企画室〜薔薇色の小箱〜

□【June bride〜永遠の未来へ〜】
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高校を卒業して7年。

クラスメート達はそれぞれの人生を歩み、それぞれに年を重ね、毎日を自分なりに生きている。

成人式に一度集まった同窓会を最後に、顔を合わせる事は滅多になくなっていた。

そんな折りに届いた一通の招待状。

差出人の名前に懐かしさを感じる一方で、ほんの少しの驚きを感じた。

まさか彼がこんなにも早く人生の決断をするなんて、ちょっと意外だったから。

5年ぶりに会った旧友は、真っ白なタキシードに身を包み、幸せそうな顔で同級生達の祝福を受けていた。

人だかりの山が一段落して落ち着いた頃....


「海藤」


呼ばれた名前に振り向いた眼鏡の奥で、驚いたように瞳が僅かに見開かれる。


「南野?来てくれんだ」


「同級生の幸せな結婚式の招待状を貰ったら、来ない訳にはいかないでしょ?それにしても.....」


フッと途切れた会話。

言葉を続けようか迷ってる、そんな感じ。


「もしかして、俺がこんなに早く結婚するのが意外だった?」


迷いの核心を突く言葉に遠慮がちに頷いた。


「ごめん....悪い意味じゃなくて....」


もしかして気を悪くさせちゃったのかもしれない。

申し訳なさそうな困ったような顔に、今日の主役が可笑しそうに吹き出した。


「別に気にしてないから。さっきからみんな言う事同じ。“お前がこんなに早く結婚するなんて思ってもみなかった”ってな」


「やっぱり、みんな同じ事思ってるんだね。だって....本当に意外だったもん。海藤は結婚より仕事を優先するタイプって勝手に思ってたから」


卒業して進学した先は有名国立大学。

主席に近い成績で卒業して、選んだ職業は国家公務員。

確実に用意されてるキャリアへの道。

風の頼りで前途洋洋の人生を歩き始めたクラスメートの噂は聞いてた。

だから、25歳という若さでの結婚はある意味衝撃的だった。

別に結婚が悪いとは思わないけど.....


「俺も正直今この時期にって考えたよ。でも、別に結婚が仕事の支障になるわけじゃないんだよな。この人がいればもっと頑張れる....そう思ったんだ」


嬉しそうに話してくれるその顔は、心の底からの幸せに溢れてて。


「そっか....何かそういうの格好いいと思うよ。花嫁さんは幸せだね」


「おいおい、“格好いい”なんてそう軽々しく使ったらあいつに怒られるんじゃないのか?」


「あいつ....あっ、幽助?」


「相変わらず仲良くやってんの?もう何年なるんだっけ?高校生の頃からだよな?」


「ん〜....もうすぐ8年かなぁ。うん、仲良くやってるよ////」


“幽助”という言葉に反応して恥ずかしそうにハニカむのは、今も昔も変わらない。

8年も同じ気持ちを持てるのって本当に凄いと思う。


「南野って昔からそうだけど、あいつの話する時ホント嬉しそうだよな」


「そ....そうかな..../////」


「何かお前達が羨ましいよ」


「な〜に、言ってるの!!??幸せ一杯の花婿さんが。俺からしたら結婚するって事が......」


フッと途切れてしまった言葉。

一瞬だけ場を支配した沈黙は、すぐに遠くから花婿を呼ぶ声にかき消される。


「またあいつらだよ。悪いな南野、俺ちょっと行ってくる」


手招きする集団の輪の中で揉みくちゃにされる友人の姿に、自然と笑みが零れる。

幸せ一色に染まる人生の門出。

数ある出会いの中から結ばれた恋人達が最後に辿り着く【結婚】というゴール。

友人に訪れた幸せな結末は素直に祝福したいし、本当に良かったと思う。

でも.....


「結婚....かぁ....」


最高な言葉であるはずの二文字が、心に小さな波紋を広げ始めていた。



*************************


幸せムードに包まれた結婚式は滞りなく行われ、移動した2次会の会場。

それなりの式場で行われた披露宴とは打って変わり、こ洒落たレストランを借り切っての二次会にはアットホームな空気が漂う。

お堅い上司達も今日だけは無礼講とばかりに、皆の輪に溶け込んでいた。

花婿の隣に寄り添う花嫁は眩しいくらいに輝いていて。

大好きな人と結ばれた晴れの舞台が、きっといつも以上に綺麗さを演出してるんだろう。

幸せそうな2人を見てたら、ポッカリ開いた右隣が何だかやけに気になる。

何だか無性に幽助に逢いたくなって......

ポ〜っとしてたらポケットに感じた振動。

マナーモードにしてた携帯からブルブルと低い音が聞こえ、それはすぐに止まった。

取り出した携帯を開くとメールの受信が一件。

液晶に浮かぶ文字を追ってた瞳がフッと綻んだ。


FROM:幽助


【もうすぐ帰るぞってなったら電話しろよ。どうせ終電ない時間だろ?迎えに行くから】


二次会が終わって三次会まで流れ込めば、確かに終電を逃してしまう時間。


「そこまで居座らないのに.....」


最初から二次会で帰るつもりだったし、その時間なら電車もまだ動いてる。

自分都合の為にワザワザ幽助の手を煩わすのも.....


【二次会終わったら帰るよ。22時位かな?電車動いてるし、大丈夫だよ】


---心配しないでいいよ----


安心言葉を文字にしてメールを飛ばすと、すぐに返ってきたメッセージ。


【22時とか!夜おせぇじゃん!いいからちゃんと電話しろよ】


心配性の一言に呆れちゃうけど、自分の身を案じてくれるのは素直に嬉しい。

それに、"逢いたい"と思ってた矢先に転がり込んできた逢える口実。

偽れない本心に従えば、送り返す返事はただ一つ。


【うん、分かった。もう一時間もすれば終わると思うから。電話するね】


打ち込んだ文字が送信されたのを確認して、閉じた携帯をポケットにしまい込んだ。



「南野」


携帯をしまったタイミングを見計らったように呼ばれた名前に顔を上げると、顔中を真っ赤にしてほろ酔い加減の海藤が目の前に立っていた。

ここぞとばかりに飲まされたのか、少々ふらつき気味の足取り。

なのにまだ飲み足りないのかもはやアルコールすら効いてないのか、ワイングラス片手に上機嫌満開ニコニコ楽しそうで。

どちらかというと堅物でこういう場でこんな風に酔うタイプではなかったけど、晴れの門出という雰囲気が彼のお堅さを柔らかくしてるんだろう。


「だいぶ出来上がってるみたいだね(苦笑)」


「まぁ、こういうおめでたい日位は俺も弾けるんだよ。どう?楽しんでもらえた?」


「うん、すっごく良い結婚式だったよ。花嫁さんも綺麗だし。本当にいい人見つけたね」


「まぁな///それにしても南野は式の間中ハプニング続きだったな」


「あ〜...これ?」


手にした小ぶりの花束をバツが悪そうに見せる。


「ブーケトスを男が受取るなんて前代未聞じゃないか?」


「前代未聞どころじゃないよ。女の子達に申し訳なくて.....」


結婚式の目玉の一つである花嫁からのブーケトス。

受取った人は次に結婚できるというジンクスが色付けになり、未婚の女性達憧れの花束。

花嫁の手を離れたブーケが空中で大きく弧を描き、吸い寄せられるように落下した先は......

それだけでも大きなハプニングだったのに、式の間中なぜかやたらと男性客に話しかけられる始末で。


「ハハハ。男にもてるのも相変わらずなんだな」


「もてるって.....俺ちゃんとスーツ着てるんだよ?」


「いや、南野学生服着てるのに普通に男に告白されてたりしてたじゃん」


「その話はもういいよ〜」


嬉しくもないほろ苦い記憶を思い出したのか、ム〜っと眉間に皺が寄る。

その仕草はまさに女の子顔負け。

高校時代と変わらないベビーフェイスと自己を全く分かってない天然具合。


これはあいつも放したくないわけだ.....


「ブーケ受取ったんだから次は俺を招待してくれよな」


冗談で言った言葉。


“もう!!またそんな事言って”と軽く返される、そう予測してたのに返ってきたのは全く違う反応。


「やっぱり結婚出来る相手って....必要なんだよね....」


一緒にいれるだけで幸せで、今まで深く考えた事なんてなかったけど。

自分と付き合ってる限り、訪れるべき幸せが一つ幽助から奪われてるんだって思ったら.....


「あのさ、南野。確かに結婚って人生のゴール地点みたいなもんだし、幸せの絶頂だけど、それって一つの道にすぎないと思うんだよ」


「一つの道?」


「俺からしてみたらお前の方が幸せだと思うんだけど?」


「....どうして...そう思うの?」


「だってさ、俺達の一生ってたかだか何十年だけど南野達ってこれから先何百年....いやそれ以上の時間を一緒に過ごせるんだろ?人間の世界での何十年なんて長い時の中のほんの一瞬じゃん。だから、その一瞬の世界の一つのルールになんて縛られる必要はないんじゃないかな?」


人間なら誰しも憧れる永遠にも似た時間を共に過ごせるなんて、これ以上の幸福はないし羨ましいと思う。


「ほら、俺は限られた時間を生きなきゃいけないから。その時間の中で“結婚”っていう幸せを選んだけど?結婚がイコール南野達の幸せとは違うだろ」


そこまで言って、またしても花婿を酔い潰そうと企む集団に連れ去られてしまった。


---南野達の幸せとは違うだろ?----


一人その場に残された蔵馬の視線が手元のブーケに注がれる。

純白に輝くブーケの中で、海藤の言葉がグルグルと渦巻いてた。
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