企画室〜薔薇色の小箱〜

□【嵐の後に〜“妖華の薔薇”番外編〜】
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翡翠の瞳が映し出したのは、幽助の首筋に点在する紅い痕。

自分の身体には無数に咲くその花が、こんなにもくっきりと相手を彩るはずがない。

そりゃ、求められて薄っすらとした痕跡を残した事はあるけど、これ程あからさまに分かるような痕の付け方はした事が........


「ねぇ.....幽助......」


「ん?何?まだ気になることでもあんの?」


またもや妨げられた口付けの方に意識が向いて、ワントーン調子の下がった声に気付かず何気なく言った台詞。


「誰にキスマークなんて付けられたの??!!」


返ってきたのはまるで方向の違う唐突な台詞。

今までの話の流れを一切無視した言葉に、何を言ってるのかすぐには理解出来なかった。


「え???はっ?急に何だよ。何の話??」


「何の話?って聞きたいのこっちの方だよ!!何で幽助にキスマークなんか付いてるの!!??」


狐目になったつり上がり気味の瞳が冷たい色を放ち、幽助をム〜っと睨み付けてた。

相変わらずプックリまん丸の頬っぺたじゃ、威圧感なんて全然ないんだけど何やら怒ってるのは確かなようで。

視線を辿った先には無数に点在する昨夜の名残り。

どうやら目の前の恋人はこのKISSマークに反応してご機嫌が悪くなったようだが.....

幽助にしてみれば誤解もいいところ。むしろ誤解の土台にすら立たない。


「いやいや、誰にって.....これはおめぇが付けた痕だろ???」


至って本当の事を言ってるのに、益々細くなった翡翠が“信じられない”とばかりに冷めた視線を投げかける。


「何それ!!つくならもっとマシな嘘をつきなよ!!」


「嘘なんかついてねぇって!!マジで昨夜おめぇが何度も“して”ってせがみながら....」


「また訳の分からない事ばっかり言って!!誤魔化さないで正直に言えばいいじゃん!!」


「だから正直に言ってるって。俺がおめぇ以外を抱く訳ねぇじゃん!!」


「じゃぁ何でそんな痕が付いてるの??」


「だ〜か〜ら〜っ!!さっきから言ってるだろ?おめぇが.....」


「もう!!信じらんない!!幽助のバカ!!嫌い!!帰って!!!」


やってもいない浮気疑惑を掛けられ、必死に弁解ならぬ真実を打ち明けてるのに聞く耳持たずの蔵馬は“嫌い”と“帰って”を繰り返すだけで話にならない。


「ちょっと、蔵馬!!俺の話聞けって....って、いてっ、ちょっっ、マジ、どわっっ」


興奮を落ち着かせようと触れかけて手はあっさりと払いのけられ、挙句の果てには“あっち行って”と突き飛ばされるわ、ポイポイ枕やらクッションやらを投げつけられるわ。

ついにはゴロンとベッドから転げ落ちてしまった。

一般的な男ならここでブチっと堪忍袋の尾を切らすところ。

実際幽助も無実の罪に多少はイラっと怒りの線に火が点きそうになってるのだけど、それよりもこの現状をどうしようか解決策を考えるのが先立ってた。


「なぁ、蔵馬〜......」


「知らない!!」


頭からスッポリと毛布を被りフンッと背を向けてしまった蔵馬は、てこでも動かない!!っとまるでストライキ状態。

常日頃がバカが付くほど素直なだけに、大きな反動が来るのか思い込んだら何を言っても聞かない頑固さは手に負えない時がある。

そして今が正にその時。

さすがの幽助もこれはもはや一人では解決出来ないと諦めたのか、携帯に向かってSOSを発信し始めた。



「桑原〜!!ヘルプ〜!!今すぐ蔵馬の部屋に来てくれ〜(泣)」



****************************


聞いた事もない電話口での切羽詰った声に、血相を変えた桑原がバタバタと音を響かせながらマンションに駆け込んできたのは、SOSの電話からまだ30分も経たない頃。


「お〜い、浦飯!!また蔵馬に何かあったのか??」


とにもかくにもとりあえず開けた部屋の扉。

目に入った光景に“あちゃ〜”と気まずい表情が広がった。

ベッドの隅っこで盛り上がってるこんもりとした布団の山。

隙間からはみ出した深紅色の髪の毛を見れば、そこに誰がどういう状態で丸まってるのか何となく分かる。

そしてベッドから離れたソファーの端っこに手持ち無沙汰で腰掛け、時々チラチラとベッドを気にしながら切ない溜め息を吐く友人の姿を見れば、2人の間に漂うムードの悪さがヒシヒシと伝わってくる。

だいたい部屋の中でこの2人の距離がこんなに離れてる状況自体がある意味信じられない奇跡。

半径一メートル以上の空間は作らない!って感じで常にピッタリくっついてる蔵馬がソッポを向いてるなんてよっぽどの事。


「で?何があったんだよ?」


「....実はさ....」


激しかった営みの詳細は勿論省いて、それでも話したのは普段と全く違った昨夜の様子。

ビックリする程都合良くすり替えられてる蔵馬の記憶。

聞く人が聞けば信憑性を疑うような話だったけど、桑原からしてみればいちいち納得出来る話で。

何といっても実際に身をもって誘惑を体験したのだから。


「あ〜ね〜。確かに心ここにあらずというか、自分のやってる事が分かんねぇって感じだったもんな」


「まぁ、そうだけど....別に記憶にないならないでいいんだよ。だけどよ、さすがにこれの誤解だけは解いてもらわねぇと......(泣)」


首筋に残る所有の証は他の誰でもない、紛れもなく蔵馬自身が付けた誘惑の名残り。

その部分がまるっと記憶から抜けてるのであれば、弁解のしようがない。

確かに普段の行為においては絶対に浮き上がらない鮮やかさを放つ花弁を前にして、勘違いするのも分からなくはないけど。

だからって勘違いさせたままじゃダメじゃん!!!

俺悪くないのにメッチャ悪者じゃん!!!(汗)

完全なる潔白なのだから「何?俺の事が信じられねぇの?」なんて強気に攻めればいいのに、それすらも出来ない。

甘いというか何というか......


「桑原〜....何とかしてくれよ〜」


最終的には騒動の収束を丸投げされた桑原が“しゃーねぇ”とベッドに腰掛け、拗ねたままの蔵馬に声を掛けた。


「なぁ、蔵馬。おめーさ、昨日まで発情期のサイクルの中にいたって......知ってる?」


「.....発情期.....?」


「ほら、元々はおめー狐の妖怪じゃん。だからさ、狐の習性つ〜か。年に一度さかっちまうんだとよ。それで昨日はさ.....」


スッポリ身を隠した布団の中で、桑原の口から語られる話はにわかには信じ難いもので。

確かに妖狐は狐の属性を持つ妖怪だけど......

今までこんな事は一度もなかった。

幽助を求めるだけならまだしも、桑原君にまで.....

そんな事あるはずない!!

理解の範疇を超えた真実を受け入れる重さに耐えられず、全てを否定した脳が認識したのは“2人して嘘をついてる”という間違った事実。


「桑原君まで出任せを言って!!そんな嘘をつく為にワザワザ来たんですか??信じらんない!!もう、2人とも出て行って!!」


スッポリと被った布団を更に身を隠すように深く被りなおして、完全拒否の態度を示す。


「嘘じゃねぇって.....」


必死に説得を試みた桑原もあえなく撃沈。

益々機嫌を損ねて手に負えなくなった蔵馬を前に、幽助と二人して頭を抱えてしまった。



「おい、浦飯。あいつの記憶がない分マジで厄介だぞ」


「んな事はいちいち言わなくても分かってるんだよ!!」


どうにか解決策をと2人分の知恵を絞ってみても、何一つ名案は浮かんでこない。

その間にも背後からは“幽助のバカ”だの“早く帰って”だのお怒りの言葉が弾丸のごとく飛んでくる。


「つうかさ、飛影の奴に説明してもらえばいいんじゃねぇの?あいつが言えばさすがに冗談とか嘘なんて思われねぇだろ?」


確かに飛影は冗談って言葉が一番似合わない奴だし。

桑原の言う事も一理ある。とはいっても......


「でもあいつ今魔界じゃんかよ。呼びにいって連れてきたとして、どんだけ時間がかかんだよ。それ以前に飛影が素直に来てくれる訳ねぇだろ??」


「だよな〜。どうせ“ふん、下らん”なんて一言であしらって終わりだよな」


「だろ?そんなん無駄足踏んだって、それこそ時間の無駄じゃん?とにかく、何とか蔵馬を-----」


やっぱり2人で何とかするしかないと、再びあれこれ思案に入った思考に被さってきた声。


「ほ〜、なら俺がここに来たのは“無駄足”だったて事か?」


まさかここ(人間界)で今聞けるとは思ってもみなかった声に思わずギョッと振り返った。

噂をすれば何とやら。

今しがた話題に上ってた当の本人が、漆黒のマントを靡かせながら窓辺に寄りかかってた。


「げっっ!!何でおめぇがここにいんだよ??!」


願ってもいない訪問者のはずなのに、突然目の前に現れると驚いてしまう。


「発情期の狐がどれ程のモノか見に来ただけだ。しかし、来てみたらただのつまらん痴話喧嘩とはな。それこそ“無駄足”だったな」


嫌味たっぷりに“無駄足”を強調され、幽助の息がグッと詰まる。


つうか!!見てたんならさっさと助太刀しに来いよ!!


心の中で叫んだ絶叫は口から飛び出す事なく消えていく。

トンっと小さな音を立てて窓辺から室内に着地した飛影の足が、迷いなくベッドに近付いて行った。


こんもりと盛り上がった布団の山をジ〜ッと見つめ......何を思ったかガバッと勢いよく布団を捲りあげてしまった。


「いつまでそうしてるんだ?バカ狐」


「やっっ...何するんですか!!」


陽の明るさと注がれる視線にさらされた身が、真っ暗な布団の中に逃げ込まんと剥がされた布団を奪い返しに伸ばした腕は、呆気なく掴まれてしまって。


「お前はな.....天然ボケして周囲を振り回す前に、自分の習性ぐらい分かってろ!!バカが」


ただでさえ(思い込みの)幽助浮気疑惑にお怒りモードなのに、突然乱入しきた部外者に手首を掴まれ、バカだの何だの言われたら黙ってるわけにはいかない。

これ以上膨れたらパンクするというぐらい頬っぺたに空気を溜め込み、ム〜っと尖らせた口から文句が飛び出した。


「もう!!飛影まで訳の分からない事言って幽助を庇うんですか??発情期だとか習性だとか....嘘ばっかり!!そんな冗談は嫌いです!!」


これにはさすがに緋色の瞳の中に諦めにも似た、呆れの色が滲み出す。

それでも溜め息で少しの動揺を流し去り、思い込みの激しい狐を黙らせる一言を投げつけた。


「あのな....俺も嘘と冗談は虫唾が走るほど大嫌いなんだ、知ってるだろ?」


眼光鋭い三白眼に直視され、イントネーションのない声にズバッと言われた一言に文句の止まらなかった口が塞がれた。

何よりも効果のある邪眼師の一言に黙りこくってしまう。

それでも未だ納得しないのか大っぴらにはしない文句が、モゴモゴと口の中で蠢く。


「だって....いきなり“発情期”なんて言われても、今までそんな事なかったし....」


「今まではな。今は妖狐の姿に自在に戻れるようになったんだ。眠ってた習性が表面化してもおかしくないだろ?」


「じゃぁ.....幽助と桑原君が言ってた事は本当なんですか?」


にわかには信じられない隠された習性。

だけど飛影は冗談なんか言わない人だから。

きっと本当の事なんだ.......


「お前がどう思うかは知らんが.....あのバカには浮気とやらをする甲斐性なんてないだろ」


貶されてるのか褒められてるのか、今一判断に苦しむ一言に幽助の顔に微妙〜な表情が浮かぶ。

それでもその一言が頑なだった蔵馬の心に響いたのは確かなようで。


「あのKISSマークも本当に俺が....?」


「それを俺に聞いてどうする。俺がそこまで知るわけないだろ?後は勝手にやってろ」


伏せてた視線をゆっくりと持ち上げて、しばらく彷徨わせてたら困ったような苦笑いとぶつかった。

勝手な誤解で散々疑った申し訳なさと、聞かされた昨夜の自分の行動に対する恥ずかしさと。



「幽助......ゴメンね.......」


やっとの事でたった一言を口にした時には、優しい温もりに包まれてた。


「そりゃな、日頃のおめぇからしたら信じられねぇのも仕方ねぇよな」


「うん.....ビックリしちゃったから.....ごめんなさい.....」


ソッともたれた頭がポンポンッと軽くあやすように叩かれたのが言葉にしない返事。

険悪ムードからあっという間に2人だけの世界を作り上げるバカップルムードに、2つの溜め息が重なる。


「ちっ....全く世話をかけやがって」


下らん戯言には付き合いきれんと、立ち去りかけた飛影の背中に幽助の声がかかる。


「昨日といい今日といい、おめぇには助けられっぱなしだな。でも....マジでありがとな」


感謝の言葉を聞いた緋色の瞳の中に広がり始めたのは、昨日と同じ悪戯な企み。


「礼なら......そこのバカ狐に十分貰ってる。昨日....たっぷりとな」


ニヤリとシニカルな笑いと共にとんでもない爆弾発言を残し、窓枠に足を掛けた黒いシルエットの背中をあわてふためいた大声が呼び止める。


「ちょ〜っと待ったぁ〜!!!!それってどういう意味だよ!!??」


「さあな。気になるならそいつに聞けばいい」


意味深な言葉を最後に窓から飛びたった訪問者。


「蔵馬??!!」


「し....知らない...ていうか覚えてないもん!!」


物凄い剣幕の幽助に詰め寄られフルフルと首を振る。


「あっ...俺もそろそろ帰るわ。まぁ、色々頑張れよ」


またもや漂う面倒な空気から逃げるように、桑原もそそくさと退散してしまった部屋の中。

しばらくの間“ちゃんと話せよ”と“知らない”の押し問答が続いてた--------


fin.
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