泡沫の章〜飛蔵SS〜

□【WISH】
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いつものように窓から降り立った部屋。

夜も更け、人間の生活パターンとしては大抵の奴等は寝ているであろう時間。

部屋の主もきっとベッドで無防備に目を閉じてる.....

そう思い静かに滑り込んだ室内。

スヤスヤと聞こえる筈の寝息の代わりに俺を出迎えたのは、花開いた微笑みとギュッ〜と抱きついてきた身体。



「寝てるかと思ってたんだが....」


「寝ようとはしてたんですよ?でも、飛影の妖気を感じたから......」


チラリとベッドを見てみれば、蔵馬にしては珍しく布団が床に半分落ち掛けてる状態で。

飛び起きたのであろう痕跡。

抱き付いたまま離れようともしない。

そんなお前を見てたら......

果てしない距離を駆け抜ける多少の疲れなんか、吹き飛んでしまう。


逢えない時間を埋めるように仄かに薫る薔薇の香りが、包み込んでくる。

甘い香りに埋もれながら、愛しの子狐を抱きしめ続けるのも悪くないけど......

首もとで絡まる腕を解き、密着した身体を引き剥がした。

恋人達の間に生まれた空間。

その僅かな隙間の隔たりすら嫌なのか、しがみつこうと伸ばされた腕。

器用に押さえ込んだ腕ごと、子狐を胸の中に仕舞い込んだ。

すっぽりと包み込む腕の温もりが、離れてる時間の寂しさを溶かしていく。


漆黒の影が飛び込んで来たそのまま、開け放たれたままの窓。

夜風が優しく靡かせるカーテンの隙間から見えたのは、夜空に広がる星達の瞬きと月が投げかける柔らかな光。

月明かりを浴びながら、室内の2つの影が1つに重なり合った。


「んっ......」


小さな吐息を一つ零して、再び2つに戻った影。


「ねぇ.....飛影。星....見ませんか?」


「星?」


もう一度重ねようとした唇を遮ったのは、唐突な言葉。


「何だか星の綺麗な夜だから.....たまには貴方とゆっくり夜空を見上げるのもいいかなって」


甘いKISSを受けながら、飛影の肩越しに見えたのは窓の外に広がる星空。

なぜか無性に2人で星空の下で静かな時間を過ごしてみたくて。

だけど.....

押し黙ってしまった飛影を前に、あまりにも唐突すぎたかなと瞳が陰る。


「星か.....確かに魔界では滅多に見れるものじゃないな」


深紅に覆われた頭をクシャクシャっと一撫でして、“行くぞ”と言葉にしない意思表示を示す。

不安に染まりかけた瞳の中で翡翠の宝石が輝き出す。


「で?どこで見るんだ?」


「これでも一応はここ高層マンションですからね。屋上に行けば結構綺麗に見れると思いますよ」


“行きましょ?”と誘いかける笑顔に大人しく付いていきかけて、フッと沸いた疑問。

玄関ではなく窓に向かう蔵馬の背に、湧き上がった疑問を投げかけた。


「屋上へは窓から行くのか?」


「そうですよ?だってこんな時間に屋上への扉の鍵が開いてるはずないじゃないですか。ベランダの手すり伝いに行くしかないでしょ?俺と飛影ならそれぐらい簡単ですしね」


“行くしかないでしょ?”って....

まぁそれはそうだが。

この子狐は時おり本当に突拍子もない事を言い出す。

半妖である事すら忘れてしまいそうな程人間として溶け込んでるクセに.....

よそのベランダに人でもいたらビックリさせるだろうが。

至極まともな懸念も、どうやら今は通じないようで。


ベランダから身を乗り出すようにして飛び移る先の距離を測ってる蔵馬に近付き、軽々と抱き上げた。


「えっっ??ちょっと飛影??何してるんですか!!」


「足を滑らせて落下されたら面倒だろ?」


「落下って....屋上までの距離ぐらい自分で飛べます!!」


「ど〜だか?」


「飛影??!!」


「いいから大人しく掴ってろ」


納得いかないのか“自分で行ける”だの“そこまで身体は鈍ってない”だの腕の中でブツブツ小さな文句は続き、止む気配を見せない。

深々とついた溜め息にすら気付かずに繰り返される小言を閉じ込めるべく、唇に軽く蓋を被せた。

どんな言葉よりも効果を発揮したようで、途端に静かになった文句。

プシュッと腑抜けて大人しくなった身体をしっかりと抱え直し、トンッと地面を蹴り上階のベランダの手すりへと飛び移る。


足が着いた時にはすでに次の場所へと飛び移っていく。

あっという間に辿り着いたマンションの最上階のさらに上。

ゆっくりと腕の中から降ろされたその場に2人並んで腰掛け、星空を見上げた。

静寂に包まれた空間の中、煌く星達の息遣いが聞こえるようで。


「綺麗.....ですね....」


「そうだな....」


昼間の喧騒が嘘みたいに静まり返った中に2人っきり。

フイに響いた小さなくしゃみ。

まだ寒さの残る夜風が肌を撫で、微かに震わせた身にフワリと何かが被さる。

感じたのは暖かさと.....染み付いた魔界の匂い。


「飛影.....寒くないんですか?」


「お前みたいに柔な身体じゃないからな」


「.....いっつも一言多いんだから.....」


プックリむくれたのも一瞬の事。

すぐにコテンっと隣にある肩に頭を乗せ、静かに夜空を見上げた。

抱えた膝の上でクロスした手の上に、ソッと重なった掌。

驚いたように丸くなった翡翠の瞳が、隣に座る恋人を覗き見る。

炎のように揺らめく緋色の瞳は夜空を見上げたまま。

フッと微笑んだ翡翠が、視線を同じように天空の星達に投げかけた。

しばらく煌く星々に魅入られたように、言葉の交わされない時間が流れる。


「あっっ......流れ星!!」


無数に瞬く星達の間をすり抜けるように流れたほうき星。

一瞬で燃え上がった星屑が一瞬で消えていく。


「あ〜あ....消えちゃった....やっぱり消える前に3回願い事言うのって難しいですよね」


残念そうに小さく微笑む蔵馬をジッと見つめる紅い瞳。

何も言わず黒いマントに包まれた身を引き寄せた。


「俺に....叶えられない願いか?」


「飛影.......?」


「お前の今抱えてる願いは、星に託さなきゃ叶えられないモノか?」


願うものなら何でも叶えてやりたいし、与えてやりたいと思う。

お前が望むものなら何でも......


蔵馬の細い指先がキュッとすがり付いて来た。


「飛影とね.....ずっと一緒にいれたらなって、傍にいれたらって.....」


願うは大好きな人の隣にいつも寄り添っていられる事。

どうすればその願いが叶うのか自分が一番分かってる。

叶えようと思えば今すぐにでも可能な願いだって事も......


「おかしいですよね。貴方と共に生きる道を閉ざしてるのは俺の方なのに」


人間界に残る道を選んだのは、他でもない自分自身。

途方もない距離も逢えない時間も、何もかも覚悟の上に決めた道なのに.....


「ゴメンね、飛影。こんなの....ただの我侭ですよね」


自分で選ばなかった貴方の隣を、こんなにも恋しいと思うなんて....


「だから、こうやって逢いにきてるんだろ?」


落ちてきた声に混じる優しさと、回された腕に込められた強さ。


「それを我侭だと思うぐらいなら、お前が人間界に残ると決めた時に無理矢理掻っ攫ってる」


「飛影......」


「だから、お前はグジグジ悩まずにここ(人間界)で....お前の決めた道を歩けばいい。俺は、俺の出来る限りでお前の願いを叶えに来る」


別れ際にいつも思う。

このままお前を奪い去っていけたらと。

離れてる場所からいつも想う。

ここでお前と同じ時を刻めたらと。

だけど、何よりも大切なお前が望んだことだから。

今は遠くから想いを燃やして見守ってやろうと決めた。


離れてる事で寂しい想いをさせるなら、俺の自由になる時間の全てをお前の為に使おうと。

願うことなら俺の全てをかけて叶えてやる。

例えほんの少しか叶えられないとしても。

だから.....

お前はお前の思うままにいけばいい。

共に生きるその時まで......


未だ不安げな蔵馬にゆっくり顔を寄せ唇を重ね合わせた。

この瞬間だけでも、願いを閉じ込めてしまえるように。


fin.



あとがき


微妙に纏まりのつかない話になってしまった気が(>_<)
蔵馬ちゃんにとって志保利さんと生きる時間も、飛影と生きる時間もどっちも大切なんですよね。

たまにはその狭間のジレンマで悩む.....って話を書きたかったんですよ。
これはSSで無理に収めるべきじゃなかったですね、反省(-_-;)


2013.3.20 咲坂 翠

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