ヒカルの光
□十章
1ページ/1ページ
ヒカルは盾で影を押しのけ、剣を抜き、影を狙い、振りかぶった。大きな衝撃波が影を襲う。
影は避けることなく、その衝撃波に当たる。その途端、ヒカルの体に痛みが走る。
「うぐっ?!」
「忘れたかぁ?俺の痛みはテメェの痛み、攻撃すれば痛い目見るぜ!」
ヒカルは舌打ちをうつ。
影は満面の笑みで剣を振り回した。ヒカルは盾で防ぐことしかできなかった。
「僕を殺せば、君は消えるかもしれないんだ!それでも、僕と戦いたいのか?!」
「消えるのはヤダ。でも…、苦しむ顔や血が見てぇんだ」
くそ、このドエス野郎が!
ヒカルは盾越しに強い衝撃を感じた。
ヒカルは考えた。
影に弱点はないのか?痛みも感じない冷血野郎の弱点……。
ん?待てよ?
「一発もくらわすことできなくって、イライラしてたんだ」
このテッドの言葉を思い出した。つまり、テッドの攻撃を、影は避けたことになる。
…何故だ?
痛みは感じないはずなのに。体のどこかに弱点があるから…ではないのか?
詳しくテッドに聞いておけば良かった、と後悔している場合じゃない。探せ、弱点を!
…となれば、右目の魔法陣が怪しい。魔法で作られたなら、魔法陣を攻撃すれば何か起こるのでは…?
一か八か、やってみるしかない!
ヒカルは覚悟を決めた。
ヒカルは黒い剣を盾ではなく、剣で受け止めた。そして、盾を持つ左手で、影の右目を狙い殴りかかった。
「…!?」
影は首を傾け、拳を何とか避けた。この行動を見て、ヒカルは確信を持った。
「テメェ…!!」
完全に怒った影は、ヒカルの腹を蹴り飛ばした。ヒカルは地面にのけぞった。
「…許さねぇ」
影は自分の右腕を切り落とした。影であるため、痛がることも、血が吹き出ることもなく、右腕の付け根からは黒い影が漂うのみだった。
一方、ヒカルは声にならない叫びを上げた。左腕に激痛が走る。左腕に外傷は見られない。しかし、まるで腕が引きちぎられたような痛みだ。
持っていた剣と盾を手放し、痛む左腕を押さえ、ヒカルはうずくまった。
「ヒャハハ!痛みに歪む顔…たまんねぇえ!!でも、血は出ねぇんだな…。
やってやる!!」
影の笑顔がヒカルに迫り来る。
ヒカルは左腕の痛みのせいで、瞬時に反応できない。黒い剣は目の前に差し迫っていた。
「危ないです!」
ヒカルを庇うかのごとく、影の前に立ちふさがったものがいた。ネルだ。
「ヒカル君、大丈夫です?」
「……?!」
ヒカルは目を見開いた。ネルの腕から流れる血を見たからだ。薄いバリアを張っていたようで、それが衝撃を和らげた。そのため、幸い深い傷にはならなかった。
「ヒカル君の影君、止めて下さい、なのです!」
「…ヒヒ」
影は急に笑い始めた。
「お前、馬鹿じゃね?自分から斬られにやって来ちゃってんの!超ウケる!!アハハハハ!」
ネルは馬鹿にされてもなお、目は据わったままだった。
「ネルもヒカル君も、武器は無いです。あなたは…無防備なネル達を攻撃するつもりです?」
「さっきの肉が斬れる感触…もっと、もっと、…もっとくれよ!」
影は剣を振った。ネルは強靭なバリアを張り、自分とヒカルを守った。
「あなたはヒカル君の影だったのです。なのに、どうしてこんなことを…?」
影は何も答えないまま、むやみに剣を振る。バリアからネルの手に振動が伝わる。少しずつ、バリアにひびが入るのを目にしたネルは、少し焦りを感じた。
「一つ、これだけ教えてほしいです。あなたの名前は何です?」
影は一瞬、動きを止めた。
「名前…?んなもん、ねぇよ!第一、必要ないし」
「影君はそっけないですし、ネル…あなたと親しくなりたいのです!だからこそ、名前を教えていただきたいのです」
影は完全に動きを止めた。ネルはバリアを解き、剣を持つ影の手に触れた。
「ネルは、ネルと申します、なのです。あなたは?」
影はネルの顔をじっと見た。とても純粋で綺麗な目でこちらを見つめてくる。
「…お、俺………シャンド」
ネルは笑顔で頷いた。
「シャンド君ですね!よろしくお願いします、なのです。シャンド君!」
ネルの笑顔に、シャンドは戸惑いを感じた。
「俺は…ネルの敵なのに、どうして…?」
「ネルは、その人がどんな人であれ、信じたいのです!」
ネルの手は、シャンドの手に暖かみを与えた。
「な、何やってんねん!おい、影?お前の役目、わかっとんのか?!」
メリアは立ち上がり、シャンドに怒鳴りつけた。シャンドはメリアの方に振り返り、睨みつけた。
「俺の名前はシャンドだ、バーカ」
なんやと?!と怒るメリアをよそに、シャンドはネルに告げた。
「俺はネルやエンドウの味方にはなれない。でも、お前の気持ち…すごく暖かかった」
いつの間にかシャンドの右腕は再生しており、シャンドはネルの手を右手で包み込んだ。シャンドの手は冷たいが、ネルにとっては優しい手だった。
「…じゃあな」
シャンドはネルの手をのけ、メリアの元へ行った。
「影…やなく、シャンドか。…なんでシャンドなん?」
「あいつはエンドウだろ?影は英語でシャドウだろ?だからシャンド」
メリアは呆れた表情でシャンドを見つめた。
「何か拍子抜けしてもうたわ。また邪魔しに現れたるけんな」
メリアと影は消え去った。
ネルは倒れるヒカルの所へ駆け寄った。
「ヒカル君?」
「……大丈夫。さっきよりかは、痛み引いたから」
ヒカルは左腕をさすった。
「それよりも…ネルの怪我の方が心配だよ」
「ネルは大丈夫なのです」
ネルは腕を後ろに回し、満面の笑みを見せた。
「怪我…見せてみろよ」
ネルはゆっくりと腕を前に出した。痛々しい切り傷が、細いネルの腕に走っている。
「僕なんかのために…ごめん」
「謝る必要なんてないです!ネルの怪我はすぐに治るのです」
よく見ると、ネルの傷は徐々に塞がっている。
「大変だったわねぇ」
リヴはヒカルに近寄った。ヒカルはリヴを睨んだ。
「ただ傍観してたくせに!」
「違うわ、ラ・メリアから情報もらったのよ」
リヴは得意気な表情だ。
「ラ・メリアはね、二つの理由で影を奪ったの。一つはアンタを阻害するため。もう一つはアンタを救うため」
ヒカルは唖然とした表情でリヴを見つめた。
「僕を…救うため?」
「バーダクは薬を飲んでも、症状が続くの。ギャランが言ってたでしょ?発熱、倦怠感、その他いろいろ。
でも、影を奪われてから、そんな症状出た?」
思い返してみた。そういえば、朝から気分が良いし、今も症状は出ていない。体調は良好である。
「ヒカルと影…シャンドは間接的につながってる。アンタの病気をシャンドが引き継いでるってわけ!
ヒカルには症状が現れないし、シャンド自身は影だから、症状があっても感じないし、まさに一石二鳥」
その理由を聞いても、やはりメリアに対する怒りは消えなかった。
リーナのコンサートは全て終わり、周りは静かになった。
「ピカルン、リーナどうだったぁ?」
「うん、歌上手いし可愛いし、最高だよ」
「ほんと?!嬉しいぃ!!」
リーナは飛び跳ねた。
「リーナ様、今日の踊りはいつになく生き生きとされていて、良かったですよ」
二本の角と翼を生やした青紫の生物がリーナに近寄った。
「ありがとう!ロビリン」
「ロビンです!いちいちあだ名で呼ぶのは止めて下さい」
ヒカルはロビンをまじまじと見た。見たこともない生物だ。
ロビンは目を細め、ヒカルを見た。リーナの側に寄り、リーナの耳元で囁いた。
「リーナ様、この薄汚い猿は何です?」
「おい、聞こえてるぞ!」
ロビンはヒカルを横目に見た。その目はまるで、ヒカルを馬鹿にしているような目だ。
「ロビリン、あのね、この人はピカルンなの!」
「あだ名を教えるなよ!」
「ロビリンが歌詞を書いて、リーナが曲作るの!すごいでしょ」
リーナはヒカルのツッコミを無視し、顔を輝かせた。
「ピカルンのために、歌詞を作ってもらってるの!完成したら、教えてあげるね」
「僕の…歌?」
ヒカルは嬉しそうな表情を浮かべた。
「ありがとう!リーナ、ロビン」
リーナは笑顔を、ロビンはまんざらでもない表情を浮かべた。
夜はもう遅くなってしまったので、宿屋に泊まることにした。
宿屋はリーナがいてくれたおかげで、タダで泊まることができた。
宿屋というだけあって、豪華な食事が並んでいた。しかし、ヒカルは浮かない顔をしていた。
「ヒカル君、どうかしましたです?」
ネルはヒカルの顔を覗き込んだ。
「いや、その……、ううん。何でもないよ」
ヒカルはナポリタンを口にした。ネルは首を傾げつつも、サラダを皿に取って食べた。
「ヒカル君…、もしかしてホームシックです?」
「…わからない」
ヒカルは食事を進めた。
「ヒャッホー!いただきよ」
リヴは、ヒカルの隣で肉にかぶりついた。
「リヴも、ロビンみたいな生き物飼ってるの?」
「魔獣のこと?ええ、飼ってるわ」
リヴは指を鳴らした。途端に二匹の魔獣が出てきた。一匹はロビンと同じく青紫色だが、もう一匹は赤紫色だった。
「おお?リヴ、どうした?」
青紫の方は肉を見つけるなり、かぶりついた。
「ちょっと、ディブ!リヴ様の命令を聞くのが先でしょうが!」
「うっせぇなぁ、ベル。オレは腹へってんだ」
どうやら、青紫の方はディブ、赤紫の方はベルというらしい。
「いいわよ。どんだけ食べたって金かからないし、アンタ達を呼んだのはヒカルに見せたかっただけなの」
ヒカルは呆れるしかなかった。
「ヒカル?何だソレ?」
ディブはヒカルに気付いた。ヒカルの周りを飛び、まじまじと見つめる。
「へぇ、お前…光るのか?」
「光らねぇよ!名前だ、名前!!」
ベルはリヴの耳元で囁いた。
「あれって…人間ですよね?まさか、リヴ様…人間の肉を独り占めしようとしてませんか?!」
「おい!!何か凄く不吉なことが聞こえたんだけど?!」
リヴは大笑いした。
「あんな子どもじゃ、お腹膨れないわよ!
ヒカルが大人になって、もうちょい太ったらさ、アタイとディブとベルで食べちゃえば良いわ」
「いや、違うだろ?!って、食べる前提なの?!」
ディブはよだれを垂らした。
「ニンゲンって美味しいのか?人参と同じ味じゃねぇよな?」
ヒカルは溜息をついた。ダメだ、ツッコミきれない。というか、僕は何でツッコんでしまうんだろう…。
「どんな味か知らないのよね…。ヒカルに聞いてみたらいいんじゃない?」
「僕は知らない!!」
ヒカルは薬を口に含み、一気に水を飲み込んだ。
症状はないとは言え、本体である自分の病気を治さないことには、影を取り返した時に酷い目にあうのは、自分だと考えたからだ。
ヒカルは、さっさと食堂から出て自室に戻ったのだった。
「あらあら、つれないわねぇ。せっかく、ホームシックな気持ちを紛らわせようとおもったのにさ」
ベルは首を傾げる。
「リヴ様、何故人間に対してそんなにも世話を焼くのですか?」
リヴはニヤリと笑った。
「いじめの対象だから、飴と鞭を使い分けてんのよ」
リヴは食事を進めた。ネルは微笑んだのだった。
ヒカルは自分の部屋に入り、寝る準備を済ませ、ベッドの中に入った。窓から月明かりが射し込む。
「いよいよ、明日は魔の森突入か…」
明日に思い馳せながら、ヒカルは眠りについた。
雲の間から月の光が、メリアを照らした。その隣でシャンドは眠っていた。
「…心なんていらんかったかもしれんな」
笑顔で眠るシャンドに、メリアは手をかざした。しかし、何もせず手を下ろした。
「成り行きを見守るしかあらへんな」
メリアもまた、眠りについた。
次の話→十一章