黒龍の章〜飛影×蔵馬〜

□【恋人はサンタクロース】
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クリスマスは恋人達の年に一度の一大イベント。

誰がそんな事を決めたんだろう?

幼い頃はただ純粋にクリスマスが来るのが楽しみだった。

いつもより豪華な夕飯に大きなケーキ。
両親から貰うクリスマスプレゼント。

枕元に靴下をぶら下げ胸躍らせながら眠りについた。

目覚めた朝にはそこにサンタクロースからの贈り物があると信じて疑わず。

寒い夜に、雪降る町に幸せを運ぶ真っ赤な使者。


大人になってサンタなんかいないって分かり始めたけど、誰もが笑顔溢れるクリスマスが好きだった。

街中で鳴り響くクリスマスソングも、楽しそうに通り過ぎる恋人達も。

世界中が幸せに包まれるそんな特別な日。


でも......


いつからだろう。

幸せなはずのその日が、
特別な夢を見れるイブが、

憂鬱の溜め息に染まるようになったのは。

一人の寂しさを感じるようになったのも、
笑いあう恋人達に嫉妬すら覚えるようになったのも、

きっと......

貴方の温もりを知ってから。

果てしなく遠い場所にいる貴方が恋しくて。

イブに逢いたいとか“人間くさい奴”なんて笑い飛ばされそうだね。

だけど、恋人達が浮かれるこの季節は貴方に傍にいて欲しくて。

人間界の行事なんて魔界に生きる貴方にはただの戯言に過ぎないだろうけど。


もしも本当にサンタクロースがいるなら。
クリスマスの奇跡が起きるのなら。

どうか今年こそは貴方と.......




クリスマスを一週間後に控えた世間はまさにクリスマス商戦の真っ最中。

ケーキ屋さんの店頭では美味しそうなクリスマスケーキが予約待ちの列を呼び込み、名の知れたアクセサリーショップでは陳列したシルバーの輝きが、“買ってね”とばかりに誘惑する。

クリスマス前最後の週末ともなれば、どこもかしこも人で溢れ返っていた。



「クリスマスが特別だか何だか知らんが.....この浮かれムードはどうにかならんのか?」


あまりの人の多さに冷たい声が、ウンザリした溜め息と共に零れ落ちる。


「仕方ないですよ。クリスマスが近いんですから。もう毎年の事なんだからいい加減慣れて下さい」


「別にワザワザ慣れる必要もないだろう、こんな人混み」



----慣れる必要もない-----



飛影にとっては何となく口にしたであろう言葉が小さな棘となりチクリと胸に刺さる。

一年に一度訪れる特別な日。

人間界の風習に興味を持ってとは言わないけど、“特別”の意味だけは分かってもらいたい。

なんて、それこそ必要のない事だろうけど.......



「ねぇ、飛影。あの.......」


「何だ?」


「いえ、やっぱり今は忙しいのかなって思って」


「あぁ....なぜかこの時期はな。こんな下らないまつりごとに人間共が浮かれなければ、少しは煩わしさから解放されるんだがな」


どういう因果か、クリスマスが近付くと途端に忙しくなる飛影のパトロール。

独特のムードに酔わされた人達を、魔界の空気が引き込むのか。

その度ごとに借り出されるのがストレスを助長するようで、クリスマス本番が近付くにつれ仏頂面に磨きがかかる。

それは蔵馬も同じ。

さすがに仏頂面を振り撒いたりはしないけど、この時期ばかりは恋人に課せられたパトロールという足枷が恨めしくなる。

まるで二人で過ごす時間がワザと邪魔されてるような気がして。


----飛影とクリスマスを過ごせた事ないもんな-----


シュンと俯いた蔵馬の前に影が落ちた。

クイっと一房掴まれた髪。

軽く引っ張られ、バランスを保てなくなった身体が自然と前かがみになる。

抱きつくような格好のまま、触れた柔らかい感触。



「んっ........」


甘く痺れるような感覚が一瞬で駆け抜け、すぐに消えた。

キスされたんだと気付いた時には、すでに密着してた身体が離れた後。


「クリスマスとやらにこだわらんでも、手が空いたらすぐに逢いに来る」


プイッと向けられた背中。

包み込むように握り締められた手は繋がれたまま。

伝わるのはぶっきらぼうな優しさ。

心の中にジンワリと暖かさが染み渡る。

でも.......


“こだわってる”って言ったら、どう思われるかな?


ちゃんと伝えれば、飛影の事だ。きっとクリスマスに合わせて来てくれる。

だけど.......



【クリスマスに逢いたい】



その一言がどうしても言えない。

人間臭い自分に呆れられるのが怖いのか、

手を煩わせたくないという遠慮か。


多分一番の理由は.......


“こんな下らないまつりごと.....”


飛影が否定している事なのかもしれない。


晴れない心を表すように、クリスマスイルミネーションの輝きすらなぜか色褪せて見えた。




24日が近付くにつれて、心の中に降る雨はその激しさを増し、いつしか吹きすさぶ吹雪にその姿を変え始める。

天気予報が告げるのはクリスマス寒波の到来。

“ホワイトクリスマスになるかもしれません”

にこやかな気象予報士の言葉がやけに気持ちを苛立たせる。

ホワイトクリスマスなんて.......恋人達が喜ぶであろう空からの贈り物でさえ鬱陶しく感じてしまう心の狭さに苦笑してしまう程。

クリスマスなんて早く終わってしまえばいい。

幼い頃は指折り数えて待ちわびてた日も、今はただ足早に過ぎ去ってもらいたい苦痛の時間。




「あのチビの不機嫌さを何とかしてくれ。手当たり次第に当り散らされては他の奴らが萎縮して仕事にならん」



魔界の女帝からのSOSが届いたのは、イブを2日後に控えた晴れた日の夕方。

普段であれば笑い飛ばして“はいはい”の一言で流せる事。

でも猛吹雪が吹き荒れる今の心にそんな余裕なんてなかった。


「そんな事いちいち俺に頼らないでそちらで何とかして下さい!!!」


どうにかして欲しいのは俺の方だよ.....

荒げた声に自分でも驚いた。



---最悪...----



苛々を他人にぶつけたって何の解決策にもならないのに。


「みっともなさすぎ.....」


こんなの子供が駄々こねてるのと一緒。

飛影が知ったら、呆れられちゃうかもね.......

驚く躯との通信を一方的に切り、少し頭を冷やそうと外に出た。

クリスマスカラーに彩られた街並みも、灰色にくすんだ景色にしか見えない。


フと目についた小さなアクセサリーショップ。

ショーウィンドウの中で、綺麗にディスプレイされた商品がキラキラと輝いてる。

対になって並べられたそれらは、店内に溢れる恋人達の視線を受け、誇らしげに光り輝く。

手を繋ぎ合い、腕を絡め合い楽しそうに店内を物色するカップル達。

この場にはいない誰かさんを重ね合わせたら、何だか物悲しくなってきて。


「クリスマスなんか.....大っ嫌い....」


ポツリと呟いた音は、通り往く人の波にかき消されていく。


「そこのカワイ子ちゃん♪一人?俺らと遊ばない?」


ポンっと肩を叩かれ掛けられた軽い調子の声。

この手のナンパにはもう慣れてしまっている。経験上、返事をする事なくスルーが一番なのだが......



「幽助....冗談にしては面白くないんだけど?」


「あれ?バレちまってた?」


「バレバレだよ。あっ!桑原君も一緒だったんだ」


気心知れた仲間の顔に、トゲトゲしてた心から少しだけ棘が抜けた気がした。


そんな気がしたのに.......



「なんだよ、飛影にクリスマスプレゼントでも買おうとしてたん?」


"飛影"と"クリスマス"

幽助の口から飛び出したのは、今の蔵馬には禁句と言える言葉。

しかもダブルで、その上"プレゼント"というオマケ付き。


棘なんて可愛いもんじゃない。まるで鉛の玉でも撃ち込まれた、そんな感じ。


クリスマスすら一緒に過ごした事ないのに、プレゼントなんて......

何でかよく分からないけど、すごく悲しくなってきた。


「クリスマスなんか.....なくなればいいのに.....」


「蔵馬?急にどうした???」


「飛影のいない....クリスマスなんて....ふぇっ....」


「えっ?ちょっっ....おい、マジっっ???」


慌てたのは幽助と桑原。

目の前でクシャッと笑顔が歪んだと思った途端、みるみる流れてきた透明な雫。

嗚咽混じりに体を震わせる蔵馬を前にして、アタフタと動揺が走る。


「あ〜っっ....俺もしかして触れちゃいけない事ふっちまったか......?」


「浦飯!!おめっ....何泣かせてんだよっっ」


「はぁ〜???何で俺が....っっっ.....」


「ふっっ.....っく....飛.....えぇ....」


「だ〜っっ、ちょっっ待てって!!」


本格的に泣き始めた蔵馬の周りで慌てふためく二人。

周囲にはどのように映っているのか。


“何?何〜?もしかして修羅場?”


“うわぁ.....クリスマス前に悲惨〜....”


好き勝手な勘違いで、遠巻きからざわめく野次馬の数が増えていく。


つか、修羅場じゃねぇし!!その前に彼氏じゃねぇし!!もっと言えばこいつ男だし!!


必死に叫ぶ心の声が観衆に届くはずもなく。

翡翠の瞳からポタポタと零れ落ちる涙も益々増す一方。



「え〜っと......あ〜っっ、とりあえずこっから離れるぞ。ほら、蔵馬こっち来いって」


「うえ.....っく....飛....ぇ....く」


「飛影でも何でも聞いてやるから!!と......とりあえず行こうぜっ!!」


周囲の視線とヒソヒソ声にその場にいる限界を感じたのか、蔵馬を急きたてるようにして場を後にした。



それから2時間後.......



「まぁな....こいつがこんなんなる時点であいつ絡みだよなぁ」


「だよなぁ」



もう何杯目かも分からないビールを傾ける幽助と桑原の目の前では、苦手なアルコールを無理矢理流し込んだせいか、完全に潰れた蔵馬がテーブルに突っ伏し寝息をたてていた。


“クリスマスが何!!何が恋人達の特別な日なんですかって......”


“別にクリスマスに逢えなくたって”


ここまで荒れるのは珍しいというか、ほぼ有り得ない。

出されたカクテルをこれまた一気に飲み干し、案の定即酔いの回った状態。

文句を連ねたかと思えば泣き出し、泣いたかと思えば再び文句が口をつく。
エンドレスでその繰り返し。

どれだけ不安定なのか、よ〜く分かる。


“もう!!今日はとことん飲んでやります!!”


なんて大口たたいた割には、2〜3杯ひっかけただけでバタンキューっと潰れる始末。



「意外だったよな、クリスマス一緒に過ごしたことねぇってのも」


もはや薄い水にしか感じなくなったビールを幽助が一気に飲み干す。


「ぜってぇ、毎年二人でイチャイチャ過ごしてるって思ってたもんな」


見てて羨ましいぐらいの熱々っぷり。

よくもまぁ、あんな遠いとこからワザワザ逢いにくるよなって感心してしまう。

途方も無い遠距離恋愛が数年も続いてるって奇跡に近いって思う。

それだけ信頼とそれ以上の何かが二人を支えてるんだろう。

お互いを想いあう深い“愛”ってやつか?

だからこそ......



「クリスマスにいないってのは堪えんだろうな」


「だな。特に蔵馬はな。何だかんだでこういうイベントごとにこだわる奴だしな」


幽助と桑原の視線の先で、何かがキラッと光った。

閉じられた睫毛を濡らす水滴。

一筋.....ゆっくりと頬を伝い落ちた涙。



「......えぃ......」


空気が小さく震えた。

顔を見合わせてフッと同時に洩れた溜め息。


「とりあえず、連れて帰るか?」


「そうしますか......」


ソッと眠る蔵馬に近付き、ゆっくりとテーブルから体を引き剥がした。


いつの間にか傾いた夕日が地平線の彼方に消え、夜の帳が街を包み込む。

街路灯に照らされて伸びる二つの影。

一つの影の背中に被さるように小さな影がくっつく。


「クリスマスイブ......二日後かぁ。桑原おめぇ、雪菜ちゃん誘ったのかよ?」


「ん?まぁな。今年はこっち(人間界)で過ごしてくれるって言ってくれてよ。もう今から楽しみで仕方ねぇよ」


その台詞を飛影が聞いたら間違いなく切り殺されるな、なんて幽助の心配(?)はよそに気色悪い程顔中をクシャクシャにしてヘラヘラと笑う。


ただでさえ潰れた顔がさらによく分からねぇパーツになってんじゃん-----


深々と、それでも気付かれないように溜め息を吐き出しソッと後ろに首を回した。

スヤスヤと規則正しい寝息。
首元にかかる息遣いが擽ったいような、気持ちいいような。


----ホント、こいつ軽いよなぁ-----


背中に負ぶってる事すら忘れてしまうぐらいの軽さ。

羽みたいなんてちょっと言いすぎだけど。

“守ってやんなきゃ”って思ってしまう.......

飛影が大事にしてる理由が分かる気がした。


「ん〜.......飛ぇ....クリスマス......」


小さな呟きと肌に感じる冷たい水滴。


---本当は一緒にいたいんじゃん-----


素直に言やぁいいのに、何を躊躇ってるんだろうな。

あいつはおめぇが想ってる以上にきっと......


「なぁ、桑原。やっぱさ、こいつが泣いてんの見てるのって何か....後味悪いっつ〜か、いい気分じゃねぇよな......」


「まぁな〜.....つか前から思ってたけど、浦飯おめぇやっぱ蔵馬に惚れてるだろ?」


「......バっっ....そんなじゃねぇよ///////」


「ギャハハハ。照れるな照れるな。分かりやすい奴」


「.....うるせぇ.....」


惚れてるとかそんなんとは違うような感じ。

ただ、蔵馬には笑ってて欲しいと思う。

あいつの事で泣いてる姿は見たくない......

バカみたいに幸せそうなのがおめぇ達なんだからさ。


「しゃぁねぇな。ここは一肌脱いでやるか」


クリスマスイブまであと2日。

まっ、間に合うだろう------
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