企画室〜薔薇色の小箱〜

□【Mysterious Day】
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大きなお鍋の中で食材が煮える音と、食欲をそそる匂い。

グツグツと煮えた肉や野菜はすでに食べ頃。醤油を一匙加えて味をしめれば、今晩の献立あったか鍋の出来上がり。


「幽助、桑原君。お鍋出来たよ......って....もうそんなに飲んだの?」


取り皿片手に台所から顔を覗かせた蔵馬の目がま〜るくなる。

さして広くない部屋の真ん中を占領するコタツの上には、空っぽの缶ビールの缶が何本も整列しているのだが.......


“久しぶりに飲もうぜ”と掛かってきた親友からの電話。

たまたま“今日は鍋にでもしようか”と話してたところへのナイスタイミングの誘い。

どうせ鍋ならワイワイして方が楽しいと、ウェルカムの返事をした数時間後には、袋一杯に詰まったアルコールを両手に抱えた桑原が幽助の部屋のチャイムを鳴らしてた。

それからまだ30分もたってないはずなのに。

いつもながらの豪快な飲み進め具合に呆れたため息が零れるけど、馬鹿笑いをしながら楽しそうに飲んでる姿を見ると何だか自然と笑ってしまう。

自分がアルコールを飲めないから尚更。

こうやって幽助と同じペースで酒を酌み交わしてくれる桑原の存在が、貴重だったりするのだけど ......

いつもより格段と早いピッチが少々心配だったり。

せっかく明日は休みなのに、二日酔いで潰れたら.......

台所からプ〜ンっと流れてくる鍋からの匂いに、ボ〜っとなりかけた思考が戻される。

“あっ!お鍋”とバタバタと慌ててコンロの火を止めた。

お鍋を運ぼうと手にはめかけた鍋つかみが、ヒョイッと奪い取られる。


「ほら、蔵馬。貸してみ」


「ゆ、幽助???いいよ。俺がするから......幽助はゆっくり飲んでなよ」


「ボケ〜っとしてるおめぇに運ばせたら、鍋ひっくり返しちまいそうだろ?」


「ぼっ....ボケ〜って.....!!!!」


確かに少しばかり思考が飛んでボ〜っとしかけたけど。

それは.....


「ほら、またボケ〜っとして」


「........う〜........」


ピタリと言い当てられて何だかムッときたのか、膨らみ始めたほっぺた。
むくれる蔵馬の顔に近付いてきた笑い顔。

一瞬の後に触れた柔らかな感触がすぐに離れる。


「心配すんなって。酔いつぶれて明日は二日酔いで動けねぇ.....何て事はしねぇから」


「幽助.....?」


「“水族館”行くんだろ?何?俺がデートの約束を忘れてる〜なんて思った?」


忘れてるなんて思わないけど、本音を言えば......


「ちょっと心配だったかも........」


「バ〜カ。そういうのはする必要のない心配って言うんだよ」


もう一度重なった唇もすぐに離れたけど、いつまでも残る甘さに瞳が綻び出す。

首元に差し入れられた手。

ジ〜ッと見上げる瞳の中で翡翠の原石が期待に揺れる。


「そんな顔してっと、鍋より先にこの場で食っちまうぞ」


「言うだけで、そんな事は絶対しないクセに」


「おっ??言ったな〜」


飛び付くようにして蔵馬を両腕に閉じ込める。


「えっ!?ちょっっ....ちょっと、幽助???」


クルリと体勢が反転し、気付けば流し台を背に幽助と向かい合わせてた。

戸惑う暇すら与えられず甘噛みされた耳朶から、甘い痺れが広がる。


「やぁ....幽助!!何やって...ンッ...」


逃れようとしても、両腕でしっかりと囲い込まれていては.......


「逃がさねーぞ〜。俺がちゃ〜んと有言実行する男だって教えてやるよ♪」


まさか本気でこんな場所ではしないだろ.......

半分高をくくってた余裕の表情が焦りに変わる。

耳朶に感じる刺激が徐々に下へと下りて、 重なった唇からもたらされた甘いkiss。


「んっ....ふっ、うん....」


翻弄されまいと逃げ腰の舌が巧みに絡みとられれば、自然と身体は大人しく従い始める。

蔵馬を流し台に軽く押さえつけるように囲い込んで両腕は、いつしかその身体をしっかりと抱きしめる腕へと変わっていた。

のし掛かる重みを押し退けようと試みてた抵抗も、機能しなくなったのか幽助の首に回され甘い吐息で応える。

口内で熱が混ざり合い呼吸が苦しくなった頃、タイミングを見計らってたように離れた唇の隙間から空気が入り込んできた。

溶けるような熱が抜けていく。


---離さないで---


ギュッとしがみついて来た腕。


「おっ?その気にさせちゃった?」


顔を真っ赤にして俯きながらも、解けない腕に煽られた欲情を押し留めるのは至難の技だけど.....


「お〜い!まだかよ〜????」


痺れを切らせたような声が理性を引き戻したようで。


「あ〜....素であいつの事忘れてたわ」


失礼な一言をサラリと言い放ち"しゃ〜ねぇ"と、絡みついたままの腕を渋々ながらに引き離した。


「俺が鍋持ってっから。蔵馬そっち持ってきて」


"それな"と顎でポン酢とゴマドレを指す。


フイにツンッと後ろに感じた突っ張り感。


「幽助ぇ....」


「んっ?」


振り返るんじゃなかった........


潤んだ瞳に桜色に火照った頬。
不満げに小さく尖らせた艶やかな唇。


----もう....終わり.....?------


ジッと見つめる眼差しの奥で、魅惑の罠が誘惑してた。

宣言通りにこの場で味わってやりたいけど。


「ま〜た、その反則顔をする。とっとと桑原の奴を酔い潰してやっから。そしたらゆっくり、な?」


本人が聞いたら“だったら最初から飲みを断れよ(怒)”なんて言われそうな、不躾な台詞を口にして不満げな唇に軽く口付ける。


「...うん.....分かった」


ほんのりと肌を上気させた嬉しそうな上目遣いでニッコリ微笑まれては、余裕綽綽のフリをするのも一苦労。

後で.....なんて言い聞かせた手前、前言撤回なんて出来るはずもなく。


うわぁ......マジ墓穴ほったわ.....


ガックリとうなだれる幽助の手の中で、ホカホカお鍋が美味しそうな湯気をたててた。



**************************



「おらぁ〜っっ!!!桑原てめっ、何肉ばっか食ってんだよ!!野菜食えよ、野菜っっ!!!」


「あぁ???何でおめぇに指図されなきゃなんねぇだよ!!!」


「2人ともそんな喧嘩.....」


「野菜食わねぇとオヤジになった時にメタボだぞ、メタボ!!顔も悪い、体型も悪いじゃ一生彼女なんて出来ねぇな〜、ご愁傷様〜っっ」


「んだとぉ〜!!!!喧嘩売ってんか、ごるあ〜っっ!!」


「ねぇ.....お肉まだ沢山あるから.....」


----とっとと桑原の奴酔い潰してやっから-----


なんて言葉はどこへやら。

急ピッチで摂取したアルコールに、いつもより数段早い酔いが回ってるのかギャーギャー子供染みた言い合いをしながら鍋をつっつく。

宥めすかす言葉も聞こえないのか、やむ気配のない小さな言い争いを見る困ったような顔も、すぐにフッと微笑みに変わる。

何年たっても、きっとこれから何十年たとうと、幽助にとって桑原は全てを晒せる心許せる友人。

ちょっと妬けちゃう位の仲の良さが、見てて心を安らげてくれる。


でもこの2人が飲むと後片付けが大変なんだけどね------


心の中で小さく文句を呟き、程よく色の変わった豚肉を2人のお皿に取り分け、すかさず新しい肉を鍋の中に放り込んだ。

広げてた肉がなくなった事に気付き、新しいのを取ってこようと立ち上がりかけた蔵馬の目の前にポンッと置かれた深皿。


「俺が取ってくっから、ちゃんと食べてなって」


「あっ...幽助、いいよ。俺が.....」


「いいからいいから」


渡されたお皿の中にはエノキだの白滝だのたっぷりの野菜と、あまり食べない肉の代わりにホタテや白身と魚介類が盛られてた。

ポンッと蔵馬の頭に手を乗せ、軽く一撫でして立ち上がり台所へ向かう。

さりげない優しさに触れ思わず綻ぶ口元。

台所に消えた姿をずっと見つめる瞳は、まさに「恋する」瞳。


「お〜い、蔵馬〜。いつまでニヤケてんだよ〜。相変わらずお熱いこって、羨ましいぜ」


「えっ...別に....ニヤケてなんか///////」


いやいや、これ以上ないって位ニヤケてますから.......
ほんと、こいつらは何年たっても倦怠期ってのがないのかね。


「ほら、取ってきたぜ.....って、おめぇ何顔を真っ赤にしてんだよ」


「な...何でもないよ.....っっ」


「.....?ならいいけど?」


顔を真っ赤にしたままホタテにフーフー息を吹きかけてる蔵馬を見てると、

余裕な態度の幽助を見てると、

何だかからかってやりたくなる。


「おめぇらって、いつまで経ってもホヤホヤの新婚みてぇだよな」


一瞬止まった空気。


「な....桑原君、何言っ......」


「ば.....バッカ!!何言ってんだよ!!新婚とか.....そ、そうかぁ〜?/////いや、参ったな、新婚かよ。いやいや、新婚かぁ//////」


「ゆ....幽助ぇ..../////」


「おめぇ、何照れてんだよ。マジ可愛い奴♪いや、もうこのまま俺の奥さんになっちまえ!!なんてな〜」


「も....もう〜っ/////」


腑抜けた顔でアホみたいにイチャつき始めたバカップルを前に、“余計な事をふらなきゃ良かった”と頭が痛くなる。


お前らマジ2人でバカップル漫才でもしとけ!!!!




桑原の言葉に超が付くほどのご機嫌モードに突入した幽助のピッチが、目に見えて早くなっていく。


「幽助....ちょっと飲みすぎじゃ.....」


さすがにペースが早すぎると止めに入った蔵馬の言葉にも耳を貸さず。


「桑原!!おめぇはマジでいい奴だ!ほら、飲もうぜっ!!」


半分も呂律の回らない舌で上機嫌に酒を勧めては、その倍の量の酒を自ら飲むの繰り返し。

見てて面白いのか、桑原は止めようとすらせず“おめぇも飲めよ”と煽る始末。

ガンガンにアルコールを摂取した幽助はさすがに許容量を越えたのか、夜も更ける頃にはベロンベロンのままテーブルに突っ伏していた。


「幽助....風邪ひいちゃうから、ベッドに行こうよ」


片付けを終えた蔵馬が肩を揺すって掛けた声にも“んあ〜”っと頼りなく呻くだけ。

まだまだ素面の桑原がベッドまで運び込んだ時には、完全に落ちたのか鼾をたてていた。


「ゴメンね、桑原君。せっかく飲みに来てくれたのに、何だか煩わせちゃって」


「アハハ。おめぇ、その言い方マジで浦飯の奥さんみてぇじゃん」


「もっ....もうっ!!/////」


最後の最後までからかわれっぱなし。

それでも楽しかった時間。

“じゃあね”と桑原を見送り、部屋に戻ると気持ち良さそうな寝顔がベッドを占領してた。

ソ〜っと毛布を掛け、頬っぺたでチュッと軽い音を鳴らす。


「お休み幽助」


せっかく寝てるのに起こすのは忍びない。

今日はソファーで寝ようと立ち上がりかけたら、ガッシリと腕を掴まれてしまった。


「く〜らま〜.....どこ行くんだよ〜.....」


寝ぼけてるのと酔ってるのとで半分しか開いてない目。
だけど、その手は“離さないぞ”とばかりに蔵馬の腕を掴んでて。


「幽助?もう!!酔ってるんだったら大人しく寝なさいってばぁ」


「んあ〜?別に酔ってねぇ〜し」


「酔ってるって........ほら、風邪ひくからちゃんと毛布被って」


「ソファーで寝る方が風邪ひくだろうがぁ〜.......こっち来いって」


強引に腕を引かれ、あれよあれよという間に気付いたらスッポリ幽助の腕の中。


「幽助.....お酒臭いよ.....」


「何だよ〜。一緒に寝んの嫌なのかよ〜」


酔いも手伝ってふて腐れ気味の幽助の胸にコテンと顔を寄せる。

ソファーで寝ようなんて思ってたけど本当は.......


「ううん....嫌じゃないよ......幽助の腕の中がいい.....」


「マ〜ジおめぇってば.....食っちまう.....ぞ.......」


愛しの恋人を腕の中に抱き込んで満足したのか、安心したのか速攻で夢の中。


「“ゆっくりな”なんて言ってたクセに....」


チョビっとの不満も、暖かい腕に包まれてる幸福感が流し去ってくれる。

この腕の温もりはず〜っと自分だけのもの......

世界でたった一人。

大好きな幽助の温もり........


「明日はデートなんだから、ちゃんと起きてよね」


深紅に染まる長い髪が幽助の寝顔をソッと覆い隠す。

ほんの一瞬だけ重なった唇。

何だか恥ずかしくなって慌てて毛布を被りピッタリと温もりに身を寄せた---------
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