泡沫の章〜飛蔵SS〜
□【In the Rain】
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朝から散々な1日だった。
部下に頼んでた書類は半分も終わってない上に、訂正箇所だらけ。上司には今日中に仕上げてくれ、と無理な見積もり書を押し付けられる。
何とか退社時刻までに終わらせようと、半ばヤケクソで仕事をこなしてたら、義理の父がニコニコ近付いてきて....
「秀一君、悪いけど私の代わりに会議に出てくれないか?」
---笑うしかなかった....
こういう時の会議はウンザリする程長引くもので.....
結局帰る時には21時を回ってた。
ツイてない日は最後までツイてないらしく。
「....最悪だ....」
会社を出たら見事な土砂降り。
天気予報では雨なんて一言も言ってなかったのに.....
溜め息すら出なかった。
恨めしそうな瞳で空を見上げる。もう!と可愛く一睨みしてみても、雨が上がるはずもなく。
駅までの距離ならさして酷くは濡れないだろうと、覚悟を決めて雨の中に飛び出そうとした。
瞬間、蔵馬を押し留めるようにユラリと空気が揺らめいた。
珍しく仏頂面だった顔がたちまち綻ぶ。
----どこに....-----
キョロキョロと辺りを見回す蔵馬を囲む空気が、先程よりも大きく波打った。
ス〜っと引いていく空気の波を辿った先に、思いがけない人物を認めた翡翠の瞳がとろけ、満面の笑顔が浮かぶ。
木にもたれるように立っていたのは、果てしなく遠い距離にいるはずの恋人。
「飛影っっ!!」
蔵馬の足は一直線に愛しい恋人に向かって駈けだしていた。
(あのバカ....!!!)
降りしきる雨の中駆け寄ってくる蔵馬を見て、飛影が盛大な舌打ちを打つ。
妖怪の身としては、これしきの雨など大した事はない。だが人の身としては。
柄にもなく傘なぞ持ってワザワザ迎えに来てやったというのに、あのバカな狐は......
いとも容易くその行為を無にしやがって。
「飛影!」
これ以上ない笑顔の恋人が目の前に来たら、言葉になりそうだった文句も引っ込んでしまい。
「何の為の迎えか分からんな」
それでも、ため息に皮肉を添えたのは意地があるからなのか。それとも.....
目の前の蔵馬をチラリと一瞥した。
深紅の髪は肌に張り付き、玉のような雫がポタポタと滴り落ちる。
濡れてペッタリと肌に張り付いたシャツが華奢なラインを際立たせ......
頬はほんのり桜色に上気して、いつもより早い呼吸すら、吐息に聞こえてしまう。
皮肉の一つでも言わないと、必死に抑えてる欲情が爆発してしまいそうだった。
「飛影......」
甘えるように腕を伸ばし、首もとに抱き付こうとした蔵馬の動きが止まる。
一瞬の間に何かが脳内を駆け巡ったのか、伸ばした腕をすぐに引っ込めてしまった。
(全く.....頭の固いバカ狐が....)
何度目かのため息を吐き出し、手持ち無沙汰の蔵馬の腕を引き寄せると、バランスを崩した膝がカクンと折れ、飛影の腕にすっぽりと収まった。
「ちょっっ!飛影っ...ダメっっ!!!」
なぜか押し返そうとする蔵馬の腕ごと身体を抱きしめた。
「飛影まで濡れちゃうよ......」
申し訳なさげにポツリと呟く。
-----相変わらずどうしようもないバカ狐だな-----
蔵馬らしいといえばそれまでだが.....
飛影が濡れる事に抵抗があるのか、抱きしめられても尚、居心地悪そうな蔵馬のほっぺたをムニっと抓った。
「....飛影....痛い.....」
蔵馬の声をワザと受け流し、抓った指はそのままに至近距離まで瞳を近付けた。
「お前.....俺を誰だと思ってる?」
飛影が纏う妖気を高めると、周囲の温度が一気に上昇した。
蜃気楼のように空気がユラユラと揺らめき、炎の妖気が蔵馬を包み込む。
濡れた身体はすぐに乾き、体内を循環していく妖気が体を芯から暖めてくれる・・・・
蔵馬の頬を抓っていた指は、いつの間にかその頬を包み込む掌に変わり、当然の権利とでもいうように綻ぶ花びらに唇を重ねた。
最悪だったはずの一日が、最高の一日に変わり始める・・・・・・
今度は1mmの躊躇も見せず、蔵馬の腕がしっかりと飛影の首に絡みついた。
無数の花弁がクルクルと空中で踊り始め、二人を囲い込む。
空気に溶け込むように、周囲から遮断された空間の中で重なった影がしばらく離れることは無かった・・・・
fin.
後書き
珍しく1ページのSSです。何か最近雨続きで苛々するな〜・・・・あっ!!!!!! 何か甘い話書けばいいじゃん!と思い立ち(笑)コンセプトは雨の中のお迎え(まんまじゃん!)
本当は二人で相合傘書きたかったんですけどね.......背がね(汗)
蔵馬さんが傘もつのもな〜みたいな。
幽蔵あたりで書こうかな♪
2012.6.26 咲坂 翠