黒龍の章〜飛影×蔵馬〜
□【願い事一つだけ】
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7月7日。夜空に広がる天の川を渡り1年に1度だけ、恋人達の逢瀬が許される日....されど雨が降れば川が氾濫し、恋人達の涙が更に雨を降らす.......
だからその日だけは晴天を願って。
そうすればきっと貴方とも........
「みんな短冊書いたかぁ?済んだ者から笹に飾れよ〜」
ガヤガヤと騒がしい教室の中に教師の大声が響く。
入り口に置かれた笹に生徒達が群がる。お互いの短冊を見せ合っては、あちこちで笑い声が聞こえていた。
「願い事かぁ....」
クルクル揺れる綺麗な翡翠が机の上の短冊をジッと見つめる。未だにまっさらな紙に心の内を投影するように。
星空に架ける唯一の願い事。それはなかなか口に出来ない、だけど零れ落ちてしまう程に胸に溢れる願い......
「お〜い、南野」
フと名前を呼ぶ声に飛んでた思考を現実に戻すと、目の前に呆れ顔の眼鏡が立っていた。
「早く短冊飾れよ。クラス中がミスターパーフェクトのお前の願いが何か興味津々で待ちかまえてるぞ」
「俺の願い事は見せ物ですか....」
小さな溜め息をついて再び机に視線を落とした。
願うはたった一つの想い......
だけど文字にする事すらワガママを言うようで躊躇われる願い........
「なぁ、南野。どんな願いを書くかは自由なんじゃないか?遠慮する事ないと思うぞ?まあ、お前の願いを見たらクラス中が大騒ぎになるだろうけどな」
その言葉を聞いた蔵馬の顔にはどこか吹っ切れたような、清々しい笑みが浮かび........
サラサラっとペンを走らせると、静かに立ち上がった。
クラス中が静まる中願いを乗せた短冊を笹にくくりつけ、悠然と席に戻ると、何事もなかったかのように頬杖ついた。
一際綺麗な文字が踊る短冊に書かれた言葉はたった一言。
-----逢いたい------
男女問わずクラスがパニックの坩堝と化し、盟王高校始まって以来の逸材に突如浮上した恋人の噂で学校中が持ちきりになったのは言うまでもない。
そして同じ頃。
遠く離れた魔界の地で、第3の目を開いた邪眼師が盛大な溜め息をつきながら、"バカ狐....."と呟いた事など、蔵馬は知る由もなかった。
七夕に降る雨は逢瀬を許されぬ恋人達の流す涙------
晴れたらいい。
そうすれば願いが叶いそうな気がして。
だけど窓から見上げた夜空はどんよりとしていて。
朝から降り続ける雨は夜になっても強さを弱める事なく、地上に降り注ぐ。
---今日ぐらいは雨も遠慮してあげればいいのに------
天の川どころか輝く二つの星さえ見えない夜空に溜め息が吸い込まれた。
天の川が夜空に流れたら、魔界までの架け橋になってくれそうで......
だけどこんな土砂降りじゃ......
----逢いたい....---
小さく呟いた言葉は見事に雨音でかき消されてしまって。
もう一度ついた溜め息はやっぱり灰色の夜空に吸い込まれていった。
そして.....逢えない恋人を想う蔵馬の頬に一筋の涙が流れた------
「おい、人間界では今日は七夕とやららしいな」
魔界の女帝の唐突過ぎる問いかけに、飛影の顔に"またか"とウンザリしたような表情が浮かぶ。
人間界の行事に関しては躯より熟知している。
その行事に合わせて休暇を申請するのは、ひとえに愛しい恋人の為。
それを知りつつ、結構な頻度でその申請を却下しやがるくせに、毎回毎回"今日は何とからしいな"なぞ嫌味な台詞を言いやがって。
今回だってそうだ。
即答で休暇申請を拒否しやがったのはどいつだ。
切りかかってやろうかという衝動を何とか抑えて、無視を決め込む事にした。
飛影の心理を分かった上での意図的なモノか、躯は悪びれもせず話を続ける。
「ちょいと調べてみたんだが、七夕伝説とは面白いもんだな。雨が降ったら逢えないだとよ」
何が面白いのかケラケラ笑う躯を面倒臭そうに一瞥する。
「あ〜、ちなみに人間界は雨だそうだ。可哀想に一年に一度の逢瀬も叶わぬか」
だから何だ?と出掛かった文句も辛うじて飲み込む。下手に突っかかってもあしらわれるだけと、ここに来てだいぶ学習したものだ。
躯の表情は相変わらず何かを楽しんでるようにニヤニヤしたまま。
さすがに相手をするのもウンザリしてきたのか、パトロールに戻ろうと部屋を出かけた背後から、躯の声が追いかけてきた。
「あ〜、そうそう雨の日はカササギとやらが架け橋になるそうだ。そうすれば二人は逢えるらしいな」
ただでさえ休暇を却下され苛々してる所に、嫌味か皮肉かペラペラ喋る躯にさすがの我慢も限界を超え.........
「貴様はさっきからベラベラと!大した用がないなら、黙ってろ!!!!!!」
「お前、ひとっ飛び人間界に行ってこいよ」
「はっ??????」
いつも以上に唐突な躯の台詞に、不覚にも頭の中は疑問符で埋まってしまい。
見るといつの間か躯が手に紙袋を抱えていた。
「はっ?じゃないだろ。狐に以前頼まれてた薬草がようやく手には入ったんでな。あ〜、でもお前パトロールに戻るんだったな。なら他の奴に.......」
「そういう事は先に言え!!!!!!」
躯の手から引ったくるように紙袋を奪い取ると、凄まじい勢いで飛び出して行った。
残された躯は可笑しくて堪らないと、笑いが止まらず。
「雨の日の架け橋になってやったんだ、感謝しろよ」
百足の女王の独り言に気付く者は誰もいなかった.......