黒龍の章〜飛影×蔵馬〜

□【ワン・ウェイ・ラブ】
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物音一つしない空間に蔵馬の規則正しい寝息だけが響く。
20分ほど経った頃、周辺に不穏な空気が入り混じり、不協和音を奏で出した。
血の匂いに誘われたのであろう数匹の妖怪が、辺りの様子を伺いつつ近づいてきた。

一面に広がる血溜まりの奥に、身体を木の幹に預け、無防備に眠る人間が一人。。。。。
一目でその主の正体を理解し、妖怪達の間にざわめきが起こる。
警戒しつつ徐々にその距離を縮めてくる。

尚も眠り続けるその身体には一切の妖気を纏わず、警戒心の欠片もうかがえない。
完全に外界との意識を遮断しているのか、ピクリとも動かない。

わずか数十センチの距離まで近づいても無反応なその様子に、いい場面に遭遇したと不気味に笑う妖怪達。

まずは目の前の美しい身体を存分に堪能しようと、無骨な手を伸ばす・・・・・・・


それは一瞬だった。

閃光が煌き、伸ばした手は腕ごと胴体から離れ、体中から血飛沫を撒き散らし、その場に倒れた。

残りの妖怪達の目に飛び込んできたのは、炎の妖気を身に纏い、銀色の切先を突きつけた小さな妖怪。

「こいつに手を触れるな」

渦巻く紅蓮の炎が怒り狂ったように周囲の草木をも焼き払っていた。


「死にたい奴だけかかってこい」


燃えるような緋色の目は怒りを湛え、真っ直ぐに妖怪達を見据える。


「ひっ!!!ひ〜っっっっ!!!!!」


怖気付いた妖怪達は我先にと一目散に散っていった。

雑魚が去ったのを確認すると、己の妖気を沈める。

ゆっくりと振り向く。そこには相も変わらず眠り呆ける蔵馬がいた。

(この・・・・バカ!)

怒鳴りつけてやりたい感情を抑えて、地面に片膝をつき蔵馬の肩を揺する。

「おい!蔵馬、おい!起きろ!!」

深紅の髪が振動でフワリと揺れる。よほど深い眠りなのか、目覚める気配はない。

飛影は深くため息をつくと、先程よりも強い力で蔵馬を揺すった。


「蔵馬!起きろ!!!」


「んっ・・・・・」


軽く身動ぎした感触が肩に置いた掌を通して伝わってくる。


「ん〜・・・まだ・・・寝かせ・・て・・・」


睡魔はまだ退散していないのか、瞼を半分閉じた状態で、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。


「駄目だ!寝るなら部屋で寝ろ。また厄介な連中が血の匂いに釣られて来るぞ」

覗き込む飛影の瞳をトロ〜ンとした翡翠が寝ぼけ眼で見つめる。

そして・・・・飛影の胸に顔を埋めるように寄りかかってきた。

飛影の体温は一気に上昇し、核がざわめき出す。


「蔵・・・・馬?」


飛影の核は早鐘のように鳴り響き、思わずその体を抱きしめようとした・・・・だけど、


「ん〜・・・・けぇ・・・・・・・幽・・・け・・・」


蔵馬の唇が紡いだのは自分ではなく、想い人の名前。

半覚醒状態の蔵馬が、面前の飛影を想い人だと間違って認識しただけの事。

回しかけた腕をそっと下ろす。

この腕を回せば触れられる距離にいるのに、今はそれすら出来なくて。

こんなに近くにある存在なのに、自分からは最も遠い存在になってしまった。


フッと自嘲気味な笑いが漏れる。

近づいてくる足音に気付き、またもや睡魔に引き込まれた蔵馬の身体をそっと木にもたれさせる。

己の気配を残さぬようにして、地面を蹴り、木に飛び移った。
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