瑠璃色の記憶〜過去拍手収納庫〜

□【2014年4月】
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忙しい職務の合間、寂しがっているであろう蔵馬に逢うべく降り立った窓辺。

優しい空気が取り巻く空間とフワリと香る妖気。

いつもと変わらない光景の中で、いつもと変わらない微笑が咲いていた。

ただ一つだけ違っているのは、その微笑が向けられる先。

見た事もないちっちゃな人間が、微笑を独り占めしている光景にムッとなる。


「おい.....お前は何をしてるんだ?」


「あっ!!飛影?何って....見ての通りですけど?」


「.....だからその“見ての通り”の理由を聞いているんだが....?」


「あ〜、これはですね....って、ちょっとまた走り回って(>_<)」


尋ねた理由の答えを聞かされる前に途切れた会話。

何やらチョコチョコと走り回る子供を追いかける恋人の姿に、呆気にとられたような緋色の瞳が僅かに見開かれた。


「ほ〜ら、ちゃんとこっちに座って。絵本でも読もうか?」


“はい”っと床の上に広げた絵本に吸い寄せられた小さな瞳。

紅葉のようにちっちゃな掌が描かれたイラストの上をなぞり、あちこちに飛んでた好奇心がようやく一点に集中する。

ページをめくってはまた元のページに戻り。

しばらくは飽きずにその動作を繰り返すだろう.......

フッと一息ついた翡翠の視線が飛影に向けられた。


「あのね、この子....会社の同僚から半日だけ預かってるんです。3歳の子だから大丈夫かなって安請け合いしちゃったんですけど、こんなに動き回るなんて思わなかった」


少しだけテンポの速い呼吸と薄っすらと滲む汗。

あらゆる場所に散乱しているオモチャやヌイグルミが、格闘の後を物語る。


「お前は...どうせまた下らんお節介を焼いたんだろ」


「もう!!お節介とか...そんなんじゃないです!!」


ぷぅっと頬を膨らませ、細くなった目が軽く一睨みしてきた。

それだけじゃ気が済まないのか、一言文句を言ってやろうと飛び出しかけた言葉を遮った幼い声。


「ちっこ......」


「え?.....あ〜!!おトイレに行きたいの?おいで、こっちだよ」


“よいしょ”っと小さな身体を抱き上げパタパタとトイレに駆けていく。


(まるで違和感0だな)


己の中には一欠片の記憶もない母親という存在....

だけどなぜか今は、ぼんやりとだけどイメージできる様な気がした。

それほどまでに、蔵馬と子供がしっくりと合ってるのだろう。



トイレから戻ってからも小さな客人はマイペース。

一心不乱に絵本のページを捲っていたかと思えば、飽きたのか部屋の中をチョコチョコと走り回る。

何が楽しいのかブロックを積み立てては崩してを繰り返し、高く積み上げられたブロックが音をたてて床に散らばる度にキャッキャと手を叩いて喜ぶ。

興味の対象がアチコチに分散しているらしく、ジッとしている時間が皆無。

特別子供に興味があるわけでもないが、見てて飽きないのは、たかだか子供一人に振り回されっぱなしの蔵馬の奮闘ぶり面白いから。

どんな仕事でも常にそつなくこなす優秀な頭脳も、子供相手には全く通じてない。


「あ〜!!!それは触ったら駄目だよ」


「ほら、こっち座って。絵本読んであげるから。え?オモチャがいいの?」


「も〜!!!走り回ったら危ないってば〜(>_<)」


次に来るべき行動を予想しても、予想外の行動が返ってくる。

目の前で繰り広げられるドタバタ劇に、緋色の瞳が弓なりにアーチを描いた。



それから数時間後。

散らかし放題の部屋の中心で、スヤスヤと聞こえ始めた2つの寝息。

遊び疲れて寝てしまった子供の隣に、同じようなあどけない寝顔が寄り添う。

読み聞かせ途中の絵本が、小さく上下する胸の上から滑り落ちそうに揺れていた。


「どっちが子供か分かったもんじゃないな」


ゴロリと寝返りをうった拍子に、身体からずり落ちたキャラクタープリントの毛布を子供の身体に掛け直し、纏っていた黒いマントを蔵馬の身体にフワリと被せる。


ポカポカと春の陽だまりが室内を柔らかく照らし、心地居よい春の風がカーテンを優しく揺らめかせた。




*************************





「休みの日に子守りを押付けて悪かったな」


「ううん。こっちも楽しい時間を過ごさせてもらったから。じゃぁね。バイバイ。また遊ぼうね」


バイバイと小さな手を振り続ける微笑ましい姿が玄関先から遠ざかっていく。

嵐のような時間が過ぎ去りようやくホッとする反面、静かになった部屋でちょっぴり感じる寂しさ。

散乱していたオモチャが消え、聞こえなくなった幼い笑い声。

フッと一つ溜め息を零し、ガラステーブルの上に置きっぱなしだったプラスチックのマグカップを片付けようと屈めた身が、後ろから抱きすくめられた。


「飛影......?」


突然の抱擁に驚いてしまい、思わず落としてしまったマグカップ。

後ろから伸びてきた手がそれを拾い上げ、テーブルの上にポンッと乗せる。


「もしかして寂しくなったか?あの子供がいなくなって」


「うん....ちょっとだけね....」


別に子供が欲しいとか望んでるわけじゃない。

ただ......一緒にいた僅かな時間で情が移ってしまう程に楽しい一時だった。


寂しそうに伏せられた睫毛。

背後でフッと空気が揺れた。


「別に嫌いじゃない」


「嫌いじゃないって....何が?」


「お前が子供と遊んでるのを見るのも....子供がいる日常も悪くはない」


静かに囁かれた言葉に瞳の翡翠がユルリと揺らめく。


「お前が欲しいと言うなら....いくらでも方法はあるだろ」


ギュッと力が込められた腕と、頬に軽く押し当てられた温もり。


どうしていつもこうなんだろう。

心の奥底にある不安や迷いを先読みして、全て拭い取ってくれる。

欲しい時に欲しい言葉を必ず言ってくれる。



「そんな事簡単に言っていいの?見たでしょ?子供って大変なんだよ。飛影なんか短気だからす〜ぐプッツンきちゃうよ?」


言ってもらえた言葉が何だか恥ずかしくて、照れ隠しでワザと否定的な返事をしてしまう。

その否定も......


「お前も手のかかる子供と変わらんだろ?一人も二人も同じだ」


「ちょっと!!何ですか!!その言い方は〜(T_T)」


ム〜っと尖らせた口元に重なった唇。

脹らんだ頬がプシュッと音をたてて萎んでいった。


「やっぱりやめだ。子供はいらん....今はな」


「“今は”?」


「手のかかる狐と二人きりの時間に飽きたら....考えてもいい。今はまだ子供なぞにお前との時間を邪魔されたくはないからな」


「何....それ....//////俺に飽きるって......」


「心配するな。何百年か何千年か....お前に飽きるにはそれ以上の時間がかかるだろうからな」



いつの日か、魔界の片隅で仏頂面の邪眼師の足元で子供が駆け回ってる日がくるかもしれない。

でもそれは....

遥か遥か1000年単位の未来の話.....


fin.

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