泡沫の章〜幽蔵SS〜

□【月の輝く夜は......】
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窓から見上げた夜空に浮かぶ月が星明りを隠す。

夜空に散りばめられた星の輝きも、今日ばかりはその座を月に譲る.....そんな十五夜の夜。

満点の星空の中心には煌々とした光を放つ、まん丸い月が存在感を見せ付けていた。


“月には魔力がある”なんて言うけれど、あの光を見つめてたら何だか心が吸い込まれそうになる。


まるで心を惑わすように.........


今の自分にはあまりにも明るすぎると思える輝き。



フッと頭を過ぎる今日一日の出来事。



なぜかやたら信号につかまって電車に一本乗り損ねたとか、

寄ったコンビニでお気に入りのドリンクが売り切れてたとか、

依頼していた書類が出来上がってなかったとか、

取引先の社長が不必要に触ってきたとか.........



小さな悪いことが重なって、心が折れそうな一日だった。


それはどこにでも転がっているような些細な出来事。

きっと普段なら気にも留めずに通り過ぎるような。

“こんな事もあったな”なんて呆れながらも眠りにつけるはずのどうでもいいはずの事。



だけど今日は......




「月の魔力のせいなのかな.......」



天空の星々でさえ霞んでしまうような月光の美しさに魅入られたせいか。

はたまたあまりにも風光明媚な満月のせいか。


迷い惑わされた心は晴れず。

気持ちは沈んでいくばかり。


窓辺に張る巡らせた結界が、騒音全てをシャットアウトした物音一つしない静かな空間。

この空間にたった一人だけ......

得も知れぬ孤独感がジワリと背筋を駆け抜ける。

壁にかかった時計の針が日付を跨いだ。


説明出来ない疎外感が益々募っていく。

無意識に伸ばした腕が携帯電話に触れた。




(この時間は.........)



きっと仕事中、分かってるはずなのに。

手が勝手にボタンを押してて、気付いたら呼び出し音が響いてた。



“5回鳴らして出なかったらすぐに切ろう”



そう思ってたのに、コール音は3回ですぐに消え受話器の向こうで優しい声がした。




「蔵馬?どうした?こんな時間に何か用か?」



「幽助.......」



一番聞きたかった声なのに、耳にしたら何も言えなくなって。

小さな機械の箱を沈黙が流れる。




「蔵馬....何かあったのか?」



きっと仕事を妨げる電話のはずなのに、咎める事もせず、ただ心配そうに気に掛けてくれる。

それは幽助の自然な優しさ。

その優しさに触れただけで、さっきまで沈みきっていた気持ちが軽くなるのを感じた。




「ゴメンね。月にあてられちゃったのかな......どうしても幽助の声が聞きたくなっただけだから」




「月?何だよ、それ」



「ふふ、可笑しいでしょ?俺も何だかよく分からないんだけどね。でも幽助の声聞いたら安心した」




「.....ならいいけどよ。本当に大丈夫か?」




「うん、もう平気だよ。ありがとう、幽助」



パタンと携帯を閉じて見上げた月は、やっぱり妖しげな光の中に浮かんでて。

それでも重たかった心の鉛が取り払われた気がした。





ベッドに横になってもなかなか寝付けないまま、時計の針はいつの間にか日付を大きく超え、1時になっていた。

コロンと寝返りを打ち、一つ溜め息をついた。

眠れないなら無理に寝る事もないかと、身を起こす。

待ってったかのように、軽快な音楽が部屋中に響き渡った。


液晶が映し出した名前に口元を綻ばせながらも、慌てて通話ボタンを押した。




「幽助?」



「もう寝ちまってるかと思ったけど、まだ起きてたんだな」



「うん....何か寝付けなくて。幽助、まだ営業中?」



「いや、とっとと店閉めてきた」



「えっ?もう?」



いつもなら3時近くまで営業している屋台。
閉めるには早すぎる時間。

幽助も疲れてるのかな.......なんて少し心配になる。

それが丸っきり見当違いだって分かるのに時間はかからなかった。




「俺も月にあてられちまったみてぇだ」



「月.........?」



さっきは自分も同じこと言ってたのに、逆に聞く立場になると、頭に疑問符が沸く。



「何〜かおめぇの声、聞きたくなっちまってさ」



言われた言葉に一瞬何の反応も出来なかった。

幽助の行動はいつだって、予測の範囲外。

多少は分かっているつもりでも、いつも驚かされる。




「幽助........」




ようやくジンワリと嬉しさが湧き上がってきた。

だけど幽助の行動はさらに予測の範囲を超えていて.....



「蔵馬さっきさ、“声聞けたから安心した”って言ったじゃん?俺はさ、おめぇの声聞いちまったら、それだけじゃ済まねぇんだよな」




「え.......?」



「どうしても逢いたくなる。それが真夜中でもさ」



携帯越しのはずなのに、なぜか近くで聞こえる声。

優しい声と機械を通した声が交じり合って.......



急いで駆け寄った窓から身を乗り出して見下ろした先。

頭にタオルを巻いた屋台姿の幽助が手を上げてた。




「月に呼ばれちまったな」



それが最後に受話器から流れてきた声。

手から滑り落ちた携帯が床の上に転がり落ちた。

玄関までの距離がもどかしくて、はやく抱きしめて欲しくて........



窓枠から飛び降りてた。




「ちょっっ.....おまっ!!!危ねっ.....!!」



口調は慌ててても、幽助が目の前の蔵馬を危険な目に合わせるはずがなく。

落下してきた身体をスッポリと腕の中に収めた。




「マジ....アホか!!!!」



あまりにも無鉄砲な恋人に思わず荒げた声も、ギュッとしがみつかれてはすぐにトーンダウンしてしまう。



「幽助ぇ......」



重なった嫌な出来事も、
訳の分からなかった孤独感も、



幽助の腕の中で全て消え去ったのを感じた。

ゆっくりと重なり合う2つのシルエット。



見上げた月からは幻影を奏でる妖艶な光は消え、満天の星達と共に柔らかな光を投げかけていた。


fin.                                    


あとがき

月って人を惑わす魔力があると思います。
あまりにも綺麗だと吸い込まれそうになりますもんね。

蔵馬ちゃんは何だかんだと幽助に逢いたかったんですね★
シリアステイスト目指したのに、結局甘くなった(汗)


2012.10.3 咲坂 翠   

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