泡沫の章〜飛蔵SS〜

□【HAPPY Sweet Year】
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【師走】---日頃は落ち着いてる教師も忙しく走り回る。

なんて12月の忙しさを何とも的確に表現したもので。

一年で尤も忙しく、尤も足早に駆け抜ける月。

あっという間に過ぎ去る時間に追い立てられるように、気が付いたら12月31日。

今年も4つの季節が巡り、そして一年が終わろうとしていた。




「ほら、蔵馬。出来たぞ。起きて来い」


「ん〜.......飛影ぇ....もう出来たんですか?」


フワフワの毛布の中でヌクヌクと丸まっていた蔵馬が、飛影の呼びかけに答え気だるそうにゆっくりと身を起こす。

寒さを凌ぐ為の布団が、今はどうやら別の役割を果たしているようで。

ムックリと起き上がった身体から、毛布がスルリとずり落ち無防備な上半身が部屋の外気に晒された。 

未だ火照りの残る桜色の肌に散らばる紅い刻印は、先ほどまでの情事の名残り。

ほんのりと上気したままの頬と潤んだままの瞳を見れば、その仕上がり具合は一目瞭然。


「お前....まだその格好のままだったのか?風邪ひくぞ。早く何か羽織れ。それとも何か?ここでもう一度襲われたいか?」


「だって....シャツはさっき飛影がポンって放り投げたじゃないですか〜」


なるほど、プクッと頬を膨らませた子狐の指差す方を見てみれば、確かにベッドから少し離れた場所に無造作に投げ捨てられているシャツ。


「あのな、お前。それくらい.......」


それくらいベッドから降りて取りに行けばいいじゃないか-------

すこぶる当たり前の台詞を投げかけ、フッと頭の中で閃いた何か。

“あ〜”っと納得したように、未だチョコンとベッドに座り込んだままの蔵馬に近付いた。

右手をベッドサイドにつき、体重をかけ瞳の中で揺れる翡翠の宝石を覗き込む。


「そこまで激しくしたつもりはないが......腰でも痛めて立てなくなったか?ん?」


「なっっ......///////」


どうやら図星だったのか、ボンッとショートする音に続き顔中がすごい勢いで紅く染まっていく。

それは可笑しそうに覗き込む緋色に負けないぐらいの、鮮やかな紅。


「どうした?本当の事言われて反論も出来んか?」


くくっと喉がなるのは、飛影がこの上なくご機嫌な証拠。

ゆっくりと頬を撫で上げる指先から伝わる体温が、満たされた筈の身体に火を付けんとする。


「やっ....んっ...」


果実のように熟した唇から漏れた魅惑の吐息に、ピタリと止まった指。

一瞬の吐息だけで、収まってた熱がぶり返したのは蔵馬だけでなく......



---このバカ狐が---


おそらく無意識に洩らしたであろう吐息。

それがどれ程扇情的か、気付いてすらいないんだろう。

このまま押し倒して、有無を言わさず掻き抱いてやるのもまた一興だが。

甘えた声でねだられて、ワザワザ作った“あれ”をフイにするのも癪に障る。

一つ諦めの溜め息を落とし、床に投げ捨てられたシャツを手元に引き寄せた。


「新年早々に風邪でもひかれたら敵わん。ほら、ちゃんと着てろ」


ポスンっと頭からシャツを被せ、ベッドから腰を上げた。

ツンッと服の裾が引っ張られ、立ち上がりかけた体が再びベッドに腰かける。

振り向くとギュッと裾を掴んだ子狐が、クリクリとした瞳で見上げてた。


「飛影〜。抱っこしてください」


「はっっ?」


「だから、抱っこしてそっちまで連れてって下さい♪」


「あのな〜......」


“たかだか数歩の距離だろ?”

何を甘える.....なんて疑問はただの愚問だとすぐに身につまされる。

ニッコリと柔らかくも華やかな微笑を向けられ、自然と身体が動いてた。

身長は高いくせに、一回りも細身の身体がフワリと宙に浮く。


腕の中でクスクスと忍び笑いが聞こえた。


何が可笑しい.....?


落とした視線に重なった、悪戯狐の勝ち誇った微笑み。

あ〜.....こいつは.....



----腰でも痛めて立てなくなったか?-----


この言葉が言い当てたのは嘘のない真実。

だがこの狐は、“ニッコリ”で見事に立場を逆転させやがって!!

これじゃまるで、俺が勝手に甘やかしてるだけみたじゃないか。

苦虫を噛み潰したように顔へ変化する様を、可笑しそうに揺れる翡翠が見つめていた。



******************************




「ん〜っっ、美味しかった〜。ご馳走様でした」


手を合わせる蔵馬の前には綺麗に空っぽになった深めの器。

数分前にはその中からホカホカの湯気が立ち込め、スルスルと麺を啜る音が部屋に充満してた。


---ねぇ、飛影?年越し蕎麦作って下さいよ、ね?----


高みまで昇りつめてグッタリとその身をシーツの波間に埋めた蔵馬の口から出たのは、今年最後の小さなおねだり。

情事に満足しきった蕩ける瞳に見つめられたら、“嫌”とは言えるはずもなく。

煩わしいとしか思えなかった人間界の風習も、愛しの狐と過ごすうちにいつの間にか当たり前のように染み付いてた。

そんな自分に苦笑いしてしまうも、悪い気分ではない。

これまた手際よく仕上がった蕎麦を、幸せそうに頬張る蔵馬を見れば尚更。

魔界では冷たく相手を射抜く瞳も、今は優しく揺らめく炎のような紅色を広げる。

静かに流れる時間を、フイに破ったのはゴ〜ンと鳴り響く荘厳な鐘の音。

去り行く年を見送り、新しい年を迎える......

大晦日と新年に跨ぐ風物詩------除夜の鐘。


「毎年毎年ゴンゴンと。こればっかりはどうも慣れんな」


ズンと響く重低音があまり好きではないらしく、年が明ける少し前から徐々に不機嫌になる顔。


「大体この鐘の音は何回なれば気が済むんだ?」


「聞きたいですか?除夜の鐘は108回鳴らすんですよ」


「108回も!!??別にこんなの一回鳴らせば十分だろ?」


風情も風流もあったもんじゃない。益々濃くなる不機嫌色。

此ればっかりは蔵馬の“ニッコリ”も通じそうにない。


「あのね、108っていうのは人間の持つ煩悩の数を表してるんですって。108回の鐘と共にその煩悩が洗い流されるんですよ」


「なら、尚更鳴らすだけ無駄だな」


「何で無駄なんですか?」


「......教えてやろうか?」


至近距離に近付いた顔。
耳元にかかる熱を帯びた息遣い。

静かにはっきりと囁いた低音に......身体が熱く反応した。



「お前に対する俺の煩悩は108じゃ済まないからな」


吹きかけられた息が、
耳朶に沿って這わされた舌の熱さが、

収まったはずの火照り新たな火の粉をふりかける。


「やっ.....あんっっ...」


一際高く漏れたのは、人の煩悩を浄化せんと鳴り続ける除夜の鐘でも、取り払えない煩悩を生み出す甘い声。

それは決して消える事のない無限の欲心。


「たかだか鐘の音ごときで振り払えるか」


「ちょっ..飛影!!やだっっ.....まだ年越し......」


点けっ放しのテレビから流れるカウントダウンが高らかに新年の始まりを伝える。


“HAPPY NEW YEAR!!!!!!!”


何やらアイドルらしき集団が一斉に発した新しい年を迎える挨拶。

同時にゴ〜ンと一番の音を響かせて、除夜の鐘が最後の一突きを終えた。


「どうやら新年を迎えたらしいな」


“これで文句はないだろ?”とばかりに、狙いを定めた首筋に軽く噛み付き吸いつけた。


「やぁ....あんっっ...んンンっ....」


抑えきれない吐息と共に、くっきりと浮かび上がった紅い花弁。

再び耳元で低い声が囁いた。



「蔵馬、今年もお前は俺だけのものだ」


首筋に付けたのは、今年一番の所有印。

それが......新年の挨拶代わり。

強引な挨拶と裏腹に、唇に落ちてきたのは今年最初の優しいキス。

そして始まる恋人達の新しい一年。


ねぇ、飛影。

今年も貴方と素敵な年を過ごせそうだね.......

一つずつゆっくりと重ねていく二人の時間を......


fin.


明けましておめでとうございます★
新年一発目から飛影は突っ走ってるようです(笑)
お前ら姫初めかよ!!みたいな(笑)

今年も甘くラブラブな二人を書けたらなと思います★

2013.1.1 咲坂 翠

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