企画室〜薔薇色の小箱〜

□【嵐の後に〜“妖華の薔薇”番外編〜】
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窓からやけに明るい日差しが差し込んでる......

眠りの淵から覚醒した翡翠の瞳にぼんやりと見えたのは、朝の太陽が室内に投げかける柔らかな光ではなくて、天空で我が物顔で輝く昼間の太陽の光。


(もうお昼.......?)


「あっ、会社.......」


遅刻しちゃう!!焦りかけた思考はすぐに“日曜日なんだ”と思い出し、何だか得したような気分になる。

フッと視線を上げたら、ぶつかった幽助の寝顔。


(こんな時間まで幽助が寝てるのって珍しい)


首だけノロノロと動かして見た壁時計は正午近い時を刻んでて。

休みの前日は甘い一夜を過ごすお陰で、蔵馬が遅くまで寝てる事はしょっちゅうある。

いつも幽助が先に起きて、ようやく起きた恋人に“ま〜たねぼすけちゃんがいる”なんて呆れた顔を向けながら目覚めのKISSをするのが日常になってるのに。


よっぽど疲れてるのかな.....

......疲れてる?


そういえば何だかいつもより身体が怠い気がする。

だけどそれは、スッキリとした爽快感を伴う心地好い気だるさ。

まるで体内の毒を全て出し切ったような、そんな感じ。

そう思いながら幽助の寝顔を眺めてみると、これ以上にない満足感溢れる表情に見えなくもない。

もしかしたら昨晩は.......

自分で自分の想像が恥ずかしくなって、ポフっと目の前で上下する胸に顔を埋めた。

息を吸い込むと微かに香るのは、シャツに染み込んだ煙草の匂い。

煙草は嫌いだけど、今鼻孔に入り込んでくる匂いは好き。


「幽助ぇ」


ゴロゴロとシャツに頬を擦り付け、チラチラ様子を窺ってみるけど全く起きる気配がない。

首もとに差し込まれた腕枕の感触は暖かいのに、いつもより物足りなさを感じる。

モゾモゾと少しでも身じろぎすれば、例え真夜中でもすぐに優しい温もりがしっかりと包み込むように抱きしめてくれるのに。


「幽助?」


さっきより少し大きな声で呼んでみたけど、やっぱり瞳は閉じられたまま。

愛しい恋人の声にも気付かない程の深い眠り。

いつもと違う様相に、不安げに揺れる新緑の瞳。

昨晩何かあったんだっけ.....?

記憶の欠片を一つ一つ、ジグソーパズルのように頭の中で組み立ててみるけどなぜか上手く繋がらない。

ずっと体調が優れなくて、幽助に“ちゃんと寝てろ”なんてたしなめられて....

そっからどうしたんだっけ?

一糸纏わぬ姿に布団が巻きついてる自分の姿を見れば、昨晩幽助と.....

そこまで考えてポンっと顔が真っ赤に染まった。

事後はいつもそう。

交わした営みを思い出すだけで恥ずかしくなる。

何年経ってもこればっかりはどうしようもない。

恥ずかしさで火照った頬を隠すように、口元まで布団を引き寄せシャツにソッと寄り添った。

途切れた作業を再開すべく、頭の中で昨日一日を振り返ってみたのだけど......プッツリと切れてる記憶の一ページ。

大人しく幽助の帰りを待ってたはず。


「ん〜.......?」


何かが納得いかなのか、首を傾げたっきり瞳は昨日の時間を彷徨ってるようで。

明らかに身体を重ねた形跡はあるのに......

スッポリ記憶が抜け落ちて、上手く思い出せない。

幽助、いつ帰ってきたんだっけ?

抱かれた記憶はほんのりあるのに、いつもより不明瞭な映像しか脳に流れないのは何でだろう?

頭の中が?マークだらけで埋め尽くされ、一つの疑問も自分では解きほぐせなかった。


「う〜....何だろこのモヤモヤした感じぃっっ!!」


まるで一人歩きしてる記憶に多少のイラつきを覚え、思わず出してしまった大きめの声。


「んぁ....蔵馬?あ〜、起きてたのか....どうした?大声なんか出して」


腕の中でムズムズと忙しなく動く気配と、間近で叫ばれた声にはさすがに眠りも妨げられたようで半分寝ぼけ眼ながらも覚醒したらしき幽助の声が落ちてきた。


「起きたのかって.....もうお昼だよ?幽助そんなに疲れてたの?」


「疲れてって.....誰のせいだと思ってんだよ」


言いながら腕の中にない感触に気付いたのか、腕枕の上から挟み込むようにして蔵馬の身体を抱きすくめる。


「誰のせいって?.....やぁん、幽助くすぐったいよっっ」


“ん〜”っと鎖骨辺りに押しつけられた弾力のある熱に、愛らしい息が零れる。

チュッチュっとワザとらしく音をたて、首筋から軽く吸い付いていくと見せてくれるのは、フルッと身体を震わせ敏感な肌に刻まれる刺激に懸命に耐えようとするいつもの姿。


「や〜っぱ、おめぇはこうじゃなくちゃな」


「こうじゃっなくちゃって、どういう意味?」


「ん〜?おめぇに誘惑は似合わねぇってこと!!」


元に戻った蔵馬をギュ〜っと強く抱きしめながらも、本当に発情期が終わったのか気になるのか伸ばした手で触れたお尻の辺り。

フサフサと揺れてた尻尾の代わりに、掌に伝わってきたのは滑らかな肌の艶やかさ。


「やんっっ....ちょっっ....幽助ぇ!!何やってるの??!!」


「良かった、消えてて。マジ今度からはちゃんと俺に言えよな。前もって心の準備をしとかねぇと突然あんなんされたら俺も焦っちまうだろ?」


冗談めかした口調で笑いながら、桜の花弁のような唇に落とそうとした目覚めのKISS。

触れるはずの甘やかな感触が、直前でパッと遮られた。

筋肉の隆起した肩口を軽く押し留め、怪訝そうな瞳がキョトンと見上げる。


「ねぇ、幽助.....さっきから何言ってるの?誘惑が似合わないとか、消えててとか....今度はちゃんと言えとか?何の話?」


「............はっっ????」


思わず出してしまった素っ頓狂な声。

お預け食らったKISSよりも、衝撃的な一言に目が点になる。


「え〜っと.....蔵馬ちゃん?昨夜、つうか昨日の事覚えてねぇの....?」


あんだけ激しい営みを忘れるとか在り得ねぇだろ??

しかも誘ってきたのはどこの誰ですか??

あれだけヤキモキさせておいて忘れてたら奇跡だぞ???


「ん〜.....?それがね、何〜か記憶がポツンポツンと抜けてる気はするんだけど.....」


「.....あのさ、おめぇの昨日の記憶ってどうなってんの?」


「昨日?え〜っとね.....幽助に“大人しく寝てろ”って言われて、ん〜?部屋で待ってたら幽助が帰ってきて?ん?帰ってきたよね?」


聞かれた事に対して質問で返すあたりからして、嫌な予感が沸々と湧き上がる。


「まぁ...帰ってきたと言っちゃ帰ってきたけどな.....マジで何も覚えてねぇの?」


「覚えてるって何が?幽助さっきから訳の分かんない事ばっかり言ってるけど、何で?」


何で?

いやいや、こっちが“何で?”って聞きてぇんだけど!!!


「ちょっと待て。昨夜俺が抱いた事は覚えてる?」


微かに覚えてる夜の営みを思い出したのか、顔中を真っ赤にして小さくコクリと頷く。

そこは覚えてんだな、と一安心したのも束の間。


「じゃぁさ.....何回抱いても“まだ足りない”って言ったり、自分からすっげぇ色っぽく誘いかけてきたりした事は?覚えてる?」


真実を述べてはいるんだけど、それを口にした後悔はすぐに奇異なモノを見るような視線となって返ってきた。


「幽助....起きてしょっぱなから何の冗談??全然っっ!!面白くないんだけど!!??」


キョトンと見上げるクリッとした瞳に見え始めた冷たい色。


おいお〜い!!マジっすか.......(汗)


「いや、冗談って...実際におめぇが....」


「俺が何??!!」


プックリとリスみたいに頬っぺたを膨らませプリプリと怒る蔵馬を見て“可愛い奴”なんてニヤケる一方で、あれだけ衝撃的な行動をすっかり忘れてる事が信じられず、何とも言えない表情に変わる。


「もっかい聞いていいか?俺と.....エッチした事は覚えてるんだな?」


プンスカ怒ってた顔が一転、恥ずかしそうに俯いてまたもや小さくコクリと頷いた。


「で?そっからの記憶は?」


「そっからの記憶って.....何が?」


「だ〜から〜、何回やったとか、どういうエッチだったとか......」


「なっ...何回とか......//////何でそういう恥ずかしいこと言わせるの?もう.....そんなのいつも通りに決まってるでしょ?//////」


いつも通り=正常位で1〜2回(多分1回)


頭の中で一瞬にたたき出した答え。

言った自分が恥ずかしくなったのか、プシュッと音をたてながらのぼせ上がった顔を布団で隠してしまった蔵馬の態度。

導き出された結論は-----


“発情した記憶が一切残ってない”


むしろ【発情期】という己の習性すら分かってなかったんじゃ......


どんだけ都合よく記憶が摩り替わってるんだよ!!


思いっきりツッコミを入れてやりたい状況に開いた口が塞がらなかった。


「ねぇ、幽助ぇ?急にどうしちゃったの?」


どうしちゃったの?って....

そりゃどうかなっちまうだろ??!!


----タチが悪すぎて敵わん----


飛影の言わんとした事が分かるような気がする。


「いや....何でもねぇ......」


起き上がり深々と溜め息を吐く幽助の隣で、同じように起き上がった蔵馬が心配そうに顔を覗き込んできた。


「幽助ぇ〜。やっぱり何か変だよ。どうしたの?疲れがたまってるの?もしかしてまだ寝ぼけてる?」


色々な意味での疲労の原因となった張本人に心配されて、さらなる疲労感がドッと圧し掛かってきたのかガックシと頭を抱える。

ただならぬ様子は、罪作りな恋人を益々心配させてしまったようで。


「ちょっと待ってて。今何か暖かい物淹れてくるから」


枕元に脱ぎ捨てられてたシャツに袖を通し、ベッドから降りるべく身を動かした。


「なっ...蔵馬!!おめっっ、まだ動くなってっ....!!」


「動くなって、もう何でさっきからおかしな事ばっかり言うの?変な幽助〜」


「変じゃねぇよ!いいから、まだ横になっとけって。まともに動ける状態じゃねぇんだから」


「ま〜た言ってる。はいはい、もう仕方ないからそういう事にしててあげる」


完全に冗談だと思ってるのか、クスクス笑いながら床に足を降ろしベッドから立ち上がり台所に向かいかけた。


(あれ........)


一歩踏み出した瞬間に感じた違和感。

まるでフワフワ雲の上を歩いてるように足に力が入らない。


「えっ....何でっ....っっ???」


疑問に思った時にはガクンと腰が砕けて、床の重力に吸い寄せられてた。

尻餅つく直前の身体が空中で止まる。


「だから動くなって言ったじゃんかよ」


ベッドから身を乗り出した幽助の腕が寸でのところでしっかりと支えてた。

軽々とベッドの上に引き上げ、ポスっとシーツの波間に沈める。


「これで分かったろ?しばらくそうやって横になってろって」


「.....うん......」


冗談だと片付けてたのに、本当に動けなかった事に動揺したのか大人しく返した返事。

うまく繋がらない記憶の欠片。

幽助の言葉と一致しない昨夜の記憶。


----俺、どうしちゃったんだろ....----


不安に襲われシュンッと静かになった蔵馬の上に射した影。

唇に柔らかな温もりが触れ、軽やかな音が弾けた。


「さっきはお預け食らっちまったからな」


優しい言葉と共に落ちてきた目覚めのkISSに泣きそうだった顔がフワリと綻ぶ。

もう一度近付いてきた口付けに身を委ねるべく、ソッと閉じかけた瞳が......何かに気付き大きく見開かれた。
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