『相模視点』
俺は走りながら腕に嵌った時計を見詰め、焦った口調でこう呟いた。
「やっべ、遅刻ジャン!!」
途端、自分でも血相が変わるのが分かった。
何で今日に限って目覚まし鳴らないんだよ!!
つうかあのクソ親父‥また俺の目覚まし勝手に壊しやがったな??帰ったらぶっ殺す!!
そう心で叫びながらも
「あ」
俺は駅構内を走りながらも急に視界に飛び込んできた光景に思わず足を止めてしまうのだった―――
『なにせ僕は踊らされているのだから』
「…‥あ!!駿也やんっ///」
遠くからでも俺の姿を見つけるのが得意な、俺の可愛い可愛い恋人。
彼女の名前は『藤原五月』。
そんな高校時代から付き合っている俺の彼女は卒業と共にサッカーを辞め、大学に通いながらも今をトキめく売れ筋No.1の雑誌モデルって奴をやっていた―――
「遅かったやん、どないしたん??」
「あぁ、ちょっとね‥‥」
ちなみに
昔からルーズだった俺は部活動は勿論、学校の行事も登校も遅刻しない方が珍しくて。
「まぁた遅刻やん」
ぷぅっと頬を膨らませた藤原が言うように、俺は折角のデートでさえも度々遅刻して居た。
だから、もう何度目になるか分からない程口走ったセリフをお決まりの様に吐いてやった。
「ゴメン。次は遅刻しないように努力するから」
って。
だけど、そんなセリフも聞き飽きたと言わんばかりにクスクスと、其れは其れは可笑しそうに笑った藤原は
「もうえぇよ、どーせ駿也の遅刻は今に始まったばっかやあらへんもんなぁ」
なんて言いながら、待つのは嫌いじゃないし。とフォローしてくれたんだ。
でも俺はそんな彼女の優しさよりも勿論嬉しかったけど
「…‥藤原」
「ん??何や??」
「お前、可愛すぎ///」
「んなっ///」
太陽みたいな眩しい其の笑顔が堪らなく綺麗だったので、思わずそんな事を口走ってしまったのだ。
瞬間、藤原の顔がコレ以上無い位真っ赤になった。
其れだけでも可愛くて、他人の目線に晒したくないなって本心からそう思うのに。
「しゅ、駿也に可愛えぇ言われるの嬉しい‥///」
「ッ///」
もじもじと、恥ずかしがりながらも藤原が更に可愛い事を言ってくれたので。
「なら何度でも言ってあげるよ、五月。今日の服、凄く可愛い。似合ってるよ」
「〜〜〜っ///」
俺は自分でもハッキリ分かる位、蕩ける様な笑顔を向けて彼女にそう言ってやったんだ。
そーすりゃ、カァアッと耳まで真っ赤になった藤原が少し恨めしそうに
「‥そうゆうの、卑怯やで自分///」
なんて言うから。
だってホントに可愛いし。
と、心の中で惚気た俺は、自分より一回り小さい其の手をさり気無く取ってやった。
パシッと。
そして
「あっ///」
短く声を上げた藤原を無視する様に
「じゃ、行こっか」
俺は彼女の手を引き、スタスタと歩き始めたのだ。
あの頃よりも遥かに小さく感じる藤原の手。
其れは俺があの頃よりも遥かに成長した証でもあり。
スポーツマンであり、自身の実力に絶対の自信を持っていた藤原は最初、男女の成長差を嘆いて涙する事もあった。
其れでも歳を重ねる毎に藤原は女らしく、そして綺麗になっていき。
其れをきっかけに彼女も自分が『女』であるという事を自覚したのか、今では押しも押されぬトップモデルとなったのだ。
そんな、蛹(さなぎ)から蝶へと変身した様にすっかり変わってしまった藤原を少し淋しく思う反面
「なぁなぁ、今日は何処行くん??」
「…今昼時だろ??そろそろ腹も減っただろうし‥先に何か食おうか」
「わーい♪うちな〜、マックがえぇ!!」
「何だよ、それじゃいつもと同じだろ??たまには違うもん食おうぜ」
「ぶー。駿也のケチー」
「はいはい」
あの頃から何一つ変わらない彼女のこういう無邪気な所に癒される。
其れと同様に、あの頃からコイツを想う自分の気持ちは少しも揺らがなかったので
「ほな何食う〜??」
「じゃあ此処とか」
「え〜〜〜??マジで言うとるん??」
「マジマジ、超本気」
「もぉ〜、冗談ばっかぁ///」
こうやって目の前でくるくる変わる彼女の色んな表情に、俺はいつも踊らされてるんだ。
今も、昔も。
そして愛しいと想う一方で
時に嫉妬して苛立ち、時に俺の気持ちを分かってくれないお前に悔しかったりもするけれど。
其れでも最後には
「あはは!!駿也は相変わらずやなぁ///」
お前への愛が何よりも勝るから。
此の先、何があっても俺はお前の事を愛し続けるだろう。なんて妙な自信と確信を抱くようになるまでに至ってしまった。
「…何だよ、これじゃあまるで俺ばっかり藤原の事が好きみたいジャン///」
「駿也ぁ??どないしたん??」
「何でもないよ///」
けど藤原は相も変わらず恋愛事には疎くて鈍かったから。
最近では昔よりかは幾分マシになったけれど、其れでも自分の彼女の幼さにちょっと凹む事が多くなってしまった。
其の上
「ちょっと待てよ??このままだと‥俺、プロポーズしても気付いて貰えないんじゃあ……」
ふとそんな事を考えてしまい、自然と手汗がじわじわ溢れてきた。
「やべぇ、藤原の事だから有り得るかも‥」
「しゅんやー??なぁ駿也、うちの話し聞いとる??」
「あぁ、うん。何だっけ」
「もー!!何考えとったん??上の空やったで??」
「ゴメンゴメン」
そう言った物の
鈍いコイツのせいで、俺は其の後も会話の内容が全然耳に入らず終始上の空となってしまうのだった。
其のせいで、折角買ったプレゼントも渡せないまま数時間が過ぎ、其れは突然起こった。
「……駿也のばかっ///」
「え‥‥‥??」
映画を見ていたら藤原が急に泣きそうな顔してそう叫び
「もう知らへんっ///」
「お、おい待てよ!!まだ上映中‥‥って、クソ///」
ガタンと席を立ったかと思うと、そのまま俺の制止も無視して映画館から出て行ってしまったのだ。
そして俺に構わずスタスタと歩き出す彼女の腕をパシッと掴み
「一体どうしたんだよ?!さつ―――」
彼女を引き止めようとした瞬間だった。
「…‥‥ッ///」
「何で、泣いて―――」
藤原は目を少し赤くして、ぽろぽろと涙を流して居た。
でも急に泣かれた俺はどうしていいか分かんなくて
「…俺、何かした??五月を傷付ける様な事言った??したなら謝るから、言ってよ」
申し訳無い気持ちでいっぱいのまま、涙を流す彼女の頬にそっと触れてやったんだ。
すると、藤原は長い睫を伏せてぐすぐすと泣き始め
「やってぇ。駿也、話し掛けてもちっとも聞いてへんし」
「ずーっと難しい顔してだんまりやし」
「うちと居るのがそないつまらへんのやったら‥そんな無理して付き合うてくれへんでもえぇのに」
「もぉ、今日デートするん楽しみにしとったのに台無しやん‥‥///」
などと言い出したのだ。
瞬間、俺の心にグサリとナイフで突き立てられた様な鋭い痛みが走る。
「五月‥…」
「ふぇええんんんっ///」
とうとう本格的に泣き出した藤原をそっと抱き締めてやれば、こんなにも彼女の身体は小さかったのかと改めて自覚させられる。
そして、ぐすんぐすんと鼻を啜(すす)る彼女が愛しくて愛しくて堪らなかった俺は、ポケットからあるモノを取り出してこう言ってやったのだ。
「…五月、大好きだよ」
「しゅん‥///」
「結婚しよう??」
「!!」
って。
そーすりゃ、藤原は目を丸くして
「へ…‥??け、けっこん!?」
なんて、予想外にも驚いてみせたのだ。
だが、俺の予想ではてっきりサラッと流されるかプロポーズに気付かないまま有耶無耶(うやむや)にされるのがオチだろうと思っていたので
「何だよ、五月驚き過ぎ。つうかお前こそ俺と結婚すんの嫌なワケ??」
と、聞き返してやったのだ。
そんな意地悪い俺のセリフに全力否定するように
「そ、そんな事無い!!めっちゃ嬉しいっ///今の、ホンマにホンマなん?!」
弾んだ声で、ハッキリと言ってくれたのだ。
『嬉しい』と。
其の藤原の言葉に俺の胸も自然と熱くなり
「…ホントは今言うつもりじゃなかったから指輪はまだ用意してないけど。代わりにコレを受け取ってよ」
「!!!!!」
俺は行きに来る途中買ってきた、コイツに絶対似合いそうなネックレスをプレゼントしてやったのだ。
其れを受け取った瞬間
「えへへ///ありがと、駿也!!だぁいすきっ///」
ふにゃりと、零れんばかりの笑顔を俺に向けた藤原がそんな嬉しい事を言ってくれたので。
「なら今日は‥お持ち帰りさせてよね」
「う///」
滅多に逢えない、互いに多忙な身の上でありながらも
俺達はお互いの愛をしっかり確かめ合うべく、近くのホテルに入り姿を消すのだった―――
※続く予定