泡沫の章〜幽蔵SS〜

□【来る年に願いを】
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「うげっ....これはまた、すっげぇ人の数」


「いつもは参拝客なんてほとんどいないのにね」


日頃は子育て真っ最中の母親が、子供を連れて鳩に餌やりに来るようなのどかな神社。

年に数日だけ、そののどかさが一掃され、押し寄せる人の波にまみれる.....

まさに今日がその日。

よくもまぁ、これだけの人が集まるものだと感心半分ウンザリ半分。

自分達もその人混みの中に繰り出してきた一人だから、人の山を見て不機嫌になるわけにはいかない。


「おっし、ここは死ぬ気で突入するか」


「幽助....それは大袈裟過ぎ.....」


大袈裟なんて言ったけど、人の熱気に飲み込まれないようにと、"よし"っと小さく気合いを入れた。

その気合いも見渡す限りの人、人、人の群れにすぐに萎んでしまう。

人混みなんて朝の通勤電車で慣れてるはずなのに。

仕事だと諦めのつく光景も、プライベートな時間にまで寝食されたらそりゃ嫌になる。

フ〜っと溜め息をつき、少々怖気付き気味の表情を浮かべた蔵馬のほっぺたが、プニっと引っ張られた。


「珍しく仏頂面しちゃって。さすがに人混みでは笑顔もでねぇか?」


「うに?幽助〜......」


ビヨンっと伸びた頬を軽く引っ張れば口角が上がり、作られた笑顔がお目見えする。


「ん〜......やっぱ本物じゃねぇとな」


抓んでた頬から手を放し、回した腕でギュ〜っと抱き締めた。

引っ張られて少々赤味のかかった頬を擦っていた蔵馬といえば、全くの無警戒状態。

一切の予感もなしに訪れた突然の抱擁に、驚く余裕もないまま気が付けば幽助の腕の中。


「ゆ....幽助〜っっ????いきなり何......て、ちょっと....やんっ......!!!!」


解かれた片腕が脇の下に入り込み、あろう事かとコチョコチョと擽り始めた。


「ちょっと!!幽助っっ.....こしょばいってっっ!!やぁんっっ」


外部から受ける刺激にめっきり弱い肌をコチョコチョと攻撃され、身を捩って逃げようとしても、一度蔵馬を腕の中に抱き込んだ幽助がそう簡単に放してくれるはずもなく。


「もう膨れっ面はしねぇ?」


「えっ?何???って....やぁんっ」


「仏頂面は似合わねぇ〜って言ってんの!」


「ひゃっ!!!やぁん、分かったぁ〜!!分かったから、やめてっ!!!」


擽ったさの限界にきたのか、降参の意思表示と同時にようやく止んだ攻撃。

少々上がり気味の息を整えながら、ム〜っと恨めしそうな翡翠が見上げてきた。

「もう〜っっ!!幽助のバカっ!!擽られるの弱いの知ってるでしょ??」


つい今しがた降参したばかりなのに、またもやプックリと丸くなり始めた頬。


「おっ?何?ま〜たほっぺた膨らませちゃって。蔵馬ちゃんは擽ってほしいのかな〜?」


片手で細身の身体をしっかりと引き寄せたまま、見上げる瞳の前に掌を翳し、コチョコチョと指を動かす。


「もう〜っっ、幽助の意地悪〜っっ!!!離してよ〜!!」


慌てて頬で膨らませた風船を萎めるも、大人しく引き下がるのは負けた気がして厭なのか、尖らせた口から文句を零し、ポカポカと幽助の胸を叩き始めた。


「そんな事言ってっと、もっと意地悪しちまうぞ?」


ブ〜ブ〜飛び出す文句をサラリと交わし、何やら怪しげな企みを滲ませた瞳に見下ろされ、ジタバタ動いてた身体がピタリと静止した。


「な....何?....」


「ん〜?あんまりいう事聞かない口は.......」




-----強引に塞いじまうぞ-----



耳元で囁かれた誘い文句に、
フッと耳に流れ込む息遣いに、

一気に駆け巡ったのは、甘い痺れととんでもない恥ずかしさ。

緊張してた身体からフニャリと力が抜けた。


「お?クリティカルヒットしちゃった?」


まるで悪戯小僧のようなからかい口調と、やんちゃな少年の面影が残る笑顔を見れば恥ずかしさも、ウンザリするような人混みの多さもどうでも良くなってきて。

プッと吹き出した蔵馬の顔にみるみるうちに笑顔が広がる。

それは幽助の望んだ本物の笑顔。


「や〜っと笑ったな。やっぱり仏頂面よりそっちの方が断然いいぜ。むくれてっとせっかく参拝しても神様が願い叶えてくんねぇぞ?」


クシャクシャっと深紅に覆われた頭を撫で、腕の中に収めてた身体をゆっくりと引き剥がした。

放した腕の温もりの代わりに、掌で新たな温もりを包みこむ。


「よし、じゃぁ気を取り直して突撃しようぜ」


「突撃って......やっぱり大袈裟だよ」


「そんくらいの気を持っとかねぇと、この人混みは突破出来ねぇの!!!」


「.......幽助も実は人混みにウンザリしてるんだ......」


「あっ?バレた?」


「む〜っっ!!何か俺、からかわれ損な気がする〜っっ!!!!」


「まぁまぁ、細かい事は気にすんな♪」


「あ〜っっ!ごまかそうとしてる!!」


ブチブチ文句を紡ぎながらも、繋いだ手は決して振りほどこうとはしない。

ジグソーパズルのピースがピッタリとかみ合うように、絡み合う指には隙間一つなく、凍えるような寒さですら入り込む事は出来ないようだった.......



****************************


どこから始まってどこで途切れてるのかの検討すらつかない列に加わり、ノロノロとナメクジ張りの遅さで進む流れにのったはいいが、なかなか境内まで辿り着きそうにない。

それでもようやく鳥居をくぐり、参道に足を踏み入れた頃、聞きなれた声が割り込んできた。


「お〜っっ!!浦飯じゃねぇか」


呼ばれた方向に顔を向けると、頭に浮かんだ通りの人物がニコニコ顔で立っていた。


「何だよ、やっぱりお前ら2人一緒かよ。相変わらず仲がいいことで」


「羨ましいだろ〜。で?おめぇは何?一人寂しくお参り?“彼女が出来ますよ〜に”ってか?その前に“イケメンにして下さい”が先か?」


幽助の失礼発言に、いつもであればつっかかてヤンヤと形だけの言い合い.....という名の挨拶が交わされるはずなのに、今日はなぜか終始ニコニコとご機嫌満開。

言われてる事なんて耳に入りませんとでも言うように。

フッと蔵馬が何かに気付いたように、幽助の腕をクイクイっと引っ張った。


「ねぇ、幽助.....」


“見て”と促した先。
大きな体格の桑原の後ろから顔をのぞかせたのは......


「あら?幽助さんに蔵馬さんも来てらしたんですね」


フンワリと柔らかい微笑を浮かべた氷女の少女。

いつもの着物姿とは違い、スカートにコートと可愛らしい格好で立っている。

この状況で一人でお参りという訳ではないだろう事は、デレデレとしまりのない顔を見れば自ずと分かるもの。


「雪菜ちゃんも桑原君とお参りですか?」


「はい。和真さんに誘って頂いて。こちらの風習は興味深いものばかりなので、何だか楽しくて。こんなに人が多いとは思いませんでしたけど」


人の多さすら興味の対象なのか、どこか面白そうにキョロキョロと周囲を見渡す。


「あっ、雪菜さん。危ないからこっちに」


人の流れにともすれば飲み込まれそうな小さな身体を、一生懸命に守ろうとする姿が微笑ましい。

一途な片思いに気付かない少女との攻防に、決着がつくのはまだ先だろうけど。

それが幸せな結末であって欲しいと思う。


せっかくだから一緒に参拝しようと、ゆっくりとした流れに流されるまま歩き出す。


「この人混みの熱気でもやっぱ寒いもんは寒いよな」


「幽助....寒いの?」


「手がな」


真夜中の冷気に触れた指先がかじかみ、真冬の冷たさが身に染みる。


「幽助、はいこれ」


目の前に差し出されたのは片方だけの手袋。


「はいって.....ダメだって!!おめぇの手が冷えちまうだろう?」


「大丈夫だよ」


「大丈夫じゃねぇの!!!ちゃんと両方はめときなさい」


「こうすれば冷えないから大丈夫、ね?」


ジ〜っと蔵馬を見つめる瞳に広がる優しい色と零れ落ちた溜め息。


「分かったよ」


すぐに指先から掌全体に伝わった暖かさは、手袋のお陰だけじゃない......そんな気がした。



「あら?ねぇ、和真さん。見てください」


後ろを歩く雪菜が指差す方向に視線を向けた先.......


「本当にお2人仲いいですよね。見てるだけで幸せな気分になっちゃいますね」


お互いに片方だけはめられた手袋。

そして......

幽助のコートのポケットの中でしっかりと繋がれてあるであろう2人の手。

寒空の下なのに、なぜか心がポカポカ暖まるようなそんな光景。

嬉しそうな少女の視線と、少しの嫉妬が混じった友人の視線に幸せ真っ最中のカップルが気付くはずもなかった。


ゆっくりと進む人の流れに乗り一時間も経った頃、ようやくお目当ての境内が近付く。

賽銭箱の前に来た時には、蔵馬の両方の手にはしっかりと手袋がはめられていた。

お参り最中にはさすがに手を繋ぎっぱなしでいるわけにもいかないと、何か言いたげな視線を今だけはスルーして、幽助の手から戻された手袋。

何だか納得はいかなかったけど、全ては自分を第一に気遣ってくれる幽助の優しさ。
分かってるから強く文句は言えなかった。

そうこうするうちに巡ってきた順番。

投じられた賽銭がチャリンと音をたてて賽銭箱の中へ滑り落ちていく。

ガランガランと鳴り響く鈴の音。

パンパンッと打たれた柏手に一年の祈願を込め、頭を下げた。




「なぁ、蔵馬。おめぇ何をお願いしたんだよ?」


「ん〜.....幽助は?」


「教えねぇ。だって口にしたら願い事じゃねぇもん」


「じゃあ、俺も内緒。口にしたら神様に叶えてもらえないもんね」


「そうくるかよ〜!」



神様なんて特に信じてるわけじゃないけど。

心から願うべきは-------



「お〜い、浦飯!!蔵馬!!せっかくだから初日の出見に行こうぜ」


「お2人も行きましょうよ!!」


友人の誘いに顔を見合わせ“行こうか”と呼ばれた方向へ歩き出した。

一度放した手をしっかりと繋いで。


新たに始まる365日。

この一年にかけた願いは-------


今年も......


“幽助と”


“蔵馬と”


《ずっと一緒にいれますように..........》


fin.


あとがき

新年早々、うちの幽蔵がバカップル丸出しですみません(汗)
いや、もう此れくらいの恥ずかしさが幽蔵★

あっ....飛蔵は姫初めしたけど、幽蔵はしてないね.....
多分初日の出見た後に帰って....ムフフ(*^_^*)


2013.1.5 咲坂 翠

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