ヒカルの光
□二章
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ヒカルとネルは、南に向かった。
「剣を振れるようにしなくちゃな…」
ヒカルは剣を両手で持ち、一振りする。
「めーん!!」
ネルは首を傾げる。
「あ、剣道っていう…武術になるのかな?それで使う技のようなものだよ」
「凄いのです!」
ネルは拍手した。たいしたことはないけどな、とヒカルは思った。
剣道は小学校高学年の時に経験したことがあり、構え方と振り方は習った。しかし、クラブや部活のように念入りにはやっていなかったため、基礎中の基礎しか知らないのだ。
ヒカルは先程の一振りで、少し汗をかいた。重たい本物の剣を一振りするだけで一苦労なのだ。しかし、両手で持てば何とかなりそうだ。
その場合、盾をどうするかが問題になる。
「盾はネルが持っててくれるかな?女の子が装備なしじゃ、身を守れないだろ?」
「ありがとうございます、なのです!」
ネルは盾を受け取った。荷物を女の子に持たせることに、少し罪悪感を感じるヒカルだった。
ヒカルとネルは高く大きな山に辿り着いた。
「こんな山を登らないといけないのか…」
「ネル、様子を見て来るのです」
ネルは飛んでいってしまった。少し羨ましい。
ヒカルは周りを見渡した。…誰もいない。ヒカルはリンゴの芯を見た。果肉はもう茶色くなっているが、文字はそのままだった。
「南にある山、着いたぞ!この後はどうすれば良いんだ?」
リンゴの芯に向かって言っても、反応は無かった。
「ヒカルく〜ん」
ネルが帰ってきた。
「どうだった?」
「山の向こう側に、小屋がありました、なのです。でも、留守のようでしたので、帰ってきたです」
無理矢理押し入る、という考えは出てこないか、とヒカルは残念に思った。
「この山を登っている内に、日が暮れそう…」
ヒカルは山を見上げ、ため息をつく。しかし、一歩を踏み出した。
山の木々は枯れたものが多く、辺りは明るいので、探索は容易にできる。土は乾き、進みやすそうだ。
ヒカルは周りを警戒しながら願った。危険な動物は出てこないでくれ。
「ヒカル君、大丈夫です?」
ヒカルは息を荒くしていた。普段、あまり運動していないのが仇となってしまった。
「まだ大丈夫…」
ヒカルは急な坂を登る。ネルはヒカルを気遣いながら、ヒカルの手を引っ張る。
少し広い所に出たので、休憩することにした。空は曇っているが、まだまだ明るい。
「あ…水持ってくるの忘れてた」
ヒカルはうなだれた。
「ネルがお水を出すのです」
ネルは「エンジェラ、エンジェラ、ウォレアート!」と呪文を唱えた。
確かに水は出てきたのだが、その水は勢い良く出て、ヒカルに襲いかかる。
「うぇ、ちょっ?!」
「あわわわ!?止まらないです!!」
ヒカルは水から逃げながら思った。一番の危険な動物はネルかもしれないと。
結局、ヒカルはびしょ濡れになってしまった。
「ご、ごめんなさい……なのです」
ネルは泣きながら、ヒカルに頭を下げた。
「…大丈夫だよ、謝らなくても」
ヒカルは濡れたマントを絞った。内心は少し怒りを感じていたが、怒ったって意味はない。
「さ、行こう!早く行かないと日が暮れる」
ヒカルは立ち上がり、再び登る。ネルはヒカルを助けながら進んだ。
一時間は休憩もせずに歩き続け、幸いなことに動物にも出くわさず、山の頂上に辿り着いた。
空はまだ明るいが、薄い雲が少し赤みかがっている。
頂上は木が少なく、周りが見渡せた。広い自然に囲まれた魔界、観光ならばさぞや感動していたことだろう。しかし、今のヒカルには感動する余裕が無かった。
「ここで少し休もう…」
「はいです」
ヒカルは地面に倒れ込んだ。足が痛む。
「ネルが体力回復のために、魔法をかけてあげるのです」
「これくらい大丈夫だよ」
本当は、ネルのドジで再び身の危険にさらされるのが嫌なだけだが。
「遠慮はいらないのです」
どう言い逃れしよう、ヒカルは咄嗟に思いついた話題を切り出した。
「天使は天界に住んでるんだよね?天界ってどんな所?」
ネルは目を輝かせて語る。
「とても綺麗な所なのです!!様々な色の花畑、広がる草原、大きな山、透き通った川、たくさんの自然に囲まれた場所なのです」
ヒカルは頷いた。行ってみたいけれど無理だな…、と残念に思ったのだった。
「ギシャーー!!」
ヒカルは立ち上がり、剣を抜いた。上空から巨大な鳥が迫ってきている。
「ネル、注意して!」
…返事がない。ヒカルは周りを見渡したが、ネルがいない。
「ネル?!」
大きな鳥を見ると、その側にネルがいるではないか!
「ネル、何やってんのさ!?襲われるぞ!」
「この鳥さん、近くに巣があるみたいなのです。ネル達が邪魔で下りられないのです。のいてあげましょう、なのです」
ヒカルは剣を仕舞い、少し離れた場所に移動した。
鳥は地面に降り立つと、首を下ろした。鳥のくちばしの先には、鳥の大きさに比例しない小さな巣があり、雛鳥が口を大きく開けていた。
ネルは笑顔でヒカルの元に下りた。
「鳥の言葉がわかるの?」
「違うです。鳥さん、何だか困った様子だったので、周りを探して、鳥さんの巣を見つけて、それでわかったのです」
あの鬼のような形相が困っているのか?!と、鳥の顔を思い出しながら思うヒカルだった。
「とにかく、襲われなくて良かった…。十分に休めたし、日没までに小屋へ辿り着きたいし、行こうか」
ヒカルは前に進んだ。空の赤みは濃くなっている。急がなければ。
その焦りが不幸を呼んだ。
下り道、湿った土が靴に吸い付く。
「ヒカル君、そんなに急いでは危ないのです!」
ヒカルは足早に下っていた。
「小屋はあっちだったんだよね?」
ヒカルは向こうを指差し、ネルに確認しようと顔をネルの方に向けた。注意はネルに逸れ、足元が疎かとなった。
「っ?!」
靴底にへばりつく泥のせいで、滑りやすくなっていたに違いない。ヒカルは足を踏み外し、下り坂で滑ってしまった。
「ヒ、ヒカル君?!」
ネルは慌てて追いかけたが、ヒカルは猛スピードで下っていく。
ヒカルは何とか止まろうと、地面に手をつくが、湿った土は抵抗を吸収してしまう。
「いっ?!」
ヒカルは坂の先がないことに気づいた。そう、崖になっているのだ。ヒカルは近くにある木に手を伸ばした。しかし、手は届かない。
ヒカルの体は宙にあった。何の支えもないヒカルの体は、やがて下に落ちる。
崖の下は奈落の底。
あっけない人生だったな、とヒカルは自分の死を見つめる。
…って、死にたくない!まだやりたいことはたくさんあるぞ!!
ヒカルは剣を抜き、石の壁に剣を突き刺した。
石の壁はもろく、いとも簡単に剣が突き刺さった。しかし、もろいせいで剣が抜けるのも簡単だった。
「助けてっ!!」
その叫びが崖の中で響く。
「あれが…人間か」
ヒカルの体に青い何かが巻きついた。そのおかげで地面の衝突は免れた。ヒカルは青い何かの先を見ると、継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみがニンマリと笑っている。
「助かって良かったわね、人間」
ヒカルの目の前に、長い銀髪の少女が現れた。
「ヴァンプ、下ろして」
ぬいぐるみヴァンプはゆっくりとヒカルを下ろした。
ヒカルは再び少女の姿を見た。その姿はまるで人形のように美しいものだ。
綺麗な赤い瞳、日が全く当たっていないような白い肌、さらさらと風に揺れる銀色の髪、赤いリボンが特徴的な黒いドレス。本当に人形なのではないかと目を疑う。
「…あ、ありがとう。君は…?」
「ヴィリア…」
ヴィリアはヒカルに近づいた。ヒカルは何故か動けなかった。
「人間のドクロはどんなの?」
ヒカルは困惑した。
「えっ、いや、どんなのって聞かれても…」
ヴィリアはニッコリと笑いながら、魔法で鎌を取り出した。
それを見た途端、ヒカルの顔が恐怖に染まる。
「あなたのドクロ…ちょうだい?」
「ちょ、ま、待って!ドクロなら他の所にあるだろ?!人間のだったら、人間界に行けばいくらでも…」
ヴィリアは鎌を振り上げた。その瞳は、何の温かみのない、冷え切った氷のようだ。
ヒカルは逃げ出そうとしたが、体が全く動かない。
「ヴィリアちゃん?!」
ヴィリアは鎌を振り下ろした。ヒカルのギリギリ横に振り下ろされた鎌は、地面に突き刺さる。
ヴィリアは自分の名を呼んだ声の方向を見た。そこには、ネルが慌てた様子で飛んできていた。
「ヴィリアちゃん、一体何を…?」
ヴィリアはネルの質問に答えず、ヒカルの方を見た。
「そう…、あなたネルちゃんの知り合いだったのね」
ヴィリアはヒカルの耳元で囁いた。
「残念…、人間のドクロが手に入ると思ったのに」
ヴィリアはヴァンプとともに飛び去ってしまった。
ヒカルはヴィリアの姿が見えなくなったのを確認する。
「今の腹黒女は何?!ネルの知り合い?!」
「ヴィリアちゃんはネルのお友達なのです」
ヒカルの目には、少し涙が溜まっていた。
「凄く怖かったんだけど!殺されると思った…。
あんな奴と縁を切った方が良いって!」
ネルは大きく首を横に振る。
「ヴィリアちゃんはヴィリアちゃんなりの事情があるです!」
「どんな事情だよ!?いきなり鎌出すとか、どこの殺人鬼だ」
ネルは眉を吊り上げた。
「ヴィリアちゃんは殺人鬼じゃないです!!」
「立派な殺人鬼だよ、あの目は!殺人鬼じゃないなら、発狂者だ!!」
ネルは涙を浮かべた。
「ヒカル君…、ヒドいのです!ヴィリアちゃんに謝って下さい、なのです!!」
「謝る気なんて全くないね」
「ヒカル君なんて…、知らないのです!!」
ネルは飛び去った。
「…何だよ」
ヒカルはリンゴの芯を取り出した。文字の内容は変わっていて、『下り坂に気をつけろ。堕天使の罠にはまる』と書かれていた。
「堕天使の…罠?」
「そう…私の罠」
ヒカルは振り返った。そこには、薄笑いを浮かべたヴィリアが立っていた。
「私は…あなたの危険な冒険に、ネルちゃんを巻き込みたくなかった。だから、罠を仕掛けた」
「そんな…?!でも、僕が崖に落ちるとも限らないじゃないか!」
ヴィリアの口元が上がる。
「登り道は乾いていたのに、下り道が濡れていたのはどうしてかしら?」
ヒカルは思い出した。確かに登り道は滑らなかった。乾いていたからだ。しかし、下り道はまるで雨が降った後のように泥ができていた。
「全て私の罠…。さあ、一人でどう切り抜けるのかしら?人間」
ヴィリアは指を鳴らし、消え去った。
「…やられた」
ヒカルは急に心細くなった。
空は暗くなりつつある。そんな中、ヒカルは先へ進んだ。
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