黒龍の章〜飛影×蔵馬〜
□【ジェラシー!ジェラシー!】
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フワフワと浮かぶ綿菓子みたいな雲に包まれて、心地の良い揺れの中で瞳を閉じる。
ふかふかの布団よりも気持ちのいい感触が誘う深い眠り。
微かに残る身体の火照りと爽やかな疲れが、幸せな夢の中に閉じ込められていく。
一点の曇りもない真っ白な景色に溶け込んでいく意識。
夢と現の狭間を行き来している今が何だかとても気持ちいい。
トクトクと規則正しく脈打つ音....どこか遠くで聞える音が、耳の奥で鼓膜を震わせる。
深く息を吸い込むと、胸いっぱいに広がるのは安心出来る匂い。
フワフワの雲に乗って風まかせに流されていく身体を、はぐれないように誰かがしっかりと抱きしめてくれている。
フッと身体の力を全て抜いて、暖かい腕にその身を委ねた。
このまま朝までこの幸せな時間から目覚めませんように------
眠りの深淵から手招きする睡魔に吸い寄せられるまま、ス〜っと眠りに落ちていく。
もう少し....もう少しで夢の中に入り込みそうなのに。
閉じた瞼の上を、何かがサラサラと掠めていく感触が安眠を妨げる。
せっかく気持ちよく寝ようとしてるのに......
「ん〜.....なぁに.....?」
億劫そうに持ち上げた腕で顔にかかる何かを振り払おうとしたら、意思に反してその腕がゆっくりと元の位置に戻された。
肌で感じる優しい空気の揺らめきが、小さく弾けた温もりとなって落ちてくる。
再び瞼の上を掠めていく音が、サラサラと聞えてきた。
安眠を妨げていたはずのそれが、くすぐったいような心地良さへと変わる。
何だろう.....
ピッタリとくっ付いていた瞼をソッと剥がしゆっくりと目を開けると、真っ白な世界に広がったのは燃えるように鮮やかな緋色。
「ん〜...」
半分寝ぼけまなこでゴシゴシっと目をこすっていると、少しずつ思考がクリアになっていく。
「飛影ぇ....?」
「すまん...起してしまったか?」
優しく頭を撫でられながら囁かれた低い声に、小さく首が振られた。
「ううん...飛影は寝てなかったんですか....?」
「...あぁ....」
「....どうかしたの?」
ほんの少しだけ躊躇いがちな返事が気になって問いかけると、いかにもというように逸らされた瞳。
「飛影?」
持ち上げようとした頭が白い包帯で覆われた右腕に抱き込まれ、厚い胸板にトンっと押し当てられた。
触れ合った肌から感じる高めあった熱の残り。
とろけるように甘い時間を思い出したのか、桃色の恥じらいが蔵馬の頬を薄っすらと染め上げる。
目を閉じてトクトクと脈打つ胸の鼓動をウットリと聞いていると、頬にかかる髪がクルクルっと巻き取られた。
「ん?な〜に?」
「....いや...お前の髪は綺麗だと思ってな」
「えっ....?」
思いもよらなかった言葉に、翡翠の瞳がキョトンっと丸くなる。
飛影の指先に絡み取られた一房の髪の毛。
ジ〜っと蔵馬が見つめる先で......紅い髪の波間に小さな口付けが落とされた。
「....ツツツ//////」
直接触れたわけじゃないのに、まるで本当にKISSされたような甘い感覚が胸いっぱいに広がる。
色付き始めた春の花びらのように薄い桃色に染まってた頬が、色濃く真っ赤に変わった。
掬い取られた髪が指の間から零れ落ち、朱く染まったままの頬にかかる。
くすぐったさに小さく竦めた首。
それは眠りの淵で感じたものと同じ感触。
飛影もしかしてずっと......
悪戯に髪の毛を遊ばせていた指先が紅色の頬を優しくなぞりあげ、押し当てられた柔らかな熱が小さく弾けた。
「起して悪かったな」
抱き込まれた頭の上を何度も往復する掌から伝わるリズムが、夢の世界の扉を開き始める。
サラサラと梳きすかされた髪の毛が肌に触れる感触すら心地良さに変わり、ゆっくりと瞳を閉じた。
程なくして、完全に寝入った蔵馬の口から聞えてきた安らかな寝息。
愛しそうに見つめる紅い瞳の中で、暖かな色合いの炎がユラリと揺れる。
もう一度指先に絡ませた一房の髪に口付けた後....無防備な子狐の身体を包み込むように抱きしめ直し、飛影もまたしばしの眠りに身を委ねた。
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「幽助、まだ大丈夫?」
柔らかい声に揺れた赤暖簾の奥から、チョコンっと遠慮がちに覗く顔。
「蔵馬?珍しいな、こんな遅くに。もう0時まわってっぞ」
「うん....ちょっと仕事に手間取っちゃって」
どっと押し寄せていた客足の波が途切れ、ようやくゆったりとした時間が訪れた屋台。
「もしかして....今日は店じまいしちゃうトコだった?」
誰もいない屋台を見回した蔵馬の顔に申し分けなさそうな影が浮かぶ。
「ん?あ〜、さっきまでバっタバタ。今やっとこさ落ちついたとこ」
「そうなんだ(^^)」
“良かった〜”とホッとしたように暖簾をくぐる顔。
蒸し暑い夏の夜。
グツグツと鍋の中で温められるスープの熱気が暑さに輪をかける屋台の中に、爽やかな空気を運んでくれる......
「え〜と....何にしようかなぁ...」
人指し指をチョンっと口元に沿え、“ん〜?”と悩む姿はいつ見ても可愛いと思う。
そんな事を口にしたら、命がいくつあっても足りねぇんだけどな。
どこで見られてるか分かんねぇし。
条件反射のようにキョロキョロと周囲を警戒してると、注文が決まったのか目の前でニッコリと笑顔が弾けた。
「美味しい醤油ラーメンをお願いします(*^_^*)」
「了〜解。特別に超〜うまいラーメン作ってやるよ」
「ほんとに?」
ニコニコと嬉しそうに待つ笑顔に、思わずドキっと心臓が高鳴る。
いかん、いかん。ここで誘惑に負けたらあとがこえ〜よ(-_-;)
蔵馬の背後になぜかチラついて見える黒い影。
ブルブルっと首を振り、頭の中から可憐な微笑を追い払った。
一切の雑念を消し去ろうと、注文の品を仕上げにかかる。
あっさりベースのスープに麺を絡ませれば、食欲をそそる匂いが狭いスペースに充満し始める。
彩りを添えるはずの刻み葱とメンマの代わりに、少し多めのモヤシとチャーシューをトッピングすれば、好き嫌いの激しい来店客を喜ばせるスペシャルラーメンの出来上がり。
「あ〜、美味しそう〜★」
椅子から少し腰を浮かせて、カウンター越しに幽助の手元を覗き込む顔には満面の笑顔。
追い払ったはずの雑念がムクムクと湧き上がる。
“ほい”っと腕を伸ばして差し出したどんぶり。
待ち構えている笑顔にほんの一瞬奪われた意識が、僅かに手元を狂わせた。
斜めに傾いたどんぶりから飛び出した熱々のスープが、同じように手を伸ばして受取ろうとしていた蔵馬の指にパシャっとかかる。
「あつツツツツ......」
パッと引っ込ませた指が、小さく開いた口にあてられる。
「わっ、蔵馬!!大丈夫か?」
「そんなに慌てないでも大丈夫だよ。ちょっとかかっただけだし、これくらい....」
「これくらいじゃねぇって!!」
ほんの少しといえど熱湯で火傷したのと同じ。
慌てて蔵馬の手首を掴み立ち上がらせると、一直線に近くの水道へと走った。
蛇口を思い切り捻り、飛び出してきた水の中に白い指をくぐらせる。
「冷やせば痕にはなんねぇと思うから」
「幽助....本当に大丈夫だから...そんなに心配しないで」
いやいや。心配もするだろ?
俺の不注意でおめぇに怪我させるとか、一番やっちゃいけねぇ事じゃん。
それにこんなのがあいつにバレたら....
(マジ殺されるわ......)
ゾゾ〜っと背筋に凍りつくような冷たさが走り抜ける。
「...おい、幽助。貴様そんな所で蔵馬に何してる?」
突然背後から聞こえてきた声。
この状況で一番聞きたくなかった声に、タラリと冷や汗が流れ落ちた。