玉虫色の章

□【Timeless sleep〜桜の花びら、いつか〜】
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春の風に乗ってフワリと舞い上がる1枚の桜の花弁。

しばらくフワフワと空中を漂い、鮮やかな色彩を放つ髪の毛にピタッと着地した。

白い指先が薄桃色の花弁をつまみ上げフッと息を吹きかける。

もう一度舞い踊った花びらが、ゆっくりと地上に落ちていった。

フイに吹きぬけた強い風。

大きな枝一面を覆う桃色の桜景色から、無数の花弁が宙をクルクルと舞い踊る。

やがて一ヶ所に集まり始めた小さな花弁達が、広げた掌の上にヒラヒラと落ちてきた。


「お前は本当に桜が似合うな」


背後から聞こえた声に振り向いたのは、どんな宝石よりも美しさを放つ翡翠の原石。

そこに居た人物を捉えた瞳が輝き始める。


「飛影....」


口にしたのは翡翠の輝きを最大に引き出す事の出来るただ一人の名前。

桜の花弁にも似た唇が嬉しそうに綻んだ。

隣に移動してきた恋人にフワリと微笑を向けた後、花開く桜の木を見上げる。


「桜っていつ見ても綺麗ですよね」


お前の方がよっぽど綺麗だと思うが-----


口にしかけた言葉を慌てて飲み込んだ。

そんな言葉がすんなり出てきそうな程、隣にある横顔に見惚れてしまっているのに気付く。

こいつには春がよく似合う。

元々が植物のクエストだからか、蔵馬を取り巻く環境には花が欠かせない。

四季を通していつも花や植物が溢れてる。

それが顕著に現れるのが今の季節。

愛らしい薄桃色の花吹雪に囲まれて佇む姿は、暖かい春の訪れを喜ぶ新芽と同調するように可憐に咲き誇る薔薇。

この世の何よりも美しい.....


「綺麗だけど、もうすぐ散っちゃうんですよね。また来年まで見納めかぁ.....」


可憐に咲き誇る花もいつかは散りゆく。

ハラハラと舞い落ちる桜の花弁。全てが散れば次に訪れる春までは静かに咲くのを待つだけ。

次の春までは.......

美しさと儚さと。まるで隣にいる存在と同じ。

フイに突風が吹き抜け、地面に敷き詰められた桜の絨毯を舞い上げる。

風に吹かれた大量の花弁が、枝から離れ視界を桜色一色に染め上げた。


「あ〜...桜が....」


風に煽られてどんどん散っていく光景を見て、哀しそうな声が零れる。

蔵馬の身を包むようにフワフワと浮かぶのは、儚く散っていく花びら。

なぜか花吹雪の中に蔵馬が吸い込まれていきそうな気がして......

思わず掴んだ腕を思い切り引き寄せた。

バランスを崩し倒れかけてきた身体をフワリと受け止め、そのままゆっくりと地面に押し倒す。


「えっっ、ちょっと飛影??急にな......」


覆い被さるように、何かを言いかけた唇を強引に塞ぎにかかった。

突然の口付けに驚き一瞬だけ強張った身体から、すぐに力が抜けていく。


「んふっ.....んっっ......」


口内を掻き混ぜる熱に大人しく身を委ね、空中に散らばるは甘い吐息。

その吐息すらも閉じ込めるように、深く激しく唇を重ね続けた。


「ふっっ.....んっ、んンンっっっ.....ツツツ」


さすがに息苦しくなり微かに首を振り限界を伝えると、ようやく熱から解放された。


「もう...急にどうしちゃったんですか?」


「いや.....何でもない」


見下ろす緋色の瞳には優しい色が滲んでるのに、どこか曇りが見えて。

軽く身を起こし、チョンッと飛影の口元に唇を押し当てた。


「うそ。“何かある”って顔してるじゃないですか。俺には.....言えない事ですか?」


心配してるのに、それ以上の不安の色を滲ませる翡翠の瞳と声。


お前は.....どうしてこうも.....


「何だかお前が桜の中に吸い込まれそうな気がしてな.....」


目の前に確かに在る存在を前にして、何をバカらしい事。

溜め息で流した自嘲気味な笑い。

フワッとしなやかな腕と、陽だまりのような微笑が絡み付いてきた。


「そんな心配しないでも、俺は飛影の前から消えたりはしませんよ。もし貴方が俺の事を忘れてしまうような事があったとしても、ずっと貴方の傍にいる」


「俺がお前を忘れる事があるか」


「もう!!ただの例えですって。飛影に忘れられるなんて思ってもいませんよ!!」


「....ややこしい例えを出すな、バカ狐が」


「あ〜、酷〜い。飛影が何だか不安そうな顔して“お前が吸い込まれそう”なんて言うから....」


「分かった、分かった」


「分かったって....もう〜っっ!!何で貴方はそう天邪鬼....」


「いつまでも煩い子狐だな。少しは黙れ」


ポンポンと飛び出してくる文句を塞いだのは、少し強引なKISS。

熱を帯び始めた口内から全身に火照りが広がっていく。

再び蕩けるような口付けを落とされたら、全身が甘い余韻に溶けていきそうで。


「飛影ぇ.......」


「何だ?」


シレっと返されたすっとぼけた返事。

分かってるクセに、いつもそうやって意地悪ばっかり......


「バカ.....ちゃんと責任とって下さい」


「いくらでもとってやるよ」


見上げる潤んだ瞳。

激しい口付けに上がり気味の息遣い。

上気した頬。

薔薇の誘惑に誘われるまま身を沈めた。


「やっ....あんッッ.....はっ...あっ.....」


魅惑の唇が紡ぎ出すのは、鼓膜を擽る程に甘い吐息と.....


「飛...ェ...ふぁ....ァ....ッッ」


呼ばれる程に美しき狐を独り占めしてるような錯覚に陥る.....己の名前。

それは錯覚なんかじゃなくて、本当に独り占めしてるのだと実感するのに大して時間はかからない。

与えられる愛撫を全身で感じ取り、妖艶な仕草で受け止める。

純白で無垢な子狐が己の前でだけ見せる性の悦び。

恥じらいを見せながらも従順にさらけ出すのは、汚れなき天使のような身。

どんなに抱こうとも、何百年何千年交わろうとも、目の前の恋人に飽きる事はない。

何があってもこの腕の中から手放す気はない。

何よりも大切な一輪の薔薇。


「ふ....うゥん....んっっ....はぁっっ....飛影ぇ......」


甘えるような声に絹肌に埋めていた顔をあげた。

目の前をヒラリと横切った一枚の桜の花弁。


満開に咲き乱れる桜は春を謳歌して、やがて儚く散っていく。

次に花咲くその季節までしばしの別れを惜しむかのように、最後まで美しき花弁を舞い躍らせながら-------


----ずっと貴方の傍にいる----


その言葉を聞いても尚、拭い去れぬ不安。

振り切るように、己の所有の印を刻み込んだ。

どこにも行かぬように、抱きしめた温もりが消えてしまわぬように.......




なぁ蔵馬。

お前の温もりが、俺を呼ぶ嬉しそうな声が、本当に消えてしまうって誰が想像できたか?


---飛影、飛影....大好き...----


その言葉が聞けなくなるなんて誰が......
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