黒龍の章〜飛影×蔵馬〜
□【幸せはすぐ傍に】
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いつからだろう。
貴方を見てると心が逸るようになったのは。
仲間の誰よりも一緒にいる時間は長いはずなのに、なぜか遠くに感じる。
時々何かを言いたげにジッと見つめてくる紅い瞳。
映り込む感情を読み取ろうと思っても、決して見せてくれない心の中。
「どうしたの?」
「....別に」
掛けた言葉に返ってくるのはいつだって素っ気ない返事。
馴れ合いを嫌う人だって知ってるけど、あしらう様な返事をされる度に積もっていく切なさ。
----好き....なのかな.....-----
一緒にいると変に緊張してしまうのも、
気付いたら貴方の事を考えてる自分がいるのも、
きっと心が傾きかけている証拠なんだと思う。
徐々に心の中で面積を広げ始める想いは、初恋のような甘酸っぱさを彷彿とさせる。
そんな事、まるで恋愛初心者の女の子みたいだけど。
戸惑いの中膨らむ貴方への想い。
“好きかもしれない”は、いつの間にか“好き”に変わり始めてた........
柔らかい春風が頬を擽り、大地に根付いた新しい息吹きが芽生え始める季節。
太陽の光がポカポカと心地良い陽気の日差しとなり降り注ぐ。
春うららかな土曜の午後。
「悪かったな、南野。せっかくの土曜日なのにうちの弟の勉強につき合わせちゃって」
「気にしないでいいよ。どうせ暇だったし」
「お前が暇ってのもな。早く恋人ぐらい作れよ。お前だったら“彼女にしたい”なんて思ってる奴も沢山いると思うぞ?」
「彼女って........(-_-;)」
気にしてる事を冗談交じりで言われると、多少はムッとなる。
だけど今はそれよりも......
----早く恋人くらい作れよ----
“恋人”という言葉になぜか湧き上がった漆黒のイメージ。
想うだけで切なくて、苦しくて。
クラスメートと別れた後、一人何となしに川べりを歩いた。
土手一面に咲く小さなシロツメクサが、春風にそよいでいる。
可憐に咲く花に呼ばれているようで、青草の薫る土手に腰を下ろした。
(そういえば母さんがよく王冠とか作ってくれてたな......)
幼い頃から草花を愛でるのは大好きだった。
母と手を繋ぎながら散歩した帰り道。
摘み取ったシロツメクサを、一つ一つ編み込んだ花の冠。
"僕男の子なんだよ?そんなの恥ずかしいよ"
そう言ってしかめっ面をする俺の頭に、
"似合ってるからいいじゃない。可愛いわよ"
とポンと被せてくれた冠から伝わったのは、花の甘い蜜と擽ったいような母親の匂い。
男の子なのに....なんて恥ずかしさはあったけど、不思議と嫌な気はしなかった。
足元で揺れる白い花をちぎり、互い違いに編み込んでいく。
10分も経たずして出来上がった白い冠。
「意外と作れちゃうもんなんだ」
手元の作品をマジマジと見つめてた翡翠の宝石が、足元に咲く白い花の周囲を取り囲む緑に吸い寄せられた。
歪なハートが3枚重なったクローバー。
----恋人でも作ればいいのに-----
ハートに重なったイメージ。
恋人という言葉がチクリと胸を刺す。
もしも----
もしも願いが叶うなら.....
立ち上がりポンポンっと服についた草と土を払うと、お尻をつけないようにしゃがみ込み、クローバーの葉を一枚一枚覗き込んだ。
土手一面に生えるクローバーの中から何かを探すように。
白い指先が三つ葉の森をかき分けていく。
根が真面目なだけに夢中になると、そのものに全神経を集中してしまう。
「ん〜...ないな〜.....」
お目当てのモノはなかなか見つからない。
もしも、一つでも見つけられたら。
願いを掛けるぐらいは........
耳元をすり抜ける風に乗って、誰かの声が聞こえた気がしたけど、気のせいだろうと視線は地面に落としたまま。
「探し物か?」
すぐ近くで聞こえた声にパッと上げた顔。
目と鼻の先に見えた紅い色。
「えっ...ひ....飛影????っ....うわっっっ!!!!わわっっ....!!!!」
あまりにも間近でつき合わせた顔に、心臓が飛び跳ねた。
驚いた拍子に体の重心が後方に移動する。
中途半端な中腰体勢。
完全に足元に集中していた意識。
バランスが取れず、移動した重心の重さに耐えかねて後方に倒れかけた。
何とか受身をとろうと構えた身体が、フワリと空中で止まる。
背後に感じる妖気。
預けた背中に伝わる核の鼓動。
「お前は.....何一人で遊んでるんだ?」
目の前にいたはずの飛影がいつの間にか真後ろでバランスを崩した自分を支えていた。
「えっっ...あの....そのっっ.....」
「全くお前は。無警戒も大概にしとけ。もし俺がお前の命を狙う妖怪だったら、一瞬で殺せてたぞ?」
大きな溜め息に彩られた呆れ顔に見下ろされ、ギュッと胸が痛んだ。
「すみません......」
「別に謝る事じゃないだろ」
冷たく響く言葉にフッと視線を落とす。
探しモノが見つかったら、願いを掛けるだけでもなんて思ってたけど......
「で?何か探してたのか?」
「あっ......うん。ちょっと四つ葉のクローバーをね」
すぐに消えた背後の暖かさに気落ちした心がばれないように、顔は見ずに答えた。
「四つ葉のクローバー?」
何の事やらさっぱりといった表情の飛影の前に、プチッと引き抜いた一枚の三つ葉が差し出された。
「ほらこれ。クローバーって普通ならこうやって3枚の葉なんですけど、稀に4枚の葉っぱがついてるものがあるんですよ。滅多に見つからないんですけどね」
「そんなに珍しいモノなのか?」
「ん〜....大体10000分の一の確率みたいですから。この土手中探したら一つくらいは見つかるかもしれませんけど」
きっと見つけたところで何の意味も......
「で?なぜその滅多に見つからない四つ葉のクローバーとやらを探してるんだ?」
「笑わないで下さいね。それを見つけたら幸せが訪れるってジンクスがあるんですよ。願いが叶うって」
自分でもおかしいと思う。
こんな何の根拠もない伝説をあてにしてるなんて。
四つ葉のクローバーに願いを掛けたところで叶うはずもないのに。
「お前にも.....あるのか?叶えたい願いが」
フッと聞こえた声の方に視線を動かしたら、不思議そうな色を湛えた瞳が見下ろしてた。
何だか吸い込まれそうになって、慌てて顔を逸らす。
所在無く動く指がプチプチっと数枚のクローバーを引き千切っていく。
よく分からない感情が入り組んで、何だか泣きそうになった。
「あったんですけど.....もういいんです。よく考えたらこんなジンクスに頼るなんておかしいですしね」
願ったところで無意味な想いならなおさら.......
「さてと....俺はそろそろ帰ることにします」
“よいしょ”っと立ち上がり、土手の上に放りっぱなしだった鞄を拾い上げた。
「飛影......久しぶりに会った事ですし、良かったらうちに来ませんか?せっかくだからお茶ぐらいはご馳走しますよ」
フワリと向けられた笑顔に、一瞬だけ見せた戸惑い。
スッと視線が逸らされ、クルリと向けられた背。
「.....いい」
たった一言の素っ気ない返事。
いつもの事のなずなのに、氷のナイフを突き刺されたように胸が痛む。
「そう.....ですか。あっ....じゃあ、俺行きますね」
ジワリと瞼が熱くなり慌てて自分も背を向けた。
今度は返ってこなかった返事。
お互い背中合わせのまま、振り向く事なく歩き続けた。
春風にそよぐシロツメクサとクローバーで埋めつくされた土手をただ真っ直ぐに。
四枚の小葉は【希望】【誠実】【愛情】【幸運】を表してるっていうけど、何一つ当てはまらない。
例えここに咲くクローバー全てが四つ葉だったとしても、きっとこの想いが届く事なんてない。
小春日和の暖かな陽気も、愛らしく咲き誇る花達も、何もかもが色褪せて見えた。
家に帰っても何にもする気が起きなくて、ベッドにドサッと横たわる。
脳裏に浮かぶ紅い瞳と黒いシルエット。
追い出そうと頭を振っても消えないイメージ。
「望みのない恋か.......」
こんな事で悩むなんて何て女々しいんだろう........
瞼を覆った両腕に冷たく滲む感触。
「女の子じゃないんだから....これぐらいで泣くなんて....変だよ...ね....」
言ってる矢先から次々と流れ出す涙。
もう止まらなかった。
ただ泣き続けた。
涙が枯れるまで流しきれば、きっとこの想いも流しされる。
そう思った.....