企画室〜薔薇色の小箱〜

□【SNOW DOMEの約束】
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   僕は君を知っている そんな風に言えたらいいな
   そう言えるまであとどれくらい
   白い息を吐くのかな

   冬は苦手だったけれど こうして君の手がふいに
   ポケットに忍び込んでくれる
   春よまだ来ないで




「どうすっかな.......誘う位は....いやでもなぁ....」


ベッドの上に胡坐をかいて座る幽助の前にチョコンと置かれた携帯電話。

腕組みしたは何かを思案し、ブンブンッと首をふっては髪をワシャワシャとかき回す。

傍から見たら何を一人で遊んでるんだ?と速攻でツッコミが入りそうな挙動不審な動作を、もう何度繰り返しているだろう。


「やっぱクリスマスは予定が入ってんだろうな....」


フ−っと大きな溜め息を吐き出し壁に掛けられたカレンダーに目をやった。

12月24日、クリスマスイブ。

今年のイブはどうしても一緒に過ごしたい人がいる。

今年は、今年こそはと固く心に決めた決意を実行に移せずにクリスマスを迎え......25日を猛烈な後悔のうちに過ごす。

もはや毎年の決まりごとみたいになっていた習慣。

その習慣を今年こそは取っ払ってやる!!!

そう決意したのは年始の初詣の時だったはずなのに、イブを一週間後に控えた今も決意を形に出来ずにいた。

この一年、何度も経営する屋台の暖簾をくぐった笑顔を、イブの夜は独り占めしたい。


「そういえば蔵馬ってさ、付き合ってる奴とかいんの?」


「そんな人いないよ(>_<)」


カウンター越しにさり気なく聞いた質問に対して返ってきたのは期待通りの答え。


---付き合ってる奴はいない---


その言葉に勇気付けられ、イブの約束を取り付けようと意気込んでた。

でも......多分蔵馬は.....


それはたまたま近くを通ったついでにと、蔵馬のマンションを訪ねた日の事。


「大した用じゃねぇんだけど、近くまで来たからさ」


アポなしの訪問にも快く応じてくれる優しさに甘えて上がらせてもらった室内に、人間界にはそぐわない魔界の匂いが漂ってた。

そこには俺と蔵馬以外誰もいなかったけど、ツンッと鼻についた血の残り香と薬品の匂い、見知った妖気で誰が何の為にそこにいたのかは分かった。


「飛影の奴.....いたんだ?」


「え?あっっ....うん。何か怪我したんだって。いつもの事だよ。フラ〜っと来てす〜ぐ帰っちゃうの」


薬品の瓶を戸棚に片付けながら困ったような笑顔が振り向く。

揺れる翡翠の中に一瞬浮かんだ戸惑いが何を意味してるのか分からないけど、2人の関係は仲間以上なのだろうかと胸の奥にモヤモヤとしたものが広がる。

そのモヤモヤも直接本人には聞けないまま、チョコッっと話をしただけで早々に告げたいとま。

その時から2人の関係が気になってしょうがない。

世間話の延長みたいな軽いノリで聞けばいいんだろうけど、決定打を打ち込まれて失恋が確定するのが怖かった。

そのクセどこか諦めきれない想いも残ってて。

まだ2人が恋人同士だって決まったわけじゃないし、誘うだけなら別いいよな.....

そう己に言い聞かせて、アドレス帳から呼び出した番号のボタンを押しかけた指がなぜか震える。

何年も抱えてきた密かな片思いが呆気なく砕けてしまったら.....


(どんだけ臆病なんだよ......)


このまま今の関係でいれば、一番近くにいる一番の仲間という立場を誰にも譲らないで済む。

でも、ここで数年越しの決意を諦めるともっと後悔する気がしてならない。

だけど誘いを断られたら絶対に落ち込みまくる自信がある。

でもな〜、だけどな〜と浮かび上がった考えを打ち消しては手詰まり、また別の考えを思い浮かべる。

大の大人が携帯を前に悩んで悩んで、時計の長針が何回転したのかも分からない位悩んで。


「そうだ!!」


パッと頭に閃いた名案に思わず手を叩いた。

結局かける事の出来なかった電話番号の代わりに、頻繁に履歴に残る番号を選び発信ボタンを押す。


「あっ、桑原?あのさ、今年の24日なんだけど......」


「パーティー?別にいいけど。おめぇ今年は絶対蔵馬を誘う!!なんて意気込んでなかったか?あっ、どうせ毎度の事で怖気付いたんだろ?」


「.....放っとけよ(-_-;)」


「ギャハハハ〜だっせ〜!!!」


「おめぇだって同じようなもんだろが!!雪菜ちゃんを誘えねぇくせによ」


「....それを言うか(T_T)」


互いに互いの傷を広げあうバカみたいな会話を交わし、すったもんだの末に開催が決まったクリスマスパーティー。

久しぶりにみんなで集まって楽しく騒ごう。

そういう名目なら蔵馬を誘っても不自然に思われないだろう。

飛影の事を気にはなれど、ようやく叶いそうな念願にウキウキと舞い踊りたくなる、そんな気分だった。




***********************




「クリスマスパーティー?え〜、楽しそう(^^)」


「だろ?たまにはみんなパ〜っと盛り上がるのもいいんじゃねぇかって思ってさ」


客足がまばらになった屋台で美味しそうにラーメンを啜る蔵馬に、思い切って24日の誘いを掛けると、すんなりと貰えた快諾の返事。

結局2人きりで過ごすイブを提案するだけの勇気は持てず、“仲間内でのパーティー”という手堅い誘いになってしまったのだけど。


「ホントおめぇ来れる?一緒に過ごす奴とかいんじゃねぇの?」


「いないよ〜。クリスマスは毎年一人だよ?だいたいこの時期は仕事が忙しくてクリスマスどころじゃないし」


「またまた〜。んな事言っちゃて。おめぇが毎年一人とか信じられねぇ」


あと数分で日付が変わる時刻にビジネススーツを着てるのを見れば、蔵馬が言うことがあながち嘘ではないのだろう。

それでも確かめずにいられないのは、恋人はいないという言葉の信憑性をより濃くしたかったから。

言ってみれば己に自己満足の安心感を与える為。


「本当に一人なんだってば〜!!!そういう幽助は?いないの?一緒に過ごす人」


「俺?いたらみんなでパーティーしようなんて言わねぇよ」


「そう〜?」


「え?つうか何だよその疑いの眼差しは!!??」


「え〜....別にぃ?」


可笑しそうに笑いながら、レンゲで掬ったスープにフ〜っと息を吹きかける姿にジッと幽助の視線が注がれる。

本当に蔵馬は毎年一人で過ごしてるのかもしれないという期待と、ただクリスマスにたまたま一緒にいないっていうだけなのかもしれないという微かな疑惑と。

どうしても頭から離れないのは、蔵馬の部屋に漂ってた妖気の持ち主の存在。

その存在がその他大勢もいるとはいえ、初めて一緒に過ごすイブへの楽しみに待ったをかけてた。


---いつもの事だよ---


言葉の節に感じた“一緒に居る日常”


「そうだ!!せっかくだから飛影も誘おうぜ。ほら、コエンマも女性陣もみんな来るしさ。やっぱ一人でも欠けるとつまんねぇじゃん?」


「え?....あっ、うん....でも飛影は....」


「やっぱドンチャン騒ぎには興味ねぇかな?」


「言えば来るかもしれないけど....でも.....」


「でも?」


「あっ、多分今の時期はパトロールで忙しいと思うし.....」


フッと瞳の中に落ちた小さな影に幽助の心がチクリと痛んだ。

まるで飛影に逢えない事を哀しんでいるように見えて.....


---やっぱ....特別な関係なんだろうな....----


目の前でチラつく「失恋」の二文字。


「一応声はかけてみるよ。クリスマスパーティーとか久しぶりだから楽しみ★」


嬉しそうに弾ける笑顔に、萎みかけた気持ちがまた膨れ上がっていく。


そうだ、まだ本人の口から実際どうなのか聞いた訳じゃねぇし......


「羽目外して愉しもうな」


カウンターから手を伸ばし、グリグリッと蔵馬の頭を撫でるとほんのりと染まった頬。


「兄ちゃんいつものラーメンね」


暖簾をくぐった常連の声に顔をあげた幽助が、それに気付く事はなかった。





ようやく実現できたクリスマスイブへの誘い。

仲間内でという、若干いらないオマケつきではあるけど初めて一緒に過ごす時間。

もしかしたら片思いは見事に散ってしまうかもしれない。

それでも何もせずに後悔するよりは....


(よっし、今年は絶対に気持を伝えてやる!!!)


固く決めた決意を胸にイブの日のシュミレーションを繰り返す。

どのタイミングで気持を伝えるかとか、飛影が来てたら蔵馬と2人きりになるのは難しいだろうなとか。

まずはお邪魔虫連中を先に酔い潰させなきゃいけねぇな、なんて、周りからしたらはた迷惑な考えも本人は真剣そのもの、本気も本気。

ありとあらゆるパターンを想定して色々なシチュエーションを考えているうちに、イブまでの残り日数は数日となっていた。

桜咲くか、桜散るか。

運命は神のみぞ知る......

そう、何度シュミレーションを繰り返したところで結果までは分からないし。

結局は当たって砕けろでいくしかない。

心構えは出来た。あとは......


「プレゼントをどうするかだよなぁ」


ある意味それが一番の問題だった。

何をあげればいいのか皆目検討もつかない。

一人で悩んでたら日が暮れるどころか、パーティー当日になってしまう。

頭を捻ったところで良案が出てくる訳でもなし。

ここはそれなりのセンスを持ってる奴に相談するしかないなと考えを纏め、取り出した携帯電話を耳に押し当てた。
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