黒龍の章〜飛影×蔵馬〜
□【ALL For you】
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久しぶりに取れた休暇。
数週間ぶりに訪れた人間界で、待ちわびてる子狐に逢うべく真先に向かったマンション。
開け放たれた窓の向こうで、淡いブルーのカーテンが軽やかに波打つ。
トンっと窓枠に降り立ち、揺れるカーテンを手で押しのけた瞬間、視界一杯に広がった色鮮やかな深紅の景色。
フワリと香った花の蜜が鼻腔を擽るよりも早く、回された細い両腕がギュッとしがみついてきた。
「飛影....逢いたかった...」
「悪かったな。なかなか訪ねてやれなくて」
「ううん....大丈夫だよ。ちゃんと逢えたから...大丈夫」
スリスリと頬を寄せ幸せそうに微笑む姿を見つめる瞳の中で、緋色の炎が優しく揺らめく。
(相変わらず強がりのバカ狐が....)
---大丈夫だよ---
遠い距離を越えてくる恋人への遠慮と、逢えなかった寂しさを誤魔化す為-----口にしたのは想いと裏腹な言葉だって容易く分かる。
それを指摘して“もう少し素直になれ”と言ってやりたいが。
「飛影......」
甘えるような声で、触れ合う温もりをねだられたら.....
ソッと触れた唇が艶やかに潤い、仄かに色付いた頬が嬉しそうに蕩け出す。
重なり合った温もりを閉じ込めるように、ゆっくりと口付けを交わした。
「ん.....っっ...」
零れ落ちた小さな吐息にもう一度蓋を被せ、少しだけ熱い熱をかき混ぜる。
ゆっくりと唇を離せば、見上げてくるのはウットリと潤んだ瞳。
流れる至福の時を閉じ込めるように愛しい子狐を、しっかりと抱きしめた。
「ねぇ..飛影。少し...出かけませんか?」
触れた唇の温もりを、白い雪肌に伝えようと落としかけた身が掌で押しとどめられる。
「出かけるって...今からか?」
「ええ。だって飛影と昼間出かける事って滅多にないじゃないですか....だから...ね?」
確かにこの部屋を訪れるのは、きまって夜の闇が全てを包み込んでから。
フと窓の外を見れば、柔らかな日差しがカーテンをすり抜け室内を優しく照らす。
「そうだな。たまには太陽を拝むのも悪くない」
再び戻した視線が.....弾けるように輝く笑顔とぶつかった。
「お前は......いい加減その甘い物好きはどうにかならんのか?」
「ならないです。だって甘い物好きですもん♪」
呆れを通り越した溜め息なんてなんのその。キラキラと瞳を輝かせながら蔵馬が魅入る先にあるもの。
色とりどりのラッピングに包まれた種類豊富なチョコレートの数々。
駅前のロータリーに出来た特設会場には、有名店のちょっと高級な物からお手頃価格のものまでズラリとチョコレートが並ぶ。
バレンタインデーを直近に控え、正にチョコレート商戦真っ最中。
惜しげもなく出された試食品に女子高生らしき集団が群がる。
思い思いの品を手に取っては、“可愛い〜”だの“美味しそう〜”だの黄色い声で会話を交わす。
ただでさえ嫌いな人混みに加えて、キンキンと行きかう耳障りな声。
これ以上にない不機嫌オーラを溜め込み、飛影の苛々ゲージは限界を振り切りそうなのだけど....
嬉しそうな笑顔で会場を見て回る恋人を前にしては、怒るに怒れない。
その場の空気に溶け込み無邪気にはしゃぐ姿と.....キュッと繋がれたままの手。
“離れないで......”
無言のおねだりを撥ね付けるなんて出来るはずもなく。
それに......
「これ美味しそう★自分用に買っちゃおうかな〜」
「何だ?お前はバレンタインにチョコでも欲しいのか?」
「ち....違いますよ!!美味しそうだから普通に自分が食べたいだけです!!」
もう!!っと一睨みしてきた愛らしい瞳は、すぐにチョコレートへと戻される。
「飛影には.....ちゃんと俺が作りますから....」
小さな声で呟かれた言葉に、飛影の口からフッと溜め息が零れた。
「14日だったな。ちゃんと逢いに来る」
「え......?」
ワザワザこんな甘ったるい場所に連れてきたのは、今一つ素直な本音を口にしない意固地なこいつなりのアピール。
---バレンタインは一緒にいたい....---
「だから、余計な気をまわすな」
言葉にしない心の内は、はっきりとした“約束”として蔵馬へと届く。
「......はい....//////」
今日一番の微笑が花開き、繋がれた手にキュッと微かな力が込められた。
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「なぁ、蔵馬。おめぇ何かあったんじゃね?」
ここ数日続くスッキリしない天気のせいで、珍しく閑散とした屋台。
チラチラと舞う雪の中、早々と片付けを始めた矢先に“いい?”と暖簾を掻き分けて覗かせた顔。
作ってやったラーメンを美味しそうにすする姿は、いつもの蔵馬なんだけど......
いつもより元気のない笑顔と無意識のうちに零れ落ちる小さな溜め息。
「え?別に....何もないよ?何で?」
何もないねぇ.....
つうか何かあったようにしか見えねぇんだけどな。
フ〜っと息を吐き出し片付けの手を休める。
カウンター越しに身を乗り出し、嫌いな葱を丼の中にドッサリと投げ入れた。
「あ〜!!!ちょっと、幽助!!!何で葱入れちゃうの!!??」
「あ〜、悪ぃ悪ぃ。手が滑っちまって♪」
「ウソ!!絶対ワザとでしょ????」
「あぁ、ワザと。新しく作りなおしてやってもいいんだぜ〜。おめぇが落ち込んでる原因を俺に素直に白状したらな」
プゥっと頬っぺたを丸く膨らませ、ブーブー連ねていた文句がピタリと止まる。
「だから....別に何もないって...」
「ま〜だ言ってる。あんなぁ、おめぇの周りにメッチャ沈んだオーラが漂ってるんですけど〜?」
「そんな事...ない...」
フッと逸らされた瞳の中で、黒い影がユラユラと揺れていた。
蔵馬の心を沈ませてる要因が何か、あまりにも分かりやすい反応。
「飛影と何かあったのか?」
その名前に反応した肩がピクンッと跳ね、俯いてた顔が持ち上がる。
観念したように一つ小さく深呼吸をした蔵馬の口から、ポツリポツリと言葉が溢れてきた。
「明日バレンタインでしょ?飛影....逢いに来てくれるって言ってたのに....」
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---14日は逢いにくる---
はっきりと言葉にしなくてもちゃんと伝わっていた心の内。
2月14日なんて一年365日を形成する1日に過ぎないけど、やっぱり特別な日だから一緒にいたい。
一緒に-----
「すまない蔵馬。どうしても手が放せないゴタゴタがあってな。約束を守れそうにない」
黒い使い魔が魔界から運んできたのは、気持を沈ませる伝言。
一瞬で翳った心の中に、哀しみの嵐が吹き荒れた。
「少し遅れてしまうが、そっちには必ず行く」
「大丈夫ですよ。逢いに来てくれたら....それだけで十分です」
言霊の中に何かを言いたげな飛影の顔が浮かんだけど、“気をつけて”と終了させた通信。
本当は十分なんかじゃなくて、少しも気持ちは満たされてなかったのに。
それでも「哀しみ」を「強がり」にすり替えた。
自分で“大丈夫”って言ったんだから。
零れてしまいそうな寂しさを無理に心の奥に押し込めて。
「おめぇさ....何でそこで強がっちゃうわけ?素直に“逢いたかったのに”ってむくれてやりゃぁ良かったじゃん」
話を聞き終えた幽助の口から、呆れと共に飛び出したのは尤もな正論。
仕事だから仕方ないとは言え、約束を破ったのは事実なんだから。
そう言い張っても文句は言われねぇだろ?
「そんな事.......出来ないよ...飛影がこっちに来るのだけでも大変な事だって知ってるでしょ?」
義務として課せられたパトロールの合間の僅かな休みに、ワザワザ果てしない距離を超えて来る事。
一時の逢瀬が終え、また同じ距離を戻っていく。
それがどんなに大変な事なのか......分かっているからこそ、自分の気持ち全てを正直には伝えちゃいけない。
何よりも効果的な解決策を、自らが閉ざしているのであれば尚更。
「“一緒に魔界に来い”って言ってくれたのに、“出来ない”って断ったのは俺の方なんだよ....それで飛影ばかりを責めたら...それは唯のワガママになっちゃうから」
「そんなもんかね?別におめぇがワガママ言ったところで、あいつは屁とも思わねぇって気がすんだけどな。あっ、悪い意味でじゃねぇよ?」
慰めの言葉を曖昧な微笑みで受け止める蔵馬を前に、幽助の言葉も詰まる。
「ありがとう.....ごめんね、せっかく食べに来たのに暗い空気にしちゃって。ちゃんと話したんだから、ラーメン作りなおしてくれるんでしょ?」
無理にでも取り繕うとする笑顔と、努めて明るく振舞おうとする態度。
ここは本音を引き出しても逆に辛い気持にさせるだけ.....
蔵馬が本心でないにしても自らを納得させてるのであれば、これ以上口を出すべき事じゃない。
“了解”と笑い返し、新たなラーメンを作り出した幽助が何かを思いついたようにフと手を止めた。