黒龍の章〜飛影×蔵馬〜

□【君と見る大輪の花】
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「秀一、入るわよ」


軽いノック音の後にガチャっとドアノブを回す音が聞こえ、開いたドアへ窓からの風が吹き抜けていく。


机の上に置かれた書類がパラパラと捲れ、パソコン画面の前で規則正しく動いてた指がピタリと止まった。



「母さん、何か用?」



振り向いた瞳の奥では綺麗な翡翠が光を反射して、透き通って見えた。




「あら、ごめんなさい。仕事中だったかしら?」




「ううん、大丈夫。そろそろ一息つけようと思ってたとこだから」



ん〜っと両腕を前に伸ばしストレッチの姿勢をとり、母親に向けられたのは柔らかい笑顔。




-----相変わらず人に気ばかり遣う子ね-----



昔からそう。
人の事ばっかり考えて。
自分の事は後回し。
今だって本当は.......




「母さん?どうしたの?」



ふと我に返ると、腰を浮かしかけて心配そうに見つめる顔。



「あぁ、ごめんなさい。そうそう、今年はお祭り行くのかしら?と思って」




「お祭り?あぁ....もうそんな時期なんだ」



物心ついた時から毎年かかさず行ってる町内の夏祭り。

未だに変わらない露店商のおじさん達。小規模ながらもフィナーレを飾る花火。

去年はいつもの4人でワイワイ楽しく過ごした。


今年は.......



カレンダーにチラリと視線を移す。

お祭りは土曜日。



---そうタイミング良くは来てくれないよね------



瞼の裏に浮かぶのは漆黒の恋人。

二人を隔てるのは気の遠くなるような距離。

以前は気ままな自由人だった彼も今や上司の元で日々働く身。



「人間界で何やらイベント事がある度に浮かれた人間共が魔界との境界線に落ちてきやがる」



そういえばブツブツと文句を言ってたっけ。

お祭りシーズンなんて浮かれた人々だらけで........

きっと忙しいんだろう。

性に合わないパトロールでストレスも溜まってるはず。

“一緒にお祭り行きたい”なんて言える筈も.......



「秀一?」



黙りこくった息子に今度は母親が心配する番。



「ん?あ......ごめんごめん。今年はどうかなぁ.......幽助達も忙しいみたいだし。俺も仕事があるし。気が向いたら行くかも」



「そう.....じゃあ一応浴衣は出しておこうかしらね」



“邪魔したわね”とドアを閉めトントンっと階段を降りていく足音を聞きながら、小さな溜め息をついた。

中断された作業を続ける集中力はもはやなかった。

やりかけの書類を放り出したままベッドに身体を横たえると、急に疲れがどっと押し寄せてきて。

ここ数日は仕事に追われる日々だった。

基本的に家に仕事を持ち込む事は極力避けたかったが、そうすると会社泊になりかねず。


お祭りの事なんて母親に言われるまですっかり忘れてた位で。

何となしにカレンダーに赤く丸を付けた。



-----一緒に行きたいな------



でも飛影の事だ。たとえ休みが取れたとしても、お祭りなんて一緒に行ってくれるかどうか。去年だって、



「こんな人混みの中、何が楽しいんだ?」


なんてずっと不機嫌だったし。

ゴロンと寝返りを打ち窓の外を見た。

目を凝らしてみても夜の闇が広がるだけ。



-----逢いたい.....-------




疲れが弱気を引き起こし、今は無性に逢いたかった。



(こんなんじゃ駄目だ。しっかりしないと.......)



起き上がろうとしても、身体は正直に休息を求めベッドに沈み込んでいく。

徐々に重くなる瞼を押し上げる力はなかった。



「飛........えぃ........」



暗闇の中に溶け込んだ漆黒の影。

閉じられた瞼の奥に映る人の名を呼びながら、いつの間にか意識は夢の中へと飛ばされていった。
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