瑠璃色の記憶〜過去拍手収納庫〜

□【2014年7月】
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いつもの窓辺に降り立った瞬間、いつもと違う異変に気付いた。

フワリと漂う柔らかな妖気で満たされているはずの室内から感じる弱々しい波長。

愛しの恋人との逢瀬を想い、優しい色を帯びていた瞳が一瞬で凍り付く。

頭の中をグルグルと巡る、いく通りもの悪いイメージ。

敵に襲撃されたのか、体調でも崩しているのか....

いずれにせよ大事な恋人が、妖気が乱れる程に弱っているのは確かで。

普段なら窓辺に降り立つと同時に開け放たれる窓を、乱暴にスライドさせ室内に飛び込んだ。


「蔵馬??!!」


今にも窓ガラスが割れてしまうのではないかという位に派手な音と、焦りの混じる大声が静かな室内に大反響する。

真っ先に瞳が探しあてた人が......ベッドに横になり、辛そうな息を吐き出していた。

慌ててベッドに駆け寄ろうとした足がピタリと止まる。

ベッドサイドに腰掛け、蔵馬の顔を心配そうに覗き込んでる見知った人物。

背後の気配に振り向いた顔に、しかめっ面が張り付いていた。


「おめぇな....バタバタとうっせ〜よ(`´)」


蔵馬の部屋に何でお前がいる?


己を迷惑そうに睨み付ける幽助に向かって、開口一番飛び出しかけた文句。


「言っとっけど、おめぇに文句言われる筋合いはねぇかんな!!」


一足先に飛んできた“口撃”と、視界に入った蔵馬の様子に文句が引っ込んでいく。

額の上にのせられた白いタオルと、用意されている水の張られた盥。

幽助がこの場にいる事の理由が明白すぎて......

さすがに怒鳴りつける訳にはいかなかった。


「......蔵馬は....大丈夫なのか?」


ガラリと様相の変わった態度と、珍しく不安を帯びた声に幽助も思わず面食らった。

すぐにフッと目を伏せ、気付かれないように小さな笑みを零す。


「んな心配しねぇでも、ただの夏風邪だってよ。しばらくゆっくりすりゃ元気になるってさ」


口では軽い口調で喋っていても、内心冷や汗ものだったのは自分だって同じ。

久しぶりに電話を掛けてみたら、受話器越しに聞こえた苦しそうな息遣い。

“体調悪いのか?”と声を掛けても、返ってくるのは上の空の返事だけ。

気になってマンションを訪ねたら、玄関の扉が開いた瞬間に倒れかかって来た身体に心臓が飛び出るかと思った。

医者を呼んで診察してもらって。

一通り落ち着くと、この部屋に滞在している事に対して感じ始めた罪悪感。

別にコソコソと悪い事をしているわけではないのに、何だか魔界にいる蔵馬の“恋人”に監視されているように感じる。

それでも“幽助ゴメンね”と熱で潤んだ瞳で見つめられると、すっげぇ頼られているような気がして。

心配も手伝ってしばらく傍にいたのだけど.....

ベッドにチラリと流した視線を飛影へと向ける。

紅い瞳がジッと見つめる先に存在しているのは、この部屋の主ただ一人。


「さ〜てと、おめぇも来た事だし。俺は帰っとすっかな」


早々と看病の座を飛影に譲ったのは、調和する2人の空間の波長を乱すような事はするべきじゃないと思ったのもあるけど。

一番大きな理由は.....


----飛影ぇ.....----


うわ言で何度も繰り返し呼ばれた“恋人”の名前。

今蔵馬が一番に必要としているのは、近くにいる“仲間”じゃなくて遥か遠い場所にいる....

だから役不足はさっさと退散するに限る。


「つうかさ、蔵馬も罪な奴だよな。看病してる俺の前で“飛影、飛影”ってよ。看病してやってるのに他の男の名前を呼ぶなっつ〜のな(-_-;)」


黙って退散するのは少々癪に障ると、ポンッと投げてやった言葉の爆弾。

一瞬だけ合った紅い瞳がフンッと逸らされる。

チッっと小さな舌打ちが聞こえ、立ち上がった幽助と入れ違うよにして黒い影がベッドに近づいた。

すれ違いざまに見た顔には、どことなく誇らしげな表情が浮かんでて。


(お〜お〜、何だよそのドヤ顔は。そして微妙〜に照れてね〜か?)


ホントこいつは蔵馬の事になると、俺達の前じゃぜってぇ見せねぇ顔をするよな....

きっとそれだけ特別な存在なんだろう。


部屋のドアノブを回しながらソッとベッドを振り返ってみた。

伸ばされた飛影の指が乾いた頬をゆっくりとなぞる。

フッと嬉しそうに綻んだ口元から、ずっと聞き続けていた言葉が零れた。


「飛影ぃ......」


熱に浮かされた意識の中で、それでもはっきりと認識したのであろう大切な人の存在。

苦しげだった表情に微かな笑顔が浮かぶ。


(ったく.....マジ俺って損な役回りだよな)


“あ〜あ”と溜め息を一つ吐き出し、静かに部屋をあとにした。




*********************



頬をなぞる指先に伝わるのは、普段よりも高い体温。

優しい指使いに安堵の笑みを見せながらも、吐き出される息は未だに速いテンポを繰り返す。

幽助の言うように“夏風邪”であれば、安静にしていれば直ぐに回復はするのだろう。

それでも苦しげな様子は見ていて心穏かではいられない。

低下している妖気を補うべく近づけた顔。


「....飛影....?」


重なるはずの唇が、寸でのところで目覚めた翡翠に遮られた。


「あれ....?俺どうしたんだろ...」


まだぼんやりとしているのか、はっきりしない記憶と余り認識されていない状況。

それでも至近距離で見つめる愛しい人の存在はしっかりと分かるのか、ニコッと咲いた小さな微笑み。


「お前は....どうせまたエアコンをつけっ放しにでもして寝ていたんだろう?」


見せてくれた微笑に、心をざわめかせていた波が引き始める。

呆れ口調の問いかけに、蔵馬の頬がぷぅっと風船のように脹らんだ。


「.....だって....暑いんだもん....」


否定出来ない事を自分でも十分に分かっているけど、ただ肯定するのは嫌なのか、ボソっと口にした言い訳。


「あのな....それで風邪なんぞ引いたら快適の意味ないだろ?」


「でも...暑いの嫌いだし....」


延々と続きそうな言い訳を、フッと吐き出された熱を帯びた息がかき消した。

飛影を見つめていた瞳の視線がシーツの上に落とされる。

触れた額からも伝わる熱。

頬に添えた手でゆっくりと顔を持ち上げ、重ねようとした温もりがまたも遮られる。


「飛影....駄目だよ....風邪が移っちゃうから」


「俺を誰だと思ってる?お前じゃあるまいし。人間界の風邪ごときでくたばる程やわじゃない」


「もう...飛影はこっちの風邪に免疫ないんだから...」


布団で口元を隠すようにして見せる些細な抵抗の愛らしさを前に、愛しさがこみ上げる。

“分かった分かった”と布団の上で掌を弾ませれば、翡翠の目元近くまで覆っていた布団からソロソロと窺うような顔が出てきた。

額に滲む汗にピッタリと張り付く髪の毛。

そっと引き剥がし濡れたタオルを押し当て、心地良い冷たさで不快感を拭い取るように、顔から首筋へとタオルを滑らせていく。


「んっ......」


首筋に感じたくすぐったさに甘い吐息が小さく零れ落ちた。

汗を拭き取る手がピタリと動きを止める。

大人しく身を委ねる蔵馬の首筋を珠の汗が一筋流れ落ちた。

籠る熱で上気した肌が薄桃色に染まる様は、度を超えて煽情的で.....


(このバカ狐......)


煽られた心を無理矢理溜め息で流し、タオルを盥の中へと放り込んだ。

“寝てろ”と目線で伝えると、深い新緑の瞳が食いいるように見つめ返してくる。


「ねぇ....飛影...?」


モゾモゾと動かした身を壁際に寄せた蔵馬の前に、人一人分あいたベッドのスペース。

ジ〜っと見つめる瞳のおねだりに深々と溜め息が洩れた。


「俺は風邪に免疫がないんじゃなかったか?」


重ねようとした唇を軽く拒否しておいて、その期待のこもった眼差しは何だ??

天然の小悪魔ぶりを発揮する子狐にもはや溜め息すら出ない。

それなのに....


「だってぇ〜...飛影の腕の中にいると安心するんですもん」


熱を帯びた息に混じり合う甘い声を聞けば、拒絶なんて出来るはずもない。


....このまま食うぞ、バカ狐が(-_-;)


ともすれば一気に爆発しそうな欲情をギリギリで押さえ、ベッドに滑り込んだ。

すぐに擦り寄ってきた身体を、両腕でしっかりと包み込む。

大好きな温もりに包まれて安心しきったのか、飛影の胸にコテンと寄せた顔に満足気な微笑が広がる。

そのまま眠りに身を任せるのかと思いきや、腕の中で“あっ”っと聞こえた声。


「どうした?」


視線を落とすと今度は少しの不安を湛えた瞳が見上げてて。


「あのね....飛影....俺が起きるまで帰らない....?」


「風邪ひき狐を一人残して帰ったら....仕事に身が入らないからな」


素直に言えばいいものを、何とも遠回しな肯定。

それも飛影の性格とちゃ〜んと理解している蔵馬の顔に、満面の笑みが浮かぶ。


「....蔵馬....」


優しい声で名前を呼ばれ、逞しい胸にゴロゴロと埋めていた顔を上げると、視界一杯に広がるルビーの宝石が見えた。

近づく息遣いに“風邪がうつる”なんて心配をする余裕はなくて.....

触れるであろう甘やかな感触に、“んっ”と窄ませた唇。

重なり合うギリギリのところで遠ざかった息遣いが、額の上で軽快な音をたてた。

期待と違うKISSにちょっぴりの不満が表情に現れる。


「“風邪がうつっちゃう”なんだろ?」


「....飛影のイジワル....(-_-;)」


これでもかと頬を膨らませながらブーブーと口から飛び出す文句の連続。


「お前から言い出した事だろ。違うか?」


反論できない正論に、膨れっ面にさっと赤味が差す。

勝てない勝負と諦めたのか、“もういい!!”っと布団をすっぽりと被りいじけてしまった。

それでもピットリと身は寄せたまま。

むくれた子狐を面白そうに見やりながら、サラサラと優しく頭をなで続けているとすぐに聞こえてきた穏かな寝息。

触れた額から伝わる熱はまだ高いけど、時おり苦しげな息が入り混じるけど、この様子だと明日には元気になるだろう。


---飛影のイジワル....---


膨れっ面の子狐がやたら文句を言っていたが.....


「お預け食らってるのはこっちだ、バカ狐」


無邪気に眠る寝顔の上に、盛大なる溜め息が降り注いだ。


fin.

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