泡沫の章〜飛蔵SS〜

□【wisdom〜未来予想〜】
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移動要塞百足。


選りすぐりの猛者達を配下に従え、永き時をトップとして君臨する魔界の女帝。

その強さもさることながら、他を寄せ付けない圧倒的なオーラは、どんな猛者達にでも畏怖の念を抱かせる。


そんな女帝の私室になど、用がある者以外は近付かない。

半径数十メートル以内に近づく事すら遠慮したい。


そう考える者は少なくない。いや、むしろそう考える者ばかり。



そんな女帝の私室周辺に、なぜか今日に限ってたむろする面々。


廊下と私室を隔てる扉に視線を投げかけては、ヒソヒソと言葉を交わす者。


何を興奮してるのか鼻息荒い者。


各々違った様相を呈しているものの、その場にいる全員の頭の中にあるのは同じ映像。


それは、百足を統治する女王を訪ねてきた美しき訪問者..........




「おい....お前達はそんなトコで何をやってるんだ?」




突然聞こえてきた声に弾かれたように、ダラケてた面々が、ビシっと直立不動の姿勢をとる。

声をかけたのはこの部屋の主。




「あっ...いや、我々は、その.....」



しどろもどろな受け答えを、さして興味なさげな視線で受け流し、平然と足を進める。




「とっとと各持ち場に戻れよ。俺は別に何とも思わないが、あいつの目についたらお前達全員斬り殺されるぞ」




全てをねじ伏せる威圧感と、物騒な言葉の相乗効果に恐れをなしたのか、蜘蛛の子を散らすように誰もいなくなった。


呆れ顔でため息を一つ吐き、自室の扉をゆっくりと開いた。




*****************





「すまない。だいぶ待ったんじゃないのか?」




呼びかけに、ソファーに座り背を向けてた訪問者が振り返った。




「いえ、全然。それより俺の方こそ突然お邪魔してすみません」




漂うはフワリとした柔らかな微笑み。



----これは野郎共が色めき立つのも仕方ないか------



側近の女性達が何人束になっても適わないだろうな......なんて納得してしまう程。




「じゃあ、これ。お渡ししておきます」



ポケットから出した紙を躯に差し出す。



「さすが仕事が早いな。頼んでまだ1日だろ?」




「これぐらいは朝飯前ですもん」




"大した事ないですよ"とクスクス笑う。




とある国が反乱を起こそうとしている-------



平和なバランスを保ちつつある魔界の均衡を崩しかねない不穏な情報を耳にし、手に入れた一通の機密文書。

反乱に関わる重要な内容らしいが、誰一人として解読出来ない。


そこで蔵馬に白羽の矢が立ったという訳で。


躯のブレーンが何日かけても解けなかった暗号を、ものの1日.....実際には数分だったけど....で解読してしまった。


さすが叡智の塊とも言うべき頭脳。


可愛らしい器の中にいるのは、数千年の時を生きる狐。


その知識には、果たして一体どのぐらいの値が付くのか.......




「さすが妖狐ってとこか。それより、ワザワザ届けてもらって。手数をかけたな」




向かい合わせのソファーに腰を落とし、用意されてたカップの中を一気に飲み干す。





「あっ、いえ。これぐらい何でも......」




もしかしたら飛影に逢えるかもしれない。

そんな淡い期待をしてたなんて口が裂けても言えず。


ここに来てから、気配すら感じない事に“やっぱりパトロール中なんだ”と落胆した気持ちがばれないように、出された紅茶を口にした。





「飛影は今パトロール中でな。タイミングが悪くて残念だったな」




何の前触れもなく出てきた恋人の名前と、蔵馬の心の中をピッタリ読みきったような言葉に、思わず含んだ紅茶が詰まりむせてしまった。




「おいおい、大丈夫か?」



「だ....大丈夫です....って急に何を言うんですか!!」



いくら躯が2人の仲を認めてくれてるとはいえ、ここまで見透かされると何となく分が悪い。

飛影に逢いに来たと思われているようで。

正直な気持ちを言えば、“飛影に逢いたいから魔界にきた”が8割方の理由なんだけど。


百足は今の自分とは世界が違いすぎる場所。


どんなに逢いたくても私用で訪れるべき場所ではない........

ほんの少しの寂しさを再び口にした紅茶で流し込んだ。




「なあ、狐。お前はいつか飛影とこの魔界で暮らすのか?」



ガラッと変わった話に一瞬ついていけなくて、キョトンとなる。

少しの後、ようやく脳が理解したと同時に恥ずかしさが湧き上る。

みるみる桃色に染まる頬を見て、躯が吹きだした。




「お前分っかりやすいな〜.......成程な、もう約束済みって事か」





------母さんの一生を見守ったら共に魔界で生きる-------





遠く果てしない距離に離れる二人の支えともいえる約束。

どんなに逢えなくても確実な未来があるから耐えられる。


大切な約束..........




「魔界でのラブラブスイートな日々が待ってるって事か。羨ましいね〜」



からかうような口調に蔵馬の顔がほんの少し曇った。



二人での甘い生活。

それは来るべき未来で待ってる確かなモノ。


だけど........




「どうした?何か問題でもあるのか?」




「いえ。一緒に暮らし始めたら、多分今以上に寂しさを感じるのかもしれないなって思って......」




「一緒にいるのにか?」




「一緒にいるからこそですよ。今は魔界と人間界って途方もない距離が逆に気持ちにブレーキをかけてくれるんです。此れだけ遠く離れてるんだから来てくれるだけで幸せだって。でも一緒にいればいる程、きっとブレーキがきかなくなる」



淡々と語る言葉が一瞬途切れた。

その瞳はどこか遠くを見つめていて。

フッ一息とつくと、ゆっくりと視線を躯に向けた。




「“ずっと傍にいてほしい”って思ってしまう。たとえこの百足での滞在だろうがパトロールだろうが、離れている時間を今よりも寂しく感じると思うんです。近くにいるのに、何で傍にいないんだろうって.......我儘になりそうで」




どうしようも出来ない距離だからこそ、逢えない事を諦めきれる理由になる。

でも近くにいればいる程、逢えない時間はただ哀しみの理由にしかならない。


幸せと寂しさと。


相反する二つの感情の狭間での葛藤..........

共に生きる未来に落ちる小さな影。




「なら、百足に来ればいい」




耳に届いたはずの躯の声がスルリと抜け落ちた。

言葉としては捉えきれたものの、肝心の意味を頭が理解してくれない。

それはあまりにも有り得ない申し出のせいか.........




「躯......今何て.......」




「だから、お前もこの百足で暮らせばいいじゃないか。そうすれば多少なりとも、その寂しさとやらは軽減されるんじゃないのか?」




まるで“遊びにこいよ”とでも言うような軽いノリの誘い。

驚きを超えてしまい、呆気に取られてしまった。




「えっ......でも、そんな......」




「勿論タダでとは言わない。一つ交換条件がある」



「条件......ですか?」



魔界の女王の求める条件。

一瞬の警戒が翡翠に浮かび、思わず身構えた蔵馬に向けられたのはさも面白そうな笑み。




「おいおい、そう固く身構えるな。条件なんてそんな重苦しいもんじゃないぜ。簡単な事だ」




腰を浮かせた躯の手が、ポンッと頭の上に乗せられた。



「条件はお前の頭脳と......妖狐の知識だ。俺も優秀なブレーンが欲しくてな」



予想だにしなかった唐突な申し出に、固まる蔵馬を可笑しそうに見やり手を放す。




「まぁ、まだ先の未来の話だ。今すぐ返答する必要もないが、悪い条件じゃないと思うが」




再びソファーに身を埋めたと同時にノック音がし、バタンと扉が開いた。

女帝の返答を聞く事もなく、ズカズカと私室に入る奴なんざ一人しかいない。

躯の口から大きなため息が洩れた。




「お前.....もう少し気を遣えよ。一応レディーの私室だぜ?」



応えたのは面倒臭そうな空気。




「つまらん。イチイチ面倒な報告をしに来てるだけマシだと思え.......って蔵馬??来てたのか?」



いるはずのない恋人に気付いたのか、口調が優しく変わる。




「飛影っっ」



満面の笑みを浮かべ、弾かれたように立ち上がった。

今にも飛びつかんとしてたが、“ハッ”としたように慌ててチョコンッと腰を落とした。

躯の面前......今の状況が一瞬で駆け巡り、何とか気を落ち着かせる。



コロコロ変わる表情に躯の我慢ももちそうになく、大笑い寸前。

機嫌を良くしたのか、口から出たのは目の前の恋人達の為の一言。




「おい、飛影。今日はもういい。あ〜、蔵馬。さっきの事考えといてくれ」



流れを知らない飛影は何の話か怪訝そうな顔をするも、“さっさと行くぞ”と蔵馬を促す。

上司の手前、態度こそ横柄さを装ってるがその目には優しい光が宿り始めていた。



パタンと扉が閉まり、部屋に漂うは芳しき薔薇の残り香。

気付かれぬように気配を絶ち、そっと扉の隙間から二人の様子を窺ってみた。

廊下で交わされていたのは、妬ける位に甘いKISS。

そして美しき訪問者を腕の中に独り占めし、じゃれ合いながら去っていく。




「あのガキは.....自室まで我慢できないのか?」



呆気に取られながらも、なぜか微笑ましくて。




そんなに遠くない未来、この百足に一輪の薔薇が華やかに咲き誇る日が来るだろう。

千金に値する狐の英知。


それを引き付ける事が出来るのは、金銀宝石、財宝でもなくて......

たった一人の存在。




「何だかんだで、飛影が一番貴重って事か?こりゃ参ったね」



魔界の女帝の私室から聞こえる笑い声が、しばらくの間止まる事はなかった。



fin.



あとがき

たまには躯姉さん視点の飛蔵。
今回は飛蔵要素少なくてすみません。あの後の二人は皆様で好きに想像されて下さい(笑)
何だか飛影をだしに蔵馬ちゃんを引き込もうって、若干腹黒姉さんに見えなくもない(汗)
違うんですよ、純粋に優しさなの!!(爆笑)

2012.10.13 咲坂 翠

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