ヒカルの光
□九章
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ヒカルは朝日を前にして歩いていた。そう、東にある魔の森に向かっているのだ。
ヒカルの足からは、影が伸びることはなかった。
「どうやって影とメリアを探すか…相談しない?」
ヒカルの提案に、リヴが笑顔を見せた。
「それは考えてあるわ!歌姫に協力をもらうの」
「歌姫?」
「呼んでくるから、この先にある町で待ってて」
リヴは飛び立ってしまった。
「歌姫…って誰のことかわかる?」
「いえ、わからないです」
ネルとヒカルは二人同時に首を傾げた。
町に向かう途中の道で、大きな犬に追いかけられている黒猫を見つけた。
「ネコちゃんがピンチなのです!助けるです」
ヒカルはネルを止めた。
「構ってる暇なんてないよ」
「でも…、ネルは放っておけないのです!!」
ネルはヒカルが止めるのも聞かず、猫を助けに行った。猫を抱き上げ、必死に逃げている。
あまり状況が変わってないので、ヒカルは渋々助けに行くことにした。ヒカルは犬の前に立ち、犬の横腹を蹴り上げた。
「ヒカル君?!」
犬はキャンと悲鳴を上げ、立ち去った。
「ネル、猫と一緒に逃げてどうすんの?他に方法あったろ?猫を木の上へ逃がすとか、魔法で壁を作るとか…」
「ヒカル君、犬さんを蹴る必要は無かったはずです!どうして蹴ったのです?!」
いきなり怒り出したネルに少し驚いたヒカルだが、淡々と答えた。
「いや…、その方が手っ取り早かったから」
「ヒカル君、暴力はいけないことなのです。犬さんも悪いですけど、ヒカル君も悪いのです!」
ヒカルはネルを見つめた。そんなに怒らなくても良いんじゃないか?という思いもあるが、ネルの方が正論であるのは確かだ。
「…ごめん、咄嗟の行動だったとは言え、僕が悪かったよ」
ネルは笑顔で頷いた。
「ネコちゃん、大丈夫です?」
猫はネルの腕の中で、少し安堵の表情を浮かべた。
黒猫をよく見ると、耳先や尻尾の毛先が白い。尻尾には赤いリボンがつけられているため、飼い猫だろう。
「ヒカル君も抱いてみるです?」
「…僕はいいよ」
ヒカルは、あまり動物が好きではない。この魔界に来てから、動物に襲われることが度々あったため、より嫌いになってしまった。
「ネコちゃん、どこから来たのです?」
ネルは猫を見つめた。猫は首を傾げるだけだった。
「町に行ったら、飼い主見つかるかもね」
「行く必要ねぇよ」
木の上から誰かが下りてきた。黒髪の少年の悪魔だ。黒髪の中に、染めたのか地毛なのかわからないが、白い髪の毛の部分もある。
ヒカルのこの少年悪魔に対する第一印象は、不良だった。
「このネコちゃんの飼い主です?」
少年はネルを無視し、ヒカルを睨みつけ、近寄った。
「やっぱり!テメェ、さっきはよくもやってくれたな?!」
ヒカルはハァ?!と声を荒げた。
「何の話だよ?!君に会うのは、これで初めて…」
「しらばっくれてんじゃねぇよ!!」
少年はヒカルに殴りかかった。その拳は見事ヒカルの頬に当たり、ヒカルは倒れる。
ヒカルは頬をさする。
「ってぇ…。何すんだ?!」
「黙れ、カスが!」
ヒカルは体が震えた。少年の瞳は怒りの色となり、こちらを眼をきかせ睨んでいるからだ。
「止めて下さい、なのです!」
ネルは少年に立ちはだかった。
「邪魔するなら、テメェもぶちのめすぞ!!」
ネルはどかなかった。
「…何がなんでもどかねぇつもりだな?なら…!」
少年が殴りかかろうと構えたその時、ネルの腕から黒猫が飛び出し、少年の足に体をこすりつけた。少年は動きを止める。
「ネル、あなたが悪い人とは思えないのです。事情を話していただけますです?」
「…わかったよ」
少年は猫を抱き上げ、座った。ネルも少年の側に座り、話を聞く体勢になった。ヒカルは不機嫌な表情を浮かべつつも、ネルの隣に座り、話を聞くことにした。
「俺の名はテッド。この道を歩いてたらさ、いきなりコイツが襲いかかって来たんだ!」
テッドはヒカルを指差した。ヒカルは思った。こんな不良に襲いかかる勇気なんて、どこにもないと。
「でよ、コイツのせいで怪我はするし、キャリー…あ、猫のことな、キャリーとはぐれるしよぉ。
それに、コイツに一発もくらわすことできなくって、イライラしてたんだ!」
「…怪我なんかしてないじゃん」
ヒカルはテッドをくまなく見た。怪我は全く見当たらない。
「低脳な猿だな。この腕をよく見やがれ!」
テッドはヒカルに右腕を見せた。赤い筋が見える。
「どこかで擦ったんじゃないの?」
「俺は怪我してもすぐ治っちまうんだ!ああ、お前と話してるとイライラしてくる。
もう一発殴らせろ!!」
テッドは眉を吊り上げ立ち上がり、拳を振り上げた。
「何でそうなるわけ?!」
「ダメなのです!」
ネルはテッドを止めた。
「とにかくテッド、君をからかったのは僕じゃない!僕にそっくりな影だ」
「…影?」
「魔法で奪われたんだ!見ろっ!」
ヒカルは自分の足元を指差した。確かに影がない。
「ハッ、情けねぇの!」
「うっせぇ!」
ヒカルとテッドは睨み合った。
「ネル達は町へ向かっているのです。良ければ、一緒にどうです?」
「俺は行かねぇ」
テッドはキャリーを連れ、どこかへ行ってしまった。
「あいつ…猫を助けた礼も、僕を殴った謝罪もせず帰りやがって……!!」
「まあまあ、ヒカル君。そんなに怒らないで下さいです」
ヒカルは怒りのあまり、地面を蹴って八つ当たりした。
町に着いたヒカル達は、リヴを探した。
「あら、遅かったわね」
リヴが手を振り、ヒカル達を迎えた。その後ろには、桃色の髪をツインテールに束ね、可愛らしいドレスを着た少女の悪魔がいた。
「その子が歌姫?」
「初めまして!冥界のアイドル、リーナでぇす!!よろしくネ」
リーナはヒカルにウィンクをした。ヒカルの顔はほんのりと赤くなった。
「なるほど!確かにリーナちゃんはとても歌が上手なのです。だから歌姫なのですね」
「ネルルン、リーナのこと忘れてたの?ヒド〜い!」
リーナはネルを指で突っついた。
「ごめんなさいなのですぅ!」
ネルは頭を下げた。ヒカルは苦笑いを浮かべたのだった。
「ねぇねぇ、君何て名前なの?」
「僕?…ヒカルだけど」
リーナは顔を輝かせた。
「ヒカルかぁ!よろしく、ピカルン」
「ピ、ピカルン?!」
「君のあだ名だよ?…ダメかなぁ?」
リーナは上目遣いでヒカルを見た。ヒカルは困惑の表情を浮かべた。
「…別に構わないけど」
「良かった!」
リーナはヒカルに抱きついた。ヒカルは戸惑い、身動きができない。
「え…あ…」
ヒカルの顔は真っ赤になっていた。
「そろそろ良いかしら?」
リーナとネルはリヴの方に向いた。
「リーナが今日の夜、ここで歌を披露するの。リーナの歌声は人を引き寄せる不思議な力があるから、影やラ・メリアも来ると思うわ!
…ちょっとヒカル、聞いてんの?」
ヒカルはリーナに抱きつかれたままで、のぼせ上がっていた。それを見たリヴはため息をつく。
「純情ねぇ…。リーナ、離してあげな」
「はい、リヴ姉様!」
リーナはヒカルにウィンクを放ち、離れた。ヒカルはまだ顔が赤い。
「リーナの歌は、冥界でも魔界でも人気なの!今日、新曲もあるのよ。
あ、そうそう!ピカルン、あなたのために歌作ってあげるからね」
ヒカルはとりあえず頷いた。
リーナのコンサートは本日の夕方に開催することになった。魔界人の協力をもらって、様々な町に宣伝してもらっているのだ。
コンサートが始まるまでの間、ヒカルはこの町で情報収集を行った。ラ・メリアに関する情報を集めているのだ。
「ラ・メリア?…聞いたことねぇや」
「ラ・メリアって、どこの種族の名前かしら?調べてもなかったのよね」
「わかんない!」
魔界人の回答は、こんなものだ。
「ハァ、やっぱ誘き寄せるしかないよな…」
ヒカルは、リーナの歌でメリアを誘うことができる可能性を考えた。
いくら有名なアイドルであり、歌に不思議な力がある…とはいえ、メリアがコンサートに来る可能性は低い。急に決まったコンサートだから、余計に不安である。
ヒカルは、溜息をついた。そして、ギャランからもらった薬を飲む。
「……苦い」
口直しに買っておいたパンをかじる。
ポシェットに入っていた、硬貨の入った巾着袋は、やはり財布だった。しかし、このお金はあまり使い道がない。
「…そういえば、何で最初にばんそうこうと財布とリンゴが入ってたんだろう?」
その理由は、メリアにしかわからないのだった。
西空に赤い夕日が差し掛かった。いよいよリーナのコンサートが始まる。急遽決まったコンサートだが、たくさんの客が集まっていた。
「みんな、リーナのために来てくれて、ありがとう!とても嬉しいよ!!」
歓声が上がる。
「早速歌っちゃうよ!『恋する乙女』!」
明るい曲調で流れる音楽は、どこか心が揺さぶられるような、切ない気持ちにさせた。
ヒカルは周りを見渡した。影とメリアを探しているのだ。しかし、こんなに大勢の人だかりの中で特定の人物を探し当てるのは難しい。
ヒカルは考えた。どうすれば、メリアと影を誘き出すことができるか。
「…そうだ!」
ヒカルはリーナが歌い終わるのを待った。
『恋する乙女』が終わり、休憩を挟んだ時だった。
ヒカルはリーナに近寄った。リーナの周りには人だかりができていたが、それを押しのけた。
「リーナ、あのさ…次の曲を歌う前に、メリアの悪口言ってくれない?」
「別に良いけど、どうして?」
「あいつ、自信過剰で自分のことを棚に上げてるんだ。もし悪口言われたら、反応があるかもしれない」
リーナは頷いた。
休憩時間も終わり、次の曲が始まろうとしていた。
「次は新曲、『スーパーマジカル』を歌うよ!これはね、ラ・メリアっていう魔法使いに送る歌なんだよ。
今日、来てるかな?どこぉ?」
ヒカルは焦った。直接聞いたら、怪しまれるだろうと思ったからだ。
「ここ、ここ!ここやで」
意外にも手を挙げる魔界人がいた。あれはまさしく、メリアだ。
絶対アイツ、バカだろっ?!
ヒカルはそう思いつつも、メリアに迫った。
「メリア!」
「ありゃ?ヒカルはん、おったんか」
メリアは焦る様子もなく、ニヤニヤと笑っていた。その隣には、ヒカルの影もいた。
「よお、エンドウ!俺と戦いたくなったか?」
「違う!僕は影を取り返しに来たんだ。僕の知らない所で悪さしやがって…許さないぞ!」
影は満面の笑みを見せる。
「俺、楽しいんだ!戦いがな!!」
影は黒い剣を振り回した。ヒカルは盾で防ぐ。
「僕は…お前を止めてみせる!!」
リーナの歌を背景に、ヒカルと影の対戦が始まろうとしていた。
「いやぁ、どっちが勝つんやろな」
「さぁ?成り行きによるわね」
メリアとリヴは座って、ポップコーンを食べて観戦していた。
「おいそこっ!見るだけかよっ!!つか、仲良くポップコーン食べるなっ!!」
リヴとメリアは目を合わせた。そして、同時に薄笑いを浮かべるだけだった。
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