泡沫の章〜飛蔵SS〜

□【変わらないもの】
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過去から未来へ......

時間は流れ続ける。

その足を止める事無く........

時間の波に流されて人も時代も変わっていくけど、

たった一つだけ変わらないもの------------






「ねぇ、飛影!見てくださいよ。なつかしい写真が出てきましたよ」



ワードローブの中に身体を半分押し入れた状態のままの何やらゴソゴソと漁っている音に続き、嬉しそうな声が聞こえてきた。

声をかけられた本人は......といえば、いつもの真っ黒なスタイルとは一変、Tシャツに短パンと夏らしいラフな格好。

首には白いタオル巻き、己を呼ぶ声に振り向いた時、その手にはこれまた白い布巾が握られ窓ガラスをせわしなく往復していた。

振り向いた瞳には“またか”と半分諦めの色が浮かんで。


カラリと晴れた夏らしい日曜日の午後。



「そうだ!飛影、部屋の掃除しましょう!」


何を思い立ったのか、唐突な申し出。

呆気にとられ言葉を接げない飛影を尻目に、蔵馬は楽しそうにハミングなどしながら掃除道具を準備していく。

なぜかニコニコ嬉しそうな笑顔を前に、拒絶の言葉すら忘れ去られ、言われるまま半ば強引に押付けられた布で窓を吹き始めた......いや、拭かされ始めたというほうが正しい。


それでも、溜め息つきながらも従ってしまうなんて。


------俺も随分とあいつに感化されたもんだな-----


呆れともつかない不思議な笑みが洩れる。

その笑みは、すぐにゲンナリとした表情に変わることになるのだが-----

掃除を開始して早々から、肝心の蔵馬自身が掃除そっちのけで、押入れの奥から何やら引きずり出しては“懐かしい”だの何だの寄り道ばかり。


「飛影〜これ見て下さいよ」


「ほら、こんな小さな服着てたんですよ」


云々かんぬん......

その度に無視すればいいものを、己を呼ぶ柔らかい声にいちいち反応して顔を向けるのは、結局惚れた弱みの甘やかしか........


そして今もまた、甘い誘いの声に乗せられて何度目かの掃除の中断を余儀なくされたとこだった。

なつかしい写真とやらを手に持ち、ニコニコする蔵馬の笑顔の裏には“こっちに来て下さい”と無言のプレッシャーが込められて。

手にした布巾をポイっと投げ捨て、期待に応えるべく無邪気な恋人に近付いた。



「ほら、この写真。なつかしいでしょ?」


見せられた写真に映ってたのは、今よりも幼く髪の毛も短い蔵馬の姿。
無垢な翡翠の眼差しだけは変わらぬまま笑っている。



「これ、貴方と出会った頃の俺ですよ」



飛影を覗き込むように近付いた瞳の中で翡翠がクルクル揺れている。

その瞳の奥に見出した記憶の欠片........



「この頃は、貴方とこうやって過ごす時間が来るなんて思ってもいなかったのに.....何か不思議ですね」


ひょんな事でめぐり合い、共に行動し、時として生死をも分かち合ってきた。

いつの間にか“仲間”としての時間を“恋人”として過ごす時間の長さが追い越して。


振り返ればそこには沢山の過去の時間が思い出と一緒に流れてる。

それはいつかは忘れてしまう記憶たち。

飛影が隣にいるこの瞬間も一瞬の後には過去になる。

止まらない時間の流れの中で、二人で過ごす時間もいつか忘れてしまうのだろうか......

変わり行く時間の中で、二人の関係もいつか......


急に不安が押し寄せ、唇を噛み締め長い睫を伏せた。

だけど、伏せた顔はすぐに暖かい掌によって正面に向けられ、翡翠が捉えたのは自分をしっかりと見据える燃えるような緋色の瞳。



「お前、顔が埃まみれになってるぞ」


笑いながら首に巻いたタオルで優しく蔵馬の頬を拭いた。


「飛........ぃ」


意識を集中してなければ聞こえない程小さな声。

飛影が聞き逃すはずもなく、動きが止まり、すぐにまたタオルの擦れる感触が頬伝わる。

言葉の続きを促す無言のサイン。



「飛影といる時間がこのまま止まればいいのにね.....」


記憶が過去になる前に、二人の時間が変わってしまう前に。

時間ごとこの一瞬を閉じ込めてしまえたら.......


頬に伝わっていた温もりが離れ、慌てて視線を上げたそこには紅い瞳はなく見えるのは自分の部屋の風景。

抱き締められてる事に気付いたのは数秒の後。



「良からぬ事を考えて勝手に不安がるのは悪い癖だぞ、バカ狐」



抱き締める腕にグッと力が入った。

耳元で聞こえる囁くような低音に蔵馬の肩がピクリと引き攣る。



「昔の写真を見て何をセンチになったか知らんが、過去は過去、今は今だろ。それに俺は時間を止めたいなんて思わん」



「だって......飛影との時間が変わっ.......」


言いかけた言葉は重なった唇で閉じ込められてしまい音にならず。

すぐに離れた飛影の唇から次の言葉が零れだした。



「一度しか言わないからよく聞いておけ、バカ狐。たとえ過去の記憶が薄れようと、どんなに時間が変わろうと、お前への想いと共に過ごす未来の時間だけは変わらない。だから二度と下らん事でグチグチ悩むな」


分かったか?とばかりに不安に濡れる瞼にソッと口付けた。


寡黙な恋人の口から出た予想外の甘い台詞に出かけた涙も引っ込んで。



「飛影.....貴方からそんな歯の浮くような台詞を聞けるなんて.....」



「お前........喧嘩売ってるのか.......?」



「でもすごく嬉しいです」


頬を仄かに上気させながら、幸せそうな微笑を見れば不安の影が消えたのは一目瞭然。

再びその不安が顔を出さぬよう、蔵馬の身体をしっかりと胸の中に仕舞い込んだ。



「ねえ、飛影.......」



胸の中の子狐が“んっ”と目を閉じた。

色めく艶やかな花弁を望み通りに塞げば、うっとりと身を委ねてくる。




この瞬間は過去じゃなくて、未来へと流れ始める時間。

変わり行く時間の中でたった一つだけ変わらないモノ........


それは未来永劫へと続く二人の想い........



fin.


後書き


飛蔵〜★ビバ飛蔵(^o^)丿
家でアルバム整理してたら、何か過去の思い出に浸っておセンチになってしまい......
そこでフッと浮かんだ話です。

どんなに楽しい過去も時と共に忘れていくんだな〜、時間って残酷。
でも其れは未来に繋がる時間でもあるんですよね。

仮面ライダー電王を少々参考にしてます(笑)

2012.8.8 咲坂 翠

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