楽しみなのです!」

ネルの言葉に二人はずっこけた。

「あのね、ピクニックじゃないのよ?」

ヒカルはリヴに同意し、頷いた。

「お友達とこうやって一緒に冒険するのが、楽しいのです」

リヴは呆れた表情だ。

「とにかく森に入るわよ」

三人は森へ入った。



森の中は薄暗かった。幸い木の葉が生い茂っているため、大量の雨粒にかかることはなかった。

突如、草むらから牙をむき出しにした動物が現れた。顔はワシだが体はライオンという、どこかで見たことのある生物だ。ヒカルは勝手にこの生物をグリフォンと呼ぶことにした。

ヒカルは剣を構えたが、すでにリヴの素早い槍がグリフォンに致命傷を与えていた。グリフォンからは、赤い血がドクドクと出ている。

「リヴちゃん?!殺してはダメなのです!!」

「殺してないわ、瀕死状態よ」

確かに息はあるが、まるで虫の息だ。
ネルはグリフォンに手を当てた。傷が少しずつ癒えていく。

「ネル?!何やってんのよ!」

「怪我を治してるです」

「また襲ってきたら、どうするつもりなのよ?!」

ネルは治療を止めなかった。

「この子はまだ襲いかかってはきてませんでした、なのです。この子は悪くないです!」

ヒカルはネルの表情を見た。曇りもない純粋で優しく、穏やかな顔だ。ヒカルはポシェットからばんそうこうを取り出した。

「これ、使いなよ。…役立つかわからないけど」

「ありがとうございます、なのです!」

ネルはばんそうこうを受け取り、傷口に張った。大きな傷口にそのばんそうこうは小さかった。しかし、グリフォンはその優しさを感じたのか、自身の頭をネルにこすりつけた後、優しい瞳でヒカルを見つめた。

「呆れた!そんなの手懐けて何になるわけ?」

「…まぁ殺す理由なんてないし、これで良いんじゃないか?」

ヒカルの言葉を聞いても、いまいち納得のいかないリヴだった。


ある程度治療を終えると、グリフォンはそそくさと立ち去ってしまった。

「行っちゃったのです…」

「もう大丈夫だってことだよ」

ヒカルは先に進むため、足を踏み出した。

「魔神ってどんな神様なの?」

ヒカルの疑問に、ネルは腕組みをした。しばらく考えた後、ネルは答えた。

「わからないのです…。でも、神様は皆さんを見守ってくれる優しい方です」

ヒカルは宗教なんていう物は全く信じていない。神という存在もいるかどうか疑問である。世界には救われない人が数多くいるからだ。
自分自身もまた、救われない人間の一人であることは実感していた。

「アタイも見たことないけど、多分良い奴よ。ト・ギャランから聞いたところによると、争いは好まないらしいから」

リヴはつまらなそうな表情で答えた。

「なんでそんな顔してるの…?」

「だってさ、争いとか戦いとか楽しめないなんて…嫌だと思わない?」

思わねぇよ!ヒカルはそう心の中で叫んだ。




ヒカル達は歩み続けたが、周りに木々が生い茂る景色ばかり。リヴによると、魔神がいるという祭壇があるという話なのだが、中々辿り着けない。

「いつまで歩かないといけないんだ…」

元々体力のないヒカルは、少し息を荒くしていた。

「ネル、空を飛んで祭壇を見つけるのです!」

「待った!」

ヒカルが止めるのも聞かず、ネルは飛んで行ってしまった。
大丈夫かな?とヒカルは不安で仕方なかった。

「アタイ達は進みましょう!」

「でも…ネルが…」

「それは大丈夫よ。ネルとアタイは、魔力を感じることができるから、互いに位置がわかるの」

ヒカルは納得したように頷いた。

「僕にも魔力が感じられたらな…」

「一生無理ね」

「速攻否定かよっ!!」

リヴはクスクスと笑った。

カサ…!

リヴとヒカルは反射的に武器を構えた。しかし、草むらから出てきたのは天使だった。濃い茶色の髪を三つ編みに束ねた少女だ。
少女はヒカルとリヴを見た途端、号泣し出した。ヒカルは剣をしまい、少女に近寄った。

「どうしたの?!」

「良がっただ〜!森に入っちまってよ、迷うし怖いし…。やっと誰かど会えたー!!」

少女は泣き続けた。しかし、表情は先程より穏やかになった。

「アンタ、確か……ユーム?」

「んだ、おらユームだ!えっど……」

ユームはリヴの顔をじっと見つめた。

「忘れたの?リヴよ」

「そうだ、リヴちゃんだ!すまねぇな…、おら頭悪いがら」

ユームは自分の頭をコツンと叩いた。

「おめぇは何もんだっぺ?」

ユームはヒカルの方へ向いた。

「僕はヒカル。すごく…なまってるね」

「おら田舎育ちだがんな」

天界にも方言があるのかと思うと、ヒカルは笑いがこみ上げてきた。それを我慢し、指を空へ向けた。

「天使なら空を飛んで行けば、迷わないんじゃない?」

ユームは目を丸くした。

「あ、そうだ、おら…飛べるだべな。忘れでただぁ」

リヴとヒカルはずっこけた。

「基本的なこと忘れるなんて、本当にバカ丸出しね!」

「忘れるってダメだろっ!」

次のユームの言葉に、ヒカルは固まることになる。

「変な動物に追いかけられでるのに、飛んで逃げれば良かっただ」

ヒカルは警戒の目を周りに向けながら、声を潜めてユームに尋ねた。

「今も…追いかけられてるってこと?」

「んだ!」

その時、草むらから大きな生物が飛び出してきた。頭は熊で体の毛は針鼠のように鋭い。右手が蟹のハサミ、左手は熊の手、足が四本ある生物だ。

「何だコリャ?!」

「ごいづだ!ごいづがおらを追っかけてぎだだ!!だ、助げてくんれ」

ヒカルは剣を構えた。生物とヒカルの距離が近いので、ヒカルは生物の懐に入り、腹に剣を突き刺した。生物は悲鳴を上げ、暴れ出した。生物の足はヒカルを蹴飛ばす。

「うっ、やばっ!」

ヒカルは蹴飛ばされ、地面に倒れた。剣は生物の腹に突き刺さったままだ。武器をなくしたヒカルに、怒った生物が容赦なく襲いかかる。

「止めてくんろぉ!!」

ユームは小さなピコピコハンマーを取り出し、生物を叩いた。生物は叩かれた途端、目を回した。

「今のうちね!」

リヴは素早く生物に近づいた。そして飛び上がり、生物の胸の部分に槍を突き刺し、抜いた。
しかし、生物から血は吹き出ず、肉が見えるばかり。

生物は腕を振り回した。リヴは柔軟な体をひねり避け、ヒカルの元に行った。

「あいつ、相当皮も肉も厚いわ!おまけに毛が鎧の代わりしてるし…」

ヒカルは立ち上がるも、絶望しか感じなかった。ユームに対する怒りさえ、隅に追いやるほどの絶望感だった。
自分より大きい生物にかないっこない。攻撃も防御も長けた生物に武器を奪われ、絶望以外に何を感じろと言うのだ?

「何諦めた顔してんの?まだ終わってないのよ!」

リヴは槍を構え直し、生物に向かって走り出した。その瞳には絶望がなく、むしろ希望に溢れていた。何であんな表情ができるのか、ヒカルにはわからなかった。

「おらぁあ!!」

リヴは思い切り生物の顔を蹴った。ハイヒールの踵が生物の顔に食い込む。
生物が悲鳴を上げている内に、リヴは腹に刺さっている剣を抜こうと引っ張った。しかし、生物の固いハサミがリヴに殴りかかった。リヴは横に吹き飛ばされ、倒れる。

ユームは完全に怯えてしまい、震え上がっていた。そんなユームに生物が迫り来る。

「来ないでけれ…」

生物の巨大な体が、凄まじい迫力を物語っていた。ゆっくりと近寄ってくる生物に、ユームは恐怖の形相で震えることしかできなかった。

「やめろ!」

ヒカルは盾を構え、生物の前に立ちはだかった。無謀なのはわかっているが、助けずに後悔するのは二度としたくないのだ。

生物の拳が瞬時に盾を砕いた。その衝撃で、ヒカルは後ろに倒れ込んだ。
ヒカルの顔は一瞬で青ざめた。やばい……、殺される!助けてくれ!!

そう思った時、草むらから何かが現れた。


次の話→十二章

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ