泡沫の章〜幽蔵SS〜

□【永遠の片思い】
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-----幽助、ねぇ幽助------



名前を呼ばれる事がこんなに嬉しいなんて知らなかった。

そりゃ、数え切れない奴に名前を呼ばれてきたけど、こいつだけは特別。

なんつーかポワ〜っと暖かい気持ちになんだよな。

その辺のむさ苦しい野郎共とは全然違う、柔らかくて少し高めのトーン。

声だけで人を惹き付ける十分な魅力を持ってるのに、更に心をかき乱すのは......


弾けるような眩しい笑顔。


この世にこんなにも真っ白な笑顔があったのかと思う位に陰りがない。

いつだって無邪気な微笑を向けてくる。

それが狂いそうな程に俺の心をかき乱してるなんて、知らないんだろうな。



時々思う。



その無邪気さは残酷さと背中合わせなんだって........






「幽助、まだ大丈夫?」



柔らかな微笑みを纏った顔が、ヒョッコリ暖簾越しに見えたのは日付が変わってすぐの事。

こんな真夜中の来店は珍し過ぎる。



「お〜、蔵馬。全然大丈夫だぜ!!てか、閉店後でもおめぇが来たら速攻店開けっし」



「何?俺ってそんなにVIP扱い?」



クスクスと可笑しそうに笑いながら、チョコンと椅子に腰掛けた。



「おうよ!!超〜VIP様々。いつだって特別待遇なの。ほらよ」


目の前にポンっと置いたのは、小さな氷の入った硝子のコップ。

透明な硝子の中で、オレンジ色の液体が氷と溶け合う。

それは、いつ来るかも分からないたった一人の為だけに用意されてるもの。



「あっ!幽助ありがとう」



嬉しそうにストローを差し込み、口をつける。

ズズっと遠慮がちな音をたてて、冷たい液体がコクリと喉を通り過ぎた。


「ラーメンとオレンジジュースの組み合わせって、おめぇだけだよな」



「え〜、変かな?」



「変じゃねぇけど、甘いの+こってりラーメンって食い合わせ悪くねぇ?」



「悪くないよ。ジュース美味しいし、ラーメンも美味しいし」



プ〜っと頬を膨らませムキになる。幼い子供のような仕草。

スーツを着込み、バリバリ仕事をこなすサラリーマンなのに、いつまでたっても抜けないあどけなさ。

少年というよりも少女のような愛らしさと、天使にも似た純粋さは何年たっても変わらないまま。



「いくらジュースが美味しくてもさ〜、甘い物とラーメンは.....」



プックリとむくれる表情が可愛くて可愛くて。

もう一度見たくてワザと否定的な台詞を言ってみる。

幽助の悪戯なはかりごとに釣られた頬が、期待通りに益々ま〜るく膨らみ始めた。



「甘い物好きだからいいの!!」



プリプリしてるのに、愛らしい表情と仕草がクッションになり、怒ってるなんて微塵も感じられない。

気心知れた仲間にだけ見せる無邪気さに、フッと空気が優しく揺らめく。



----甘いもの好きだから...-----




知ってるよ。

好きな飲み物はハチミツたっぷりのホットミルクに、生クリームをかけた甘ったるいココア。

コーヒーは大嫌い。

味のない水は苦手だからって、外食すると決まって頼むのはジュース。

コーヒーを出された時にはこれでもかってシロップをかけるのも、紅茶好きなクセにストレートじゃ飲めずに大量の砂糖をかけるのも.....


大のお気に入りのケーキ屋さんも。


蔵馬の好きな物なら何でも知ってる。


好きなモノなら.....



「オレンジジュースもいいけど、ちゃんとラーメンも食べてくれよな」



「もちろん食べるよ。幽助のラーメンが食べたくてここまで来たんだから」



---幽助のラーメンが食べたくて----



そんな事言われたら期待しちまうじゃないかよ。

100%有り得ない期待だって分かってるけど.....




「へ〜、それは光栄だな。今日は何味にする?」



「ん〜と....」



人差し指をプルンっと弾けるような下唇にチョンっと当てて、少し首を傾げて口をすぼめるのは二つの選択肢で迷ってる時に見せる癖。



「何と何で悩んでんの?醤油?塩?」



「うん....醤油と塩....って、よく2つで迷ってるって分かったね?」



まるで子供が初めて手品を見た時のように、目をまん丸くして驚いたような声をあげる。



「それぐらい分かるって」



「どうして?」



どうしてって.....

何年おめぇの事だけを見てきたと思ってんだよ。

なんて、おめぇは知らないんだよな。

バカみたいに叶いもしない想いを持ち続けてる事なんか。




「何でかって?それはな、俺が魔法使いだから」



「魔法....って、ぷっ!アハハハ。幽助ってば面白〜い」




キャッキャッとはしゃぐ様な声で笑い転げる姿に、鳴り響く鼓動がおさまらない。



「んな笑うなって!!で?どっちにすんだよ?」



「ん〜.....じゃあ塩にしようかな。何か今日はあっさり食べたい気分」



「よ〜し。じゃあとっておきの魔法で超〜旨いラーメン作ってやるからな」



「ま〜だ言ってる」



呆れたような物言いをしているのに、よっぽど“魔法使い”発言が可笑しかったのか、幽助にチラチラと視線を送っては思い出したように吹き出す。

しばらく楽しそうにラーメンが出来上がる過程を見ていた蔵馬が、盛り付けの段階になって“あっ”っと小さな声を上げた。




「ん?どうした?」



「ん〜っとね......ん〜.....ううん、何でもない」



何かを言いたげな様子を見せるも、他のお客さんを気にしてるのかゴニョゴニョと口ごもる。

言いたい事があるのに言えない。

だけど言いたい事はきちんと幽助には伝わっていて。



「ほい、お待ちどうさま!」


どんぶりから立ち込めるスープの匂いが、湯気となって美味しさを撒き散らす。

カウンターに置かれたラーメンを見た瞬間、翡翠の瞳が嬉しそうに蕩け出した。


キラキラと輝く瞳の先には、言いたかった事がそっくりそのままどんぶりの中に凝縮されていた。


苦手な葱とメンマの代わりにたっぷりのモヤシと多めのチャーシュー。

これでもかと振りかけられたゴマが香ばしい。



「すっご〜い。何で言いたい事分かったの?」



「だから、俺は魔法使いだって言ってんじゃん」



何でって.......

だって、知ってるから。

おめぇが嫌いなものも。

ラーメンに葱とメンマはご法度。

毎回毎回、綺麗にその二つだけがどんぶりに残ってるのを見ればすぐに分かる。


あまり肉は食べるほうじゃないけど、なぜか俺のチャーシューだけは“何枚でも食べれる”って言ってくれる。

何回目の来店の時だったかな?初めて葱抜き、メンマ抜き、チャーシュー多めのラーメンを出したのは。

いつだったかは覚えてないけど、すんっげぇ喜んでくれたのは今でも覚えてる。

そっからだよな。

おめぇ用の特別メニューが出来たのは。


来るたんびに、“あのね.....”ってまるで内緒話でもするみたいに小さな声でスペシャルトッピングを注文されるのがメッチャ嬉しくて。

“我がまま聞いてくれるの幽助の屋台だけだから”なんて言われのがちょっと誇らしくて。



今も目の前で幸せそうに食べてくれてるのをみると心がポカポカしてくる。



-----やっぱ俺、蔵馬の事好きだわ-------



届かない想いと分かってても、逢う度に、話す度に無邪気な笑顔にはまり込んでいく。

何度伝えようと思ったか。

でも、知ってるから......

甘いものよりも何よりも、蔵馬が一番大好きなものを......




「そういえばさ、駅前の広場にでっけぇクリスマスツリー出来てたよな。今年ももうそんな時期なんだな」



「あっ!!あのツリーでしょ?こないだ仕事帰りに通ったらたまたま点灯式の日だったみたいで。ちょっとだけのつもりが最後まで見ちゃった。すっごく綺麗だったんだけどね。何か周りカップルばっかで、浮いてる感じだったよ」



よっぽど苦い記憶なのか、綺麗な顔がしかめっ面に変わる。

逢えない誰かを思い出したのか、フッと小さな溜め息が洩れた。



「何だよ、急に。あいつの事でも思い出した?」



「うん....ちょっとね......」



「どんくらい逢ってねぇの?」



「2ヶ月近くかな.......」


つい今しがたまでクルクル動いてた翡翠の中に哀しみの影が宿り出す。

残ってた客の勘定を済ませ戻った幽助の目に映りこんできたのは、両手をギュッと膝の上で握り締め、思い出した哀しみに必死に耐えようと俯く姿。

胸がチクリと痛んだ。

逢えない時間とあまりにも遠い距離。

哀しみを受け入れても、それでもあいつがいいのか。

俺なら......ずっと傍にいてやるのに......

俺ならそんな哀しい顔なんて絶対させないのに。


目の前で小さく肩を震わせる蔵馬に何も言えなかった。

でも.......

俯いた顔を覆う深紅の間からポトリと落ちた雫。

カウンターの上で小さく弾けたのは硝子細工のように儚い涙。

小さな雫が空中に弾け広がった瞬間、押し込めてた何かが堰をきったように流れてきた。




「なぁ蔵馬.......俺じゃ駄目か?」



「え...?」



「だから.....俺じゃあいつの代わりは出来ねぇか?」



ずっと閉じ込めてきた想い。

言えば、今までのようには関係ではいられなくなるかもしれない。

それでも......



「幽助......」


目尻の淵に涙を滲ませたまま、驚いたようにジッと凝視する瞳。

広がっていく戸惑いにフッと伏せられた睫。

静かに持ち上げられた瞼の中から見えた翡翠に浮かぶのは困惑と.....変わらぬ気持ち。



「幽助....俺には飛影しか......」



「な〜んてな。冗談だって、冗談!!」




「えっ.....?」




「おめぇがあんまり辛気臭せぇ顔してっからさ。あっ!!そういえば何かのドラマでこんなシーンあったよな」



伝えた気持ちは真剣だった。

だけど、あんな困った顔で見つめられたら。

挙句の果てに“飛影しか”なんて俺の想いをサラリと否定する言葉を紡がれそうになったら。

はっきりと断られるのはさすがに堪えるからな。



「もう....幽助ったら.....」


言葉通りの冗談と受け取ったのか、泣き顔から小さな笑みに変わっていく。




「んな不安になんねぇでもさ、あいつの事だ。クリスマス間近になったら、ぜってぇ逢いに来るって」



「......うん。何か今日の幽助は本当に魔法使いみたいだね。幽助が言うと本当にの事になりそうな気がする」



「“気がする”じゃなくて、本当になんの!!」



「すっごい自信......でもありがとう」



向けられたのはフンワリとしたくすぐったいような微笑。




無邪気な笑顔は残酷さと背中合わせ。

その笑顔にどうしようもない程心はかき乱されるのに、それは決して届くことのない想い。

永遠に叶うことのない片思い。

分かっていても、惹かれていく。

その無邪気な笑顔に.........




fin.


あとがき


珍しく幽助に片思いしてもらいました★
何やら甘い感じになってしまいましたが......
ちなみに文中で幽助が言った“俺じゃ駄目か?”は某ドラマの有名なワンシーンですね。

本当は後ろから抱きすくめさせて言わせたかった台詞。
何のドラマか分かった方は私とガッチリ同世代(笑)


2012.11.27 咲坂 翠 

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