泡沫の章〜幽蔵SS〜
□【最高のSeason】
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「も〜!何でこんなに寒いの〜っっ!!」
「しゃ〜ねぇじゃん、冬なんだから」
「もぉ〜!!冬だから寒いのは分かってるの!こんなに寒くなくてもいいのに」
明け方の気温がマイナスを示す日が続き、一日の平均気温が0度を下回る.....いわゆる真冬日も多くなってきたこの時期。
大の寒さ嫌いの蔵馬の口から"何で寒いの???"とブーブー文句が出る回数が増えてきた。
文句を言ったところで寒さが和らぐ訳でもあるまいし?
そういえば、夏は夏で"何でこんなに暑いの!"なんて、今と真逆の台詞を言い続けてなかったか?
どうやら体内の温度調節が苦手らしい恋人は、暑すぎず寒すぎずの季節以外はめっきり機嫌が宜しくないようで。
「早く冬なんて終わればいいのに!」
ピュ〜っと吹き抜けた木枯らしに、振り返り様に文句をぶつける始末。
移り変わる季節の一片を担ってる冬。
一年を彩る四季の一つとして、3ヵ月は地上に君臨する冬には冬としての誇りがある。
空から舞い散る雪の結晶や、軒下に連なるガラス細工のようなツララ。
どれも今しか味わえない風物詩。
それを"早く終わればいい"なんて否定されたら、冬将軍の癇に障るというもの。
ふとどき者を懲らしめてやらんと、一層の冷たい風を吹きかけてきた。
「ひゃっ!!!」
突然の突風に煽られ、首に巻いたチェックのマフラーが捲れ上がる。
風に乗って飛んでいきそうな勢いで捲れたマフラーを、片手でヒシッと押さえた。
「あ〜、マフラーがぁ〜」
ダランと垂れ下がってしまった状態から元のように巻き直して、北風が吹いても捲れないように結び目を作ろうと頑張ってるのだけど、フカフカ手袋ではうまく結べない。
かといって霜焼けしそうな程冷たい外気の中で、手袋を外そうという気はさらさらないようで。
「ったく...しゃあねぇな〜。ほら、顎あげてみな」
言われた通りに"んっ"と軽く上を向くと、クルンと首もとを一周したマフラーにキュッと結び目が出来た。
「ありがとう、幽助」
寒さをブロックするマフラーにヌクヌクと包まれたのもさる事ながら、幽助の優しさがホンワリと暖かくて。
だけど一ヶ所だけ、未だに温もりが消えてる場所。
マフラーを結ぶ為に、繋いだ手が解かれたまま。
やっぱり一番温もりを感じてたい場所が寒いままじゃ.......
「ほい、手」
急に目の前に差し出された幽助の手。
“繋ぐんだろ?”
ニカッと眩しい笑い顔が、そう言ってた。
いつも不思議に思う。
どうして幽助は自分の気持ちを先回りして分かってくれるんだろうって。
「何で俺がおめぇの考えてる事が分かるんだ.....って思ってっだろ?」
「えっ?う....うん.....」
「おめぇってば、すっげぇ分かりやすいんだもんな。全〜部顔に書いてあるし」
「そ....そう????」
「ちなみに今は“さっきみたいに手繋ぎたいな〜、手が寒いし”だったろ?」
「......当たり/////」
"だろ〜?"と得意気に鼻を鳴らし、繋いできた手から広がる温もり。
もっと温もりを感じたくて.....
「幽助ぇ」
ギュウ〜っと腕にしがみつき、ピットリと身体を寄せた。
全身で感じる暖かさ。
冬将軍が呼び込んだ凍えるような風も、大嫌いなはずの寒さも、この瞬間だけは好きになれそうな気がする。
そう思った矢先に、恋人達の間を吹きぬけていった突風。
身を切るような冷たさが通り過ぎる。
風上に立つ幽助を追い越して蔵馬の上にも覆い被さった冷気に前言は容易く撤回されて....
「あん、もう!!やっぱり寒いのは嫌い!!」
収まってた文句が、先程の倍になって復活してしまったらしい。
ちょぴり機嫌を良くしてたのも束の間、またもやかかりだした不機嫌エンジンは、手を繋いだだけじゃ、身を寄せ合っただけじゃ止まりそうにない。
かくなる上は早々と暖房の効いた室内に戻って......
「よし、こういう寒い日はホカホカの鍋だろ!今日は俺が作ってやっから機嫌直せって。な?」
「ほんと?幽助が作ってくれるの?」
嬉しそうに綻び出した口元を見れば、上機嫌エンジンがかかり出したのが分かる。
ピュ〜っと道端の枯葉が舞い上がったけど、今度は吹きすさぶ風の冷たさも気にはならないようだった。
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「ほら、蔵馬。出来たぞ」
「あ〜、いい匂い〜」
鍋を手に幽助が部屋に入ってきた瞬間、プ〜ンと鼻腔をついた匂いにコタツ布団がモソモソと動いた。
コタツ布団が動くなんて可笑しな表現だけど。
コタツの中に全身を入れて、ヌクヌクゴロゴロ寝そべってた蔵馬の身がノロノロ出て来たのを見れば、ピッタリの表現なんだと思う。
“コタツを考案した人ってホント尊敬しちゃうよねぇ”
小奇麗な部屋の真ん中を占領するこの家電製品は、冬場の必需品。
一度足を入れるともう抜け出せなくなるようで。
何を取るにもコタツから上半身と手を精一杯伸ばし、決してそこから動かないという横着っぷりを発揮する。
普段の蔵馬を知ってる奴は絶対想像出来ないような光景。
それを見せるのは唯一一人の時か、幽助の前だけだから当然といえば当然なんだけど。
「すご〜い、美味しそう〜♪」
グツグツ音をたてる土鍋の中にギッシリと詰まってる食材。
ホカホカと立ち上がる湯気を見てるだけで、空気が暖かくなってくる。
カセットコンロの上に鍋が乗り、着火された火が再び具材を温め始めた。
「何から食う?」
向かい合わせに座り、深皿片手に食べたい物を聞いてくる幽助をジ〜ッと見つめる瞳。
穴が開くんじゃないかと思うぐらいの勢いで凝視してくる碧の宝石は何かを訴えてるようなのだけど.......
「何?俺の顔に何か付いてる?」
「ん〜....そうじゃないけど...ネェ、幽助?」
チョコンと小首を傾げ、窺うような上目遣い。
ポンポンっと片手でカーペットを叩く仕草。
“あ〜”と幽助の顔に納得の表情が浮かぶ。
腰を上げ蔵馬の隣に移動してくれば、期待通りの答えに嬉しそうな笑顔が弾けた。
ピトっと寄り添い、よそってもらった具材の中から豆腐を掬いフ〜フ〜息を吹きかける。
ツルンっと口の中に滑り落ちた豆腐の熱さに、ほんの少し顔をしかめながらも美味しそうに肩を竦めた。
時折コツンと幽助の肩に頭をぶつけ、ニッコリ見上げてくる。
グツグツと沸騰する鍋から出る湯気が、部屋を暖め出しても隣でピットリとくっついたまま。
ともすれば鬱陶しくなりがちな動作も、相手が蔵馬であれば大歓迎。
いつも以上にベタベタ離れないのも、この季節ならではだから。
----ブツブツ文句を言われる程、寒いのも悪いもんじゃねぇよ----
こんなこと、寒さ嫌いの恋人を前に口にはしないけど。
美味しく平らげた夕食の後。
「幽助、先にお風呂入っていいよ。俺ちょっとだけ残ってる仕事片付けちゃうから」
"分かった"と返事を返し、風呂場に向かう。
フと振り返るとコタツの上で起動させたパソコンの前で、何やら書類と睨めっこしてる後ろ姿。
さっきまでの甘えたチャンはどこへやら。
超真剣モードに突入したらしき空気が漂う。
こんなギャップを見れんのも、恋人の特権。
本当は"一緒に入ろうぜ"なんて言いたかったけど。
まぁ、いいさ。
どうせ仕事を終わらせたら......
風呂から上がっても未だに蔵馬は仕事中のようで。
邪魔をしちゃいけねぇよな、と声を掛ける事はせず。
ただソッと置いたマグカップ。中身はクリームたっぷりの甘ったるいココア。
コトンと鳴った音とパソコン画面に差した影に気付いたのか、仕事一色に染まってた瞳にフッと穏やかな色が差す。
「悪ぃ。邪魔しちまった?」
ピタリと止まったキーボードを打つリズムに、集中力を妨げたのかと申し訳なさげに口にした言葉。
「ううん。幽助ありがとう。急いで終わらせるから....もう少し待っててね」
フワリと浮かぶ微笑みに、煩わしさなんて一欠片も含まれてなくて。
「無理すんじゃねぇぞ」
片手をついて深く身を屈め、頬に軽いkissを落とす。
艶やかな唇を塞がなかったのは、自分へのセーブのつもり。
「もうっ////幽助ぇ/////」
サッと頬に赤味が差し恥ずかしそうに伏し目がちに見上げてくる目線に、セーブしたはずの気持ちは脆くも崩れ去りそうだった.......
夕食から一時間半ぐらい経った頃。
残りの仕事を片付けた蔵馬が、軽く一風呂浴びて部屋に戻ってくる。
ベッドに横になり漫画本を読んでた幽助が、傍に近付いて来た気配に気付いた時にはもう布団が捲れ上がり、子猫ならぬ子狐がゴロゴロと擦り寄って来てた。
「幽助ぇ〜」
「ちょっっ!!おめぇっ!!髪まだ微妙に乾ききってねぇじゃんかよ。ちゃんと乾かさねぇとせっかく風呂入ったのに湯冷めすっぞ」
「ん〜、こうしてれば暖かいからいいの〜」
聞く耳なんか持っていないのか、“風邪ひくぞ”と身を案じる言葉にも応じずピッタリと身体を密着させ、胸の上にスリスリと顔を埋めてくる。
シャンプーしたばかりの髪から漂う石鹸の香り。
甘えてくる子狐をソッと抱きしめてやれば、益々ギュ〜っとしがみ付いてくる。
年がら年中くっ付いてくるの大好き、くっ付き魔の蔵馬の度合いが最高潮に達するのが今の季節。
猫のように腕の中で丸まってるのを見てるだけで、“冬っていい!!”と思える。
ただ.....
「やっぱり幽助といると暖か〜い♪」
無防備丸出しの状態でそんな台詞を毎回毎回言われるから、理性をフル稼働させるのがこの季節の難点でもあるんだけど.....
次の日が仕事って時は大抵必死こいて抑えるようにはしてるけど、何回かに一度は本能に従う時もある。
そうでもしねぇと、冬季3ヵ月も俺の身がもたねぇよ!!!!
生憎と明日は平日、もちろん蔵馬は朝から出勤。
分かっちゃいるけど、さすがに風呂上りでホンワカ上気した肌を見てしまったらなぁ。
ガバッと身を起こし真上から囲い込むようにして、細い両手首をシーツの波間に埋もれさせた。
「もっと....暖かくなってみる?」
一瞬だけフッと瞳を覆い隠した睫毛。
すぐにユラユラ揺れる翡翠が姿を現す。
「幽助ぇ.....湯冷めしちゃった......」
----ちゃんと暖めなおして....?----
空気を通して伝わってくる誘い掛けに、だぁ〜っと天を仰いだ幽助の口から大きな溜め息が吐き出される。
ったく!!明日の朝、足腰立たなくなっても知らねぇぞ!!手加減しろなんて言われても無理だかんな!!
幽助の心の叫びなんて何のその。
期待のこもる潤んだ眼差しが、無邪気に見つめてて。
甘い蜜に誘われるように、ゆっくりと待ちわびる桜色の唇に蓋を被せた。
後は流されるまま。
「ん......ふぅ.....ん...」
魅惑の吐息が長い夜の始まりの合図------
寒い夜は人肌の温もりでお互いに暖め合って、熱く蕩けていけばいい.......
(そして翌朝)
「蔵馬〜、朝だぞ。ほら起きろって!!」
クルンと毛布に包まれて未だ幸せそうに夢の中にいるのか、揺すっても起きる気配がない。
「ん〜....もうちょっとぉ〜.....」
まだ眠ってる意識の中で、幽助の胸にスリスリと頬を寄せてくる。
「“もうちょっと”じゃねぇの!!いい加減起きねぇと会社に遅刻すっぞ!!」
「や〜だぁ〜......外寒いもん....幽助と一緒のがいい〜....」
寝ぼけ眼のままギュ〜っと腕にしがみつき離そうとしない。
寒さ嫌いの恋人。
だけどその寒さのお陰で俺は恩恵を受けまくってるんだけどな、なんて言えやしないけど。
「やっぱ冬って最高の季節じゃん」
一人ニヤける幽助の腕の中で、身体を丸めた子狐がヌクヌクと幸せそうに身を寄せていた。
fin.
またもや拍手コメ使いまわしof幽助バージョン(笑)
季節感ゼロのお話でしたけどね....
とにかく、冬はうちのバカップルが一番イチャコラするんだよって書きたかっただけ。
はて?この後蔵馬ちゃんはちゃんと仕事に行ったんですかね.....(謎)
2013.4.14 咲坂 翠