リクエスト&拍手御礼の部屋

□【Troublesome Travelling】
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---温泉旅行でも連れてってやるかな---


目まぐるしく毎日が過ぎていく日々から少しだけ抜け出して、たまにはゆったりとした一日を過ごそう......

そんな計画を立てようと思ったのは、残業続きで最近めっきりお疲れモードに突入してるらしき最愛の恋人の為。

いつもなら、多少の疲れがあってもニコニコと隣で笑ってくれるのに、笑顔に少しの浮き沈みが見える。

一緒にいる時はフンワリと柔らかい微笑を見せてくれるけど......

その微笑みがフッと真顔になる瞬間。

室内の空気に溶け込んでいった無意識の溜め息。


「蔵馬?」


「ん?な〜に?」


日頃はあまり見せない溜め息が心配になって横から覗き込んだ瞳に、蓄積した疲労が滲んでた。


「蔵馬、おめぇ疲れてっだろ?」


「そんな事ないよ?」


"大丈夫だよ"とでも言いたげに向けられた笑顔。

完璧なる微笑みに、そこいらの男ならコロっと取り込まれて"疲れてる"のサインを見逃してしまうんだろうけど。

幽助だけには僅かな表情の曇りを見抜かれてしまう。

ジッと見つめられる事数秒。

ペチっと音がして額で弾けた小さな痛み。


「幽助??何するの〜??」


デコピンされ、ほんの少しヒリヒリするおでこを擦りながら、恨めしそうに見つめる視線が溜め息でかわされた。


「あんな〜蔵馬......そ〜んな嘘っぱちの笑顔で俺が騙されるとでも思ってる?」


「騙すって....別に騙してなんか.....」


「へ〜、じゃあ質問変更。そんな疲れた笑顔で“大丈夫だよ”って言われて俺が納得すると思う?」


「.....疲れてるように見える?」



「見える?っていうか、実際疲れてんだろ?まっ、普通の奴は気づかねーけどな。俺には分かんの!」


隣に座る蔵馬の肩を引き寄せ、デコピンで弾いた痕がほんのりと紅く残る額に軽く口付けると、素直に身を委ねてきた。


「企画がね....なかなか思う通りに進まなくて」


仕事上の愚痴なんて今まで一度も零した事はなかった。

会話の中に持ち込んで、気持ちの良い話でもないし。

特に二人でいる時間は。

そんな愚痴をポロリと落としてしまったのは、自分でも抑える限界まで貯めてしまった疲れとストレスのせいと.....


---俺には分かんの!!---


隠そうとしてきた全てを見抜いてしまう程に、ちゃんと意識を向けてくれる幽助に甘えてしまったせい。


「そっか....でも、もう一踏ん張りなんだろ?」


「うん。あと少し頑張れば何とか目処はたちそうなんだけどね」


緊張の糸が緩み、甘えモードのスイッチが入ったのか、幽助の膝の上に頭をのせゴロゴロと猫よろしくすり寄ってくる。


「頑張れよ。でも無理は禁物だかんな」


髪をとき梳かしてくれる手つきから伝わる優しさと、言葉にしてくれた励ましと。

たった一言の短い言葉なのに、その一言だけで疲れやストレスが洗い流される気がして。


「うん。ありがとう、幽助」


優しさの増した手つきに撫でられるまま身を任せてると、ポンポンっと頭を叩かれ“頭を上げて”と促された。

中断された心地良さに軽く口を尖らせながら起き上がる。


「ホットミルクでも作ってきてやろうか?甘ったる〜いやつ。飲む?」


「.....飲む....」


尖らせてた口元がプシュッと引っ込んだ。


「ハチミツ一杯入れてね」


「分かったよ。ちょっと待ってな」


台所で手馴れた手つきで作るホットミルクの中には、笑える位に甘党の恋人の為にたっぷりと入れる蜂蜜。

普段からも“ここまで入れるか???”とツッコミたくなる量を入れるけど、今日はさらに1.5倍増しの量を投入する。


「ホットミルクじゃなくてホットハチミツだな」


真っ白なカップから立ち昇る湯気に混ざる甘ったるい香りが空中に溶け込んでいく。


「蔵馬。出来たぞ........って...マジ?」


マグカップ片手に部屋に戻ってきた幽助の顔に広がった驚きの表情がすぐに苦笑いに変わった。

台所にいた時間はほんの数分。

数分前には甘えるような瞳がホットミルクの完成を待ちわびてたはずなのに。

2人がけのソファーを独占するように身を横たわらせ、ソファー越しに見えた肩が小さく上下してた。

背もたれの後ろから覗き込むと、煌く碧の宝石は閉じられた瞼の奥に引っ込み、桜色の口元からスヤスヤと小さな寝息が零れる。


「相当疲れが溜まってんだな」


ベッドまで運ぼうとしたけど、僅かな時間で余りにもぐっすりと熟睡してしまってるのを見たら、睡眠を妨げるのは可哀想な気がしてきて。

温もりを腕の中に閉じ込められないのは残念だけど。


----なかなか思う通りに進まなくて-----


蔵馬の口からは滅多に聞かされる事のない仕事に対する愚痴。

“頑張れよ”なんて励ましぐらいなら誰でも出来る。

誰でも出来る事をしたって恋人としては意味がない。

仕事が落ち着いたらゆったりと過ごせる時間を作ろう。


「マジ....無理すんじゃねぇぞ」


愛らしい寝顔を隠すように無造作に流れる髪を梳きすかし、滑らかな頬に指先を滑らせてたら、眠ってるはずの蔵馬が手の平を重ねてきた。

キュッと指を絡ませ、握り締めた幽助の手を口元に寄せるとフッと小さな微笑を浮べる。

引き寄せた温もりに安心しきったように、寝息が深くなった。


「お〜い.....俺に一晩中このままの体勢でいろってか?」


呆れたような瞳もすぐに愛おしそうに恋人を見つめる優しい眼差しに変わる。

どうせそのうち物足りなさを感じて、包み込まれる温もりを求めてくるはずだから。

それまでは-----

静かな寝息だけが聞こえる部屋で、無邪気な寝顔を飽きずに見つめていた。



***********************



「幽助、ほら見て。畑ばっかりだよ〜!!ホント田舎に来ちゃったね」


電車に揺られる事約2時間。

人気の少ない小さな駅のホームに降り立ち、人当たりのいい駅員さんと言葉を交わして改札口から出ると、目の前に広がるのはのどかな田舎の田園風景。

都会ではお目にかかることのない昔なつかしの案山子が、番犬よろしく畑を守っている。

舗装されていない砂利道をゆっくりと走るトラクター。

自然に囲まれ新鮮な空気が漂うこの場所では、時間も穏かに流れているようだった。


「2人で温泉旅行なんて初めてだね」


嬉しそうに向けてくる笑顔には陰りも疲れの色も滲んでない。


--泊まりがけで出かけようぜ--


ようやく蔵馬の仕事が一段落した頃。

頑張ったご褒美にとサプライズで用意したプチ旅行。

思いもよらない贈り物に、満開の笑顔が飛びついてきた。

今隣で見つめてくるのは、その時と同じ瞳の輝き。

本当に喜んでくれてる、それだけで旅行を計画して良かったと思う。


「あっ!ちょうどバス来たよ!」


山の中腹にある温泉宿への唯一の交通手段であるバスに乗り換え、グネグネと山道を走ること20分。


「すご〜い!何かお洒落な宿だね」


見えてきたのは、古民家風に造られてるのにモダン調の宿。

最近ちまたで大人気のその宿も、シーズンを外してるせいかそこまで混雑はしていない。

洒落た外観を見ただけで、はしゃぐ蔵馬の興奮が最高潮に達したのは部屋に入った瞬間。

これぞ温泉旅館!!と言える和室から届くい草の香りが鼻を掠める。

広々とした室内はゆったりとした空間が広がり、それだけでも癒しのひと時が用意されてるのに。

何と言っても一番の目玉は......


「あ〜っっ!!凄いよ、幽助!!海が見えるよ!!」


見晴らしのいい窓から見えたのは、視界一杯に広がる青い海。

晴天で輝く太陽から降り注ぐ光が、白い波に反射してキラキラと輝く。

絵画を切り取ったような光景に、輝く海以上に美しい宝石が瞳の中で煌いた。

眼下を一望できるベランダの手すりから身を乗り出したまま、まるで風景の一部に溶け込んだように、蔵馬の周囲だけ時間が止まった様な錯覚を受ける。

ピクリとも動かないのは、呼吸すら忘れたかのように眼前の光景に見惚れているから。

繁忙期には予約困難と言われてる、宿一番のいわゆるスイートルームが取れたのもシーズンオフの今だからこそ。

宿で一番高い部屋なんて、正直かなり背伸びしたけど.......


「可愛らしい奥様ですね」


完全に新婚の夫婦と誤解してる女将さんの一言に、幽助のテンションも最高に上がってくる。

丁寧な挨拶を残し女将さんが出て行ったあと、未だに海に釘付け状態の蔵馬の意識のベクトルを己に向けるべく後ろから抱きすくめた。


「気に入った?」


「うん....宿も部屋もすっごく素敵。海も綺麗だし」


「夜景は多分いまいちだろうけどな」


「そう?こんな自然の中なら星が綺麗に見えるだろうし....十分だよ」


「なら良かった。で、どうする?来て早々だけど温泉つかる?」


「ん〜.....せっかくこれだけの自然に囲まれてるんだから少し散歩したいかも.....ダメ?」


「じゃぁ、夕飯までその辺をぶらつくか?温泉は後でゆっくり入ればいいし」


「うん!!幽助、ありがとう」


嬉しそうにギュ〜ッと抱きつかれ、幽助の顔に赤味が走る。

のんびりと心身の休息に訪れた山中の温泉宿。

身体を休める.....今の状態の蔵馬を見てそれが出来るか正直自信はなかったけど。
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