瑠璃色の記憶〜過去拍手収納庫〜

□【2014年8月】
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「もう!!だから飛影はこっちの風邪には免疫がないって言ったのに」


「お前がそれを言うか.....」


いつもと変わらぬ溜め息が、今日はいつもより気だるげに落ちてくる。


「ほら!!いいから大人しく寝て下さい」


「これぐらい大した事じゃない....って、おい蔵馬!!俺を病人扱いするな!!」


ベッドの上で胡坐をかき、頑なに横になろうとしない身体を強引にシーツに押付けようと奮闘する小狐の

手を振り払おうとするも、頭がボ〜っとしてうまく振り払えない。

あれよあれよという間にベッドを背に、視線が天井を見上げてた。

横になると一気に流れ込んできた体調の不快さ。


「どっからどう見ても病人が何を言ってるんですか(T_T)」


プゥっと頬を膨らませながら“寝て!!”っと飛影の身体の上にフワフワの掛け布団を被せる蔵馬にまたも

や溜め息が零れた。


(お前が俺に怒れる立場か??バカ狐が....)


こうやって柄にもなく寝こむ事になってしまったそもそもの原因は....


---だって飛影の腕の中にいると安心するんですもん----


“夏風邪がうつっちゃう”なんてこっちの身を案じるクセに、“抱きしめて”と矛盾したおねだりをする

無邪気な恋人のせい。

挙句の果てには、額に落としたKISSに不満げな貌でいじけやがって。

自分から軽く口付けを拒否っておいて、なぜ俺に不満をぶつける??

そんな文句すらも愛しさの前では無力も同じ。

結局は一晩中抱きしめて、望み通りのKISSをして.....


---飛影....お早う...---


夏風邪なんてすっかり身を潜め、見せてくれる満開の微笑みが腕の中にいる事に安心したのも束の間。

頭の内側からガンガンと叩かれているような痛みと、グルグルと回り定まらない視界。

まるで両手両足に重石をつけているかのように、思い通りに身体を動かす事が出来ない程のけだるさ。

ゴロゴロと猫よろしく甘えてくる寝起きの蔵馬を抱きしめる事すらワンテンポ遅れてしまい...


「飛影....どうしたの?」


いつもと違う様子を不安げに見上げてくる問いかけが、ボンヤリとした頭の中を素通りしていった。

そんな只ならぬ空気を察知した蔵馬の貌に浮かぶ“もしかして”の予感。

飛影の額に手の平を重ねた瞬間、予感は確信へと変わる。

バツが悪そうに見上げてくる翡翠を前に、飛影の胸にもまた同じ感覚が広がっていた。


「....熱....あるね......(>_<)」


「........」


「風邪.....うつちゃったみたいですね...」


「.......」


「寝てて!!!」


「.......」


ベッドから飛び降り、戸棚の薬箱から体温計を取り出す。

スッと目の前に差し出された体温計をチラッと見やっただけで、フンっと逸らされた紅い瞳。


「人間界の風邪なぞひくか」


「.....いいから熱測ってみて下さい(>_<)」


「熱なんかない」


「.....あります!!だって額熱かったですもん!!」


「ない」


「.....(T_T)そこまで自信があるなら計ってみればいいじゃないですか(T_T)」


「......」


強引に口の中に突っ込まれた体温計が測定した体温は.....


「ほら!!38度超えてるし!!やっぱり“風邪”じゃないですか!!」


「お前は...キャンキャンわめくな(-_-)頭に響く」


文句を口にしながらズキズキと痛むこめかみを押さえ身を起すと、これでもかとほっぺたを膨らませた子

狐が“ム〜”っと威嚇してくる。

全くもって迫力の欠片もない、むしろ愛らしさしか感じられない威嚇にフッと頬が緩んだ。

それもすぐに優れない気分に流されてしまう。

蔵馬に押しきられるようにしてベッドに横になり、意思とは無関係に見上げる天井に向かって吐き出した

溜め息は、自分でもはっきりと分かる程に熱を帯びていた。


人間界の風邪なんかに罹るとは-----


不覚をとった己の状態になんとも言えない複雑な感情が込み上げる。

それは風邪を引いた事に対する苛立ちか、無邪気に風邪をうつした恋人への呆れか....


---違うな....---


モヤモヤとすっきりしないこの感情を構成している一番の要素は....


「飛影ぇ.....」


空気を震わせた小さな声は、その波長と同じように微かに震えていた。

天井に向けていた視線をサイドにズラすと、視界に映ったのは不安げに見つめる瞳。

無意識に己の手の平に重ねたのであろう小さな掌が、キュッとしがみ付いてきた。


「ゴメンね....風邪....うつしちゃったね....」


長い睫毛に滲み始めた透明な雫が、一度の瞬きで零れ落ちそうになる。

キュッと結ばれた口元。

注がれる紅い視線に気付いたのか、ハッとしたように重ねた掌をパッと放し、慌てて立ち上がる。


「こっちの風邪を甘く見ちゃ駄目だって事ですよ。今日は一日大人しく横になってて下さい」


ビシっと人指し指を突きつけ、“言うこと聞いて!!”と見下ろしてくる狐目の瞳。

何を優位に立とうとしてるのか、やけに強気に突っかかってきても本当は----


「夏風邪程度で寝てられるか」


ガシっと蔵馬の手首を掴み軽く引き寄せただけで、何の警戒も見せてなかった身体は簡単に腕の中に収ま

る。


「ちょっと/////飛影!!何やってるんですか!!?」


「見て分からんのか」


「分かりません!!もう!!風邪が悪化しても知りませんよ(>_<)」


何とか腕の中から抜け出そうとジタバタと暴れる子狐の額に、チョンッと触れるだけのKISSが落ちてきた



触れた箇所から広がる甘い感覚に、いつもより高い温度が入り混じる。


「悪化させたくないなら....泣きそうな顔をするな、バカ狐が」


「あっ.....」


見抜かれていた不安。

戦いに身を投じて身体に傷を作る事は日常茶飯事でも、病気らしい病気なんて一度も見た事がなかった。

風邪をひいた自分を一晩中抱きしめてくれて、ワガママも叶えてくれて....

そのせいで体調を崩させてしまったという申し訳なさと、初めて見る高熱と。


こんな時こそ自分がしっかりしなきゃいけないのに。

だけど.....


「心配するな。この程度....大した事はない」


掛けてくれる優しい言葉と、重なり合った唇に不安が少しずつ溶けていく。


「まったく...おちおち風邪もひいてられないな」


呆れたような溜め息が、今は何だか心地が良くて。


「ねぇ、飛影。早く良くなってね」


「こんなの風邪のうちに入らん」


「.....38度の熱を出してる人が何を言ってるんですか(ToT)」


むぅっと尖らせた口元にもう一度押し当てられた唇から、熱い熱が伝わってくる。


「ちょっ...飛影って....ん....ンふっ....」



病人相手に駄目.....


頭では分かっているのに、蕩けるようなKISSが思考を白く染め上げていく。

ようやく離れた唇。


「ふ....もう....飛影のバカ....」


小さな悪態をついても、潤みきった瞳では何の説得力もなくて。

甘い名残りを閉じ込めるようにキュッと唇を噛み締めてると、伸ばされた腕がクシャッと前髪をかきまぜ

た。


「回復したら、たっぷりと可愛がってやる。何なら、今でもいいが?」


「い....いいです!!!!もう!!!寝てて下さい!!!!」


挙動不審に視線を彷徨わせながらも、キーキーと喚きたてる蔵馬を前に、飛影の顔がフッと優しく綻んだ




---お前の泣きそうな顔は、見るもんじゃないな---


聞かれないようにポツっと呟いた言葉が、室内の空気に溶け込んでいった。

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