泡沫の章〜飛蔵SS〜

□【星に願いを】
1ページ/1ページ

魔界の空に常に広がるくすんだ色。

雷鳴混じりの灰色の雲が上空を覆いつくす。

重たく身に纏いつくのはどんよりと澱んだ空気。

魔界の地に生を受けた時から、何の疑いもなく受け入れてきた情景。

もしあいつと出会わなければ、知る事すら出来なかっただろう。

青く広がる空も、星の輝く夜空も.........





「なぁ、飛影。狐はさっきから何を飾ってるんだ?」


手元の小型受信機から投影される映像を見ていた躯が不思議そうに尋ねる。

“狐”という単語に思わず反応してしまった事をからかわれる前に、多少面倒臭そうな素振りを見せ振り向いた瞳がギョッと固まった。


「おい、貴様何を見てる??」


驚きと若干の苛立ちを含んだ声でくってかかるのも無理はない。

てっきり魔界のあちこちを飛び回ってる偵察機からの映像を見てると思ってたのに。

映像の中に広がった鮮やかな深紅。

逢瀬の入り口となるベランダに設置された笹の葉から揺れる、色とりどりの飾り。

楽しそうにハミングを奏でる部屋の主の手で、シンプルだった笹の葉が艶やかなオーナメントへと変わっていく。


「何って....見て分からないのか?お前の愛しの狐ちゃん観察だよ」


「.....悪趣味か、貴様は」


“勝手に蔵馬を覗き見るな!!”と怒鳴りつけてやりたい衝動を何とか飲み込み、不機嫌丸出しの台詞を投げつけても、躯は大して意にも介さず。

ニヤニヤと気味の悪い笑いを浮べながら、映像の中の蔵馬と飛影へ交互に視線を送る。

その視線の動きに苛々が増長し、声を荒げるよりも先に同じ質問が投げかけられた。


「さっきから見てるが、あんな飾りをして何か意味があるのか?クリスマスとは違うだろ?」


一昔前には躯の口から“クリスマス”なんて言葉が出てくるなんて、誰が想像したか?

百足内のみならず、今や魔界に浸透してる人間界の風習の影響力の絶大さを今さらながらに凄いと思う。

ただ、夏のこのイベントは人間界贔屓の女帝もまだ知らなかったようで。


「あ〜、七夕だろ?そういえば人間界ではもう7月になるのか」


質問に答えた後に“しまった”と思った。

やたら人間界のイベントごとや風習に持たなくてもいい興味を持ち、事ある毎に百足内でも同じようにイベントをやりたがる躯の知らない行事の名を自然と口にしてしまったら最後。

七夕の意味からその由来までしつこく食いついてくる。

何がそこまでに知識の吸収を掻きたてるのか知らないし、正直どうでもいい。

説明するのすら面倒くさいけど、話すまでは解放されないのも分かってる。

渋々と言った様子で聞かれた質問に答えながら、今の状況に不思議な懐かしさを覚えた。


---あのね、飛影。七夕ってね.....-----


何年前だろう。

正にこの時期、今の躯と同じ質問を蔵馬本人にしたのは。


----一年に一度しか逢えない恋人達が、天の川を渡ってようやく逢える日なんだよ----


願い事を書いた短冊を飾りながら向けられた笑顔。

たかだか空想上の恋人達が、一年に一度逢えるというだけの話。

ピンッとくるどころか、バカバカしいとさえ思った。


---飛影も願い事書けば?----


ニコニコと渡された短冊を一瞥して“興味ない”と返した返事。

“でしょうね”と肩を竦め、何やらサラサラと文字を書いた短冊を笹に括りつけた。


そんな紙切れ一枚に、願いを叶える力なぞあるものか。

甘っちょろい奴......そう思ってさえいた。

だけど、今は違う。

忙しさに身を置いて日付の感覚なんてほとんどなかったが今日は......


「ふ〜ん、七夕ってやつもなかなか面白そうだな」


何やら完全に興味を向けたらしき躯の言葉を聞き、溜め息だけが零れ落ちる。

これで来年の今頃は、この百足内で【七夕もどき】なるイベントが開かれるに違いない。

どんどん人間界の文化が侵食してくる責任の一端を負ってる身としては、強く反対出来ないのが辛いところ。


「短冊に願いを書けば叶うかもしれないか.....お前の可愛い狐ちゃんは何を望んでるんだろうな?」


飾り付けを続ける蔵馬の手元に焦点を変え、徐々にズームアップされる映像。

ベランダに吹き込む風で、ユラユラと涼しげに揺れる短冊。

風に吹かれクルクルと不規則な動きを見せる短冊に書かれた文字をなかなか捉えきれないのか、ピントがずれ文字がはっきりと見えない。

ようやく捉えた文字が映像として映されるより一瞬早く、背後で聞こえた扉を閉める音。

画面一杯に広がった綺麗な文字を見た躯を取り巻く空気がフッと揺らいだ。

振り向いたそこには飛影の姿はもうなくて。


「なるほど、愛しの狐ちゃんの願いはワザワザ見なくても分かるってか?」


恐らく明日までは戻ってこないであろう部下が請け負うべきパトロールの穴埋めをどうしようか。

他の連中のシフトを調整する労苦に溜め息は零れるけど、その表情にはさっぱりとした晴れやかさが広がってた。





---一年に一度恋人達がちゃんと逢えるように、短冊にはそんな願いも込めるんですよ-----


バカらしいと思ってた人間界の風習も、共に過ごすうちに自然と身に馴染んできた。

理解しがたかった短冊にかける願いの意味も、離れ離れの距離が教えてくれた。

思うように逢えない時間。

蔵馬が溜め込んでるであろう淋しさ。

如何する事も出来ない想いを、不確定なモノに託したくなるのも今なら分かる。


「そういえば一ヶ月....逢ってないな.....」


忙しさに負われて、なかなか人間界に足を運ぶ余裕がなかった。

今この瞬間に蔵馬が何を願ってるのか。


その願いを叶えるべきは、紙切れなんかじゃなくて......


何となく私室の窓から見上げた魔界の空。

一瞬驚いたように小さく見開かれた瞳の中で、真っ赤な宝石が優しく光る。

雷鳴轟く減紫(ケシムラサキ)色の雲が覆い尽くしてるはずの空に、星の欠片が光ってた。

きっと人間界も今日は満天の星空が広がるだろう。


---天の川を渡って恋人達が逢える日なんですよ-----


七夕伝説をなぞるつもりはないが.......


遥か空の彼方を見上げながら願いを託してるであろう俺の狐に逢いに行こう。

一ヶ月ぶりに目の前で咲かせてくれる満開の花を抱きしめに。


飛び出した魔界の空で、一際大きな星がキラリと輝いた。


fin.


去年に引き続き今年も七夕は飛蔵ネタになりました。

ん〜.....何か去年と似た感じの話になってしまった気がしますね。

発想力の乏しさが露呈してしまった(泣)

飛蔵絡みというより飛影の独白みたいになってますけど.....

ご愛嬌で(笑)


2013.7.7 咲坂 翠

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ