玉虫色の章
□【Daydream FOX】
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(ん......頭がガンガンする.......)
珍しく最悪な目覚めの朝だった。
鉛のように重たい体と、頭の中で反響する不協和音。
寝返りをうつことすら億劫な程の倦怠感。
(昨日は飲みすぎちゃったからな.......)
取引先企業の接待。本来なら社長である養父が行くはずだったのだが、体調不良の為急遽代理で行くことになり。
相手の社長に進められるままに、苦手なアルコールを無理矢理口にして。
断れないまま店を梯子して、帰宅したのは確か.......
思い出そうにも記憶に膜が張っている上に、軽い耳鳴りが邪魔をして思い出せない。
「ん〜っっ........」
何とか寝返りを打ち、仰向けから横向きに姿勢を変えた蔵馬の鼻先をフワフワした感触が擽った。
それはそれは気持ちの良い擽ったさで。
(何だろう......フワフワしてる)
心地よい感触にウトウトしそうになる。
そう、それはまるでフサフサの毛並みのようで......
(毛並み.......うち動物いなかったよね......)
半分寝ぼけた意識の中で自問自答を繰り返す。
考えている間もフワフワの毛並みは顔を擽り続け、ムズムズする感覚に耐え切れなくなり、思わず手で払いのけた。
一瞬ピタっと止まった動き。
次の瞬間、フワフワだった動きはその様相を変え、パタパタと叩きつけるような動きに変化した。
まるで払いのけた事への仕返しとばかりに。
しばらく目を瞑っていたのも限界、思わず苛立ちの声が出た。
「も〜っっ!!!鬱陶しい〜っっ!!!!」
布団を撥ね退け、腕を支えに上半身を起こした状態でなぜか固まってしまった。
大きく見開かれた翡翠の瞳に映ったのは、あまりにも非日常的な光景。
たった今覚醒しているのが、まだ夢の中の出来事だと思ってしまう程。
だって目の前にいたのは........
ピンッとたった耳と、さらさらと流れる銀一色の髪色。
そしてフサフサの尻尾。
さも面白そうにニヤニヤと笑いながら蔵馬を見つめる金色の瞳。
石化してしまったような蔵馬の頬を毛並み豊かな尻尾がペシっとはたいた。
「おいおい、いつまで呆けてるんだ?」
お〜い、とばかりにペシペシとはたいてみても未だ蔵馬は固まったまま。
しばらく好き勝手に尻尾を遊ばせていると、ようやく開いた口から出てきたのは尤も過ぎる疑問。
「何で......妖狐が........?」
「さあな。何でかな。まあ、そんなんどうだっていいだろ?別に不都合がある訳でもないだろうし」
事も無げに言いのける妖狐とは対称的に、蔵馬は相変わらずボ〜っとしたまま。
未だに夢の世界に立っているのではないか?と現実が信じられない様子。
酔いなんて一気に醒めてしまった。
「ちょっと......シャワー浴びてくる....」
すっきりしない頭では冷静な判断が出来ないと、フラフラとバスルームに向かった。
冷たいシャワーを浴び、ようやく完全に覚醒したのか、さっきよりは格段冷静になった頭はすでに現状を受け入れ始めていた。
濡れた髪をゴシゴシ擦りながら、クルクル揺れる翡翠が不思議そうに妖狐を見つめる。
「何か変な感じがするけど......確かにこうなったもんは仕方ないですね」
現状をグダグダ悩むよりは、それを打破する方法を考える方が先。
切り替えの早さはさすがというべきか。
妖狐と反対側のベッドサイドに腰かけ、さてどうしたものかと思案に入る。
顔や肩にピタっと張り付く髪の毛に一瞬顔をしかめ、クルリと無造作に束ねると旋毛のあたりで軽く結わいあげた。
くっきりと顔を出した白い項。
滴り落ちる水滴が首を伝い、背中に流れてく。
それは妖狐ですらも息を飲んでしまう程の、何とも扇情的な光景----
(憑依した自分で言うのも何だが、上玉だな、これは)
チラリと蔵馬の上から下まで視線を流し観察してみる。
透明感溢れる大きな翡翠の瞳。
小顔にチョコンとのった桜色の可愛らしい唇。
透き通るように白い肌。
長めのTシャツから伸びるすらりとした手足。
太腿ギリギリの丈が何ともいえない欲情をそそる。
自分で自分に発情するのもどうかと思ったが、其れほどまでに艶かしい姿。
どう見ても、絵に描いたように襲って下さい雰囲気を醸し出してるのに、当の本人は妖狐の視線に気付く事なく、何やら考え込んでる様子。
(こいつ.....天然なのか?)
確かめてみるかと、細い顎に手をかけ、クイっと方向転換させた。
金の瞳に映るのはキョトンとした無防備な瞳。
「お前さ。もしかして誘ってる?」