企画室〜薔薇色の小箱〜

□【Crossing Time】
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(何か喉乾いちまったな)


昼間の暑さが夜にまで浸食してきて、寝苦しさを感じ始める季節。

乾燥した喉が心地良い睡眠を妨げる。

パチッと目が覚め.......すぐに感じた違和感。

投げ出した腕と胸の間に出来た空間に、ピッタリとくっついてる何か。

消灯して薄暗くなった部屋の中でも、くっきりと映える深紅の髪色。

寄り添って眠るのは愛する恋人のはずなのに、なぜか感じる奇妙な感覚。


(こいつがこんなにくっついてくんのは珍しいな.....)


一つのベッドに寝てても、お互い背中を向けてる事もしょっちゅう。

だからといって別に愛情がないとか思ってないし。

たまに寂しい時に、蔵馬自らがくっ付いてきたら勿論安心させる為に抱きしめるけど。

ここまで密着して、しかも完全な無防備の状態で寝てるなんて何からしくない。


まっ、でもたまにはこういう事もあるんだろ。


大して深くも考えず、とにかく喉の渇きを潤そうとソッと身体を移動させ、蔵馬を起こさないようにゆっくりとベッドから降りようとした。

フイにクイっと軽く後ろに引っ張られ、浮かしかけた腰がストンっと元の場所に戻る。


「どわっ...何だよ!!??」


何事かと振向いたら、半分寝ぼけ眼の翡翠の瞳が見上げてた。

綺麗な瞳の中に微かに滲む不安気な色。


「幽助ぇ......どこ行くの?」


これまた不安気に尋ねる声。


ちょっ....何捨てられた子猫みてぇな目して見つめてんだよ。

しかも何その“どこにも行かないで”的な言い方?

そりゃ確かに真夜中に俺がモソモソして起こしちまう事はあるけど、未だかつて一度も“どこに行くのか”なんて聞いた事ねぇじゃん。


「ねぇ〜幽助ぇ?」


おいおい....どうした?んな甘えるような声出して。

何か変じゃね?

って.....ん????何かこんな感じの蔵馬を知ってる気がすんだけど。


記憶の片隅に居座り続ける忘れられない体験が、なぜか今くっきりと思い出される。

己の恋人とは全く違う、だけどその恋人と同じ名前のパラレルワールドの住人。

甘えん坊で、素直で、大人の蔵馬とは掛け離れてて。

思い出すとなぜかフッと頬が綻んでしまうように可愛らしかった姿。


“またいつか逢えっかな”


最後にそう呟いて眠りについたら、見慣れた日常の光景に戻ってた。

もう二度とクロスすることはない世界だと思ってたけど。


「ん〜....幽助ぇ〜....どこ行くのってばぁ.....」


むっくりと起き上がり、ゴシゴシと目を擦る幼子のような仕草。

半分しか頭が働いてないのか、少し舌足らずな喋り方。

そして.....


「もう...幽助ってばぁ〜」


“キミ”じゃなくて名前を連呼するその呼び方をするのは.....


重なることのない時間が、交わることのない世界が再び交差した瞬間だった。


マジ.....?また飛ばされちまったのかよ。


即座に把握した現状。

こういう時普通はビックリしたり信じ難い現実に呆然とするんだろうけど、何といっても3ヶ月前に一度体験してる出来事。

やけに頭が現状を冷静に分析出来たのは、初めて見る蔵馬ではないからだったのかもしれない。


「悪ぃ、起こしちまった?喉渇いちまってさ。すぐ戻るからちゃんと寝てな」


ポンポンとあやすように軽く頭の上で掌を弾ませれば、安心したのかフッと小さく微笑み、大人しくベッドに横になる。


---相変わらず素直な反応すんだな-----


ジ〜っと追いかけてるであろう視線を感じながら、記憶を頼りに入った台所。

コップに入れた水を一気に喉に流し込んだ。

カラカラに乾いてた喉に冷たい潤いが広がる。


「さてと.....今回はどこまで隠しとおせっかな」


あの時はあいつと全く違う様相に驚くのが先立って、“とことんこっちの俺になりきってやる”なんて意気込んだ割りには呆気なくバレちまったけど。

今回はぜってぇなりきってやる!!

何でまたパラレルワールドに飛ばされたのかとか、どうやったら帰れるのかとか、そんな事を考えるよりもリベンジの炎が燃え上がるのが先だった。

俺がここにいるって事はこっちの俺もまた......

勿論頭の中では大切な恋人の顔が浮かんでは消えていく。


----オレはキミじゃなきゃ嫌だ-----


心の内をあまり見せないあいつから聞けた、素直な本音。

きっと、こっちの蔵馬はそれ以上に“幽助以外はやだ”なんて言ってるんじゃねぇかって思う。

だからそれぞれの世界に戻るまでは、俺がこっちの幽助になりきって。

だけどあいつを悲しませるような事はもうしない。

ぜってぇ、手は出さねぇぞ!!!!

まっ、面白いからからかいはするけどな。


何て考えながら、蔵馬が待ってるであろう部屋に戻る。

近付いたベッドの上で、スヤスヤと気持ち良さそうな寝息が聞こえた。

うつ伏せの身に気持ち程度かけられた布団。

なだらかなカーブを描く背中のラインが無防備に晒されるのを見ると、もう一人の幽助の気苦労が分かる気がする。


「おいおい...んな無防備な格好で寝てんなよな」


はぁ〜っと深い溜め息を吐き、引き寄せた布で白い肌を覆った。

隣に滑り込むと背中を向けてた蔵馬がコロンと向きを変え、モゾモゾと擦り寄ってくる。


「ん〜.....幽助ぇ....やっと戻ってきたぁ......」


「寝てろって言ったじゃん」


「だってぇ〜......」


半分も開いていない目は、今すぐにでも睫毛に覆い隠されそうで。

それでもピットリとくっついてくる姿は、変わらずに愛らしいと思う。

こんな風にいつも甘えられてんだろうな〜。


やっぱり羨ましいぞ、こっちの俺!!!


手は出さないって心に決めてはいるけど、こっちの俺になりきる為だ。

少々の事は目を瞑ってもいいよな......

ここで背中を向ける方が不信感を抱かせちまうじゃん?

ちょっとばっかし強引な理由付けで己を納得させ、身を寄せてくる子猫を抱き締めた。

てっきりこのまま腕の中で幸せそうに寝付くんだとばっかり思ってたのに。


ピクッと小さく跳ねた肩。

穏かな空気に突然ピンッと張り詰めた緊張感。

ガバッと跳ね起きた蔵馬の体が一瞬で遠ざかり、投げつけられた枕が飛んできた。


「だぁっ!!!ちょっ、いきなり何すんだよっっ」


「それはこっちの台詞ですっ!!!貴方誰ですか??!!」


「いや、誰って.....」


受け止めた枕から顔を出して様子を窺ってみる。

さっきまでの無防備はどこへやら、ベッドから離れた場所から警戒オーラをムンムンに発散させた翡翠の瞳が小さく睨んでた。


---え〜っ!!!もうバレてる????----


己の行動を振り返ってみても、こんなに早く見破られるようなヘマはしてないはず。

なのに何でだよ。


でもこれはどう見たって不利な状況。それならざっくばらんにいくが一番だな。


「オメー前はしばらく気付かなかったのにさ、何で今日は速攻"幽助"じゃないって分かったわけ?」


明らかに自分を知ってるような口調と、"前は"という一度会った事があるような言い方。

食い入るようにベッドの上に座る人物を凝視してた瞳が、何かに気付いたように微かに見開かれた。


「あっ....もしかしてあの時の幽助?」


「ピンポ〜ン!」


おどけた調子の答えにも全くもって無反応。

その上みるみるうちに漂う空気が萎んでいくのが分かった。


「また....幽助いなくなっちゃったんだ.....」


今にも泣き出しそうな表情に慌てたのは幽助。


「え〜っと....その、あれだほら。また1日たてば元に戻ると思うから、なっ?」


立ち上がり近付こうと素振りを見せた途端、スッと蔵馬の足が数歩後ろに下がった。


つうか、どんだけ警戒されてんだよ俺!!


「あ〜....こないだは色々と悪かったな。もう何もしねぇから」


少しでも警戒を解こうと、万歳のジェスチャーでその気がない事を示したのだけど......


「幽助も向こうの俺と一緒なんだよね.....」


そっちの警戒ですか????


確かにあんだけ好き好き全開のこの蔵馬なら、そっちのが気になるんだろう。

チラっと伺い見れば小さく肩を震わせてて。

俯いた顔までは見えなかったけど、泣きそうなんだろうなって分かる。


つうかどんだけかって!!

多分.....いや、絶対俺の蔵馬はケロッとしてるぞ?

別に前みたいに険悪な雰囲気で就寝したわけじゃねぇし。

やっぱ扱いずれ〜っ!!!(>_<)


相変わらず勝手の違う蔵馬に苦戦しそうな雰囲気だけど、ここで怯むわけにはいかない。

まずは不安を取り除いてやるべく、ソッと話し掛けた。


「あのさ、これ言ってもフォローになんないかもしんねぇけど.....あの日確かにオメーの幽助も俺の蔵馬と寝たのは知ってるよな?でもさ、蔵馬言ってたぜ」


「言ってたって....?」


「"彼はオレを抱こうとしませんでしたよ"って」


それは慰めの台詞じゃなくて事実。

こんな蔵馬を相手にしてる俺なんだ、本当に自ら誘いかけはしなかったんだと思う。


「あいつがワザと煽るような事言って、"ナメんなよ"って引くにひけなかったんだと思うぜ」


「そうなの?」


「俺が言うんだから間違いねぇって!!」


自信満々な言葉に、警戒を露わにしてた瞳がフッと緩んだ。


---俺が言うんだから晴れるって!---


言った事は現実になる、そんな力を備えた言霊。

真っ直ぐに揺らぎない瞳。

それは自分の幽助と同じ.....

まだまだ別の世界の幽助がいたとしても、この真っ直ぐさは共通してるって確信がある。


--おめぇを哀しませるような事はしねぇよ----


大丈夫。

自分はちゃんと信じて待ってるだけでいい。

ちゃんと幽助は戻ってくる。


少しだけ不安が軽くなった気がした。


「ほら、こっち来いよ。まだ夜中じゃん。寝ようぜ」


ビンビンに伝わってた緊張が消え、何となしに発した言葉。

さっき以上にピキっと凍り付いた空気。


「あっ!てか変な意味にとんなよ!いや、そうじゃなくて...あ〜、もう!俺そっちに行くからオメーがベッドに....」


「いい!俺がソファーに寝ますから、貴方がベッド使って下さい」


明らかに近付かれるのを嫌がってる素振り。


結局警戒されっぱなしは変わんねぇのかよっ!!!(-_-#)


ゲンナリしながら何度となくオメーがベッドに寝ろと促しても、"いいです"の一点張り。

言い合ってるうちに睡魔に勝てなくなったのか、蔵馬がコテンとソファーに寝落ちした事で終結した水掛け論。

何だかやたら面倒くさい事になってると、若干ウンザリしてくる。


朝になったら元に戻ってますように!!!


祈るように手を合わせて目を閉じた。
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