泡沫の章〜幽蔵SS〜
□【黄昏センチメンタル】
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青い空の色を投影してどこまでも広がるコバルトブルーの海。
ユラユラと押し寄せる波にもまれながら、びしょ濡れになる事も気にせずじゃれあううちにいつの間にか時間が過ぎ去ってた。
海に着いた時には地平の境界線が分からない程に青く溶け合ってた空と海。
今は沈みゆく太陽が地平線を夕焼け色に染め、静かな波が暖色系のグラデーションを海に広げる。
海水でずぶ濡れになった肌は真昼の太陽ですでに乾ききり、水分を含んでピッタリと張り付いてた髪が潮風に靡き、フワリと漂う甘い香り。
「日も落ちてきたし、そろそろ帰るか?」
「ん〜.....もうちょっとだけ」
夕暮れ色に染まる風で穏かに凪いでる波音が、耳の奥に寄せては返し初夏の思い出を閉じ込める。
砂浜に長く伸びる2つの影。
幽助の影の後ろから寄り添うようについてくる影はほんの少し短くて。
のんびりと波打ち際を歩く恋人達の手は、離れないようにしっかりと繋がれたまま。
フッと蔵馬が歩みを止め、つられて幽助も立ち止まる。
「夕陽が綺麗.....」
透き通るような翡翠の中に映り込むオレンジ色の景色。
めまぐるしく変わる日常の中では気付かずに通り過ぎてしまうその風景も、ゆっくりと時間が流れる今は鮮やかに焼きつく。
「あぁ....綺麗だな」
「何か幸せだね」
繋いだ手にキュッと絡み合った指先。
“幸せ”という言葉に対する返事をする前に、温もりがスルリと解けた。
波打ち際を離れ、砂浜に座り込み何やらゴソゴソとし始めた蔵馬の肩越しに覗き込んだ幽助の顔にフッと笑みが浮かぶ。
敷き詰められた砂粒の上にサラサラと描かれた相合傘。
左右に書かれた2人の名前が、夕日に反射してキラキラと光る。
「こういう事するから、いっつも幽助に“子供っぽい”なんて言われちゃうのかな/////」
膝の上でクロスさせた腕の上にチョコンッと顎を乗せ、手にした棒先で砂の上にグルグルと渦巻きを描く。
確かに子供っぽいよな-------
それは一緒にいて常に感じてる事。
しっかりしてそうに見えるのに、2年という年の差があるはずなのに、何年たっても抜けきれない幼さ。
この無邪気さはきっと、これから先どれだけの時間を共に過ごそうと変わらないんだと思う。
「あ〜っ.....」
フイに蔵馬から発せられた物悲しそうな声に意識を向けると、押し寄せてきた波に飲み込まれるように、描かれた相合傘が一瞬で消え去ってしまうとこで。
「消えちゃったね.......」
淋しそうに呟きゆっくりと立ち上がる。
砂浜の名前を水平線の彼方に攫っていった波を見つめる瞳に小さな影が射した。
たかだか描いた相合傘が消えただけ。
ただそれだけなのに。
蔵馬は時おりこうやって瞳に不安を湛える事がある。
逢えない夜だけじゃなくて、傍にいて腕の中に抱きしめててもフイに見せる蔭り。
不安になるような要素を与えてるつもりもないし、その不安も蔵馬にとっては意識していない事。
きっと無意識のうちに漠然とした何かを抱えてるんだろう。
気付けば最後の陽の光が地平線の彼方に沈み、海を染め上げてた夕焼け色が少しずつ夕闇に飲み込まれていた。
翡翠の中に反射してた穏かなオレンジ色がモノクロに変わり、広がる不安の色。
じっと海を見つめる横顔は息をのむ程に綺麗なんだけど......
----そんな顔するなよ-----
一緒にいるのに何でそんな哀しい顔をさせちまってるんだって思ったら居ても立ってもいられなくなって。
後ろから抱きすくめ、腕の中にしっかりと包み込んだ。
「蔵馬、俺らはこんな簡単に消えちまったりはしねぇよ。心配すんなって。波に攫われそうになっても、絶対におめぇの手を放したりはしねぇから」
「幽助........」
抱きしめる腕にキュッと重なり合った手の平。
微かに震えてるのは、少しだけ下がった気温のせいかそれとも......
温もりを手繰り寄せるようにギュ〜っと握り締めてきた細い指先。
何があっても、閉じ込めた温もりを消すつもりはない。
不安ごと受け止めるように苦しい位に強く強く抱きしめた。
砂浜の上に落ちた長さの違う2つのシルエット。
海から寄せる波が幾度となくその影を覆っても、重なり合ったまま離れる事はなかった。
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のんびりと流れる景色を楽しみながら、遠回りをして車を走らせた行きと違い、高速道路を使って時間を短縮する帰り道。
段々と遠ざかっていく潮の香りと波の音。
「海.....楽しかったね」
砂浜で拾った数枚の綺麗な貝殻を手の平の上にのせ、海の余韻を楽しむ蔵馬の顔に広がる満足感にほんの少しの不満が混ざる。
それは、あっという間に終わってしまった一日への小さな不満。
「今度は水着もって泳ぎに行こうな」
「うん」
次への約束にチョコっとだけ滲んでた不満の色が薄くなっていく。
きっと夏の間に何度も訪れるであろう海。
今年の夏も忘れられない思い出を2人で沢山積み上げていくんだろうな------
そう思うだけで何だか心にホンワリと暖かい灯がともった気がした。
ちょっと小腹が空いたなと立ち寄ったドライブスルーで簡単に夕食を済ませ、蔵馬のマンションを目指し再びハンドルを握る。
ポツンポツンっと途切れ出した会話に助手席を窺い見れば、今にも閉じそうになる瞼と必死に格闘しながら深紅に覆われる頭がウツラウツラと揺れていた。
「蔵馬、疲れてんだろ?着いたら起してやっから、寝てな」
幽助の言葉にハッと瞼が持ち上がる。
「ううん.....大丈夫、起きとく」
「俺の事は気にしねぇでもいいから、寝とけって」
「いや。幽助が運転してるのに寝るなんて.....」
ゴシゴシと目をこすり、何とか起きてようとしてくれる姿は胸に響くし、気持ちは嬉しいんだけど--------
自宅に向けて真っ直ぐに走らせてた車のエンジンが突然止まった。
「幽助、どうしたの?」
「ん〜?ちょっと休憩」
停車したのは、夜の街を彩る灯りで照らされる大通りから外れた空き地の駐車場。
眠らない街の明かりが届かないその場所は、都会の喧騒から離れ静かな夜の帳が包み込む。
「ほら、上を見てみ」
指で指された方向に目を向けると、フロントガラスの向こう側で無数の星たちが煌いていた。
「すご〜い......あんなに星が見えるんだ」
「綺麗だろ?ちょっとした穴場なんだよな、ここ」
「ほんと.....綺麗....」
うっとりと星空を見上げる横顔は海で見た時と同じ美しさ。
その美しさに思わず引きこまれてしまった。
翡翠の瞳の中に広がる星空を遮るように、近づけた顔。
重ね合わせた温もりは、直ぐに受け入れられ小さな吐息が零れる。
長いKISSを交わし、そっと離した唇の代わりに肩を引き寄せると大人しく身を委ねてきた。
コツンと肩に乗せられた重み。
そのまま何をする訳でもなく。
視界に広がる満天の星達を見ながら、静かな時間が過ぎる。
幽助の手が優しく頭を撫でては甘い香りを放つ髪をとき梳かしていく。
肩の上でほんの少し増した重みに、優しい手つきがフッと動きを止めた。
耳元に聞こえる小さな呼吸。
綺麗な星空を見せてやりたい、それが8割がたの気持ちだったけど......
「本当は眠たかったクセに.....」
抱き寄せてた身体をソッと引き剥がし、器用に倒したシートにもたれさせる。
スヤスヤと夢の世界に旅立った寝顔は幸せに満ち溢れてて。
綻ぶ口元に小さなKISSを落とし、静かにエンジンを掛けた。
起してやるなんて言ったけど、きっと部屋まで運ぶ事になるんだろうな-----
そんな事を考えながら、気持ち良さそうな寝息と時々聞こえる寝言をBGMに夜の街を走り続けた。
fin.
あとがき
幽蔵ドライブ海デート(【Seaside romance】)のちょっとした続編というか、中途半端に終わらせてしまった続きをSSに仕上げてみました★
どうでもいいけど、ほんと幽助ってとことん蔵馬ちゃんを甘やかしてますよね。
まぁ、幽助に限らずなんですけどね(笑)
2013.6.23 咲坂 翠