ヒカルの光
□七章
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「…ありがとう、もう大丈夫」
ヒカルは涙を拭き、少年に礼を言った。少年は笑顔を見せた。
「良かった!あっ、名前…言ってなかったね。
ゲティっていうんだ。君は?」
「僕はヒカル」
互いに握手を交わした。
「君は…人間?」
「そうだよ」
ゲティは不思議そうにヒカルを見た。
「…あのさ、人間界に戻る方法ってわかる?」
ゲティが首を横に振るのを見たヒカルは、ため息をついた。
「何とか探さないと…、うっ?!」
ヒカルは痛みを我慢し、立ち上がった。しかし、体重を少しでも左足にかけると、激痛が走るのだ。
「大丈夫?!」
「くじいただけだよ」
ヒカルは剣を杖の代わりにした。
「安静にしないと、悪化しちゃう!」
「でも…進まないと」
その時、草むらから牙を剥き出しにした青い狼が現れた。それを先頭に、次々と狼が現れる。
「くそっ、こんな時に!」
ヒカルは左足に体重がかからないようにし、剣を構えた。
ゲティは銃剣を構えるが、その顔は蒼白となり、汗をかいていた。銃剣を持つ手は震えている。
「ゲティ?!だ、大丈夫か?」
「だ、駄目なんだ…。戦いの場になると…怖くて……」
ヒカルは、その気持ちがよくわかった。自分も本当は怖い、でも…やられる前にやらないといけない。
「戦わないと、自分が死ぬよ」
「血が流れるのが嫌なんだ…!」
悪魔のくせに弱虫な…、ヒカルは心の中でツッコミを入れた後、狼を睨んだ。
狼はヒカルに襲いかかった。ヒカルは剣を振る。しかし、左足をくじいているので、バランスを保てず、剣は狼に当たらなかった。剣から出た衝撃波も、あらぬ方向へ飛んでいってしまった。
狼はヒカルにのしかかった。ヒカルは踏ん張ることができず、倒れてしまう。
「ヒカルく……うわっ?!」
ゲティはヒカルを助けようと踏み出したが、狼に邪魔された。
ヒカルは狼に噛まれないよう、片手で剣を振った。もう片方の手は盾を持ち、頭と首を守っていた。
他の狼もヒカルの所にやって来て、口からよだれを垂らしている。
ゲティは邪魔する狼を何とか押しのけ、ヒカルを襲う狼を狙い、銃剣を構えた。しかし、引き金を引けなかった。指先の震えが止まらないのだ。
「うぐっ?!」
ヒカルは剣を振る右腕を噛まれた。腕に牙が食い込む。ヒカルは盾で、右腕を噛む狼を思い切り殴った。狼は口を開け、のけぞる。ヒカルの腕からは血が溢れる。
ゲティは、その真っ赤な血を見た。
「う…あ…」
ゲティの瞳の色が少し赤みがかる。
獣の牙は雑菌がたくさんいるらしい。そのため、噛まれると非常に危険である。そんな話をテレビで言っていた気がする、こんな時にそれを思い出す冷静な自分に、ヒカルは少し呆れを感じた。
「もうやけくそだ!」
ヒカルは痛む右腕をよそに、剣を振り回した。衝撃波が孤を描き、狼達をなぎ払う。また別の狼がヒカルに襲いかかろうとした、その時だ。
バーン…という銃声とともに、一匹の狼が倒れた。
銃を撃ったのは、ゲティだった。ゲティは次々と狙いを定めて、狼達を撃つ。その狙いは的確で、狼は一匹ずつ倒れた。
「すごいじゃん、ゲティ!」
狼が撤退するのを見届けたゲティは、ヒカルを見た。その瞳は乾ききった冷たいものだった。
「…ゲティ?どうした?」
ゲティからの返答はなかった。その代わり、銃口がヒカルを向いた。
「な…、ゲティ?!」
「おとなしく質問に答えろ。お前は本当に人間か?」
「正真正銘の人間だよ!」
ゲティはヒカルを睨んだ。
「そもそも、人間が魔界の森にいること自体がおかしいんだ。
最近、魔界の村を襲うモンスターじゃないのか?」
ゲティは最初から武器を持っていた。そのモンスターを撃退するために持っていたのだろうか。そんな推測がヒカルの頭によぎる。
「僕がモンスターなら、動けないような怪我はしない。こんな怪我じゃ、君を襲うことも、君から逃げることもできやしない」
「………」
ゲティはヒカルに警戒の目を向けたが、やがて銃を下ろした。
「見つけた!ヒカルさ〜ん!!」
空からジェルとリヴが下りてきた。
「あら、ゲティじゃない!」
ゲティはリヴを見た。その途端、頭痛が走る。
「…なるほど、今は人格の方なのね。さっさと戻りな」
「お前が…いると、俺が出てきにくく…なる」
ゲティは銃剣をリヴに向けようとしたが、激しく頭が痛み出した。
「…ヘタレなゲティなんて嫌いだけど、冷たいアンタはもっと嫌いだわ」
ゲティはあまりにも激しい頭痛にうずくまった。しばらくした後、ゲティは起き上がり、周りを見渡した。その瞳は優しく穏やかものだった。
「…あれ?狼は?」
「狼?そんなのいないわよ」
ゲティはリヴの姿を見て、驚いた。
「リヴ、どうしてこんな所に?!」
「銃声が聞こえたから、何かなと思って来たの」
「そうなんだ。…あ!そうだ、ヒカル君!!」
ゲティは走り出そうとしたが、動きを止めた。
「また血を見て変わったら…」
「なに弱気になってんの?行くよ」
リヴはゲティを連れて、ヒカルの元へ向かった。
一方、ヒカルはジェルの魔法で怪我を治してもらっている最中だった。左足や右腕の痛みが引いていく。
「ヒカルさん…、ごめんなさい!僕が不注意なばかりに…」
「大丈夫だって!ジェルが気にすることじゃないさ」
ジェルは暗い表情のままだった。
「ヒカル、大丈夫?」
リヴはヒカルに笑顔で手を振っていた。ヒカルは振り返すことはしなかった。
「お前のせいで落ちたんだぞ!一言謝ったらどうだ?!」
リヴは舌を出した。ヒカルは今すぐにでもリヴを殴りたかった。
「ヒカル君、助けてあげられなくて…ごめん」
ゲティはヒカルに頭を下げた。
「最終的には助けてくれたじゃないか!」
「いや…あれは……その……」
ヒカルは首を傾げた。
「さて、ヒカル!ジェルに乗りな!ギャランの所へ向かうよ」
「命令するな!」
ヒカルは左足に体重をかけた。もう痛くない。立ち上がり、ジェルに乗ろうとした時のことだった。
ヒカルは急に頭痛を感じた。額に触れるといつもより熱く、気分も段々と悪くなってきた。先程、噛まれたせいなのだろうか。
ヒカルは何とかジェルに乗る。目眩がする、頭が重い。しかし、リヴには自分の弱い所を見せたくはなかった。無駄な意地なのはわかっているが、ヒカルは平然を装った。
「ゲティも来る?」
リヴの問いに、ゲティは首を振る。
「任務があるから。でも、それが終わったら」
「果たして終わるのかしら?」
リヴとジェルは飛び立った。その姿をゲティは見届けた。
ギャランの情報屋へ向かっている途中のことだった。
「ヒカルさん、大丈夫ですか?」
ヒカルは、ジェルの背中でうつ伏せになっていた。
「戦って疲れただけ」
「情けないわねぇ」
ヒカルはリヴの方へ向いた。
「あのな…、僕は普通の人間なんだぞ!悪魔と違って体力無いのは当たり前だろ?!」
「そんなに怒ることかしら?…ってアンタ、何でそんなに顔真っ赤なの?」
しまった!ヒカルはそう思った。熱が出てることがバレる。
「アタイの美貌で照れちゃってるんだ!」
「ちげぇよ!!」
リヴはヒカルに近寄った。
「何なら、アタイのふっくらおっぱいに顔うずくめちゃう?」
「ハァ?!」
ヒカルは本当に照れて、顔が熱くなるのを感じた。
「リヴさん、ヒワイなこと言わないで下さい…」
「何よ、セクシーと言いなさいよ」
ヒカルはツッコミを入れる気力が無くなった。
リヴはうつ伏せになっているヒカルの目の前に来た。
「何だよ、露出狂」
「アタイのセクシーな体をアピールするには、露出できる服が一番なの」
ヒカルはため息をつく。リヴはヒカルを嘲笑うかのように、ニヤニヤと笑っている。
「アンタって反応面白いわぁ!いじりがいある」
「ほっとけ!」
「さてと、茶番は終わり。さぁ、白状してもらいましょうか」
ヒカルは額に汗が垂れるのを感じた。
「ハ?何を?」
「アタイに嘘は通じないってこと!」
リヴは、自分の顔をヒカルの顔に近づけ、額をつけた。リヴの顔がとても近いので、ヒカルは焦りを覚える。
「やっぱり!アンタが照れるわけないもんね」
「…大したことないっつうの!現に、こんなにも元気じゃないか」
リヴはため息をつく。
「意地っ張りな所、ルーヴによく似てるわね。
早くト・ギャランの所に行きましょう」
「は、はい!」
ジェルは急いで情報屋へ向かった。
「これは…バーダグになってるニャ」
ヒカルは椅子に座り、ギャランの診察を受けていた。隣で、妖精に戻ったジェルが心配そうにヒカルを見ている。
「バ、バーダグ?」
「人間界でいう風邪のようなものニャン。でも、風邪よりたちが悪くてにゃ、薬を何日か服用しないと治らないんだニャ。でも、治らなくても死ぬような病気じゃないから、安心するニャン」
ヒカルはため息をついた。
「…つくづく不幸だ」
「お前は元気な方ニャン。バーダグにかかった者は、高熱でうなされ、頭がクラクラして歩けないんだから。
しばらく安静にするニャ」
ギャランは綺麗な布団を出し、それを床に敷いた。
「最初出会った時に、何でその布団を出してくれなかったんだよ」
「おいらの布団だからだニャン!特別に貸してあげるから、病人はおとなしく寝るニャ」
この世界の住民は、とにかく自分勝手で偉そうな態度だと、ヒカルは改めて実感した。
ヒカルはその布団をかぶった。フワフワで気持ち良い。
「ヒカルが休むなら、アタイはそうね…」
リヴはヒカルに近づき、上に乗っかった。
「な、何だよ?!」
「早く病気が治るように、お・ま・じ・な・い」
リヴはヒカルの顔に胸を近づけた。ヒカルは顔を真っ赤にして、リヴを押しのけようともがく。
「おまっ、ちょっ?!や、やめろ!!」
「アハハ!まだまだ坊やね」
ジェルは慌ててリヴをどかそうと、リヴを引っ張った。しかし、小さいジェルでは力が足りない。
「ギャランさんも手伝って下さいよっ!」
ギャランは羨ましそうな表情で、ヒカルとリヴを見ていただけなのだった。
「ヒカルはん、病気になったか…。つまらんなぁ」
口元が吊り上がる。
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