二人の出逢いはまさに運命的だった。とは言い難かった。




「ほぅ、戦女神アリエト‥ですか」

水晶玉を通して見詰める先には噂の女神の姿があった。



其れをうっとりとした表情で見詰めたハーヴェストはククク。と低い声で笑い



「悪く有りませんね。寧ろ惚れ惚れする美しさだ‥是非とも彼女と一戦を交えてみたいですねぇ」


などと呟いてみせた。





だが―――


「めっずらしいわね。アンタが他人にキョーミ持つなんて」


アハハと笑ったエルシッドレアスがからかい口調でそう言った様に。


コレまでタダの一度も他人に興味を示した事の無いハーヴェストがそんな事を言うのは極めて珍しかった。



だから一度は茶化したエルシッドレアスも今度は少し真剣な表情で



「でも…いつも退屈そーに暇を持て余してるアンタにとっては良い刺激かもね♪」

などと言ってニヤリと不敵な笑みを浮かべてみせたのだ。


そんな、旧友の冷やかしも不死者の王にとっては取るに足らない筈だったのだが…





「そうかもしれませんね」

水晶玉越しに初めて確認した美しい女神の姿を忘れる事が出来そうに無かったハーヴェストは、酷く思い詰めた声色で一人呟くのだった―――







『恋に落ちるまでのカウントダウン3 2 1』





「…‥貴様がハーヴェストだな??」
「‥‥………」


ひゅう、と二人の間に魔界の黒い風が吹いた。


其の冷たく強い風にアリエトは眉を寄せて嫌がってみせたが、しかし目の前の男から目線を外す事がどうしても出来なかった。




魔界の王であり、不死者の王『ハーヴェスト』との直接対決。

其れは今までどの神族の猛者といえども未だ成し遂げた事の無いまさに偉業だった。




「確か‥サードベンツ様の弟でありながら魔界の王へと落ちぶれた亡者の主、だろう??」
「フッ……さぁ、どうでしょうねぇ」
「まぁいい。大切なのは貴様がハーヴェストであるかどうか、だからな」
「成る程‥」





絶対的な魔界の君主にして神界の王サードベンツはおろか神族の名立たる将ですら赤子の様に軽く捻り潰してしまう程の実力の持ち主。


そんな彼の首を取れるのは、此の世で唯一不死者を殲滅(せんめつ)させる事の出来る彼女の愛剣『死を司る者』のみである。


そして魔界に蔓延(はびこ)る不死者の将を事有る毎に倒していった彼女はついに神界の宿敵であるハーヴェストをこうして追い詰める事に成功したのだが―――




「さぁ、答えろ!!貴様がハーヴェストか??と聞いているんだッ」


彼女が大地を揺らめかさん勢いの大声を上げても。




「フフフ、アハハハハ!!」

ハーヴェストらしき男はまるで相手にして居ない様な不遜な態度でアリエトの問いを無視していた。



其れが面白くなくて。

ムッとした表情のまま、アリエトは己の腰に下がる剣に手を伸ばし



「貴様…私を愚弄する気か?!もう許せん、此の剣の錆(さび)にしてやるッ」


と意気込んで構えて見せたのだ。



其の瞬間、白髪の男は美しい其の真紅の瞳をアリエトに真っ直ぐ向けてこんな事を言い出した。





「心外ですね、君を愚弄するなんてとんでもない。俺はただ‥美しい君に見惚れていただけですよ」
「なっ///」


ニッコリと


どんな宝石よりも美しい瞳を細めてハーヴェストが笑って見せれば。



「ふ、ふざけているのかっ///」


色気の欠片も無く、恋愛事に全く縁の無いアリエトでさえも不覚にも彼の美貌にドキッとさせられてしまい。


ブンブンと首を振っては




「此の私が戦女神と知っていてからかっていると言うのならば…もう容赦はしない!!」


ビシッと剣を真っ直ぐハーヴェストに向けてやったのだ。



しかし


「ほぅ、君は面白い事を言う。君こそ…俺があのハーヴェストだと知っていて尚剣を向ける勇気があるのですか??」
「何だと?!」


ニヤニヤと、厭らしい笑みを零したハーヴェストは不死者なら誰もが恐れる其の剣を前にしても悠然とした態度を崩そうとはしなかった。



其れどころか



「此の魔界に置いて俺に剣を向けるという事は死を意味するに等しい事ですが…」

クックック、と声を殺して笑ったかと思うと、不死者の王であり魔界の王であった男はこんな事を言い出したのだ。




「君の其の勇気と美貌に免じて、惨たらしい死ではなく、魔界の君主の花嫁と言う称号を与えてあげましょう」


なんて。

其の一言に戦女神であり、色恋沙汰とは一切無縁な人生を送ってきたアリエトは絶句せざるを得なかった。



「なっ―――」


蒼穹の瞳が大きく見開かれる。

其れと同時にハーヴェストが歪んだ笑みを零しながら



「悪くない話しでしょう??」


などと言うので。




「ふっ///ふざけるなっ!!」

当然、アリエトは激怒してみせた。



「誰が貴様の花嫁なんぞになるモノかっ///コレ以上下らん戯言がほざけない様にしてやる!!」



そう言って彼女が愛剣片手にダッ、と走り出せば




「おやおや、お気に召さなかったようで。残念ですねぇ」

振られたというのにフフ、と愉しげに笑ったハーヴェストもまた、己の愛剣を腰から引き抜き




「ならば力尽くで手に入れるのみ」

と、小さく呟いてはゆったりとした動作で剣を構えてみせた。



そして



「はぁあああああっ!!」

という雄雄しい掛け声と共にアリエトが渾身の一撃をハーヴェストに向けて放ったのだが―――






バキィイインッ




「くっ‥…!!」
「見事な一撃です」


同時にハーヴェストが己の剣で其れを難なく受け止めてしまったので不発に終わってしまった。



アリエトの持つ三大神器の一つ、『死を司る者』は掠っただけでも不死者を死に至らしめる効果があった。



しかし、当たらなければ何の意味も無い。

其れを熟知していたハーヴェストは実に冷静な態度で




「ですが‥どんなに威力の優れた武器でも当たらなければ何の意味も有りませんよ」
「あぁっ///」

グッと力押しして彼女の剣を押し返してやったのだ。



其のせいでアリエトはバランスを崩してしまい、うっかり尻餅を付く羽目となってしまった。




「きゃっ///」


ドスン!!

尻に鈍い痛みが走る。



其れと同時にハーヴェストがすかさずアリエトの剣目掛けて一撃を放ち―――




カキィインッ


「ッ!!」


払われた彼女の剣は遥か後方まで吹っ飛んでしまった。


ドス、と大地に突き刺さる音がアリエトの耳にも入ってくる。



そして武器を失くして丸腰になったアリエトを嘲笑うかの様にハーヴェストが詰め寄り



「無様、ですね。戦女神といえど武器が無ければ形無しでしょう??」
「クソッ///」

嬉しそうにニヤニヤと笑いながら己を見下ろしてくるので。




悔しくて

悔しくて


悔し過ぎて堪らなかったアリエトは、目で殺す勢いで目の前の男を睨み付けてやったのだ。


更に




「殺せ!!」
「!!」
「捕虜になる位なら死んだ方がまだマシだ!!いっそ一思いに殺せ!!」


むざむざ丸腰の状態で殺されるのは戦士として最も屈辱的ではあったが。


しかし、捕虜として生き延び魔族達の慰み者になる位なら潔く戦場で死んだ方がマシだと思った彼女は死を望んだ。



筈なのに―――





「残念ですが…却下です」
「なっ///」


ニコリと


爽やかで一見好青年風な笑みを浮かべたハーヴェストはキッパリとした口調でアリエトの望みを拒否してみせた。



其の上、冷たい瞳で彼女を見下すように見詰めたかと思うと



「言ったでしょう??魔界の君主の花嫁という称号を君に与えると。無論、敗北者である君に選択の余地など有りませんよ」

ハハハ、と笑いながらそんな事を言い出したのだ。




瞬間、アリエトの背中にゾッと悪寒が走る。



「い、いやっ///冗談だろう??」


しかし、彼女の期待も虚しく



「冗談などではありませんよ。我が女神アリエト、君はもう…俺のモノだ」
「きゃぁあああっ///」


バチン、とハーヴェストが指を鳴らした瞬間

ゴウッという轟音と共に突風がアリエトを襲って来たのだ。



そして目も開けられないほど激しい風に流された彼女は大岩に背中を激突させてしまい



「うっ……!!」


ドン、という音と共に一瞬呼吸が止まる位の激痛を背中に負ってしまい、そのまま気絶してしまったのだ。



そんな、気を失った美しい戦女神を恍惚とした様子で見下ろしたハーヴェストは



「コレでやっと君の全てを手に入れる事が出来そうですね。ねぇ、アリエト―――」


口端を吊り上げ、禍々しい笑みを浮かべながら気絶した女神をそっと抱き抱え、何処へともなく歩き出すのだった。



続く予定

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