瑠璃色の記憶〜過去拍手収納庫〜
□【2015年2月】
1ページ/1ページ
雲一つない青空に太陽が輝く昼間でも、コートが不可欠な冬真っ只中の今の季節。
夜はとっくに更け、明け方に近づくにつれて気温は下がっていく一方。
屋台営業中は、狭い空間に充満するラーメンの湯気が暖めてくれる身体も、家路を歩いてるうちに芯から冷えていく。
冷たい外気から身を守る防寒具すら、突き刺すような寒さを完全に防ぐには至らない。
「う〜....さみぃ〜」
ブルルっと身震いをして、ポケットに両手を突っ込んだ。
発した独り言が外気に触れ、白く染まりながら静かな空間に溶け込んでいく。
家に帰っても冷え切った部屋が待っているだけ。
暖房で機械的に部屋を暖め、起きた時の形跡をそのまま残したベッドに横たわる。
疲れが誘う睡魔に引きずり込まれるようにして眠り、昼頃に起きて朝食兼昼食を食べる。
もちろん手のこんだ料理なんてしないし、誰が作ってくれるわけでもない。
コンビニ弁当か、手っ取り早くカップラーメンで済ませる毎日。
それが一週間のうちの5日間を占める平日の、だいたいの過ごし方だった。
---早く幽助に逢いたい...---
平日の間に何度も届く蔵馬からのメッセージ。
傍から見たら甘えん坊で寂しがりやの恋人を、俺が余裕で受け止めているように見えていたかもしれないけど......
俺だって一人の夜に寂しさを感じていたし、週末までの時間をバカみたいに長く感じていた。
ずっと一緒にいたいって.....きっと蔵馬以上に思ってた。
---やっと幽助と一緒に住めるんだね---
本当に嬉しそうな笑顔で紡がれたのは、そっくりそのまま俺の気持を代弁していた台詞。
どんなに暖房で部屋を暖めても、完全に暖める事が出来なかった一人の夜。
出迎えてくれる温もりを誰よりも求めていたのは.....きっと俺自身。
だけどこれから先、冷たい夜は二度と訪れない。
部屋に戻れば、そこにあるのは決して消える事のない温もり。
マンションが近づくにつれて、駆けるスピードが自然と速まった。
******************
閑静な住宅街の中に建つマンション。
駅から離れたこの場所に都会の喧騒は届かず、静かな眠りが住宅地を包み込む。
時おり聞こえるのは野良猫が喧嘩する声。
夜のお勤めを終えたのであろうお姉さん達を時々見かけるだけで、夜も更けきった時間帯に外を出歩いている人はほぼいない。
誰にもすれ違う事なくマンションに辿り着く。
時間すら止まっているような静寂の中、唯一動いているエレベーターに乗り込んだ。
すぐに降り立った階の廊下を歩き、一番端の部屋の前でポケットから取り出した鍵。
まだまだ新品の鍵を差し込み、音を立てないようにゆっくりとドアノブを回した。
室内に入った瞬間に、ヌクヌクと暖かい室温が出迎えてくれる。
程よく暖められた部屋が、寒さで縮こまった身体を徐々に解してくれる。
ダイニングテーブルの椅子に、着ていた厚手のジャンパーを投げかけた幽助の視線が、テーブルの上にフッと落とされた。
【幽助、お帰りなさい☆今日もお疲れ様。冷蔵庫にご飯入ってるから温めて食べてね(^o^)】
リボン柄の可愛らしいメモ帳の上を踊る綺麗な文字。
文字での“お帰りなさい”にもぎっしり詰まった思いが、心の中までもポカポカと暖めていく。
覗いた冷蔵庫の中には、愛情たっぷりの手料理がラップされたお皿の上に並んでた。
一口つまんで口に入れれば、優しい味が口いっぱいに広がる。
帰宅すると必ず用意されている料理を見る度に、“同棲してんだな”ってくすぐったさが湧き上がってくる。
電子レンジで温めている間に、ソッと開けた2人の寝室の扉。
枕元の電気スタンドが薄っすらと照らすダブルベッドの上で、こんもりと盛り上がっている毛布が微かに上下する。
聞こえる小さな寝息に愛しげな眼差しを向け、ゆっくりと扉を閉めた。
********************
夜食ともいえる食事を済ませた後、簡単にシャワーを浴び静かに寝室へと入る。
「ま〜た、そんな隅っこで丸まって」
ベッドに近づいた幽助の口から、苦笑混じりの声が零れ落ちた。
2人でも余裕で広々と使えるベッドなのに、蔵馬はなぜか端っこでクルンっと毛布にくるまれている。
「おめぇいつかベッドから落っこちるから、ちゃんと真ん中で寝ろって言ってんのに」
呆れたように笑いながら、半分以上も空けられたスペースに滑り込む。
毎晩帰宅して寝ようとする度に、繰り返し呟かれる同じ台詞。
だけど......
己の為に空けられているスペースだって分かってるから、心の中で照れくさいような喜びを噛み締めているのも事実で。
ベッドに横たわるとすぐにモゾモゾっと毛布の山が動き、寄り添ってきた温もりが隙間をピッタリと埋める。
伸ばした腕の上に自然と乗った重み。
スヤスヤと気もち良さそうに寝息をたてたまま、細い指先がキュッと幽助のパジャマを掴んだ。
「ん〜......幽.....けぇ....?」
ムニャムニャと寝言に混じった覚束ない声。
夢の世界にいながらにして、大好きな人の帰宅が分かったのか、口元が小さく綻ぶ。
“ん〜”っと肩口でスリスリっともち肌の頬を滑らせ、寝ぼけ眼のままその存在を確かめる仕草を見せる。
「ただいま」
おでこや頬、時には唇にチョンッとKISSを重ね合わせると、安心しきったように深くなる寝息。
同棲当初こそ“起こしちまってる”って心配になってたけど.....
---幽助がいつ帰ってきてるのか、いっつも分からないんだよね(>_<)朝起きたら抱きしめられてるからいいんだけど//////----
温もりを手繰り寄せようと捜し求める仕草も、待っていたように名前を呼ぶ声も。
無意識の行為なんだって分かってから、する必要がなくなった心配。
その代わり.....
無意識の中にさえ存在している蔵馬の想いが、どうしようもなく愛しくて。
腕の中に収めた身体を、ずっと離したくなくなる。
愛しい温もりを胸に抱きしめる事が.....己にとって何よりも安心感をもたらしてくれる。
流れる優しい時間に包まれるようにして、ゆっくりと眠りに落ちていった。
そしてやってくる朝。
清々しい朝の訪れを告げるズズメのさえずりをどこか遠くで聞きながら、夜明け前に眠りについた身体は未だ目覚める準備が出来ていなくて。
それでも、寄り添っていた温もりがスッポリとなくなっている感触だけは、おぼろげにだけど分かる。
---幽助.....---
フワフワと聞こえる甘い波長の声。
「蔵馬......」
抜け落ちた温もりを引き寄せたくて、宙を彷徨わせた手に指先が触れる。
キュッと絡み付いてきた指先と、唇に押し当てられた柔らかい感触。
ゆっくりと離れた温もりの代わりに、胸の上にコテンっと重みが加わる。
「会社行ってくるね.....」
「あぁ、気をつけてな」
半分以上寝ぼけたまま伸ばした手で、胸の上に乗っているのであろう深紅を軽くかき混ぜた。
フッと空気が揺れ、気配で分かったのは.....
嬉しそうに微笑んでるのであろう表情と、くすぐったそうに首を竦める動作。
絡み合ったままの指先にキュッと力が入り、今度は頬で“チュ”っと軽やかな音が鳴った。
「じゃぁね、行ってきます」
今度こそ完全に離れた温もりが、玄関の外へと遠ざかっていく。
別々に暮らしていた頃は、ここから逢えない夜を何日も耐えなきゃいけなかった。
でも今は違う。
たとえ昼夜すれ違いの仕事をしていても、大切な人を毎日腕に抱きしめる事が出来る。
決して消える事のない温もりを感じながら、再び安らぎの眠りへと身を委ねた。
fin.