黒龍の章〜飛影×蔵馬〜

□【瞳そらさないで】
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フとした瞬間に重なった唇が熱を帯び始め、次第に深い口付けへと変わっていく。

激しく翻弄する動きに追いつこうとするけど、甘い口付けに囚われた意識では白い世界に引きずり込まれないようにするのが精一杯。

計算したように、ギリギリの所で唇を解放する貴方が少し恨めしくて。

もう少しだけ甘い唇を離さないで欲しいのに。

口元に残る名残を舐め取る仕草にさえ、貴方の中の“男”を感じてしまう。

上昇していく体温と胸の高鳴り。

ドキドキしてるのをバレたくなくて、目を閉じてどうにか煩い鼓動を抑えようとするけど......



「蔵馬......」


他人には絶対聞かせない穏やかな声に名前を呼ばれたら、瞼を開かずにはいられなくなる。

見下ろす瞳の中では紅い炎が燃えてるのに、その眼差しは優しくて。

そんな目で見つめられたら......

絡めた視線を外すなんて出来なくなる。

昂ぶった鼓動がきっと貴方の耳で鳴り響いてるんだろうね。

フッと紅い宝石が揺れて頭に感じる暖かい手。

激しい口付けの後のその行動は、キスよりも甘く激しいひとときを始める合図。

身体中に降り注ぐキスの雨に、雨よりも激しく吹き荒れる愛撫の嵐に飲み込まれた心はひたすら快楽の海原を漂う。



「あっ...あんっっ.....んふっっ....はっっ,あぁぁんっ.....」


ひっきりなしに洩れる喘ぎ声が何だかはしたなくて、恥ずかしくて。

声を出さないように出さないように堰き止めようとしても、愛撫の一つ一つが確実に悦びへと導く。

快感の波に揺さぶられながら、自然と目の前に張る膜で貴方の顔が霞んで見えるのに、なぜか真っ赤な宝石だけははっきりと焼き付いて離れない。

この世で一番大好きな色。

その色に染まる瞳が......その瞳の持ち主が.....


「大好き......」


知ってるよ。

この言葉が貴方の調子を狂わせてしまう事。

あんなに激しくもたらされる熱が嘘みたいにピタっと止まってしまうんだもん。

そして見せる少し困ったような顔。

でも、どうしても伝えずにはいられなくなる。

飛影の事が誰よりも何よりも好きだって。

知ってた?

この言葉は俺のおまじないなんだよ。

だって.......

“大好き”って言ったあと、照れたような貴方がくれるのは一番の甘いキス。

そしてそのキスが貴方と繋がりあう時間の入り口。

夢のような甘いひと時。

でもね、飛影。

一つだけ.......たった一つだけ不満があるんだよ......

一つだけ.......





「え〜っと....蔵馬?それはまた突然......どういう趣旨での質問なん?」


アイスコーヒーのグラスに口をつけ、今まさに飲まんと傾けかけたグラスがスッとテーブルの上に戻される。

カランッと氷がぶつかりグラスの中で黒い小波が揺れた。


「どういうって.....言った通りの質問なんだけど......」


真っ赤に染まった顔を隠すように、両手に包みこんだウェッジウッドのカップにフ〜っと息を吹きかけ、一口飲みかけた紅茶に一瞬顔をしかめる。

甘さが足りなかったのか、足された角砂糖が二つカップの中に溶け込んでいく。

ティースプーンでクルクルとかき混ぜもう一度口元に近付くティーカップ。

コクリと喉がなり、“ん〜”っと幸せそうに笑う姿は、どうやら味に満足がいったようで。

一連の流れるような動作に思わず見惚れてしまう。

自分をジ〜っと見つめる視線に気付いたのか、恥ずかしそうにカップ越しから視線を受け止める。


「ね.....ねぇ、幽助。聞いてる?」


「んっ....あっ、あぁ。聞いてっけど......」


聞いてるけど.......

目の前の蔵馬にソッと視線を送った。


道端でバッタリと会ったのは久しぶりに見る、柔らかい微笑み。

お互いに忙しい身。

以前ほど顔を合わせる時間も少なくなっていた。

その場で近況を尋ね合っていたが、立ち話もなんだと入った喫茶店。

しばらく他愛も無い話に花が咲く。



----ねぇ、あそこの席の子可愛くない?----


----マジ彼氏メッチャ羨ましいんだけど-----


周囲からの羨望の声を聞けば、痛い程に感じるやっかみの視線さえも心地良く感じる。

まぁ、彼氏じゃねぇけどな、残念な事に。

会話の途切れた一瞬に、フッと伏せられた視線。

何かを言いたいけど言えない......そんな空気が漂う。

ポットから新しい紅茶を注ぎ、角砂糖を二つ落とし入れ、決心がついたのか伏せてた顔がようやく持ち上がった。


「ねぇ、幽助。あのね、幽助はたとえば誰かと......その....する時ね....相手の顔....見ながらする.....?」



思わず固まってしまった。

する時.....する時っていやぁ、あれだよな.....

つうか、こいつの口からまさかこういう話題が振られるとは予想外というか、天変地異の前触れというか。



“ねぇ、幽助。聞いてる?”


いや、聞いてますけど。普通に聞こえてますけど。

そういう話は苦手なはずでは.....?

ほら、顔真っ赤っかにしちゃて。

まぁ、冗談でこんな事聞くような奴じゃないし。

何か思う事があっての質問なんだろうけど。



「まぁ、それは。何だろ、その時の状況によるっていうか体位によるというか.....」


“体位”という具体的な言葉に恥ずかしくなったのか、手にしたティースプーンが忙しなくカップの中でクルクル回る。

ほら、見てみろ。

聞いておいてやっぱり恥ずかしくなってんじゃん。


「で?何でいきなりそんな事聞こうと思ったん?」


「えっ....えっと.....それは」


あ〜あ〜、どんだけ赤くなんだよ。

マジ見てて飽きねぇ奴。

ったく、誰かさんが羨ましいよ。大方その誰かさんが......


「あのね.....飛影がね.....」


はいはい、やっぱりその名前のお方ですか。


「いっつも......顔見てくれないの.....んっとね、その......」


「何?やってる最中にそっぽ向かれてるって事?」


「そうじゃなくて......ずっとって訳じゃないんだよ?だから....ほら、最初の方はちゃんと目見てくれるんだけど.....えっと....」


“分かるでしょ?”と困ったような上目遣いが幽助を覗き込む。

それはむしろ“分かってよ”と訴えるような目線。


まぁ、蔵馬にはここまで言うのが精一杯ってとこか。

本番行為をしてるってのに、何でこういう事は恥ずかしがるかね?


「あ〜、つまりはいざその時になったらクルンとひっくり返されちまうわけだな。んで、顔が見えなくなるのがおめぇは嫌なんだろ?」


「あっ....うん......そうなんだけど......」


「そんなら言やぁいいじゃん?“正常位でして?”って」


「せっ.....正常......って/////でも、ちゃんと言った事あるんだよ。顔が見たいって......」


「そん時あいつはなんつったんだよ?」


「何も......何かすご〜く戸惑ってたみたいだけど......」


だろうな。

おめぇの顔なんてまともに見ながらやってたら........

こればっかは同情するぜ!飛影!!

男として気持ちはよ〜く分かるっっ!!

ホントにこいつは......

自分の魔性ってモンを少しは分かれよ、マジで。



「ねぇ、幽助は好きな子の顔見ながら.......って思ったりしない?」


「ん〜.....あぁ、まぁな。好きな奴だったらな」


「そうだよね......何で飛影はそうしてくれないのかなぁ?俺の事好きじゃないのかな......」


おいおい、どうして思考がそうおかしな方向へ飛ぶかな?

どっからどう見てもあいつはおめぇにベタ惚れだろ.....

そんな事言ってるとマジで俺が横恋慕するぞ?

好きなだけ顔見ながら抱いてやろうか?


次から次へと浮かぶ邪な考えを、小さな呼吸で押し流す。

本気で哀しがってる蔵馬を見てると冗談で片付けたらいけないって気になってくる。

“そんな事ねぇよ”って言ってやりたいけど......

それじゃ何だか面白味がない。



「今度また言ってみればいいじゃん。正常位じゃなきゃさせない!!ぐらいの強気で言えば、あいつも考えんじゃね?」


「そうかな......」


今一納得していない様子の蔵馬だったが、注文してたケーキが運ばれてくるとすっかり今までの話題を忘れたかのようで。

嬉しそうにパクッと飾りのイチゴを頬張る。



ほんっと.....

彼氏以外の男の前でよくもそう無邪気ふるまえるよな。

しかもS○Xの悩み相談ですか......

純粋過ぎるというか天然というか。クソっ、どんだけ可愛いんだ。

マジ羨ましすぎるぞ、飛影!!

おめぇなんか蔵馬に詰め寄られて悩んじまえっっ!!!!



幽助の小さな嫉妬になんか気付くはずもない翡翠が、ケーキの上にキラキラと輝く視線を落としていた。
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