ヒカルの光
□八章
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ネルはイルダとともに、魔界へ来ていた。
「ご足労かけて、申し訳ないです」
「いえいえ、ヒカルという人間に会いたいと言ったのは、私ですし」
ネルとイルダの二人は、ギャランの情報屋にたどり着いた。
中に入ると、ヒカルは横になっていた。その上でリヴが眠っていた。そのリヴをどかそうと頑張っているジェルは、ネルの姿を見た途端、ネルに近寄った。
「あの悪魔、どうにかして下さい!魔法でどかそうとしても防がれちゃって」
「助けて…、お…重い…、息苦しい…」
ヒカルの小さい叫びが聞こえる。ネルは慌ててリヴを起こす。
「リヴちゃん、起きて下さいです!リヴちゃん?!」
「うん…ん?あら、ネル!」
リヴは起き上がり、ヒカルから降りた。
「ヒカル君、大丈夫…です?」
「あまり大丈夫じゃない…」
ヒカルの顔が赤いので、ネルはヒカルの額に触れてみた。とても温かい。
「ヒカル君、熱が出てるのです!」
「バーダグっていう病気なんだって。今、ギャランが薬を調合してくれている所」
「魔法で治らないです?」
「魔法でむやみに治してしまうと、悪化する可能性もありますから」
ネルの後ろでイルダが声をかけた。ヒカルはイルダを見て、首を傾げる。
「初めまして、イルダと申します。君のことはネルから聞きました。
今はゆっくりと休みなさい」
ヒカルは頷いた。
そこに、ギャランが戻って来た。
「薬できたニャン…てあれ?お客さん?」
「ネルと大天使様が来ました、なのです」
ギャランはイルダの姿を見て、がっかりしていた。
「どうして男ばっかりにゃんだ…」
ネルは首を傾げた。
ヒカルは、ギャランから水と薬を受け取り、飲んだ。苦味が口の中に広がる。
「…苦い」
「口直しにどうニャン?」
ギャランは袋から饅頭を取り出した。
「ありがとう!…何か礼をしないとね」
「にゃら、お前の知っている女の子を連れてきてほしいニャン」
ヒカルは苦笑いを見せつつも、頷いた。
「……う〜ん」
ヒカルは頭を押さえた。
「どうしたニャン?」
「薬飲んだおかげでマシにはなったんだけど……まだ頭が痛い」
「薬を飲んでも、症状は治まらないニャ。我慢するしかにゃいな」
ヒカルは肩を落とした。
ヒカルはイルダの横に座っていた。話を聞くためだ。
「体の調子はいかがですか?」
「ええ、今のところは大丈夫です」
正直に言うと、まだズキズキと頭が痛み、気分が悪い。しかし、ヒカルは平然を装い、本題を切り出した。早く帰りたい思いが強いのだ。
「ネルに聞いているかもしれませんが、僕は今すぐにでも家に帰りたいんです!何か方法はありますか?」
イルダは真剣な表情になった。
「魔界と人間界を繋げる方法は、残念ながらありません。しかし、他の世界を介すれば、人間界へ帰ることができます」
ヒカルは首を傾げた。
「でも、僕は天界や冥界へ行けないのでは?」
「その二つ以外に、もう一つ世界があります。その世界は『異界』、全ての世界に繋がります」
ヒカルは顔を輝かせた。
「神の許可がないと、異界へは入れません。そして、異界は魔物がうろつき、危険な場所です。それでも、行く覚悟はありますか?」
ヒカルは考えた。
できれば、危険な目にはあいたくない。しかし、イルダさんの言う「異界」に行く方法以外に、帰る方法がないのなら……行くしかない!
ヒカルは決意し、大きく頷いた。
「わかりました。ではまず、この世界の神、魔神の許可を得なくては。場所は魔界人の方々が知っているでしょう。
くれぐれもきちんと病気を治してから行って下さいね」
今すぐ魔神の場所に向かいたい気持ちだったが、ヒカルは仕方なく頷いた。
魔界の雲は、赤く染まっていた。
「私は失礼します。ネル、きちんとヒカル君を支えてあげて下さいね」
「ネル様、僕も帰りますが、何かありましたらいつでも呼んで下さいね」
「はいです!」
イルダとジェルは飛び立ち、天界へ帰った。
ヒカルとネルとリヴは、ギャランの家に泊まることにした。
「あまり広くにゃいから、ギュウギュウで寝ることににゃるけど?」
「ネルは大丈夫です」
「アタイ、ベッドが良い!」
ギャランは困った顔をした。
「ギャラン、布団返すよ。これなら、リヴ満足か?」
「そんなわざわざ…」
リヴは少し気まずそうな表情を浮かべた。それを見たヒカルは、クスリと笑った。
「ト・ギャラン、アタイ肉食べたい!」
「あいにく切らしてるんだニャン。それに病人がいるからにゃあ」
ヒカルは食欲が湧かなかった。
「ジャガイモとトマトのスープでどうニャ?」
「ネル、賛成です」
「足りないわよっ!何なら猫の丸焼きでも良いけど」
「それだけは勘弁にゃぁああ!!」
このハイテンションについていけないヒカルは布団に横になった。そして、目をつむる。
ここは…?
僕の部屋だ!
勉強机に本棚、広い窓、正真正銘、僕の部屋だ!!
帰ってこれたんだ…
母さん、母さん!どこだろう?買い物かな?まあ、良いや
ん?僕の写真が張ってある。これは…捜索願い?
『遠藤 晃、見かけた方はここに連絡を』
そうか…、何日も家を出てたもんな
ガチャ、玄関のドアの音だ。母さんかな?
母さん、僕…帰ってきたよ!
「誰が母さんやねん」
あっ!お前は……
「まだ終わらんで…、ヒカルはん」
家が、周りが消えた…?!
そんな……、家に帰りたいんだ!いい加減にしてくれよ!!何ニヤニヤ笑ってんだよ…。頼むよ……
ヒカルは目を覚ました。その目からは、一粒の涙が流れていた。
「夢……か」
ヒカルはため息をつき、起き上がった。
外を見ると、真っ暗だった。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。しかし、たっぷりと眠ったおかげで、気分はさほど悪くなかった。
ネルやリヴ、ギャランは眠っている。
机の上にはランプが置いてあり、その隣にはスープの入った皿とスプーン、そしてメモが置いてあった。メモには「冷えてもおいしい、ギャランの特製スープ」と書かれていた。
食欲はなかったが、ヒカルはスープをいただいた。トマトの甘酸っぱさとジャガイモの甘さが口に広がる。
「……おいしい、かな?」
微妙な味のスープを完食したヒカルは、外に出た。そして、風を浴びた。冷たい風がヒカルの肌をくすぐる。
「何だか、完全に目が覚めちゃったな…」
ヒカルは少し頭痛を感じつつも、剣を抜き、片手で振った。当初は両手で振っていたこの剣だが、いつの間にか力がつき、片手で振れるようになっていた。
「剣の練習かいな?」
ヒカルは振り返った。しかし、誰もいない。
「誰だ?!」
ヒカルは警戒しながら、周りを見渡し、剣を構えた。
「ここやで」
突然、眩い光がヒカルを襲った。暗闇に慣れたヒカルの目は、光にやられる。
「うっ?!」
「もらっていくで、アンタを」
どういう意味だ?ヒカルは眩し過ぎるので、腕で顔を隠した。
「えっ?!」
ヒカルの視界はチカチカし、見えにくい状態だったが、ヒカルははっきりと見てしまった。
自分の影がニヤリと笑うのを。
「ククク…ハハハ!」
ヒカルの影はヒカルの足から離れ、ヒカルの目の前に立った。やがて真っ暗だった影は、ヒカルの姿となる。右目に魔法陣が刻まれ、全体的に黒ずんでいる以外は、そっくりそのままヒカルの姿だった。
「お前…は…?!」
「俺はお前の影。エンドウ ヒカル、勝負だ!」
影は剣を抜き、振り下ろした。ヒカルはそれを盾で防ぐ。
「僕の影なのに、僕を倒したいって言うのか?!」
「ラ・メリア様のご命令だし、動けるからすげぇ嬉しいんだ!」
ラ・メリア?もしや…!
「そういえば、名乗ってなかったな。うちはラ・メリア!よろしゅうな」
「よろしく、じゃねぇよ!僕の影で遊びやがって」
ヒカルは盾で影の剣を押しのけ、メリアに向かって剣を振った。衝撃波がメリアを襲う。
「っ?!」
ヒカルの影がメリアを庇い、衝撃波に当たった途端、ヒカルは痛みを感じた。
「本体と影は繋がってるんや。影の痛みはアンタの痛みやで。とは言っても、影は痛みなんて感じんけどな」
メリアの高笑いが周りに響く。
「どうしましたです?」
情報屋からネルが出てきた。
ネルはヒカルとヒカルの影を見比べた。
「ヒカル君が…二人?分身したのです?」
「全く違ーう!!」
ヒカルはネルにツッコミを入れた後、影に向き直った。
「メリアに従うつもりなのか?動けるようになって嬉しい、お前はそう言ったな。メリアに従ったら、自由はなくなるぞ!」
「…確かに」
メリアは少し焦った様子だ。
「うちは影を生み出した張本人や!うちに逆らったら、どうなるかわかっとんか?!」
影は口元を吊り上げた。
「逆らわなければ…良いんだな?お前の命令に背くようなことじゃなけりゃ、俺は何やったって問題ねぇんだ」
「主人をお前呼ばわりやなんて、失礼な!」
影はクルリと一回転し、手足を動かし、飛び跳ねた。改めて動けることに大喜びしているのだ。
「俺は影じゃねぇ!自由なんだ、自由なんだ!!ヒャッホ〜イ」
ヒカルは影がはしゃぐ姿を呆れながら見ていた。
「なんや…調子狂うてしもたわ。帰るで」
「またな、エンドウ!」
メリアと影は消えてしまった。
それと同時に、周りを照らしていた光も消えてしまった。
「ヒカル君の影君が動いていたのです?」
「うん…」
ヒカルは空を見上げた。自分の影、メリアはそれで何をするつもりなんだ?
「どうすんの?」
ヒカルの側にリヴが降り立った。
「リヴ!…いつから?」
「強い光が差し込んできてさ、何事かと思えば…ヒカルの影が動いてたの。
しばらく見学させてもらったわ」
手助けしてくれれば良かったのに!その思いを心にしまい込み、ヒカルは剣を鞘に収めた。
「メリアと影を探しつつ、魔神の所へ向かう。今すぐにね!」
「ヒカル君はまだ病気が…」
「その言葉、待ってたわ!!」
リヴは東を指差した。
「魔神のいる場所は魔の森よ!あっちにあるわ、早く行きましょ」
ヒカルはリヴを見つめた。
「…よく知ってるな」
「当たり前よ!」
リヴが自慢げに胸を張る傍らで、ネルは心配そうな表情を浮かべた。
「翌朝でも遅くはないと思いますです」
「僕は早く帰りたいんだ。それに、僕とそっくりな奴がいるのって、ちょっと気持ち悪いしね」
ヒカルは忘れ物がないか確認した。
「薬は…持ってるな!後は水と食料貰っておかないと」
「それなら大丈夫よ」
リヴは魔法でリンゴを取り出し、かじった。
「…どっから取り出したんだ?」
「ヒ・ミ・ツ!」
ヒカルには大体の見当はついていた。
「行こう!」
ヒカルとネルとリヴは歩み始めた。目の前の空は少しずつ明るくなっていった。
翌朝、ギャランは皆がいないことで驚いていた。
そして、朝ご飯に食べようと思っていたリンゴがなくなっていたそうだ。
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