企画室〜薔薇色の小箱〜
□【Wondering heart】
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【誕生日おめでとう】
一年に一度巡ってくる聖誕祭。
生まれてから6月6日を迎える度に、何度も聞いたhappy birthday。
お袋からだったり友達からだったり。
今では屋台の客まで口にしてくれるようになったお祝いの言葉。
いくつになっても祝ってもらえるのは嬉しい。
毎年沢山の人から貰う"おめでとう"の声。
ただ.....
いつからか、そこに特別なhappy birthdayが混じるようになってきた。
そう、大切な人が紡いでくれる"おめでとう"の言葉。
---幽助、誕生日おめでとう---
付き合い始めて初めて迎えた誕生日の夜。
少し照れながら言ってくれたその言葉が、すっげぇ擽ったかったのを覚えてる。
それから毎年かかさず耳にする心地良いトーンで伝えてくれるお祝いの気持ち。
毎年変わらずに用意してくれるプレゼントと、手作りの食事。
そして、2人で過ごす2度目の誕生日から、変わる事なく0時ジャストに聞かせてくれるようになったメッセージ。
一緒に誕生日の瞬間を迎えれた時は、目の前で言ってくれる。
仕事のすれ違いでその瞬間を一緒に迎えられない日は、必ず電話越しに伝えてくれる想い。
咲き誇る満開の花の笑顔で“おめでとう”って言われるだけで、生まれてきて良かったなんて思ってしまう程。
一年一年歳を重ねても、2人で過ごすかけがえのない一日は永遠に変わらず訪れる。
それは不確定なものじゃなくて、確実な未来。
何十年経っても、何百年経っても一日たりとも蔵馬が隣にいない誕生日なんて有り得ない。
だから今年も2人で.......
そう2人でお祝いするはずだった------
「あ〜っ!マジで最悪だ!!何でこのタイミングで....あり得ねぇ〜!!」
誕生日を翌日に控えた6月5日。
今年の誕生日は土曜日という事もあり、土日休みの蔵馬とはピッタリ予定が合う。
"今年は誕生日の瞬間を一緒に迎えれるね""
主役の幽助本人よりもその日を待ちわびてるんじゃないか?と思う位に嬉しそうな笑顔を見せてくれたのが1ヶ月前。
金曜日は会社から直で部屋に来て、その瞬間を一緒に迎えて。
誕生日当日の土曜日は一日デートをして、夜は手作りの夕食でささやかながらお祝いをする。
きっとその夜はいつも以上に甘い一夜を過ごして......
いつものように幸せな日になる。
子供みたいに自分の誕生日を指折り数える毎日。
なのに......
「つうか!!誕生日明日なんだぜ??マジどうすんだよ.....このままじゃ人生最悪の誕生日になっちまう」
夜20時を回り、本当ならもう蔵馬が隣にいて“疲れた〜”なんて言いながらゴロゴロと甘えてる時間。
でも今目の前にいるのは愛する恋人じゃなくて.....
「仕方ねぇじゃん。おめぇの自業自得だよ。あんな事しちまったら、そりゃ蔵馬だって怒るだろ?今年は諦めろ〜」
テーブルの上に広げられた酒のつまみを口に運びながら、暢気な口調で答えるのは中学からの大親友。
どうせ今日は蔵馬と2人でラブラブやってんだろ、からかい半分で鳴らした携帯電話。
電話口の沈みきった声にただならぬ様子を感じ、アルコール持参で駆けつけたアパート。
聞かされたのは誕生日を前に、少々こじれてしまってる恋人達の話。
何せ付き合ってほとんど喧嘩らしい喧嘩をしたことのない二人。
時々浦飯が魔界からなかなか帰ってこないだの、蔵馬がヤキモキして拗ねる事はよくあるらしいけど。
それが今回は正真正銘恋人同士の喧嘩。
“こいつらも喧嘩すんだな”なんて珍しがる半面、“よっぽどの事じゃねぇ?”と心配な気持ちもあった。
だから親身になって聞いてやろうと、アパートを訪れ.....蓋を開けてみたら何てことない浦飯の一方的な早とちり&つまらない嫉妬心が原因。
それを分かってるが故に、なかなか自分から“ゴメン”を切り出せないんだろうけど。
「おめぇもさ、自分が100%悪いって分かってんだろ?」
「....自分が嫌になっちまう位身に染みて分かってるよ」
「だったら今からでも“ゴメン”って一言謝ればいいだけじゃん」
「そんな簡単に言うなよなぁ.....(泣)」
謝れるもんなら桑原に説教される前に謝ってる。
だけどあんなど派手に、かつ勝手に怒っちまった手前何て言えば.......
事の発端は3日前。
“誕生日を一緒に迎えれるね”
何て嬉しそうに言ってくれた日以降、蔵馬の仕事が忙しくなかなか逢う時間を作れずにいた。
己が呼ばれて魔界に行った時は、散々蔵馬の事待たせて寂しい思いをさせてるのに、いざ自分が待つ身になると途端に短気になってしまう。
“逢いたい”の気持ちが溢れるメールだけじゃ、電話口で聞かせてくれる愛らしい台詞だけじゃ物足りない。
逢えない日数が三週間を数える頃には、どうしようもない苛々が溜まってまるで中毒症状。
蔵馬は悪くない......
分かっちゃいるけど、逢えない時間に限界を感じてた感情はどうにもならなくて。
「マジで!!いつになったら逢えんだよ」
電話口でぶつけてしまった苛々。
困ったような沈黙の後、聞こえてたのは己以上に寂しい想いを抱えてるんだと分かる声。
「ゴメンね、幽助。もう少し待ってて。あと少しで仕事....一段落するから。幽助の誕生日は絶対に一緒にいるって約束したでしょ?だから.....」
「つうか、一日位早く帰ってきてもいいじゃねぇかよ。別に会社はおめぇ一人が働いてるってわけじゃねぇんだからさ」
「そうだけど、今はどうしても手を外せなくて.....」
「んだよ、それ。もう3週間だぜ?マジ有り得ねぇって」
蔵馬の優秀さを義理の父がかってることも、だからこそ社員の中心になって人一倍仕事量が多いことも、全部知ってるはずなのに。
それに誕生日を一緒に迎えようとしてくれてるからこそ、今は逢えない時間を我慢して早く片付けようと多少の無理をしてくれてる事も.....
だけどそんな事を考えてやる余裕なんてなかった。
「ゴメン....でも俺だって幽助に逢えないのは.....」
「あ〜!!もういいよ!!」
「幽助っっ、待って.......」
言葉を最後まで聞く事なく一方的に切ってしまった電話。
冷静になれば何てガキみてぇな事してんだってバカみたいになるけど、その時は蓄積したモヤモヤを一気に発散させてしまった感じで。
すぐに折り返し掛かってきた電話を取る事はなかった。
苛々をぶつけてしまった後悔はすぐに重たく圧し掛かってきたけど、蔵馬の意識が仕事に向いてる事がどうにも我慢できなくて。
後味の悪い終話をしてしまった翌日。
前日の苛々なんてとっくに冷めて、募るのは“悪い事をした”という想いだけ。
開店前の買出しにでも行くかと待ちをぶらつきながら、送るべき謝りのメールの文章を考えてた。
ゴチャゴチャ言い訳するよりストレートに謝ろうと、液晶に手早く打ち込む“ゴメン”の文字。
送信しようとボタンを押しかけて、何気なく持ち上げた顔。
悪いタイミングは重なるもので......
ちょっとお洒落なカフェのテラス席で、蔵馬が見知らぬ男性と楽しそうに談笑してた。
平日の昼時、ましてや着用してるのはスーツ。
状況を考えれば職場仲間と昼ご飯を食べてるのか、はたまた仕事関係の打ち合わせをしているのかどっちかだろう。
別にやっかむ必要もない。
そりゃ仕事だからといって己以外の男性と2人きりなんて許されざるシチュエーションだけど、これは仕方のない事。
普段ならスルー出来る場面。
だけど電話の一件が尾を引いてる今の状態では、冷静な判断を下すよりもカ〜っとなる方が先だった。
その日の夜に掛けた電話口では、蔵馬の話を聞く耳も持たずはなから喧嘩腰。
「幽助、どうしたの?何言われてるのか全然分からないんだけど....」
受け答えをするのは怯えた声。
そりゃそうだ。
大好きな人から掛かってきた電話。
着信画面に出た名前に微笑みながら出てみれば、開口一番に耳に届いたのは不機嫌丸出しの声。
挙げ句の果てに
“一緒にいた男は誰だよ”だの、
“俺とは3週間も逢ってねぇのに何愉しげにしてんだよ”だの。
身に覚えのない事を一度にがなり立てられたら、何をどう答えていいか分からなくなる。
ようやく幽助の怒りの原因が、昼間取引先の男性社員と打ち合わせがてら昼食をとった事なんだと理解出来た時には、怒りのボルテージはMAX跳ね上がってる様子で。
ただの仕事の話だと説明しても、お怒りモードの耳には掠りもしない。
怒鳴り散らす声の隙間に、何とか入り込もうとしても、言葉を発した瞬間には辛辣な言葉を被されてしまう。
「幽助....ねぇ、俺の話も聞いてよ」
「はっ?言い訳とか聞く気ねぇし」
「言い訳って....俺別に言い訳しなきゃいけないような事してないよ?」
尤もな事実を伝えてるのに、伝わらない。
逆に溜まりに溜まった幽助のモヤモヤはついに大爆発を引き起こし.....
「もう誕生日一緒に過ごさねぇでいいよ。そんな気分じゃねぇし」
「ちょっと....幽助っ....!!」
またも叩きつけるように切断した回線。
幸せなはずの誕生日を前にして、最悪な空気が漂ってた。