泡沫の章〜幽蔵SS〜

□【夏の幻】
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もしもこの手を離さずにいたら、今でも隣に陽だまりのような微笑がいたのだろうか。

もう少し大人でいれたら、おめぇが発し続けてたサインをきちんと受け止めてたら。

いつまでも傍で体温を感じていれたのだろうか。

あれから数え切れない程の季節が繰り返されても、忘れられないのは最後の夏のひとコマ.....




「ねえ、幽助。線香花火って見てると何だか哀しくなってきちゃうよね」


「ん?そうかぁ?」


「だってさ、他の花火に比べて光も弱いし、すぐに消えちゃうし」


「それが線香花火の醍醐味ってやつじゃねぇの?」


「そうなんだけど.......」


それっきり言葉を続ける事無く、小さな光をパチパチと発する玉を見つめる透明な瞳の中で徐々に花火の光が弱くなっていく。


「あ〜....消えちゃう」


言葉を言い終わるより先に光の玉が地面にポトリと落ちた。

僅かな薄明かりが消え、薄暗闇と静寂が包み込む。

地面の上で最後の力を振り絞るかのように、チリチリと燃える火の玉。

ス〜っと消えていく光はまるで儚い夢のようで.....


ポンっと肩に乗せられた重みに、ようやく視線が持ち上がる。


「花火も終わったし帰ろうぜ」


「うん......」


スッと差し出された手に手の平を重ね、ゆっくりと立ち上がり歩きだした。


夜の帳だけが包み込む帰り道。


下弦の月が映し出す2つのシルエットが、道端に影を落とす。


「そうだ。俺ちっくら魔界に行ってくっから」


「えっ.....また?ついこの間戻ってきたばっかりなのに」


「ん〜、そうなんだけどよ。呼ばれてるっつうの?何か血が騒ぐっつうか。暴れたんねぇんだよな」


いつからだろう。

同じ視線で見ていたはずの世界が、微妙にズレ始めたのは。

幽助の中に眠る本能が駆り立てるのか、頻度を増した魔界訪問。

出会った頃と変わらない真っ直ぐな瞳が見つめる先にある、まだ見ぬ強さを求めて。

未完成の強さにはまだまだ無限の可能性がある。

その可能性の種を摘んでしまうような障害にはなりたくないから。


「うん。分かった。気をつけて行ってきてね」


いつ帰ってくる?

期限を制限するような言葉を言えず、寂しさを胸の奥に閉じ込めて笑顔を取り繕った。

本当は寂しくて、一緒にいる時間がもっと欲しくて。

でも......

それを言ったら全てを失ってしまいそうな気がした。



ねぇ、幽助。

もし、素直に“傍にいて”って言えてたら、違った結末だったのかな?

溜めつづけた寂しさに飲み込まれる前に、ちゃんと伝えてたら。

幾千もの夜を超えても、きっと答えなんて見つからない。

探しつづけても、永遠に戻らない温もりと同じ。

夏の夜の幻のように.....



***********************



----気をつけてね。行ってらっしゃい----


いつも掛けてくれる優しい言葉と、フワリと香る微笑み。

いつ戻るとか約束をしないでも、必ず待っててくれた。

そして変わらぬ笑顔で包み込んでくれて、ピッタリと寄り添ってくれて。

どれ程の淋しさを抱えてたなんて気付きもしないで.......

その優しさに安心して、甘えてたんだって気付いた時にはもう遅かった。

何よりも大切だって分かってたはずなのに。


でもな蔵馬。

言えなかったけど、俺が強さを求めてたのは-------



「幽助、花火しようよ」


蔵馬に誘われたのは、夏の足音が遠ざかり始めた9月の始めの頃。

真夏の暑さが残る昼間に比べ、夜の海は波が運ぶ潮風が心地良く肌を擽っていく。

小さな光のシャワーが、誰もいない浜辺を無数の色で彩る。

用意した花火のほとんどが灰となり、最後に残ったのは線香花火。


「これが今年最後の花火だね」


ちょっぴり物悲しい声で呟き、ライターで火を付けるとオレンジ色の火花がパチパチと弾けだす。

花火の先端に出来た丸い玉から弾けては消える光が、夏の終わりを見送るようにいつもより長く燃え続けてた。


「ねぇ、幽助.......また魔界に行くの?」


「ん?あぁ、今は行かねぇけど、そのうちな」


「.....そう......」


幽助を見上げてた瞳が伏せられ、ジッと燃え続けるオレンジの玉を見つめる。

翡翠色の宝石の中に微かに滲む哀しみの色を、頬にかかる深紅の髪が覆い隠してた。


「幽助は永遠って.....あると思う?」


「永遠?」


「うん。線香花火って一瞬で散っちゃうでしょ?何だか見てたら切なくなっちゃって。儚いなって......まるで.....」


幽助との繋がりみたいに------


「永遠か......あって欲しいけどさ。永遠に何かが続くって考えたら飽きてくんなとかって思うんだよな」


「そう.....そうだよね」


永遠なんてあるはずない。

そんな事分かってた。

永遠に幽助の傍にいれるはずない事も------


「線香花火がず〜っと消えなかったら情緒がないもんね」


「だろ〜?」


それっきり“永遠”の話題が蔵馬の口からのぼることはなかった。


この時、言葉の裏に必死に隠そうとしてた想いを汲み取ってあげてたら。

一言でも望む言葉を掛けてやれてたら。


あいつが抱え込んでる寂しさや我慢が溢れ出さずに済んだのかもしれないのに。

今でも思い出す。

この日ポツリと蔵馬が呟いた一言。


「永遠なんていらないから....今一緒にいて欲しい.....」


その時は正直何て呟いたのか聞き取れなかった。

聞き返しても曖昧に微笑むだけで、教えてはくれなかったし。


今になってこんなにもはっきりと耳の奥で反響してるなんてな。

今なら分かる。

あれは蔵馬の最後の賭けだったんだって。

寂しさに押し潰されて身動きが取れなくなってたあいつの最後のSOS。


気付いた時には、もう俺の右隣にはポッカリと何もない空間が広がってるだけだった。




あれから何度も迎えた夏。

毎年変わりばえのしないうだるような暑さ。

なのに冷たい隙間風が吹きぬける右隣。

失ったものの大きさを、大切なモノの重みを今さら後悔したところで戻る事のない日々。


---幽助、幽助----


懐かしい声が毎晩耳元を掠め、夢の中で浮かんでは消えていく笑顔。



【ゴメンね、幽助。俺は.....幽助みたいに強くはいられないの.....】



ガラス細工の涙が最後に見たあいつの顔。

あれから一度も顔を会わせることなく、風の頼りで元気にやってるのを聞くだけ。

2人で越えてきた同じ季節を、今はそれぞれのペースで歩いてる。

毎年夏の終わりに一人で海に来ては、線香花火に火を点ける。

ユラユラと頼りなく揺れるオレンジの玉の中に浮かぶのは、忘れらない人の名前。


パチパチと暖色の炎が弾け......ポトリと落ちた火の玉が砂浜に埋もれていく。

最後の線香花火の光が消え、浜辺に静寂が訪れた。


ゆっくりと立ち上がり、夜の闇に溶け込む海を眺める。


なぁ、蔵馬。

俺は少しでもおめぇを幸せにしてやれてたのだろうか?

ちゃんとおめぇ見てれば.....何度も何度も繰り返した後悔。


あれから沢山の後悔に取り囲まれながら過ごしてきたけど、何よりも悔やまれてならないのは伝えきれなかった秘めた想い。


今さらこんな事言った所で何もならないけど。

俺が強さを求めてたのは......


---この手で守っていく為-----


はっきりと伝えていれば、不安も哀しみを与えずに済んだのに。


二度とは戻れないあの夏の幻が、いつまでも焼き付いて離れなかった........


fin.


いつも甘いラブラブな幽蔵なので、たまには悲恋系に挑戦してみました。

別れちゃう2人なんて、うちでは考えられない事なんですけどね(汗)


2013.8.18 咲坂 翠

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